HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

大市場=マスプロではない。

2019-10-09 04:57:08 | Weblog
 バブルが崩壊した90年代初頭。日本ではファッション消費が陰りをみせた。それまで売れていた百貨店系アパレルや高級ブランドは売上げを落とし、若者向けで値ごろな平成ブランドやフレンチカジュアル、渋カジが台頭した。また、大規模小売店法が改正されて郊外にショッピングモールが誕生すると、低価格アパレルが次々と店舗を拡大した。それらも日常に着られるカジュアルが中心だった。

 ファッションのカジュアル化は、平成不況が蔓延した日本だけではない。米国で開催される最大級のアパレル展示会「MAGIC」を見ても、出店するブランドは外衣中心の「テーラードクロージング(スーツ、コート、ジャケット、トラウザース)」を減らし、カットソーやデニムを利用した「ウエア」、 スポーティーな「パンツ」を増やしていった。こうした展示会の様変わりを見るにつけ、「カジュアル化は世界中の潮流だな」と感じたものだ。

 アパレルがカジュアルシフトし、より大きなパイを狙ってグローバル戦略を進める上では、経済発展しているエリアや人口が多い市場に打って出る。まず、2000年代に入り目覚ましい成長を遂げた中国だ。そして次にはブラジルやロシア、インドが控え、さらに人口が多い東南アジアのタイやインドネシア、ベトナムも期待されている。

 ただ、アパレルは気候や風土の影響を受ける。ロシアは大部分を冷帯・寒帯が占め、年間の平均気温は20℃台。薄手の衣料より防寒着の方が必需品になる。逆にブラジルやインドは気温が高温になり、雨期や乾期もある。日中に重衣料で過ごすことはまず無い。

 また、経済発展が続くと社会構造も変わる。それまで製造業主体だったものから、都市部で金融や不動産のビジネスが成長すると、仕事内容や職種は変わっていく。オフィスで働くホワイトカラーは取引先との商談や営業などに従事するため、カジュアルウエアに代わってスーツやドレスシャツ、ネクタイ、革靴などのニーズが生まれてくる。やはり、欧米流のドレスコードは一定の段階を踏むので、IT業界のようにいきなりラフなスタイルでOKというわけにはいかない。

 世界のマスマーケットに通用するのは、カジュアルウエアで間違いないが、各地域、国ごとの経済事情や社会構造を見て企画を修正しなければならない。生産効率だけを重視し世界中に同じアイテムをデリバリーしても、必ずしも売れるとは限らないのだ。LevisやGAPが世界戦略で必ずしも好業績を上げられないのは、外資規制だけでなくそうした理由もあるだろう。

 一方、アパレルは国や地域ごとの文化や風習、宗教の影響も受けやすい。分かりやす例が、イスラム圏やムスリムの女性たちだ。アラビア半島では目と手足以外は黒い布で隠す伝統衣装「アヤバ」を纏う。そこまで戒律が厳しくないインドネシアなどでは、スカーフのような布で頭髪だけを隠す「ヒジャブ」を着用している。

 だからと言って、イスラム圏の女性が全くお洒落をしないかと言うと、そんなことはない。彼女たちは肌や頭髪の露出が極めて制限され、また外衣を自由に選べないため、インナーウエアにド派手なものを好む傾向があるようだ。自らの文化や風習を頑に守り、宗教に対しも敬虔な人々が暮らす国々やエリアでは、欧米のカジュアルウエアがすんなり市場を形成できるとはいかないようである。



インド人が着るユニクロとは

 目下、ラグビーW杯の真っ最中だが、世界中の人々の普段着を目にすると、世界に打って出るには、どんな商品戦略がいいのか。ついつい考えてしまう。そんな矢先、ユニクロが「デリーを拠点とするインド人デザイナーのリナ・シン(Rina Singh)と初めてコラボレーションした『クルタ・コレクション』を発表した」というリリースを目にした。(https://www.fastretailing.com/jp/group/news/1910041500.html)

 ユニクロにとっては中国事業が好調とは言え、次なる大市場を睨むのは当然だ。日本はこれ以上伸びようがないし、欧州ではミラノ進出を果たしたものの、店舗拡大はアジアほど進んでいない。米国事業はずっと苦戦が続いている。残る市場で有望なところと言えば、人口が多く経済発展しているインドだろう。進出構想は10年以上前からとの話もあり、それだけ魅力に感じていたということだ。

 すでにインディテックスやH&Mが先行しているが、インドでは金額ベースで取り扱う商品の最低30%を現地で調達しなければならないという。文化や風習、気候風土によるデザインや嗜好の違いの他に、こうした厳しい外資規制の影響で、大手は苦戦を続けているようだ。後発のユニクロとしてはまず、市場のニーズを拾い上げる方向で、現地をよく知るデザイナーと組み、じっくり攻めていこうということか。当然、将来的にはインドを市場としてだけでなく、生産拠点に加えることも視野に入れているはずだ。

 リナ・シンはネイティブなインド人で、ファッションスクールを卒業後、英国留学を経て国立ファッション技術校に勤務し、2011年に自身のレーベル「Eka」を発表している。インドの文化や風習、気候風土が生活に与える影響を熟知し、インド女性の衣服に対する考え方も理解している点でも適任だ。日本や欧米のような成熟市場では、活性化のために世界的なクリエーター起用もあり得るが、インドのようにこれからのところは、まず現地に即したマーケティングやもの作りが最優先されるということだ。



 クルタ・コレクションはさる10月4日、ニューデリーにインド1号店(アンビエンスモール・バサントクンジ店)をオープンしたことで、来年10月から発売するという。インド女性の日常着である伝統服「クルタ」をモチーフにチュニック、ドレス、パンツの4つのカテゴリーを展開。インドの蒸し暑い気候に合わせ、快適に過ごせるように素材にはプレミアムリネンやコットンのほか、ユニクロと東レが共同開発したイージーケアのレーヨン生地を使用している。 価格帯は2,990円〜4,990円 (ストールは1,500円)で、日本と同程度の設定だ。

 価格設定はユニクロの世界標準のまま。レギュラーの商品はすでに販売されているが、こちらもほぼ同じ水準だと思う。これが一般的なインド人にとっては高いのか。同国の給与所得者の平均年収は、直近のデータで約184万円。平均月収は約15万円となっている。これを見ると、少し背伸びすれば、ユニクロの価格帯なら買えなくはない。ただ、平均所得の伸びは経済成長に伴うものであり、都市と地方の格差もある。地方の主産業である農業従事者は月額約17,000円、商業(商店)は同約10,000円というデータもある。

 都市部ではIT産業が発展していることもあり、ソフトウエア開発者は620万円以上、ソフトウエア開発のプログラマーは1000万円以上を稼ぐと言われる。こうしたIT技術者の高額な報酬が平均給与を押し上げていると見られる。そう考えると、当面の店舗展開はインフラ整備の関係や年収の伸びとともに、消費意欲が旺盛な都市部中心の展開になるだろう。


バングラデシュの躓きから学ぶ

 ユニクロをより慎重にさせるのは、過去に苦い経験があるからだ。2013年7月、ユニクロはそれまで製造拠点の一つでしかなかった「バングラデシュ」に出店した。「Grameen UNIQLO」という90㎡程度の小型店を首都ダッカに2店同時オープン。イスラム圏であることは十分に認識し、商品企画にもそのテイストを取り入れたが、レディスアイテムは全く売れなかった。

 詳しくリサーチしなおすと、バングラディシュの女性は一般のカジュアルウエアをほとんど持っておらず、「民族衣装しか着ない」ことが判明した。マーケティングの精度を疑うような事実だが、現地に乗り込んだスタッフは、とりあえず他社から民族衣装を仕入れて急場を凌いでいる。また、報告を受けた柳井正社長の鶴の一声で、自社で民族衣装を作る=企画の大幅な変更を余儀なくされたという。数々の失敗を重ね、それを糧にして来た柳井社長のことだから、バングラデシュ出店の躓きがインド出店では学習効果として働いたのではないか。
 
 インドでは同じ轍は踏まない。また、進出を計画して10年以上の年月が経っている。結果的に現地を良く知るデザイナーと組んで、現地向けの企画も用意する方が得策との判断に行き着いた。それが売れるという保証はないが、売れなければユニクロのことだから迅速に修正を施すはずだ。加えて商品や品揃えだけでなく、売場づくりや接客サービス、日本流のホスピタリティがどこまで通用するか。それも重要になる。

 「人口は2030年には中国を抜いて世界一になる」「国民は優秀(2ケタの九九が言える)、IT産業が急速に発展している」「都市部には富裕層が多く、平均月収は1600万円以上」等々。日本の経済界はインドに対し、概ね高く評価している。しかし、アパレルビジネスはそんなに簡単にはいかない。人口が多くて市場規模が大きく、経済成長しているからと、マスプロダクトの商品を投入しても、前出の通りすんなり売れないからだ。

 まずは現地にじっくり根を下ろして、インドをよく知らなければならない。ビジネスにはスピードが必要だが、効率を優先すればかえって現地の反発を招く。GAPやForever21の世界戦略の失策を見て、ユニクロは十分に学習していると思う。独立独歩でありながら柔軟に攻めていく。これからの市場攻略には知恵と工夫と時間が必要のようである。

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