HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

値上げに勝るもの。

2022-06-22 06:39:02 | Weblog
 いよいよだ。ユニクロが秋冬向けで一部の商品を値上げする。フリースは1000円アップの2990円、ウルトラライトダウンジャケットも同じ値上げ幅で6990円となる。ヒートテック(超極暖)やカシミヤのクルーネックセーター(レディス)も同じで、それぞれ2990円と9990円になる。

 業界では「あのユニクロが値上げしたのだから、他社も待ってましたとばかりに追随するのでは」との話で持ちきりだ。一方で、消費者にとっては食料品が値上がりし、ガソリン価格も高騰。生活必需品が軒並み値上げラッシュである。そんな中で、ほとんどが大量のタンス在庫を持ち、取り立てて必要でもないカジュアル衣料。それが値上げされれば、結果は火を見るより明らかだ。

 特に値上げの口火を切ったユニクロは原価率が50%程度ある。それだけ素材や縫製にコストをかけているのだから、一般のカジュアルに比べると質が良い。しかもデザインはベーシックと来てる。「1シーズン着れば、流行遅れの消耗品だから買い替えよう」という代物ではない。1シーズンで襟ぐりがヨレヨレになるUTを除き、大半のアイテムは最短で3年、長ければ5年ほど、それ以上着られるアイテムもある。

 ユニクロはカジュアルSPAのプライスリーダーとしてマスマーケットを攻略し、右肩あがりの成長を遂げてきた。しかし、それを支えたのは高い原価率を背景にして低価格の割に質が高かったということ。業界で言われる「値頃感のある商品」とも表現できる。そうした利点がユニクロの購買を支えてきたわけだ。

 しかし、アイテムにもよるが、売れ筋がいきなり1000円も値上げされたらどうだろうか。おそらく、ほとんどの購買層は「今持っているユニクロをまだまだ着ればいいや」と、買い控えが起こるのは想像に難くない。

 もちろん、アベノミスクで為替が円安に動き始めた数年前から、資源や素資材の価格、人件費や物流費が軒並み値上がりしていた。ユニクロ側も部分的なコストダウンなどで凌いだり、商品の仕様変更などで値上がり分に対応していた。しかし、ここまで全てが値上がりすれば、コスト吸収は価格に転嫁する以外に方法はない。そうした経営判断にいたったわけだ。

 今回、さらに商品企画を見直すという。1000円値上げするフリースは昨年秋冬向けでは約30%混紡していたリサイクルポリエステルの割合を約100%に高める。つまり、SDGsを意識した取り組みを示すことで、購買層に値上げへの理解を求める狙いと見て取れる。だが、果たしてユニクロの購買層がどこまで納得するかである。

 ヒートテックはストレッチ機能や消臭機能を向上させる。女性用セーターは3D技術で立体的に編み上げ、縫製部分を減らして着心地を改善する。ストレッチや消臭の機能が上がったと言っても、素人の消費者が値上げに足りるだけの効果を実感できるとは思えない。3D技術によるセーターの着心地改善も、どこまで値上げを正当化させる理由になるかは、甚だ疑問だ。

 従来のユニクロは素材、縫製、機能性が「十分条件」なのに対し、価格が廉価だったから売れていたのである。購買層は「これくらいのレベルで、この値段なら買い」という感覚だったわけで、作り手が蘊蓄するほどの機能や着心地を求めていたわけではない。それが1000円も値上がりすれば、ユニクロ側に機能や着心地を上げたと言い訳されたところで、「確かにそうですね」と納得する層はほとんどいないだろう。

 フリースはユニクロをブランド化したアイテムだ。発売当時、業界メディアは「宇多田ヒカルのCDよりも売れた」と絶賛した。それまではパタゴニアやL.L.ビーンといった高価な海外ブランドしか無かったが、ユニクロは素材から開発してコストを下げ、廉価にすることでマス市場を開拓した。軽いし、保温性も高い。欠点は素材がポリエステルで、熱に弱いこと。キャンプでバーベキューした時、火の粉が飛んで焼け焦げたという体験談が続出した。

 一方、ワークマンは、溶接用で堅牢な「綿かぶりヤッケ(コットン100%)」をキャンプフリークのママさんブロガーが愛用していたのをきっかけに、一般向けのアウトドア用にアレンジする手法に打って出た。こうして生まれた「フルジップコットンパーカー」(2500円)は、発売からわずか7ヶ月で5万5000着を売り上げる大ヒット。これが何を物語るか。企画を見直すなら新たな購買層を意識したものづくりが不可欠で、既存アイテムの焼き直し程度では市場は動かないということである。


他のブランドが追随すれば、共倒れ

 では、他のブランドはどう対応するのか。概ね、現在の価格では高騰するコストを吸収できないから、値上げに踏み切るのは止む無しとみられる。ただ、商品のグレードにより、値上げしても売上げに影響ないものもあれば、かなり売上げを落とすものもあるだろう。例えば、高額所得者の富裕層を購買対象とするラグジュアリーブランドは、そもそもの価格が高いから購買層は1〜2割程度の値上げ幅では大して堪えない。




 ブリッジやモデレートのゾーンはどうか。先日、小売り主要12社中3社は5月の既存店売上高がコロナ禍前を上回り、9割まで回復した企業を含めると9社に達したとの報道があった。百貨店では三越伊勢丹が2021年5月比で2倍増、大丸松坂屋が同86%増、高島屋が同63%増。大手アパレルもアダストリアが同32%増、ユナイテッドアローズが同41%増、ワールドが同51%増と、このゾーンを販売する小売業では軒並み回復傾向にある。

 各社とも行動制限が解除された3月以降、旅行など外出を意識した街着や雑貨のほか、高級時計、宝飾など高額品が売上げを伸ばしたかたちだ。しかし、資源や原材料が高騰し食品など値上がりしているのに実質賃金は20年ほど上がっていない。厚生労働省が発表する毎月勤労統計調査を見ても、4月の実質賃金は4カ月ぶりにマイナスとなった。

 大手企業ではこの夏のボーナスがプラス13.8%となったようだが、円安によるコスト増で収益に影響が出ている企業もある。また、中小企業では業績は回復してきていても、人手不足でボーナスによる利益還元まで行き届いていないところの方が多いのではないか。冬のボーナスでは、値上げによる収益悪化で減額される可能性も出てくる。貯蓄に回れば消費が減退するから、短期的な見方では語れない。

 働き盛りの中間層が主に衣料品を購買するのは、駅ビルや都市型SC、百貨店に出店するブランド(EC経由でも)だ。中間層の購買力が落ちれば、アパレルへの影響は避けられない。購入するにしても完全に買い替えが必要なものか、目的買いのために貯蓄し我慢してきたものに限定される。これでは絶対量が捌けないから、全体の売上げ減は必至だろう。

 60歳以上になれば、よほどの洋服好きか、衣料品が業務必需品という人々でない限り、シーズン毎の買い替え、買い足しはしない。逆に1000円も値上げされたユニクロほか、百貨店系のブランドなどの割高さを見ると、一気に買う気も萎んでいくのではないか。




 おそらく、ユニクロより安いGUとか、廉価な量販専門店チェーン、郊外SCのカジュアルブランドなども値上げされるだろう。こうしたブランドや業態は低所得者を対象にしてきたため、生活必需品の値上げから彼らがこれらの商品を買い控えすれば、相当の売上げ減を覚悟しなければならない。値上げ各社は共倒れする予感さえする。

 もちろん、消費者はあらゆる生活防衛策をとっていくと考えられる。ことアパレルに関しては、インフルエンサーがSNSで思い思いに対処法を発信していくだろう。「値上げされたブランドの値下がりのタイミング」「買いを優先すべきアイテムとは」「古着とリメイクによる着こなし」等など。ただ、企業側にとってシーズン中に売れないまま期末に値下げすることは、収益の減少を意味し赤字に転落する恐れもある。

 識者の中には、「ブランド古着にシフトする人が急増する」という人もいる。確かに元値が高いブランドの古着は上質な素材を使い縫製も良く、デザインが秀逸なものも多い。それらが2〜3年程度の着用でほとんど劣化がないまま、価格が定価の3分の1以下になるのなら買いだろう。すでに自動車産業では半導体不足で新車が1年以上の待ちとなり、中古車の価格が上昇している。ものが無ければ、価格は上がる。これが経済原理だ。アパレルに置き換えても、ブランド古着に人気が集まれば、こちらも市場価格が押し上げられる。

 かつて「夜霧のハウスマヌカン」という唄があった。昼食にシャケ弁当を食べながら、1着数万円のブランド服を着て売場に立つ販売員を揶揄したものだ。このレコードが発売された1980年代半ば、20代前半の販売職の平均給与は13〜14万円。報奨制度があれば16〜17万円になることもあるが、押し並べて給与ベースは今よりは低かった。なのに、服は売れていた。彼女らの中には軽く100万円をこえるローンを抱える人もいた。商品単価が高かったから借金が嵩んでしまうが、それを返すために一生懸命働く販売員も少なくなかった。

 しかし、現在は商品単価が下がった反面、ローンを組んでまで買いたい服が中々ない。しかも、手軽に購入できる服がコスト高による値上げで、売上げを落とす憂き目に遭おうとしている。これだけは言えることだが、いつの時代もお金を出しても買いたくなる服があれば、高い売上げがつくのである。アパレルメーカー、小売業が値上げに踏み切るのであれば、並行して商品企画の見直しを迫られるのは言うまでもない。

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