HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

イブは、金曜日。

2021-12-22 06:55:09 | Weblog


 クリスマスまであと3日。そこで思い出した広告がある。1977年掲載の西武百貨店の新聞10段で、「イヴは、土曜日。」というコピーだった。週休2日ではなかった当時、半ドンの土曜日は貴重で今以上にテンションが上がっていた。それがクリスマスホリデーと重なれば、消費を盛り上げない手はないということだったのだと思う。

 ボディコピーでも以下のようなリード文が目を引く。「パーティの招待状なんて1通も来ないうちから、そのときは、こんなドレスにあんな靴、なんて」「うーん、ワインカラーのロングドレスなんて素敵だなァ。それにあっというような真っ赤な夜会用の靴をはいて」「フォーマルはもう、かた苦しい白と黒の時代じゃないんですね」。

 「例えば、モデルのキャシーが着ているこのドレス、西武オリジナルのパーティドレスです」「…ラインストーンがいっぱい使ってある。シンプルなデザインが着るひとの動きで華やかにも大胆にも見えるんです」「他にもラメやレースをぜいたくに使ったドレスがいろいろ揃っています」「となると、靴もドレスに引けをとらないものを。キラキラ光るシャインレザーの真っ赤なハイヒールを。その名もノクターン

 新聞広告だから商品価格も表示されていた。ロングドレスはアクリル100%ながら42,900円。西武オリジナルというが、おそらく別注だろう。シャインレザーのハイヒールは11,000円。広告ではこの2つのアイテムに絞って訴求されているが、パーティ会場まで出かけるにはボレロ風のジャケットやロングコート、ファーやアクセサリーなんかも必要になるから、コーディネート販売もできたと思われる。

 1977年と言えば、今から44年も前だ。大卒初任給は一流企業で12〜13万円だっただろうか。だから、このドレスや靴はボーナスを利用しないと購入できない代物。まあ、「クリスマスなんだから、このくらいの贅沢はいいじゃない」と、お客の上がったテンションを消費に結びつけたい西武百貨店の意図がうかがえる。

 コピーライターは西村佳也、アートディレクターは浅葉克己だが、この際制作スタッフが誰かはどうでもいい。むしろ、バブル景気も平成不況もやって来ていない時期に、商品政策と広告展開でここまで斬新というか、進歩的な生活提案をする西武百貨店には驚く。それもこれも西武グループの中で流通部門の総帥となった堤清二氏の存在抜きには語れない。自らも、代表室発行の「SASON GROUP 1988-’89」の中で、以下のように説明している。

 「生活者の欲求や期待を受けて、革新的に、より積極的に、一貫性を持って様々な事業を進めていく。それは人びとの期待や欲求に応える新しい価値創造への取り組みなのである。このような行動を支えるセゾングループの企業理念を、私たちは生活総合産業という言葉で表現しています」。同氏は身につけた米国的な近代性や合理性をもとに、流通事業を単なるものを売るのとは一線を画する文化ビジネスに押し上げていった。




 こうした西武百貨店の提案がきっかけとなり、80年代に入ると若年層でも一つ上をいくライフスタイルが脚光を浴びた。クリスマスホリデーには、フォーマルウエアを着てパーティを楽しむのは若者のトレンドになった。DCブランドもこぞってパーティ向けのドレスやスーツを企画したことで、雑誌のアンアンやブルータスではタイアップ記事も組まれた。

 当時はファッションスタイル自体が現在のようなカジュアル一辺倒ではなく、オンとオフの切り替えがはっきりして、ビジネスシーンでは男女ともスーツを着る人が圧倒的に多かった。つまり、フォーマル、オフィシャル、カジュアルとオケージョンがはっきりして、それぞれに合わせたアイテムが企画され、売れていたのだ。

 もちろん、ど・フォーマルでは気後れする人が少なくないので、スタイリストによってややカジュアルダウンしたパーティシーンの着こなし術も提案された。タートルのネック周りにシルクサテンのスカーフを巻いたり、ジャケットのラペルにピンアクセを付けたりなどと、いろんなホリデースタイルが楽しめた。


往年を知る60代がホリデーを楽しんでは

 90年代に入り、バブルが崩壊すると、ファッションはカジュアル主体となり、並行して低価格化が進んだ。そんな中、クリスマスホリデー向けのアイテムもすっかり影を潜めていった。さらに長引く不況で若者が仕事を探すのにも苦労したため、贅沢なお洒落に支出する余裕は無くなったとも言われる。まあ、完全に消滅したのではく、バブル期のように皆が浮かれる状況ではなくなったのだ。

 そして令和の今、百貨店を販路にする日本のアパレルは全く勢いがなく、次々と店舗を閉鎖してECにシフトしている。というか、感度も素材感も落ちまくって買う気になれないのが実際のところか。だが、70年代後半から80年代、バブル期を謳歌した世代が完全におしゃれ心を失ってしまったかと言えば、そんなことはない。現にコロナ禍による緊急事態宣言が解除されたこの冬は、百貨店で「ドレス」が売れているのだ。

 あるドレス専業メーカーも地方の専門店を中心にファンを獲得し、堅調な売上げという。いろんなレセプションに参加予定が多い女優やタレントからも、スタイリストを通じて引き合いが多いそうだ。つまり、中高年層からすれば機会さえあれば、コロナ禍が落ち着いたからおしゃれをして出かけたい層が確実にいるということ。

 コロナ感染者数は一時より減少傾向にあるが、オミクロン株の猛威で油断はできない。だから別に大掛かりなパーティではなく、カップルでクラシックのコンサートやジャズライブを鑑賞したり、ミュージカルや歌舞伎などを観劇するシチュエーションでいい。その後にレストランでコース料理とワインを楽しめれば、クリスマスとして最高だ。ドレスが売れているのはき、お客の方がそんな機会を持ちたいと思い始めているのではないか。



 Nouveau formel des années soixanteとでも言おうか。実際のマインドは遥かに若い新しい60代をターゲットにしたユーティリティの高い「余所行き」を打ち出してもいい。それは別にフォーマルウエアを企画して売るという意味ではない。日頃はオフィシャルで通用するアイテムだが、小物使いなどで一工夫すればパーティシーンでも着こなせるもの。

 バカの一つ覚えでECやOMOを叫ぶのではなく、業界自らシーンやオケージョンに合わせた着こなし提案をすべきではないか。中高年が大人のカルチャーライフを楽しむことで、逆に若年層も刺激されていくと思う。




 若者ならドレスなどは古着をうまく活用するだろう。ボディや袖のとこ所々をシースルーにするとか、胸元にカットオフを施したりとか、リメイクもある。ワンピースにフェイクファーや金刺繍のアタッチド・カラーを付けたり、ゴールドメッキやパール、カラーストーンのアクセなんかを組み合わせるだけでパーティ気分になれる。インフルエンサーも斬新なニューフォーマル、クリスマスホリデーの着こなしを提案して行けば、あっという間に火がつくのではないか。

 あとは「場」をいかに提供し、演出を含めたシチュエーションをいかに提供するか。これにはホテルやレストランがリカーベンダーなどと協業して企画する手もある。飲食に進出するアパレルがあるが、こうしたスペース作りにこそ挑戦すべきではないか。単なる外食では成功することは至難だ。むしろ、場づくりの方がアパレルのノウハウが活かせると思う。

 何もタキシードやスリップドレスを手がける必要はない。冬物衣料の発想を変え、少し贅沢で艶のある素材でアイテムを作ればいい。女性ならシワ加工のプリーツにするとか、シルク混のビスコースで光沢を出すとか。男性ではモッサのジャケットやベルベットのセットアップで十分。あとは女性がゴールドアクセやパール、フェイクファー。男性は派手目のネクタイ、シルクのスカーフ&チーフ、ラペルアクセをうまく使えばホリデーシーンに通用する。

 今年のイヴは、金曜日。まだ、時間はある。クリスマスホリデーをおしゃれに着こなす。そんなシーンの復活を大人のファッションから期待したい。

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