HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

隗より始めるだけ。

2020-04-08 06:21:52 | Weblog
 新型コロナウイルスの猛威が収まらない。世界全体の感染者数は、4月5日現在、120万人を突破した(米ジョンズ・ホプキンズ大学の集計)。3月23日の時点で感染者はイタリアが6万人に迫り、次いでスペインが2万人超えと突出していたが、4月6日には米国が33万7933人、死者は9653人と世界で最も多くなった。しかも、ニューヨーク州は5日の時点で感染者は12万人超、死者は4000人超に達している。

 筆者が生活する福岡も4月7日現在、県内の感染者は九州ダントツの199人。感染者が増加傾向にあることは否めず、終息の兆しは一向に見えない。ただ、個人でできることは限られる。必要緊急の外出でも、濃厚接触を避けるために「大勢がいる密集場所」「間近で会話する密接場面」「換気の悪い密閉空間」の三密を回避し、マスクをして手洗いと除菌を徹底するくらい。自分が感染しないようにして、二次感染、三次感染を防いでいくしかない。

 経済損失との狭間でジレンマにあった安倍総理も4月7日、7つの都府県(福岡も)について緊急事態宣言を発令した。都市封鎖が行われるわけではないが、外出自粛はこれまでより厳しくなる。でも、筆者は外出を制限されたところで、ライフスタイルからそれほど不自由さは感じないと思う。常日頃から水や食料は事務所に1週間分、自宅に2週間から1月程度を備蓄している。マスクは慢性鼻炎用に箱買いしていたので助かった。買い物が難しいものは、物流が機能する限りネットで調達すればいい。今のところ、「行列」とは無縁だ。

 仕事は打ち合わせから納品までメールの送受信でこなせるから、今のところは通常通り行えている。これからクライアントの事情でキャンセルされ、完全に無くなるものが出て来るかもしれない。それは致し方ないことなので、どこまで耐えられるかだ。幸い、家族はみな独立自営しているし、自分自身が何とか切り詰めれば、やっていけないことはない。まずは自宅または事務所で過ごすことを旨とし、ジムでのトレーニングや出張、旅行など、不要な外出を我慢するだけ。終息が早いか、自分が潰れるか。時間との勝負になる。

 それでも、感染者が減らなければ、医療従事者の不眠不休は続き、現場の疲弊こそオーバーシュートするのではないか。多くの人々は緊急事態宣言の解除後でも、自粛が長期間に及ぶのなら、一刻も早く新型コロナウイルスに効くワクチンや肺炎の治療薬が開発されるのを望んでいると思う。海外が先行してもすぐに日本に入って来るとは限らないし、価格がかなり高額になることも予想される。

 また、臨床実験を行ってから、厚労省が認可するなどプロセスを踏まなければならず、処方、投薬されるまでには時間がかかる。効果があるように言われているインフルエンザ治療薬「アビガン」は、ようやく新型コロナウイルスの治療薬として治験が始まった段階だ。特効薬などないのだから、まずはこれ以上感染者を増やさないこと。そして、医療崩壊を食い止めるために、政府や自治体の政策と並行して、個人や企業ができることをやるしかない。



 業界を見渡すと、海外の動きは早い。感染者数が米国、スペインに次いで多いイタリア(4月6日現在、感染者12万8948人、死者15889人、WHO発表)では、アルマーニグループがイタリア国内の全工場で、「防護服」の生産を開始し、新型肺炎治療にあたる医療従事者に配布すると発表した。また、市民保護局と医療機関への寄付金を従来の125万ユーロ(約1億5000万円)から200万ユーロ(約2億4000万円)に引き上げるそうだ。防護服と言っても医療用ユニフォームの上に重ね着するガウン仕様で、当たり前だが高級感はない。しかし、アルマーニのことだからフォルムを考え、着心地が良くて動きやすくするのではないか。

 アルマーニを「バブリー」、「成金趣味」としか思っていないファッション音痴は知らないだろうが、アルマーニ自身は「セレブ御用達のデザイナー」とのレッテルをとても嫌っている。むしろ、常日頃から「仕事をしている人のための服を作るのが好きなんだ」と口にしているほど。だから、医療従事者の命を守るための服作りは、当然の帰結ではないかと思う。

 アルマーニだけではない。グッチはトスカーナ州に対し、100万枚以上のマスクと5万5000着の白衣を生産・寄付する。プラダもペルージャの工場で、防護服8万着とマスク11万枚を生産中だ。フランスではLVMHグループがクリスチャン・ディオールなどの香水や化粧品を製造する工場で、アルコールジェルを大量生産し、保健当局に無料提供するという。英国ではバーバリーがヨークシャー州にあるトレンチコート工場の設備を一新し認可が下り次第、ガウンとマスクの製造に取りかかる。

 もちろん、素材の調達も不可欠になる。 マスクの原料はガーゼと不織布。ガーゼは木綿オンリーだが、不織布はポリプロピレンやポリエステルなどいろんな原料が使われている。防護服には高密度ポリエチレンなどが使用され、こちらはフィルム系の素材になる。 各テキスタイルメーカー側もアパレルから発注があれば、原料の生産を切り替えるだろう。また、防護服向けの資材は工業国のドイツなどから輸入されるのではないかと思う。EU中で製造に取り組み、補完し合いながらやっていけば、医療現場にも行き渡っていくと思われる。

日本の中小アパレルがマスクを生産

 日本でも少しずつ動きがある。それも大手ではなく、中小が目立つ。東京に本社を構える縫製業の「マツマル」は、自社の工場が立地する宮城県石巻市や岩手県山田町、新潟県阿賀野市の介護施設などでマスクが不足しているため、布製マスクを生産し自治体に寄付するという。生産するマスクは抗菌・抗ウイルス機能繊維加工技術「クレンゼ」(クラボウ)を内側に使用し、安全性や耐洗濯性にも優れるそうだ。1日当たりの生産枚数は3000~4000枚だが、地域住民から要望があれば、国内縫製業の強みを生かして増産し、マスク不足解消に協力したいとしている。実に頼もしい縫製屋さんである。




 マスク生産では、関西のアパレル「GN TANAKA」も乗り出している。靴下ブランド「HONEY」が使用する抗菌・消臭・防汚の糸「TIOTIO」を使った一般用マスクを企画し、販売を始めた。奈良県にある高級靴下工場がもつホールガーメント(無縫製)の技術を生かすもので、ガーゼや不織布とは異なり、立体的にフィットし着用感は抜群という。

 色はオフホワイト、ペールピンク、ピーチ、アイスグレー、ベージュ、オリーブの6色。独自開発の商品で機能性を持たせつつ、価格は1枚500円とリーズナブル。洗濯すれば、何回も使えるので、コスパも非常にいい。同商品の卸しに携わるエマーブルの金田光正代表は、「取引先の全軒でご注文をいただきました。ファッションの一部と捉えて売ってますが、ピンポイントで需要・必要なものを手掛ける経験はとても意義を感じ、社会貢献として利益度外視でいきます」と意気込む。疫病禍のような非常時は、中小アパレルの機動力がものを言うのだ。

 先月はマスクの買い占めやネットでの転売が問題となった。それについて、転売ヤーは「転売を批判してる側こそ問題がある。値段は需要と供給による価格設定だ。需要が多ければ、価格が上がるのが普通」「馬鹿な日本人は、どんな不足時でも普段の価格で買えると思い込んでる」などと反論した。また、彼らに商売の場を提供したメルカリも、「マスクは禁止出品物には該当しませんが、利用者の皆さまにおかれましては、社会通念上適切な範囲での出品・購入にご協力をお願いいたします」と、当初は出品禁止に踏み切らなかった。

 しかし、マスクに限って言えば一時的な品不足であって、あんなものはすぐに量産できるし、たちまち適正量が流通する。国もすぐさま転売禁止の法律の施行に踏み切った。需要が増えれば、価格が上がって当然というなら、ネットオークションではなく堂々と実店舗で販売すればいい。ネット事業者に片棒をかついでもらっておきながら、何をか言わんやである。今頃、中国人の転売ヤーなどは、何百万枚もの日本仕様の優良マスクが捌けず、ダブついた在庫に四苦八苦しているのではないか。所詮、公平な競争のもとではビジネスできない裏稼業。悪銭など身につかないのが世の常だということを思い知るべきである。

 もっとも、マスクや防護服のような繊維・フィルム系の製品は、自動車のように多数の材料やパーツを必要としない。複雑なサプライチェーンが絡むこともないから、素材さえ調達できれば、中小零細のアパレルでも容易に製造できる。逆にユニクロは散々業界を非難しておきながら、疫病禍を乗り切る商品製造については、何ら動きを見せていない。「国内に工場を抱えていないから、こんな時にはマスクの一つも作れないんだ」と突っ込まれそうだ。なおさら、百貨店になると店を閉めるしか手だてがなく、疫病禍ではほとんど役に立たないことがよくわかる。

 国難では、中小アパレルの機動力に勝るものはないということ。前出のように縫製業やニットアパレルが持てる力と技術を最大限に生かして社会貢献する姿を見ると、業界もまだまだ捨てたもんじゃないと思う。政府の緊急対策は対症療法のようなものだ。特効薬にはならないのだから、各自が知恵を出し技を駆使してできることからやるしかない。ニューヨーク風に言えば、Start with the first step、パリならPartir du gongだろうか。それが結果的に新型コロナウイルスの拡大に歯止めをかけ、新型肺炎にかかるリスクを抑えるのである。
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