HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

変化に乗れる力。

2020-04-29 04:24:21 | Weblog
 新型コロナウイルスの感染拡大を避けるために、提唱されている「テレワーク」や「在宅勤務」。知り合いのメーカーさんでも、出社は交替制にして在宅勤務を行っているところがある。先日、担当者に仕事の電話をするとオフィスには出勤しておらず、「自宅でリモートワークをしている」とのことだった。ただ、業務内容によっては、それに馴染むものとそうでないものがある。だから、一様に行かないという声も少なくない。

 中小アパレルの場合、仕事の役割分担は企画デザイン、パターン、MD&生産管理、卸営業、そして経理事務くらいだろうか。この中で、リモートワークや在宅勤務に馴染むのは、企画デザイン、パターンと経理事務くらいだ。デザイナーやパタンナーは、自宅がアトリエや作業場を兼ねても、セルフコントロールとタイムスケジュールさえきちんとすれば、リモートワークは不可能ではない。経理事務も間接部門であることから、情報管理を徹底した上で在宅勤務は可能だ。

 しかし、デザインを製品化するMD、製品が仕様書通りかをチェックする生産管理は、ディテールや縫製加工、処理について隅々に至る指示や注文、でき上がった現品について工場の担当者とやりとりするから、全てをWebで行うのは難しい。米国のGAPではデザインがシンプルで発注量が某大だから、Webでやらないと仕事が捌けないという話は聞く。

 それでも実物を見て判断するのと、写真を見て確認するのとでは、どうしても後者で見落としややり残しが発生する。さらに仕様が複雑だったり、柄合わせが緻密だったりすると、書類に明記するだけでは心もとない。その人の性格にもよるが、工場の担当者に直に会って話さないと、気が済まないという人もいる。

 筆者がかつて一緒に仕事をしたMDさんは、「自分は石橋を叩いて叩いて渡らない性格だから」と、公言していたほどで、几帳面極まりなかった。工場の担当者からすれば、あまりの細かさに付き合いづらかったようだが、今回のコロナ禍であのMDさんがリモートワークせざるを得ないと一体どうなるんだろうかと、思ってしまった。

 取引先に製品を卸販売する営業はなおさらだ。でも、大手では20年秋冬展示会を延期したり、中止するところが相次いでいる。替わって個別に商談会を設けたり、資料や写真を取引先にメールで送ったりする方法が採用され始めた。ワールドのワールドアンバーは、東京での4月展をWebおよびカタログによる商品提案に切り替え、これからはWeb展示会の機能を充実させるという。また、バイヤーにカタログを送付し、電話で発注を受けたり、動画をSNSにアップしたりと、商品提案のやり方を模索しているようだ。

 時間をかけて準備し、場所やスタッフを確保して行うリアルな展示会と、カタログという資料制作は必要なもののバーチャルで行えるWeb展とでは、効果はどうなのだろうか。それぞれ経費や手間がかかるので、一長一短はあると思う。だが、結果的にWeb展でもバイヤーからの発注に大差ないとなれば、その流れは一気に進むかもしれない。メーカー側は少しでも展示会の経費は削らしたいだろうし、小売り側も出張旅費がカットできて、その分を別の仕入れに回せるのなら、「Web展でもいいや」となってしまう。

 個人的には、カタログやWebによる商談や展示会は、やはりしっくりこない。でき上がってきた服はまだ「製品」の域を出ていないし、それが「商品」になるのは小売店の店頭に並んでからだ。そのためには展示会でバイヤーに現物を見て、納得して仕入れてもらうことが必要だし、メーカーの営業にはバイヤーとの間で、微に入り細にわたってのセールストークが欠かせない。

 デジタルカタログやメールによるコミュニケーションだけでは、どうしても現物に触れてもらえないから、服に対する思いや情熱が伝えられないし、伝わらない部分もある。商談の成否は現物を通したリアルなコミュニケーションにかかることも、往々にしてあるからだ。


リモートワークが当たり前になる



 とは言いつつも、デジタルワークは時代の流れだから、変えようがない。これは中小アパレルでも同じだ。零細のメーカーならスタッフはデザイナー1名、パタンナー1名、MDや生産管理1名、経理事務1名、営業3名ほどで回している。大手のように担当部署が壁で仕切られているわけでもない。だから、毎シーズンの企画会議と言っても、営業がバイヤーを通じて得た情報と、デザイナーが作りたいものを車座になって話し込みながら、すり合わせていくような形態だ。このスタイルがコロナ禍で在宅勤務になったために、零細メーカーでもSkypeやZoomなどのアプリを使ってオンライン会議が行われているのではないか。

 逆に少人数の社内会議はスタッフ同士の距離感がないので、それぞれが却って気を使ったり、言いたいことをセーブすることもあった。これがオンライン会議だと喋りやすくなって、少しはハードルが下がるかもしれない。「こんな感じのデザインはこれまでにないよ」「こういうお客さんが買うんじゃないかな」「この生地を使ってずっと作ってみたかった」と、自由闊達な意見が出て会議の生産性も上がっていく。それはぞれでいいことだと思う。

 アパレル不振が叫ばれて久しいが、そこから脱却する術は、何も機能性やスペックとは限らない。百貨店系アパレルのように原価率を下げ過ぎて顧客からそっぽを向かれたケースもあるし、何でもブランドで仕掛ければ客層が広がると勘違いされたケースもある。その反省に立った上でのもの作りも求められている。また、お客さんからすれば、ECで購入できる利便性は認めつつも、商品に触れることで得られる雰囲気や世界観も求めているはず。何より、作り手の思いや情熱を肌で感じてもらうのが、アパレル現場には不可欠だと思う。

 小売りの店頭でも新型コロナウイルスの感染拡大を避けるために、お客さんとの対面を避けて、ソーシャル・ディスタンスを導入したり、デベロッパーの要請で営業時間を短縮しているところがある。逆にインターネットの利用に抵抗がない店舗は、スタッフがSNSを通じて商品情報を積極的に発信している。ただ、ECが浸透するに従って、店頭売上げの減少は避けられず、そんな手法がすっかり定着すれば、コロナ禍が終息した後の雇用環境は大きく変化するかもしれない。必要な人間と必要でない人間がハッキリ線引きされるのだ。

 それにしても、アパレル業界を俯瞰で見ていくと、川上から川下まで、その周辺にはいろんな人々が関わっている。企画や生産、営業などの身内だけでなく、材料や副資材、製品を生み出す産地、製品の運搬に携わる物流、インフラに従事する人々も大勢いる。そんな方々はコロナ禍であっても、毎日工場に顔を出し、終日トラックに乗り、昼夜倉庫作業を担わなければならない。あるメーカーさんの話では、「中国の100%稼働しているが、こちらが行けないのと、日本の先行き不透明が悩ましい」のだとか。生産や流通の現場を支えてくれている人々を守ることも、業界としては大事な役目だし、決して置き去りにはできない。

 今後、リモートワークや在宅勤務では個人の力量が試され、その人がどれだけの付加価値を生むのかが明確になっていく。おそらくコロナ禍が終息して、在宅勤務がスタンダードになれば、そんな環境を整備していない人やそれをこなして売上げを積めない人は、企業から必要ない人間との烙印を押されないとも限らない。個人にもイノベーションや仕事に対する意識改革が必要になるのだ。それでも、みんながみんな変えられるわけではないだろうし、非常に不条理で歯がゆい社会になっていくと感じる人も、一定数はいるだろう。

 筆者はグラフィックデザインにも首を突っ込んできた。1990年代前半には急速なデジタル化で「写植」や「版下」がなくなってしまった。その作業に従事するオペレーターやフィニッシュマンが職を失ったのは、他人事ではなかった。2010年代にはカメラマンやイラストレーターも、インフルエンサーの台頭とデジタルストックの影響から仕事が激減した。明日は我が身の心境でもあるが、今のところはテレワークで仕事をこなせているので、何とか持ちこたえている。しかし、コロナ禍の終息後にはポストワークに第三の波が訪れるのではないか。仕方ないと思う反面、抗いたい気持ちがないでもない。

 ただ、もはや時代の流れは変えようがない。少なくともリモートワークに臨まなければならない環境にいる人間は、今が過渡期であることを受入れ、そうした環境に適応できるように自らを変えていくしかない。それでも、個人的には多少のゆとりは持ちながら、でき上がって来た現物の商品を見ながら、メーカーさんと「あーじゃーこーじゃ」と言える機会が少しくらいはあってもいいかと思う。取引先やお客さんも変わらざるを得ないのだから、そうした変化の中で人間的な関係性を保っていくかが問われている。
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