ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(48)

2017-06-02 21:28:58 | Weblog
研究会の回数を重ねるにつれ、私は自分の将棋を取り戻しつつあった。
「さおりさん本来の将棋に戻りましたね」
田口さんを圧倒する将棋を見て糸井君が言った。
「いいところなく負けるって、悔しいですね。でも、さおりさんの本当の力が知れてよかったです」
「みずきちゃんは菜緒派だもんね」
私は嬉しさの照れ隠しで、皮肉を言った。
「いえいえ、私はさおりさんに憧れて女流棋士になったんですから」
「そうだったっけ?」
「ええ。小さい頃、二人が対局している時は、常にさおりさんを応援していました。判官贔屓というか」
「判官贔屓?確かに菜緒ちゃんの方が強かったからね」
田口さんは「しまった」という顔をしていた。若い子をからかうのも面白い。
「でも、強い矢沢さんに堂々とした攻め将棋で、勝った時のさおりさんの格好良さは説明がつきません」
「さおりさんの影響で、田口さんって攻め一本の将棋なんだ?」
糸井君が割り込んできた。
「そうですよ。いま、私と同世代の子たちは、菜緒派とさおり派に二分されているんです。どっちのファンだったかで。お二人とも、将棋の強さやスタイルの違いありますけど、外見も含めて。矢沢さんは可愛いらしくて、さおりさんは美人で格好良かった。私は断然、さおり派でした」
「みずきちゃん、そんなに気を使わなくていいよ」
そう言いながら、私の気分はまんざらでもなかった。それと同時に、彼女から見た今の自分はどうだろうと思うと、罪を犯しているような後ろめたさがあった。


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駒花(47)

2017-06-02 09:01:34 | Weblog
私は、仲のいい後輩の棋士である、田口みずき女流一級を誘い、糸井君に指導してもらった。田口さんは私より10歳近く年下で、最初に集まった時はまだ高校生だった。場所は将棋館、あるいは森村先生の自宅を訪ねていくことも多かった。その時は奥さんが面倒を見てくれた。

私と田口さんの対局を糸井君が見守る形で行われた。たいてい、2局指して1勝1敗といった所だった。勝負を終えると、盤面を戻し、糸井君が二人の悪手や甘手を指摘する。
「そうですね。さおりさんは、やはり全体的に集中力が、以前より落ちていると思います」
「そうかな?」
「はい。こういった研究会だからという訳ではなく、公式戦でもそう感じます」
「そうか・・・」
「糸井先生、私は」
田口さんが、糸井君の褒め言葉を待っている。
「うん。全体的には良く指せているけど、ちょっと攻めっ気が強すぎるかな。もう少し、守りにも重点を置いたほうがいい」
「はい。守りですね。でも守り、苦手なんですよね。性に合わないというか」
奥さんが紅茶を運んできた。
「糸井君、田口さんには、優しく教えてあげるんだよ」
「は、はい」
糸井君も奥さんには頭が上がらない様子だ。何せ、小学生時代からの姿を見られているのだ。

田口さんは、森村門下ではない。思えば、多彩な顔ぶれが、森村家には集まった。菜緒も私の誘いで何度か来た。奥さんは先生の死後も、こうして私たちが森村宅へ訪ねてくるのが嬉しそうに見えた。
「さおりちゃん」
「はい」
奥さんは私の肩をたたいて、優しい眼差しを向けた。何も言わずとも私たちは森村先生を通してつながっていた。
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