いつの頃だろうか。スポーツの国家代表やサッカー、野球などのチームが「オフィシャルスーツ」を着用するようになったのは。
契約期間はオリンピックやワールドカップの開催スパンの4年程度で、提供企業も世界的なアパレルブランドからスーツ量販店までとピンキリ。支給されるアイテムもスーツ上下以外にシャツやネクタイ、カフスボタン、腕時計、サングラス、下着までと様々だ。
代表的な例では、サッカーのイングランド代表がイタリアのジョルジオ・アルマーニ社と2006年のワールドカップドイツ大会に向けて契約していたケースがある。
デビッド・ベッカムがサッカー選手として全盛期の頃で、アルマーニ自身がベッカムに着てもらうことを前提にデザインしたという。
あのルーニーでさえ、ミッドナイトブルーのジャケットとワイドスプレッドのシャツを着ると、様になっていた。さすがアルマーニのデザインである。
ただ、イングランド代表はその後の2大会は地元英国の小売業、マークス&スペンサーと契約した。今度はアルマーニような高級ブランドから一転して、同社のPBとなったのだ。日本で言えば、西武や大丸といった百貨店クラスのスーツだろうか。
他にイタリアのサッカー代表は、母国を代表するデザイナーのドルチェ&ガッバーナ。ドイツ代表のヒューゴ・ボスなどが有名だ。
日本のスポーツチームも、活動資金の捻出が当たり前の今、オフィシャルスーツをブランドメーカーや小売業のPBと契約するケースが増えている。
サッカーの日本代表は英国のダンヒル、なでしこジャパンはワールドのアンタイトル。野球の侍ジャパンは米国ブランドのブルックスブラザースと契約し、この秋から同じ商品が一般販売されている。
驚いたのは、水泳の日本代表である。記者発表の集合写真を見ただけではわからなかったが、契約ブランドは「エンポリオ・アルマーニ」だった。イタリアのジョルジオ・アルマーニ社のセカンドブランド、ディフュージョンラインだ。
相手は水泳選手。男子は上半身がムキムキだし、女子も肩幅が一般女性の比ではない。フルオーダーとまではいかないまでも、一人ひとり採寸をしたということだから、商品提供以上に同社のサイジングや仕様ノウハウを凄さを物語る。
選手にとっても日頃はジャージ姿で過ごせても、公式行事や記者会見などに参加する時のドレスアップは悩みの種だと思う。
「K-1選手が御用達」などを謳い文句に、「数万円で誂えます」をアピールする仕立て屋もあった。最近では上半身と下半身のサイズが極端に違うスポーツ選手向けの「格安」オーダーもあるくらいだ。
しかし、世界を相手に金メダルを狙っている代表選手が有名スポーツブランドの高機能ウエアを着ながら、スーツが格安では何とも不釣り合いな気持ちだろう。
そこ行くと、アルマーニ社がジャストフィットのスーツを提供してくれたことは、願ったりかなったりではなかったのか。
かつては、プロボクサーのマイク・タイソンも、特徴あるアルマーニラインそのままにあの鋼の肉体を包んでいた。
これらのケースを考えると、アルマーニ社は既成服デザインをそのままオーダー仕様に変えられるノウハウを持っているとも考えられる。
既成服で十分な一般人にはあまり意味がないことが、高級ブランドメーカーとしてグローバル戦略を実践する上では、どこまでも貪欲だということである。
それでは日本のブランドやメーカーはどうなのか。サプライヤーとして商品提供することはそれほど難しいことではない。しかし、契約料を支払ったり、一人ひとりの選手に細かくサイズ対応できる企業は限られるようである。
そんなことを考えている時、契約企業にとっては「笑えない事件」が飛び込んできた。ラグビー日本代表五郎丸歩選手の「報道ステーション出演中、スーツが破れる」というニュースだ。
ラグビー日本代表は、ワールドカップイングランド大会前には、あまり話題にならず実に地味な存在だった。種目の人気度の影響してか、サッカーや野球と違ってスポンサーも限られていたが、日本代表のスーツは洋服の青山が2011年から契約し、提供していた。
スーツは同社の高級ブランド、ヒルトンの仕様をベースにしたオリジナル。イタリアのテキスタイルメーカーのネービーストライプの生地が用いられていた。ワールドカップイングランド大会などの国際大会をはじめ、公式行事への出席や渡航時に着用してもらう条件で、今年までの契約になっている。
「事件」に至る経緯はわからないが、おそらく着ていたスーツは青山のもとの思われる。キャスターの古館伊知郎が番組中に気づきながらも、インタビューを優先するあまり、「スーツが破れたことについては、気づいていたが終了までに喋らなかった」と、自ら本番中に語っている。
破れた箇所は、背中右肩甲骨脇の「後身頃と細腹との縫い合わせ部分」である。スポーツ選手、特にラグビー選手は背中心に広がる僧帽筋と接する「大円筋」は一般人に比べるとハンパなく発達している。
最近のラガーシャツがTシャツのような平面パターンでなく、立体裁断になっているところも見ても、柔なウエアでは通用しないということを如実に物語る。
さらにウエイトトレーニングで上腕三頭筋や上腕二頭筋も鍛えているから、少し腕力がかかっただけで、「後ろ身頃」や「細腹」は相当の力で引っ張られることになる。
しかも、番組シチュエーションは通常の報道ステーションとは違っていた。普通はカメラの画角に合わせテーブル中央に古館キャスター、左に女子アナ、右がコメンテーターやゲストという風に位置取りが決まっている。
普通に座っていれば、それほど上着に負担がかかることはないだろう。
ところが、Vを見る限りではインタビューは、釣り堀のセットを前にビールケースのような椅子に古館、女子アナ、五郎丸選手が前かがみで座って行われた。おそらく、テレビ的に五郎丸の選手の身体を強調するためにディレクターの意図があったのかもしれない。
古館キャスターは、スーツが破れるほどの筋肉の動きと、十八番のプロレス実況風で、その場を収めた。スーツが破れたことを強調すれば、スポンサーへの配慮を欠くと、瞬時に判断したかどうかはわからないが、縫製技術の知識などないのだから仕方ない。
でも、もしスーツを提供したのが青山だとすれば、心境は幾ばかりだろうか。
同社はバブル崩壊後の不況を追い風に「青山は安い」と有名俳優を広告塔にしてアピールした。加えて朝鮮系金融機関の低利融資をバックに、郊外型スーツ量販業態を大量出店し、一気に知名度を上げた。
マスメディアも、こぞって「80%値引き」だの「90%オフ」だのと格安スーツを取り上げ、平成不況の中での青山の躍進を後押し、市民権を得た。その後、オンリーなどが参入し、ツープライススーツが定着したことを考えると、同社の貢献度は計り知れない。
一方で、メディアを通じて肝心な「なぜ、そこまで安いのか」という業界的解説やカラクリが報道されたことはほとんどなく、一部では「安かろう、悪かろう」のイメージが根強くあったことも否定できない。
だから、今回のケースでも「やっぱ、青山だから」「所詮、青山のスーツ」と、風評被害が起こるのがいちばん怖いのである。
企業がスポーツチームをスポンサードするのは、スポーツの清廉なイメージからブランドロイヤルティを高める目的がある。その先にはメディア露出を活用して、マーケティング効果に期待しようという目論見もあるだろう。
グローバル戦略を考えれば、国際的に知名度の高いスポーツは、海外戦略への影響度も大きい。
ラグビー日本代表は戦前の注目度はそれほどでもなかったが、ワールドカップ3勝という実績は、日本の実力を世界にまざまざと見せつけた。そして、多くの俄ファンまで獲得するという想像もしていなかった効果をもたらした。
同時にスーツを提供した青山にとっても、帰国後の代表記者会見をはじめ、選手個々がいろんなメディア出演することは、同社のスーツを多くの人々に見せつけ、契約料以上の広告効果につながっていたはずだ。
しかし、一番の人気でメディア出演のオファーが殺到した五郎丸選手のスーツが破れたのは、青山にとっては笑えないオチどころか、一大事件と言うほかはない。
ラグビー日本代表にスーツを提供したことは、他のスポーツチームとは多少意味合いが違うと思うからだ。
相手は一般のスポーツマンでなく、筋骨隆々の荒ぶる猛者たちである。スーツ量販店トップの青山としては、屈強なラガーマンを通して、自社ブランドの品質の良さをアピールしたいとの意図が少なからずあったと思う。それが裏切られたのは事実なのである。
昔、「象が踏んでも割れない筆箱」というのがあったが、ラガーマンの鋼の肉体を包む上質スーツの方がはるかにリアリティがある。それが破れたのは現実なのである。
青山に限らず、スーツを提供した企業は、その原因が何かを広報するか、しないかを別にして、やはり確かめないといけないだろう。
「イタリア製の生地が意外に耐久性がなかった」
「使用したポリエステル糸が弱かった」
「縫製仕様に問題があった」
「背裏、見返し合わせ縫いが甘かった」
「見返し、脇閉じ縫いに手を抜いた」
「既成のパターンを安易に流用した」
等々、理由はいろいろと考えられる。
それ以上に「五郎丸選手の体格や筋肉の動きが優った」と言うこともできる。映像を見るだけでは、何が原因だったのかわからないし、五郎丸選手には何の罪もない。でも、破れたことは真実だし、破れるスーツを提供したことも事実なのである。
筆者の父親が30代の頃着ていたスーツは、ほとんどオーダーだった。今のように既成服が出回っていなかったこともあり、各企業にはスーツの仕立て屋さんが定期的に訪問し、注文をとっていた。縫製も随所に手縫いが生きた職人技っだった。
それを目の当たりにして、現役バリバリの洋裁師だったお袋は、自分が手掛けるレディスオートクチュールと比較して、技術の細かさや匠の技を絶賛していたのを憶えている。
それから何十年の時を経て既成服のスーツが浸透し、それなりのレベルを維持している。しかし、スーツ量販店の「安いスーツ」が生地、糸、縫製、副資材などあらゆるコストダウンの上で生まれたのも紛れもない事実だ。
今回のラグビー日本代表のスーツがそうしたノウハウを封印して、まったく独自のオーダー仕様で作られたとは考えにくい。
もしかしたら、アルマーニのスーツでも、マークス&スペンサーのスーツでも破れるかもしれない。侍ジャパンが契約するブルックスブラザース、神戸製鋼ラガーメンが着るマリオ・バレンチノでも、同じようなことが起きないとも限らない。
言い訳はいくらでもできるだろうが、破れたのは事実だし、提供相手が注目株のラガーマンということを考えれば、青山のスーツに対する信頼が揺らいだのは間違いないだろう。
青山のようなスーツ量販店がマーケティング的にアルマーニ社のように既成服デザインをそのままオーダー仕様に変えられるノウハウを必要としているかと言えば、それはないだろう。
しかし、アパレル関係企業として何が破れた原因なのか、確かめて今後の素資材調達や縫製仕様、それから生まれる品質の改善に役立てることは不可欠ではないのだろうか。
2020年にはオリンピック東京大会が開催される。今後は各スポーツチームへのスポンサードも活気を帯びてくるはずだ。
オリンピックのたびに物議を醸している日本選手団のスーツ問題が再燃するのは想像に難くない。それを見込んでスポーツ選手にオフィシャルスーツを提供しようという企業も登場してくるだろう。
かつてないスポーツメガイベントに向って、スポーツ団体はアパレル関係企業にとっても、格好のマーケティング手段となっていく。
今回の事件は、スポーツマーケティングというビジネスの背景にある「落とし穴」を晒したことになった。スポンサー企業にとっても、良い教訓になったのは確かである。
契約期間はオリンピックやワールドカップの開催スパンの4年程度で、提供企業も世界的なアパレルブランドからスーツ量販店までとピンキリ。支給されるアイテムもスーツ上下以外にシャツやネクタイ、カフスボタン、腕時計、サングラス、下着までと様々だ。
代表的な例では、サッカーのイングランド代表がイタリアのジョルジオ・アルマーニ社と2006年のワールドカップドイツ大会に向けて契約していたケースがある。
デビッド・ベッカムがサッカー選手として全盛期の頃で、アルマーニ自身がベッカムに着てもらうことを前提にデザインしたという。
あのルーニーでさえ、ミッドナイトブルーのジャケットとワイドスプレッドのシャツを着ると、様になっていた。さすがアルマーニのデザインである。
ただ、イングランド代表はその後の2大会は地元英国の小売業、マークス&スペンサーと契約した。今度はアルマーニような高級ブランドから一転して、同社のPBとなったのだ。日本で言えば、西武や大丸といった百貨店クラスのスーツだろうか。
他にイタリアのサッカー代表は、母国を代表するデザイナーのドルチェ&ガッバーナ。ドイツ代表のヒューゴ・ボスなどが有名だ。
日本のスポーツチームも、活動資金の捻出が当たり前の今、オフィシャルスーツをブランドメーカーや小売業のPBと契約するケースが増えている。
サッカーの日本代表は英国のダンヒル、なでしこジャパンはワールドのアンタイトル。野球の侍ジャパンは米国ブランドのブルックスブラザースと契約し、この秋から同じ商品が一般販売されている。
驚いたのは、水泳の日本代表である。記者発表の集合写真を見ただけではわからなかったが、契約ブランドは「エンポリオ・アルマーニ」だった。イタリアのジョルジオ・アルマーニ社のセカンドブランド、ディフュージョンラインだ。
相手は水泳選手。男子は上半身がムキムキだし、女子も肩幅が一般女性の比ではない。フルオーダーとまではいかないまでも、一人ひとり採寸をしたということだから、商品提供以上に同社のサイジングや仕様ノウハウを凄さを物語る。
選手にとっても日頃はジャージ姿で過ごせても、公式行事や記者会見などに参加する時のドレスアップは悩みの種だと思う。
「K-1選手が御用達」などを謳い文句に、「数万円で誂えます」をアピールする仕立て屋もあった。最近では上半身と下半身のサイズが極端に違うスポーツ選手向けの「格安」オーダーもあるくらいだ。
しかし、世界を相手に金メダルを狙っている代表選手が有名スポーツブランドの高機能ウエアを着ながら、スーツが格安では何とも不釣り合いな気持ちだろう。
そこ行くと、アルマーニ社がジャストフィットのスーツを提供してくれたことは、願ったりかなったりではなかったのか。
かつては、プロボクサーのマイク・タイソンも、特徴あるアルマーニラインそのままにあの鋼の肉体を包んでいた。
これらのケースを考えると、アルマーニ社は既成服デザインをそのままオーダー仕様に変えられるノウハウを持っているとも考えられる。
既成服で十分な一般人にはあまり意味がないことが、高級ブランドメーカーとしてグローバル戦略を実践する上では、どこまでも貪欲だということである。
それでは日本のブランドやメーカーはどうなのか。サプライヤーとして商品提供することはそれほど難しいことではない。しかし、契約料を支払ったり、一人ひとりの選手に細かくサイズ対応できる企業は限られるようである。
そんなことを考えている時、契約企業にとっては「笑えない事件」が飛び込んできた。ラグビー日本代表五郎丸歩選手の「報道ステーション出演中、スーツが破れる」というニュースだ。
ラグビー日本代表は、ワールドカップイングランド大会前には、あまり話題にならず実に地味な存在だった。種目の人気度の影響してか、サッカーや野球と違ってスポンサーも限られていたが、日本代表のスーツは洋服の青山が2011年から契約し、提供していた。
スーツは同社の高級ブランド、ヒルトンの仕様をベースにしたオリジナル。イタリアのテキスタイルメーカーのネービーストライプの生地が用いられていた。ワールドカップイングランド大会などの国際大会をはじめ、公式行事への出席や渡航時に着用してもらう条件で、今年までの契約になっている。
「事件」に至る経緯はわからないが、おそらく着ていたスーツは青山のもとの思われる。キャスターの古館伊知郎が番組中に気づきながらも、インタビューを優先するあまり、「スーツが破れたことについては、気づいていたが終了までに喋らなかった」と、自ら本番中に語っている。
破れた箇所は、背中右肩甲骨脇の「後身頃と細腹との縫い合わせ部分」である。スポーツ選手、特にラグビー選手は背中心に広がる僧帽筋と接する「大円筋」は一般人に比べるとハンパなく発達している。
最近のラガーシャツがTシャツのような平面パターンでなく、立体裁断になっているところも見ても、柔なウエアでは通用しないということを如実に物語る。
さらにウエイトトレーニングで上腕三頭筋や上腕二頭筋も鍛えているから、少し腕力がかかっただけで、「後ろ身頃」や「細腹」は相当の力で引っ張られることになる。
しかも、番組シチュエーションは通常の報道ステーションとは違っていた。普通はカメラの画角に合わせテーブル中央に古館キャスター、左に女子アナ、右がコメンテーターやゲストという風に位置取りが決まっている。
普通に座っていれば、それほど上着に負担がかかることはないだろう。
ところが、Vを見る限りではインタビューは、釣り堀のセットを前にビールケースのような椅子に古館、女子アナ、五郎丸選手が前かがみで座って行われた。おそらく、テレビ的に五郎丸の選手の身体を強調するためにディレクターの意図があったのかもしれない。
古館キャスターは、スーツが破れるほどの筋肉の動きと、十八番のプロレス実況風で、その場を収めた。スーツが破れたことを強調すれば、スポンサーへの配慮を欠くと、瞬時に判断したかどうかはわからないが、縫製技術の知識などないのだから仕方ない。
でも、もしスーツを提供したのが青山だとすれば、心境は幾ばかりだろうか。
同社はバブル崩壊後の不況を追い風に「青山は安い」と有名俳優を広告塔にしてアピールした。加えて朝鮮系金融機関の低利融資をバックに、郊外型スーツ量販業態を大量出店し、一気に知名度を上げた。
マスメディアも、こぞって「80%値引き」だの「90%オフ」だのと格安スーツを取り上げ、平成不況の中での青山の躍進を後押し、市民権を得た。その後、オンリーなどが参入し、ツープライススーツが定着したことを考えると、同社の貢献度は計り知れない。
一方で、メディアを通じて肝心な「なぜ、そこまで安いのか」という業界的解説やカラクリが報道されたことはほとんどなく、一部では「安かろう、悪かろう」のイメージが根強くあったことも否定できない。
だから、今回のケースでも「やっぱ、青山だから」「所詮、青山のスーツ」と、風評被害が起こるのがいちばん怖いのである。
企業がスポーツチームをスポンサードするのは、スポーツの清廉なイメージからブランドロイヤルティを高める目的がある。その先にはメディア露出を活用して、マーケティング効果に期待しようという目論見もあるだろう。
グローバル戦略を考えれば、国際的に知名度の高いスポーツは、海外戦略への影響度も大きい。
ラグビー日本代表は戦前の注目度はそれほどでもなかったが、ワールドカップ3勝という実績は、日本の実力を世界にまざまざと見せつけた。そして、多くの俄ファンまで獲得するという想像もしていなかった効果をもたらした。
同時にスーツを提供した青山にとっても、帰国後の代表記者会見をはじめ、選手個々がいろんなメディア出演することは、同社のスーツを多くの人々に見せつけ、契約料以上の広告効果につながっていたはずだ。
しかし、一番の人気でメディア出演のオファーが殺到した五郎丸選手のスーツが破れたのは、青山にとっては笑えないオチどころか、一大事件と言うほかはない。
ラグビー日本代表にスーツを提供したことは、他のスポーツチームとは多少意味合いが違うと思うからだ。
相手は一般のスポーツマンでなく、筋骨隆々の荒ぶる猛者たちである。スーツ量販店トップの青山としては、屈強なラガーマンを通して、自社ブランドの品質の良さをアピールしたいとの意図が少なからずあったと思う。それが裏切られたのは事実なのである。
昔、「象が踏んでも割れない筆箱」というのがあったが、ラガーマンの鋼の肉体を包む上質スーツの方がはるかにリアリティがある。それが破れたのは現実なのである。
青山に限らず、スーツを提供した企業は、その原因が何かを広報するか、しないかを別にして、やはり確かめないといけないだろう。
「イタリア製の生地が意外に耐久性がなかった」
「使用したポリエステル糸が弱かった」
「縫製仕様に問題があった」
「背裏、見返し合わせ縫いが甘かった」
「見返し、脇閉じ縫いに手を抜いた」
「既成のパターンを安易に流用した」
等々、理由はいろいろと考えられる。
それ以上に「五郎丸選手の体格や筋肉の動きが優った」と言うこともできる。映像を見るだけでは、何が原因だったのかわからないし、五郎丸選手には何の罪もない。でも、破れたことは真実だし、破れるスーツを提供したことも事実なのである。
筆者の父親が30代の頃着ていたスーツは、ほとんどオーダーだった。今のように既成服が出回っていなかったこともあり、各企業にはスーツの仕立て屋さんが定期的に訪問し、注文をとっていた。縫製も随所に手縫いが生きた職人技っだった。
それを目の当たりにして、現役バリバリの洋裁師だったお袋は、自分が手掛けるレディスオートクチュールと比較して、技術の細かさや匠の技を絶賛していたのを憶えている。
それから何十年の時を経て既成服のスーツが浸透し、それなりのレベルを維持している。しかし、スーツ量販店の「安いスーツ」が生地、糸、縫製、副資材などあらゆるコストダウンの上で生まれたのも紛れもない事実だ。
今回のラグビー日本代表のスーツがそうしたノウハウを封印して、まったく独自のオーダー仕様で作られたとは考えにくい。
もしかしたら、アルマーニのスーツでも、マークス&スペンサーのスーツでも破れるかもしれない。侍ジャパンが契約するブルックスブラザース、神戸製鋼ラガーメンが着るマリオ・バレンチノでも、同じようなことが起きないとも限らない。
言い訳はいくらでもできるだろうが、破れたのは事実だし、提供相手が注目株のラガーマンということを考えれば、青山のスーツに対する信頼が揺らいだのは間違いないだろう。
青山のようなスーツ量販店がマーケティング的にアルマーニ社のように既成服デザインをそのままオーダー仕様に変えられるノウハウを必要としているかと言えば、それはないだろう。
しかし、アパレル関係企業として何が破れた原因なのか、確かめて今後の素資材調達や縫製仕様、それから生まれる品質の改善に役立てることは不可欠ではないのだろうか。
2020年にはオリンピック東京大会が開催される。今後は各スポーツチームへのスポンサードも活気を帯びてくるはずだ。
オリンピックのたびに物議を醸している日本選手団のスーツ問題が再燃するのは想像に難くない。それを見込んでスポーツ選手にオフィシャルスーツを提供しようという企業も登場してくるだろう。
かつてないスポーツメガイベントに向って、スポーツ団体はアパレル関係企業にとっても、格好のマーケティング手段となっていく。
今回の事件は、スポーツマーケティングというビジネスの背景にある「落とし穴」を晒したことになった。スポンサー企業にとっても、良い教訓になったのは確かである。