2月24日付の日経新聞の夕刊1面に以下のような見出しが踊った。「国内アパレル 飛躍の糸口 円安も追い風 海外展開へ布石 国産産地 世界が注目」。通常なら日経MJのトップになりそうなテーマである。わざわざ日経本紙、しかも夕刊に持ってきたのは、週末で異業種の経営者にも「日本のアパレルに変化の兆しがある」ことを知ってもらいたいためだろう。
記事では海外ブランドの大幅値上げで、国内ブランドに割安感が出ている。上質な国産の生地を使い価格を抑えたものが登場したことから、国内ブランドへの注目が集まっていると伝えている。過去30年、日本のアパレル製造は衰退の一途を辿ってきたが、質の高い生地を製造でき、高度な縫製・編み立ての技術をもつ工場は今も存在する。デザイナーやメーカーが彼らの手を借り、上質で高感度なブランドを世界に発信する好機でもあるのだ。
生産メーカーや加工場が集まる尾州地域は世界三大毛織物産地と呼ばれ、生地はフランスのエルメスやルイ・ヴィトンなどにも供給されている。その尾州に拠点を置く「コルニエ」は、2022年春夏コレクションからスタートした新興ブランドで、価格を抑えつつ質の高い国産素材を使用する。一般に衣料品ブランドの原価率が平均約3割なのに対し、コルニエは約6割なのだそうだ。記事には以下のようなコメントがある。
代表の西村林太郎氏は「生地の値段交渉はしない。最高級の生地を言い値で大量に発注し、原価率を上げて量を売ることで、生地メーカーも消費者もブランドもメリットを得る仕組みを構築している」と話す。
商品はセレクトショップなどには卸さず、主にオンラインショップで展開し、販売手数料などの中間コストを抑えている。いわゆるD2Cブランド(Direct to Consumer、代理店や小売店を通さず自社のECサイトを通じて直接消費者に販売するモデル)だ。公式サイト(https://cornier-factory.com/)を見ると、適度のモード感を持つコンテンポラリーなアイテムが並ぶ。
これまでにもファクトリエといった疲弊する産地を救おうと国産の素材や工場を利用するブランドはあったが、コルニエはデザインセンスでも他を寄せ付けない。久々に登場したドメコンと呼ぶに相応しい。
使用される素材はヴァージンウール、スビンコットン、スーパーハイゲージコットン、指定外繊維(和紙)、ケンプウール&シルクツイード、ウールカシミアカレッジフランネル、シルクネップ、本水牛ボタンなど天然繊維オンリー。大手のアパレルやセレクト、グローバルSPAが原材料の価格高騰から合繊混紡の素材を使用してコスト高を吸収しようとするのとは対照的だ。デジタル画像を見ただけでも、生地の良さ(奄美大島の泥染も活用)が伝わってくる。これなら着古しても素材を分解・精製し再製品化するケミカルリサイクルをし易い。
その分、余分な装飾、加工を施さないシンプルなデザインに徹し、縫製コストを抑えているように感じる。カラーも黒、グレー、ネイビー、ベージュ、茶をベースにウィメンズで差し色にスカーレットを投入する程度。絞り込んだMDの分、素材の良さを特徴にして他ブランドと差別化している。販路はオンライン限定だが、顧客の感触を知りたいのだろう。2024年春夏シーズンでは2月17日から3月10日までの土日に、東京、大阪、愛知、福岡の4箇所でポップアップストアが開設された。
価格はウィメンズでカットソーが4,500円~、シャツが17,400円~、パンツが14,500円~、ジャケットが36,000円、ドレスが11,000円~、コートが46,000円~。メンズでカットソーが5,900円~、シャツが15,100円~、パンツが17,900円~、ジャケットが32,000円~、コートが64,000円。
生地のクオリティ、高い質感を考えると、非常にこなれたプライスラインと言える。ブランド側もマス層に好かれようとは思っていないはずだ。少なくとも大人の洋服好きにとっては買いやすい価格帯だから、顧客をしっかり捉まえてペイすれば十分だろう。現に2023年秋冬アイテムではウィメンズ、メンズとも素材使いや織柄で特徴のあるアイテムは完売している。「こんな素材感の服が欲しかったのよ」と心待ちにしていたファンがいる証拠である。
生地見本となる「Fabric Book」(税込2000円)が販売されているのは異例だ。ブランドとして生地の良さを訴えたいという姿勢が伝わってくるし、お客にとってデジタル画像でわからない生地の質感やこしが事前に確かめられる。大手アパレルやセレクトショップはEC掲載商品の試着や店頭受け取り、返品を可能にしているが、小規模なメーカーやブランドにはそこまでのサービスはない。その点、生地だけでも現物が確かめられるのは実にありがたい。
中古品でも売れるのは価値があるもの
日経新聞はさらに2月27日付朝刊で、今度は再販価値を持つ中古品が売れ始めたことにも触れている。「物価を考える、好循環の胎動」をテーマにした慶應大学の山本晶教授へのインタビューでは、再販価値がある中古品が売れると、新品購入も促進されているとの言説が述べられている。以下が抜粋した内容である。
ーモノの再販価値が意識されるようになった。
「中古品の取引拡大と相場の可視化が背景だ。(中略)中古への抵抗感が薄いZ世代がけん引して市場が拡大した。衣類やバッグなどの中古価格が車や不動産のように可視化された」
Z世代にとって不要になった物を売り買いできるメルカリは、今や欲しい商品を探す上で重要なツールになった。価格はもちろん、スペック、状態までの情報がPCやスマートフォンの画面上でわかる=可視化されている。そのため、リサイクルショップの店頭と同じように商品チェックができるところが利用を促す。新品を購入する時は、リセールでできるだけ高い値が付けられるものを購入しようという心理が働くわけだ。
ー中古ビジネスに取り組む企業が増えている。
「アパレルなどで自社商品を回収・修繕して再販する企業も増えた。商品の下取り額を示して、その金額分を買い物の際に割り引く通販サイトもある。中古品の循環で廃棄ロスなど社会全体の無駄が減る」
以前のように中古品販売にアングラなイメージは無くなった。むしろ、SDGsへの取り組みや脱炭素社会の実現からものを大事にしようという考え方が生まれている。リサイクル、アップサイクルへの価値が醸成され、いろんなビジネスモデルが生まれるのは社会にとってプラスなこと。無駄が減れば、地球環境への負荷も低減できる。
ー企業は中古市場とどう向きあうべきか。
「フリマアプリの出品商品の価格や需要がどの程度か確認すると、自社商品の値付けなどの参考になる。品質や価格をコントロールするために中古ビジネスに参入する選択肢もある」
バブル崩壊によるデフレ禍の蔓延までは、アパレル商品のクオリティはむしろ高かった。当時のデザイナーブランドの中にもヴィンテージ価値を生むものもある。中古品ならなんでも良いというわけではなく、品質や真贋などをじっくり見極めるノウハウも必要だ。古物商・質屋を全国展開する大黒屋は、チャットで写真を送るだけで査定結果を表示するAI(人工知能)写真査定技術を開発し、2024年春から運用を始める。こうしたアプリがネットオークションやメルカリなどで活用されれば、安全な取引に繋がり事業者の信頼度も増す。
ー再販価値を意識すれば中古で値崩れしにくい新品を開発する動機になる。
「大量生産して売れ残った商品をセールで消化する悪循環がデフレを助長した。消費者は以前ほどセールに熱狂せず、価値を見極めて買い物している(後略)」
「中古品市場の相場が新品より高ければ、消費者が払ってもよい『支払意思額』が企業の想定より高いのかもしれない。(中略)品質や希少性で価値が保たれる商品と、値崩れする商品との差は広がっていく」
暖冬の影響で冬物が売れる期間が短くなり、セールのやり方も変えざるを得ない。一方で、気温に関係なくプロパーで確実に消化できる商品開発もカギになる。中古でも売れるのはやはり一定の価値を持つ商品だ。ただ、ユニクロのような量産品は購入者も多いわけだから、同じ商品の中古出品が増えれば値崩れは否めない。
一方で、ユニクロでもデザイナーズコラボのような希少性を持つ商品は、高値を付けても買い手がつくかもしれない。ただ、それも品質が保たれているのが前提だ。高価なブランドでも再販価値をより高めるには、着用者がきちんとケアしておくことが条件なのは言うまでもない。クリーニングなどの関連市場が潤うという所以はそこにある。
新品だろうと、中古品だろうと、売れるものが変わってきたということ。低価格に対する価値観も変化している。だからこそ、産地で生産を支える事業者が適正な利益を得られるモデルを再構築していくことも不可欠。その根底には「上質は裏切らない」ということがある。作り手も、売り手も、こうした考えを念頭にビジネスにあたるべきではないか。
記事では海外ブランドの大幅値上げで、国内ブランドに割安感が出ている。上質な国産の生地を使い価格を抑えたものが登場したことから、国内ブランドへの注目が集まっていると伝えている。過去30年、日本のアパレル製造は衰退の一途を辿ってきたが、質の高い生地を製造でき、高度な縫製・編み立ての技術をもつ工場は今も存在する。デザイナーやメーカーが彼らの手を借り、上質で高感度なブランドを世界に発信する好機でもあるのだ。
生産メーカーや加工場が集まる尾州地域は世界三大毛織物産地と呼ばれ、生地はフランスのエルメスやルイ・ヴィトンなどにも供給されている。その尾州に拠点を置く「コルニエ」は、2022年春夏コレクションからスタートした新興ブランドで、価格を抑えつつ質の高い国産素材を使用する。一般に衣料品ブランドの原価率が平均約3割なのに対し、コルニエは約6割なのだそうだ。記事には以下のようなコメントがある。
代表の西村林太郎氏は「生地の値段交渉はしない。最高級の生地を言い値で大量に発注し、原価率を上げて量を売ることで、生地メーカーも消費者もブランドもメリットを得る仕組みを構築している」と話す。
商品はセレクトショップなどには卸さず、主にオンラインショップで展開し、販売手数料などの中間コストを抑えている。いわゆるD2Cブランド(Direct to Consumer、代理店や小売店を通さず自社のECサイトを通じて直接消費者に販売するモデル)だ。公式サイト(https://cornier-factory.com/)を見ると、適度のモード感を持つコンテンポラリーなアイテムが並ぶ。
これまでにもファクトリエといった疲弊する産地を救おうと国産の素材や工場を利用するブランドはあったが、コルニエはデザインセンスでも他を寄せ付けない。久々に登場したドメコンと呼ぶに相応しい。
使用される素材はヴァージンウール、スビンコットン、スーパーハイゲージコットン、指定外繊維(和紙)、ケンプウール&シルクツイード、ウールカシミアカレッジフランネル、シルクネップ、本水牛ボタンなど天然繊維オンリー。大手のアパレルやセレクト、グローバルSPAが原材料の価格高騰から合繊混紡の素材を使用してコスト高を吸収しようとするのとは対照的だ。デジタル画像を見ただけでも、生地の良さ(奄美大島の泥染も活用)が伝わってくる。これなら着古しても素材を分解・精製し再製品化するケミカルリサイクルをし易い。
その分、余分な装飾、加工を施さないシンプルなデザインに徹し、縫製コストを抑えているように感じる。カラーも黒、グレー、ネイビー、ベージュ、茶をベースにウィメンズで差し色にスカーレットを投入する程度。絞り込んだMDの分、素材の良さを特徴にして他ブランドと差別化している。販路はオンライン限定だが、顧客の感触を知りたいのだろう。2024年春夏シーズンでは2月17日から3月10日までの土日に、東京、大阪、愛知、福岡の4箇所でポップアップストアが開設された。
価格はウィメンズでカットソーが4,500円~、シャツが17,400円~、パンツが14,500円~、ジャケットが36,000円、ドレスが11,000円~、コートが46,000円~。メンズでカットソーが5,900円~、シャツが15,100円~、パンツが17,900円~、ジャケットが32,000円~、コートが64,000円。
生地のクオリティ、高い質感を考えると、非常にこなれたプライスラインと言える。ブランド側もマス層に好かれようとは思っていないはずだ。少なくとも大人の洋服好きにとっては買いやすい価格帯だから、顧客をしっかり捉まえてペイすれば十分だろう。現に2023年秋冬アイテムではウィメンズ、メンズとも素材使いや織柄で特徴のあるアイテムは完売している。「こんな素材感の服が欲しかったのよ」と心待ちにしていたファンがいる証拠である。
生地見本となる「Fabric Book」(税込2000円)が販売されているのは異例だ。ブランドとして生地の良さを訴えたいという姿勢が伝わってくるし、お客にとってデジタル画像でわからない生地の質感やこしが事前に確かめられる。大手アパレルやセレクトショップはEC掲載商品の試着や店頭受け取り、返品を可能にしているが、小規模なメーカーやブランドにはそこまでのサービスはない。その点、生地だけでも現物が確かめられるのは実にありがたい。
中古品でも売れるのは価値があるもの
日経新聞はさらに2月27日付朝刊で、今度は再販価値を持つ中古品が売れ始めたことにも触れている。「物価を考える、好循環の胎動」をテーマにした慶應大学の山本晶教授へのインタビューでは、再販価値がある中古品が売れると、新品購入も促進されているとの言説が述べられている。以下が抜粋した内容である。
ーモノの再販価値が意識されるようになった。
「中古品の取引拡大と相場の可視化が背景だ。(中略)中古への抵抗感が薄いZ世代がけん引して市場が拡大した。衣類やバッグなどの中古価格が車や不動産のように可視化された」
Z世代にとって不要になった物を売り買いできるメルカリは、今や欲しい商品を探す上で重要なツールになった。価格はもちろん、スペック、状態までの情報がPCやスマートフォンの画面上でわかる=可視化されている。そのため、リサイクルショップの店頭と同じように商品チェックができるところが利用を促す。新品を購入する時は、リセールでできるだけ高い値が付けられるものを購入しようという心理が働くわけだ。
ー中古ビジネスに取り組む企業が増えている。
「アパレルなどで自社商品を回収・修繕して再販する企業も増えた。商品の下取り額を示して、その金額分を買い物の際に割り引く通販サイトもある。中古品の循環で廃棄ロスなど社会全体の無駄が減る」
以前のように中古品販売にアングラなイメージは無くなった。むしろ、SDGsへの取り組みや脱炭素社会の実現からものを大事にしようという考え方が生まれている。リサイクル、アップサイクルへの価値が醸成され、いろんなビジネスモデルが生まれるのは社会にとってプラスなこと。無駄が減れば、地球環境への負荷も低減できる。
ー企業は中古市場とどう向きあうべきか。
「フリマアプリの出品商品の価格や需要がどの程度か確認すると、自社商品の値付けなどの参考になる。品質や価格をコントロールするために中古ビジネスに参入する選択肢もある」
バブル崩壊によるデフレ禍の蔓延までは、アパレル商品のクオリティはむしろ高かった。当時のデザイナーブランドの中にもヴィンテージ価値を生むものもある。中古品ならなんでも良いというわけではなく、品質や真贋などをじっくり見極めるノウハウも必要だ。古物商・質屋を全国展開する大黒屋は、チャットで写真を送るだけで査定結果を表示するAI(人工知能)写真査定技術を開発し、2024年春から運用を始める。こうしたアプリがネットオークションやメルカリなどで活用されれば、安全な取引に繋がり事業者の信頼度も増す。
ー再販価値を意識すれば中古で値崩れしにくい新品を開発する動機になる。
「大量生産して売れ残った商品をセールで消化する悪循環がデフレを助長した。消費者は以前ほどセールに熱狂せず、価値を見極めて買い物している(後略)」
「中古品市場の相場が新品より高ければ、消費者が払ってもよい『支払意思額』が企業の想定より高いのかもしれない。(中略)品質や希少性で価値が保たれる商品と、値崩れする商品との差は広がっていく」
暖冬の影響で冬物が売れる期間が短くなり、セールのやり方も変えざるを得ない。一方で、気温に関係なくプロパーで確実に消化できる商品開発もカギになる。中古でも売れるのはやはり一定の価値を持つ商品だ。ただ、ユニクロのような量産品は購入者も多いわけだから、同じ商品の中古出品が増えれば値崩れは否めない。
一方で、ユニクロでもデザイナーズコラボのような希少性を持つ商品は、高値を付けても買い手がつくかもしれない。ただ、それも品質が保たれているのが前提だ。高価なブランドでも再販価値をより高めるには、着用者がきちんとケアしておくことが条件なのは言うまでもない。クリーニングなどの関連市場が潤うという所以はそこにある。
新品だろうと、中古品だろうと、売れるものが変わってきたということ。低価格に対する価値観も変化している。だからこそ、産地で生産を支える事業者が適正な利益を得られるモデルを再構築していくことも不可欠。その根底には「上質は裏切らない」ということがある。作り手も、売り手も、こうした考えを念頭にビジネスにあたるべきではないか。