大好きな絵本「おちゃのじかんにきたとら」の著者ジュディス・カーの自伝的児童書が原作の映画「ヒトラーに取られたうさぎ」がアマプリに来ていました。劇場公開の時はコロナに負けてパスして以来気になっていたのでやれ嬉し。
彼女は子供の時はアンナと呼ばれていました。父親がヒトラーを批判する舞台批評家だったのでナチスの政権獲得とともに指名手配となってしまい、ベルリンからチューリヒ→パリ→ロンドンへと亡命一家となり移動していた2年間くらいのお話でした。
タイトルからアンネ・フランクのように隠れ住み、ナチス軍に見つかりウサギを取られてしまったのかと悲惨な生活を想像しましたが、ちょっと違いました。お父さんが反ナチのため仕事が思うようになく、一家の生活は厳しくなっていくとはいえ、監禁されるわけでもなく学校に行ったりできています。
ベルリン時代は使用人がひとりいたし、国外亡命しても最初は「公立校はよくない」と言って娘を学校にやらなかったお母さんのセリフからも、そこそこ裕福な中流家庭だったので、パリでは絵に描いたようなケチで態度の悪い大谷さんが1階に住むアパートで家賃も期日内に払えない生活になってしまった=困窮家庭となったのはわかります。
それでも、ベルリン、チューリヒ、パリ、ロンドンです。使用人はいなくても何部屋もあるアパートです。生活の基礎レベルがヨーロッパの中流と日本のいわゆる中流では根本的に違いすぎるよ!!と私の心が叫びました。
お金はないし、ドイツ語圏からフランス語圏への移住で公立学校ではサポートもなくいきなり地元の子たちと授業やテスト、そしてフランス語や習慣にやっと慣れた1年後くらいに今度はロンドンへ引越・・・また言葉のわからない国へ行くとはハードな子供時代には違いありませんが、さすがたくましく揉まれた子供たちはドーバー海峡の船の上で「英語ひとつもわからないけどきっとまた覚える」と腹を括るというか、諦めが良いというか。
でも賢いアンナとお兄ちゃんは「成功した人は不幸な子供時代を送っている」ということをベルリン時代から知っていたので、大変な思いをしても潜在意識で「将来のため将来のため」と快く冒険心を持って受け入れていたようです。
のちにジュディスは売れっ子児童作家に、お兄ちゃんは作家、法律家、そしてイギリスで史上初の外国生まれの高等裁判所判事となりました。