HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

アンドエーの功罪。

2022-06-01 06:45:18 | Weblog
 セブン&アイHDが今年2月に手続きを始めた「そごう・西武百貨店」の売却問題。その二次入札が5月23日に締め切られた。結局、応札したのは米国のローンスターと同フォートレス・インベストメントグループ、シンガポールのGICといった海外の投資ファンドだった。

 募集当初は日本の三井不動産や三菱地所も参加するとの情報があったが、最終的に残ったのは外資3社のみ。そもそも三井や三菱といった不動産大手がそごう・西武に関心を示したと言われたのは、池袋や渋谷、横浜とった一等地に店舗を持つことから、オフィスビルやSCとして再開発するのではという見方からだ。



 しかし、蓋を開けると不動産大手は応札に二の足を踏んだ。西武の池袋本店については西武鉄道が保有していたり、渋谷店の土地は複数の地権者がいるため、落札しても再開発がスムーズにいくとは限らない。また、不採算店が多い地方店では百貨店のまま維持するのは難しく、SCに転換しても売上げが回復する保証はない。そうした懸念が影響したのではないか。

 加えてセブン&アイ側がそごう・西武側の社員の雇用維持を求めることもネックになった。買収した後、2000人以上に及ぶ社員をそのまま雇用できるのか。不動産大手もかなり熟慮したのではないか。百貨店のままではどっちみちリストラは致し方ない。雇用を維持するなら、まずは再開発ビル(SC)の運営管理で採用する。しかし、これは百貨店の社員を直接雇用することになり、とても全員の受け皿にはなれない。

 次に再開発ビルのテナントに採用してもらうケース。だが、どんな業種が入居するかはわからない上、百貨店社員のキャリアが生かせるかも不確か。地方店に勤務している場合は、現地に留まるのか、東京での採用活動になるのか。逆に社員側も独身者、妻帯者などで再就職の条件は異なるだろうから、応募はすんなりとはいかない。こうした諸々の事情が懸案となって結局、不動産大手は入札を断念せざるを得なかったと考えられる。

 不動産大手と言っても、買収資金は銀行からの借入となる。そごう・西武側は売却額を2000億円以上と提示した模様だが、それどころか有利子負債を3000億円も抱えている。銀行からすれば、そんな百貨店を買収して実際に再生できるのか、疑心暗鬼なってもおかしくない。融資に難色を示すのは当然だろう。

 外資ファンドとて条件は同じだろうが、彼らはどう考えたのか。おそらく、そごう・西武の買収価値に優先順位をつけたと思う。百貨店経営には何の興味も展望も持っておらず、最優先したのは池袋店や渋谷店などの不動産価値だ。百貨店のままリニューアルするにしても、解体して再開発ビルを建設するにしても、軌道に乗せた後、ビルごと高値で転売し元を取る方法をとるはずだ。地方店を閉店して被る損失より、都心店を売却して得られる利益の方が勝ると見積もったのではないか。「ハゲタカファンド」が一番得意とするやり口である。



 地方店にはついてはほとんど重視していない。一応、百貨店ブランドを維持した上でテナントビルへの脱皮を進める。百貨店機能は1フロア程度でサテライト店と外商部隊の拠点だけ残し、後のフロアはテナントに貸し出す。有能なコストカッターを送り込み、社員には退職金の積み増しなど一定条件をつけて退職勧奨を行う。「地方百貨店はもう時代にそぐわなくなった。皆さんもセカンドキャリアに邁進してほしい」とかの理由をつけてだ。

 日本では長年、解雇は社員の生活を脅かすとみなされ、裁判所も配置転換や再教育を重視し、解雇を認めない判断を重ねてきた。また、労使協調は雇用の維持が大前提だけに、経営不振の集団解雇はタブーになっていた。しかし、それはあくまで大企業に限ったもので、中小零細企業では解雇は当たり前に行われている。裁判所の審判に持ち込まれても、ほとんどが解決金の支払いで終結している。

 グローバル経済の今、解雇は不当だとの理屈をつけるは日本くらいだろう。むしろ、米国は世界で一番解雇規制が緩い国だ。そこのファンドが自らの利益のためなら、集団解雇に踏み込むなんて容易いのではないか。おそらく、コストカッターはそごう・西武の労働組合に対し、「百貨店はこれ以上必要とされないから人員削減が必要」という前提で、「赤字決算で新規雇用も中止し解雇する社員の人選は適切」で、「労使交渉・手続きは十分に行った上で結論を下す」というロジックで交渉を進めていくのは想像に難くない。


もの言う株主が外資ファンドを援護射撃?

 一方、親会社のセブン&アイに対しては、「もの言う株主」からの圧力が強まっている。5月26日の定時株主総会では、彼らが求めていた取締役の過半数を社外から招く人事案が承認された。表向きは稼ぎ頭のコンビニ事業に専念しろと迫っているようだが、裏ではファンドにそごう・西武を買い叩かせ、社員の雇用維持もなし崩しにしようとしているのではないか。

 カタログ通販のニッセンHDや大型専門店バーニーズジャパンの再建も待ったなしで、もの言う株主からすればセブン&アイの経営陣は責任追及の格好の相手になる。下手をすれば、次の総会で井坂隆一社長の解任動議が提案されてもおかしくない。それを取締役会にかけて社外取締役の賛成多数で可決し、自分らがコントロールしやすい経営者を外部からを招く。彼らがそごう・西武の買収にあたる外資ファンドの援護射撃を行うというシナリオである。

 もちろん、このロジックはあくまで推測の域を出ない。外資ファンドにとっても、そごう・西武の買収は容易ではないない。まず買収資金の調達だ。資金は投資家から集めるわけで、ハードルは低くない。ただでさえ、3000億円もの有利子負債を抱える百貨店買収にどれほどの投資価値があるのか。池袋や渋谷の不動産価値と相殺されてしまうのではないか。投資家がこうしたリスクを懸念すれば、資金を出すかどうかはわからない。



 そして、仮に買収できても、そごう・西武を再建して順調に収益を高められるかは未知数だ。両店は高島屋や三越のように富裕層の優良顧客を抱えていないし、伊勢丹新宿店のように高級&高感度なファッションで競争力を持つわけでもない。百貨店のままでは立ち行かないとすれば、SCに改装して脱皮を図るしかない。

 しかし、そうなると収益を稼ぐのはテナント次第になる。アパレルや雑貨では顔ぶれはほぼ出揃っており、売上的にも頭打ちだ。オフィスは都心の一等地に事務所を構えるところ次第になる。生産性を考えると、アプリの開発などを行う企業になると思われるが、それとて固定費の削減から地方に拠点を移したり、リモートで対応するところが増えている。オフィス需要が活発化するとは考えにくい。

 あとは自粛生活の浸透で売上げ好調なインテリア・家具の業態くらいだ。こちらなら賃貸スペースを稼げるし、パーソナルユースやリモートワーク需要といった新たなカテゴリーを販売するのに池袋、渋谷、横浜の店舗はもってこいだ。ニトリはビームスとコラボして商品を開発している。西武渋谷店なら絶好のアピール拠点になる。ただ、コストはそこそこかかるわけだから、ビル側は出店条件や家賃などで譲歩しなければならないだろう。

 もちろん、外資ファンドがそごう・西武を買収してSCに転換した場合、ビルを管理・運営するのは別会社になる。プロパティマネジメントという手法で、専門のデベロッパーにビルのメンテナンスからテナント誘致、賃貸契約にいたる交渉、家賃・共益費の回収、トラブル対応などまで業務を代行してもらうことになるだろう。

 買収した土地や建物自体は、「SPC(特別目的会社)」に保有してもらうことも考えられる。SPC側は土地や建物を保有するための資金を債券などを発行して調達し、この債権は一般の機関投資家に販売する。いわゆる不動産の証券化である。外資ファンドはそごう・西武を買収できれば、マージンを乗せてすぐにSPCに売却する流れだ。

 投資家にとっても、不動産に直接投資するよりも取引コストを権限することができる。また、様々な債権を保有してポートフォリオを組むことで、ビルごとの採算性や資金の分散を図った投資ができる。ただ、SPCは投資家に配当しなければならないため、そごう・西武なり、再開発したSCなりが順調に収益を上げていくという条件が付く。



 池袋や渋谷、横浜のような都心店舗なら、仮に両百貨店が倒産しても都心という立地自体が価値を持っているので、投資家は不動産価値を重視して、ビル運営は問題にはしないだろう。しかし、地方店、しかも賃貸ビルではこの手法では論外だ。

 水面化ではセブン&アイ、外資ファンドが腹の探りを繰り広げているのではないか。そごう・西武の売却が難航すれば、セブン&アイ本体の屋台骨すら揺るがしかねない。そうなると、経営陣の責任は免れなくなる。メリットもデメリットもある。買収に関する攻防の落とし所をどこにするのか。早くスッキリさせてほしいと願っているのは、両百貨店の社員やアパレルなどの取引先ではないかと思う。
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