先週だったか、あるニュースが目に止まった。「国内工場発のブランド」として一時期メディアを賑わせたファクトリエ(運営はライフスタイルアクセントhttps://factelier.com/aboutus/)。同社が展開する「名古屋星ヶ丘テラス店」を閉店するという報道である。
ファクトリエは、メイドインジャパンの商品を適正価格で消費者に販売することで、国内工場の自立を促し、人材育成や技術伝承への道筋をつける目的で、代表の山田敏夫さんが2012年に起業。既存流通へのアンチテージから出発し、今や工場直結&ECモデルを確立するまでに至っている。当初、販路はネットをメーンとしたため、実店舗を展開していなかった。
ただ、産地工場で縫製や加工に携わる職人の技、それらが隅々に現れる衣服をお客さんに体感してもらうには、やはり現物が見られる店舗が必要だ。そこで、銀座(ビル3階)と熊本(山田さんの実家店舗マルタ號2階)にショールームを展開。ちょうどビジネスが軌道に乗り始めた頃、当方も雑誌の企画で山田さんご本人にお話を窺った。今から6年前、震災の爪痕がそこかしこに残る2016年9月、熊本市でのことだ。
山田さんは以下のように語り、それを当方が記事にした。
「事業計画は2030年まで決めている。将来的には提携工場は必要なところだけ残し、MDの変更、ネット販売の中止、自社工場などの可能性もある」
「現状は実店舗と海外展開に注力する。10月(2016年)には横浜の元町商店街と名古屋の星ヶ丘テラスに路面出店。両店とも試着サンプルのみで在庫は置かず、販売はタブレット端末で行う」
「単なるリアル店ではイノベーションの香りがしないため、名古屋店には400キロもある縫製機を運び入れ、顧客に工場の雰囲気も味わってもらう」(雑誌「商業界」2016年11月号より抜粋)
この計画の全てが実現したかと言えば、違うだろう。だが、ファクトリエは他社のどこも成し遂げていなかったビジネススタイルに挑戦した。2017年1月には、スコッチウイスキーのシーバスリーガルが幻冬舎発行の雑誌GOETHEの協力のもとに設立した「シーバスブラザーズ・ヤングアントレプレナー基金 Supported by GOETHE」において、山田さんは第5回目の受賞者に輝く。気鋭の起業家として国内外に認められた証左だ。ファクトリエは基金から助成金1000万円の交付を受け、計画通り海外展開に弾みを付けた。
2017年1月下旬、台湾台北市の百貨店に常設店を出店(現在は同市のTSUTAYA BOOK STOREに松山站前店と信義店の2店舗を展開)。山田さんは同年2月に米国のニューヨーク、3月には英国ロンドンを赴いて、出店の見据えたリサーチを行うとも表明した。「日本のものづくりは必ず海外から認められる」との確信があったからだ。
しかし、計画通りに進まないのもビジネスである。ファクトリエは海外事業をスタートしてまもなくクレジット詐欺に遭う。マレーシアからの購入分の300万円全額がカードの不正利用で詐取されてしまったのだ。カード会社は「売上げは取り消しになる」旨を通告する一方、騙し取られた商品が返還もされることもなく、「運が悪かったと思ってください」と、冷たくあしらわれたという。
ファクトリエにとって売買代金300万円ともなれば、商品点数にして100点以上。それをお客に発送したにも関わらず、代金は1円も入金されない。こんな理不尽なことはない。ただ、山田さんはこの体験から海外事業を展開する上での心得を学んだ。それは海外商標の申請に始まり、現地語への翻訳、カレンシーの設定、国際配送の手続き、原産地証明の取得、そして詐欺対策等など。今ならブロックチェーンの作成もあるだろうか。これらを行った上で事業を進めなければ、グローバルでは通用しないということである。
国際詐欺というアクシデントに見舞われながらも、山田さんは決して気持ちが折れることはなかった。自ら事業を前進させるのは、日本生まれの世界ブランドを創るという飽くなき野望と、そんな服を世界中の人々に来てもらいたいという洋服屋の魂からだ。
アパレルファッションである以上、変化は不可欠
その後もファクトリエは、着古したTシャツを回収し、生地をコットンに戻して新しい糸を紡ぎ、生地に編んで新しいTシャツに再生する「サスティナブルなTシャツ(5500円)」を売り出す。もちろん、こちらも下着の製造を手掛けてきた兵庫県加西市の縫製工場「エポック」に製造を委託。長年にわたって培った製造技術を生かし、肌あたりの良さを意識した。Tシャツの水平リサイクルという試みでは日本初となった。
日本全国の一流アパレル工場と提携し、従来は工場と消費者に間にあった多くの中間業者を省くことで、工場が適正な利益を出せるようにする。既存のアパレル流通に一石を投じる画期的なコンセプトではあった。ただ、旧来からのアパレル事業において、工場と消費者の間に介在する業者は、何も全てが中抜きをしているわけではない。
例えば、ODMメーカー。ODMとは、Original Design Manufacturingの略語で、委託者(ブランドメーカー)のブランドで製品を設計(デザイン)・生産することを指す。平たく言えば、有名なアパレルブランドでもレディスからメンズ、キッズまで、コートからスーツ、アンダーウエア、雑貨に至るまでと、全てを自社でデザインし生産できるわけではない。
しかし、卸先や消費者からそれらのアイテムの要望があれば、レディスメーカーでもメンズに参入したり、アパレル主体でも雑貨を企画したりするケースも出てくる。そうした時に新たに開発チームをゼロから立ち上げるには資金も時間もかかるため、ODMメーカーは黒子として相手先のブランド名で製品をデザイン・生産してくれるのだ。ただ、これにはブランドコンセプトに合った商品を作り上げられるデザイナーなどの人材が必要になる。
その点、ファクトリエはマーチャンダイジング(MD)を自社ですべてコントロールしている。企画デザインには海外ブランドの経験者や社内デザイナーが携わるとはいうものの、MDの基本方針は「ベーシックで長く着られること」から、どうしてもアイテムはプレーンでコンサバのテイストになってしまう。
それらは控えめで適度な気品を感じさせる一方、モードやトレンドという意味では個性に乏しく斬新さに欠ける。アパレルでは、時代の空気を感じながらトレンドを打ち出す=流行を作り出すことも売れる条件として不可欠なのだが、それがファクトリエには見えない気がする。
また、ビジネスの面ではファクトリーブランドと言っても、工場の稼働率を上げるには重衣料から雑貨までフルアイテムMDでは売れ筋が分散するので難しい。あのメーカーズシャツ鎌倉が上質で秀逸な商品を値ごろ感のあるプライス(6900円)で生み出せるのは、「シャツ」というアイテムにも限定した展開だからだ。
つまり、単品に特化して提携工場の稼働率を高めながら、流通ロスを抑えるからこそ、コストパフォーマンスは高くなるわけだ。いつの間にかフルアイテム展開になってしまったファクトリエでは、この点がネックになっていると言わざるを得ない。
名古屋星ヶ丘テラス店の閉店について、山田さんは以下のように3つの理由を挙げている。一つは店舗は工場とお客が繋がる場所だったが、コロナ禍で工場イベントができなくなり、買ってもらうための場所になってしまったこと。2つ目は名古屋店は黒字だったものの、商品の原価率が60%近いこともあり、売上げの減少で店舗負担が大きくなった。3つ目はメンバー退職に伴う人員確保が思うようにいかず、最終的に成長するECへ経営資源を集中させることに決めたこと、だ。
ダイレクトファクトリーブランドとしては、ECを主体にSNSなどを駆使してファン客と繋がり、定期的なリアルイベントをリンクさせてブランディングを強化していく方がいいとの決断に至ったようだ。ただ、熊本店は実家の店舗を活用しているため、家賃などは抑えらるだろうが、銀座のショールームは必要とは言え、固定費はかなり重いはず。こちらがペイしているのかどうかと言えば、かなり厳しいだろう。ECが好調とはいえ、固定費が少しずつ経営の重荷になっていくことも考えられる。
もっとも、ファッションである以上、シーズンごとに商品の変化は必要で、ある程度斬新なテイストも打ち出さないと、ブランドとしては陳腐化していく。山田さんのことだから、2030年以降の経営計画も視野にはあると思うが、今回の店舗閉鎖を含めて決断はスピーディーなのだから、全く違った事業構想があるのかもしれない。
アパレル販売には人、物、器が不可欠と言われる。山田さんの経営判断はスピーディーだが、ネットという器あっても人材がいなければ、これからビジネスがどう転ぶのかはわからない。まして、ものづくりの追求にゴールはないし、常に変化が求められる。アパレルファッションを手掛ける以上、その呪縛から逃れることはできないと思うのだが。果たして。
ファクトリエは、メイドインジャパンの商品を適正価格で消費者に販売することで、国内工場の自立を促し、人材育成や技術伝承への道筋をつける目的で、代表の山田敏夫さんが2012年に起業。既存流通へのアンチテージから出発し、今や工場直結&ECモデルを確立するまでに至っている。当初、販路はネットをメーンとしたため、実店舗を展開していなかった。
ただ、産地工場で縫製や加工に携わる職人の技、それらが隅々に現れる衣服をお客さんに体感してもらうには、やはり現物が見られる店舗が必要だ。そこで、銀座(ビル3階)と熊本(山田さんの実家店舗マルタ號2階)にショールームを展開。ちょうどビジネスが軌道に乗り始めた頃、当方も雑誌の企画で山田さんご本人にお話を窺った。今から6年前、震災の爪痕がそこかしこに残る2016年9月、熊本市でのことだ。
山田さんは以下のように語り、それを当方が記事にした。
「事業計画は2030年まで決めている。将来的には提携工場は必要なところだけ残し、MDの変更、ネット販売の中止、自社工場などの可能性もある」
「現状は実店舗と海外展開に注力する。10月(2016年)には横浜の元町商店街と名古屋の星ヶ丘テラスに路面出店。両店とも試着サンプルのみで在庫は置かず、販売はタブレット端末で行う」
「単なるリアル店ではイノベーションの香りがしないため、名古屋店には400キロもある縫製機を運び入れ、顧客に工場の雰囲気も味わってもらう」(雑誌「商業界」2016年11月号より抜粋)
この計画の全てが実現したかと言えば、違うだろう。だが、ファクトリエは他社のどこも成し遂げていなかったビジネススタイルに挑戦した。2017年1月には、スコッチウイスキーのシーバスリーガルが幻冬舎発行の雑誌GOETHEの協力のもとに設立した「シーバスブラザーズ・ヤングアントレプレナー基金 Supported by GOETHE」において、山田さんは第5回目の受賞者に輝く。気鋭の起業家として国内外に認められた証左だ。ファクトリエは基金から助成金1000万円の交付を受け、計画通り海外展開に弾みを付けた。
2017年1月下旬、台湾台北市の百貨店に常設店を出店(現在は同市のTSUTAYA BOOK STOREに松山站前店と信義店の2店舗を展開)。山田さんは同年2月に米国のニューヨーク、3月には英国ロンドンを赴いて、出店の見据えたリサーチを行うとも表明した。「日本のものづくりは必ず海外から認められる」との確信があったからだ。
しかし、計画通りに進まないのもビジネスである。ファクトリエは海外事業をスタートしてまもなくクレジット詐欺に遭う。マレーシアからの購入分の300万円全額がカードの不正利用で詐取されてしまったのだ。カード会社は「売上げは取り消しになる」旨を通告する一方、騙し取られた商品が返還もされることもなく、「運が悪かったと思ってください」と、冷たくあしらわれたという。
ファクトリエにとって売買代金300万円ともなれば、商品点数にして100点以上。それをお客に発送したにも関わらず、代金は1円も入金されない。こんな理不尽なことはない。ただ、山田さんはこの体験から海外事業を展開する上での心得を学んだ。それは海外商標の申請に始まり、現地語への翻訳、カレンシーの設定、国際配送の手続き、原産地証明の取得、そして詐欺対策等など。今ならブロックチェーンの作成もあるだろうか。これらを行った上で事業を進めなければ、グローバルでは通用しないということである。
国際詐欺というアクシデントに見舞われながらも、山田さんは決して気持ちが折れることはなかった。自ら事業を前進させるのは、日本生まれの世界ブランドを創るという飽くなき野望と、そんな服を世界中の人々に来てもらいたいという洋服屋の魂からだ。
アパレルファッションである以上、変化は不可欠
その後もファクトリエは、着古したTシャツを回収し、生地をコットンに戻して新しい糸を紡ぎ、生地に編んで新しいTシャツに再生する「サスティナブルなTシャツ(5500円)」を売り出す。もちろん、こちらも下着の製造を手掛けてきた兵庫県加西市の縫製工場「エポック」に製造を委託。長年にわたって培った製造技術を生かし、肌あたりの良さを意識した。Tシャツの水平リサイクルという試みでは日本初となった。
日本全国の一流アパレル工場と提携し、従来は工場と消費者に間にあった多くの中間業者を省くことで、工場が適正な利益を出せるようにする。既存のアパレル流通に一石を投じる画期的なコンセプトではあった。ただ、旧来からのアパレル事業において、工場と消費者の間に介在する業者は、何も全てが中抜きをしているわけではない。
例えば、ODMメーカー。ODMとは、Original Design Manufacturingの略語で、委託者(ブランドメーカー)のブランドで製品を設計(デザイン)・生産することを指す。平たく言えば、有名なアパレルブランドでもレディスからメンズ、キッズまで、コートからスーツ、アンダーウエア、雑貨に至るまでと、全てを自社でデザインし生産できるわけではない。
しかし、卸先や消費者からそれらのアイテムの要望があれば、レディスメーカーでもメンズに参入したり、アパレル主体でも雑貨を企画したりするケースも出てくる。そうした時に新たに開発チームをゼロから立ち上げるには資金も時間もかかるため、ODMメーカーは黒子として相手先のブランド名で製品をデザイン・生産してくれるのだ。ただ、これにはブランドコンセプトに合った商品を作り上げられるデザイナーなどの人材が必要になる。
その点、ファクトリエはマーチャンダイジング(MD)を自社ですべてコントロールしている。企画デザインには海外ブランドの経験者や社内デザイナーが携わるとはいうものの、MDの基本方針は「ベーシックで長く着られること」から、どうしてもアイテムはプレーンでコンサバのテイストになってしまう。
それらは控えめで適度な気品を感じさせる一方、モードやトレンドという意味では個性に乏しく斬新さに欠ける。アパレルでは、時代の空気を感じながらトレンドを打ち出す=流行を作り出すことも売れる条件として不可欠なのだが、それがファクトリエには見えない気がする。
また、ビジネスの面ではファクトリーブランドと言っても、工場の稼働率を上げるには重衣料から雑貨までフルアイテムMDでは売れ筋が分散するので難しい。あのメーカーズシャツ鎌倉が上質で秀逸な商品を値ごろ感のあるプライス(6900円)で生み出せるのは、「シャツ」というアイテムにも限定した展開だからだ。
つまり、単品に特化して提携工場の稼働率を高めながら、流通ロスを抑えるからこそ、コストパフォーマンスは高くなるわけだ。いつの間にかフルアイテム展開になってしまったファクトリエでは、この点がネックになっていると言わざるを得ない。
名古屋星ヶ丘テラス店の閉店について、山田さんは以下のように3つの理由を挙げている。一つは店舗は工場とお客が繋がる場所だったが、コロナ禍で工場イベントができなくなり、買ってもらうための場所になってしまったこと。2つ目は名古屋店は黒字だったものの、商品の原価率が60%近いこともあり、売上げの減少で店舗負担が大きくなった。3つ目はメンバー退職に伴う人員確保が思うようにいかず、最終的に成長するECへ経営資源を集中させることに決めたこと、だ。
ダイレクトファクトリーブランドとしては、ECを主体にSNSなどを駆使してファン客と繋がり、定期的なリアルイベントをリンクさせてブランディングを強化していく方がいいとの決断に至ったようだ。ただ、熊本店は実家の店舗を活用しているため、家賃などは抑えらるだろうが、銀座のショールームは必要とは言え、固定費はかなり重いはず。こちらがペイしているのかどうかと言えば、かなり厳しいだろう。ECが好調とはいえ、固定費が少しずつ経営の重荷になっていくことも考えられる。
もっとも、ファッションである以上、シーズンごとに商品の変化は必要で、ある程度斬新なテイストも打ち出さないと、ブランドとしては陳腐化していく。山田さんのことだから、2030年以降の経営計画も視野にはあると思うが、今回の店舗閉鎖を含めて決断はスピーディーなのだから、全く違った事業構想があるのかもしれない。
アパレル販売には人、物、器が不可欠と言われる。山田さんの経営判断はスピーディーだが、ネットという器あっても人材がいなければ、これからビジネスがどう転ぶのかはわからない。まして、ものづくりの追求にゴールはないし、常に変化が求められる。アパレルファッションを手掛ける以上、その呪縛から逃れることはできないと思うのだが。果たして。