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崩壊した中国の農村医療システム

2005-08-12 15:21:12 | Weblog
農民医療保障の現状分析
宋斌文、熊宇紅、張強
武漢大学社会保障研究センター
『当代中国研究』2003年第4期より
http://www.chinayj.net/StubArticle.asp?issue=030408&total=83

改革前(1978年以前)、中国農民(中国で農民とは農業従事者のことではなく、戸籍上農民身分とされた人々を指す)の医療保障は主に合作医療(医療互助制度)によっていた。改革後人民公社が解体し、農村の集団経済(郷鎮以下の公的機関が運営する経済活動。県以上は国営)が急速に萎縮し、合作医療の基金集めが難しくなった。その間、中央と地方の政府はいずれも合作医療を放置した。その結果急速に合作医療の加入率が減少し、1980年の69%から1983年には20%以下に激減した。1986年には5%まで減ってしまった。全国農村の大多数の村の合作医療は解体もしくは停止し、村の衛生室(合作医療ステーション)は農村医師(正規の医師資格をもたない速成医師、農村部には正規の医師を配置しないため農村部で働く速成医師を農村医師と呼ぶ。中国医師法30条参照。)の個人診療所に変わってしまった。農民は医療保障を失ってから、医薬支出の増加速度が農民収入の増加よりもはるかに速かったので、病気にかかっても医者にもかかれず薬も買えないという状況が一般化した。1990年から1999年までの間、農民の平均収入は2.2倍になったが、一人当たり平均外来診療費用と入院費用はそれぞれ10.9元と473元が79元と2891元に増加した。6.2倍と5.1倍である。「小さな病気はこらえ、大きな病気とは闘い、重い病気になったら閻魔様に会うのを待つ」、「救急車のサイレンが聞こえたら、育てた豚が1頭無駄になる」というのが農民が現在の医療状況を表現した言葉である。農村では、貧困家庭の30%から40%が病気が原因で貧困になったり、貧困に戻ったりしている。地方によっては60%以上の貧困が病気が原因である。経済的に発展した蘇州地区でも、いまだに20%以上の農民が医者にかかれない。

 90年代、一部の地方でいくつかの種類の合作医療のモデル事業が行われた。おもに「福祉型」、「保険型」、「福祉保険型」の3種類である。1997年1月に中央政府は「極力2000年までに農村の大多数の地区で各種の合作医療制度を確立する」と表明したが、全国でわずか18%の行政村で合作医療が行われたにすぎない。人口で言えばわずか農民人口の10%である。90%の農民はいまだに完全自費医療である。1998年の国務院機構改革以降、もともと衛生部が農村衛生医療事業の担当だったものを労働社会保障部に移管された。労働社会保障部は事業予算も不十分だったし農民負担軽減などの政策問題も重なり、結局農村医療保障事業は宙に浮いてしまった。

 現在、全国人口の15%を占める都市住民(都市に非農業戸籍を有する人々、都市に居住する農業戸籍の人々は含まれない)が衛生医療資源の3分の2を享受し、85%の農村人口はわずか3分の1の衛生医療サービスを受けるにすぎない。2001年、全国71万の行政村に70万の村衛生室があり、農村医師と衛生員(速成医師でもない医療従事者)は129万人いたが、1997年から比べると大幅に減少している。(衛生部の統計によると2003年末時点では農村医師と衛生員の合計で86.8万人、1村当り1.25人、農民千人当り0.98人。ちなみに日本は医師だけで人口千人当り2人、全医療従事者だと13人)。農村の保健予防機関(保健所機能を営むところ)、郷鎮衛生院数とベッド数も減少した。医療設備が更新されず旧式であり、農村の医療従事者は研修の機会もなく、人材流出も深刻なので、伝染病予防態勢が脆弱化し、絶えて久しかった伝染病、風土病が再び流行している。世界保健機構(WHO)の『2000年世界保健レポートでは』、191ヵ国中、中国は衛生費用負担の公平性の面で後ろから4位(188位)、衛生系統の全体成績評価では144位であった。

 農村医療保障が厳しい局面に陥ったことは政策誘導と大きな関係がある。まず、農業は中国の産業弱者であり、経済貢献度は下がり続けている。農民もまた最大の弱者集団である。各レベルの地方政府は、上級政府がGDPや財政収入といった指標により幹部(共産党および政府の官僚)の業績を評価し、昇進を決定するので、当然有限な財政資源を合作医療に使うことはしない。次に、ここ20年ほど農村衛生医療政策は基本的に市場経済化の方向で進められてきた。本来政府が負担すべき農村公衆衛生事業も市場化された。例えば、村の衛生室を個人事業者に請け負わせたり、郷鎮の衛生院を売却したりしたのである。さらに、現行の「分税制」と呼ばれる財政体制のもとで中央政府は農村衛生医療事業への財政支出を減少させ、県と郷の2段階の地方政府の財政に総人口の70%の農村衛生医療事業負担を押し付けた。周知のように、中西部地区の経済は不振であり、県レベルの財政は大部分が人件費のみで消える「飯食い財政」であり、郷レベルの財政は大部分が「飯も食えない財政」で、農村「五保戸(生活困窮世帯)」の支援もできない状況なのに、どこに合作医療再建の金があるのだろうか。第四に、政府の合作医療政策は矛盾している。一方で、1997年に中央政府(衛生部)は合作医療の役割を評価し、各地で合作医療の回復と再建を行った。しかし、もう一方で、農業部などの関係政府部門は農民から合作医療負担金を徴収するのを「不合理な負担」とみなし、1999年と2000年に農業部など5つの部と委員会連名で、合作医療の「強制実施を禁止」した。第5に、合作医療に対してさまざまな誤解がある。一部の政府職員、末端幹部さらには一部の農民までが合作医療を「文革」の遺物とみなし、合作医療再建は平均主義であり、「大鍋の飯を食う」(1958年からの大躍進のときに村ごとに共同食堂を開設し、全員で大鍋で炊いた飯を食ったことから平均主義のたとえ)ことになるみなしている。一部の幹部は合作医療は経済成長に貢献が少ないから手をつけたくないと思っている。一部の農村末端幹部は政府の合作医療分野での政策が不安定なので、合作医療を推進しても評価されないし、資金が集めにくいだけでなく農民の不満を招きやすいと考えている。また、少なからぬ農民が以前の合作医療の教訓から、自分が負担金を払っても病気にならなければ損になるとか、「幹部はよい薬を飲んで、自分は安い薬しか飲めない」ことを嫌い、合作医療を信頼していない。第6に、農村合作医療は長期にわたって行政命令により強制的に実施されてきた。法的な根拠をもたず、「厳しくしたり、緩めたり、つぶれたり」不安定であった。最後に、農民は農村医療従事者はレベルが低く、大きな病気を治す技術も設備もないと感じているので、合作医療に参加しても何の助けにもならないと思っている。また、保険的な合作医療は「逆方向の選択」により困難に直面している。農村の青壮年は保険に入りたがらず、高齢病弱者は競って保険に入りたがることが、合作医療の維持をさらに難しくしている。

 もちろん、合作医療の基金を集めるのが困難なことが制度維持を難しくしている主要原因である。衛生医療事業は本来公共事業であり、政府が必要な予算投入をするのは当然のことである。しかし、近年中央政府は合作医療について明確な予算政策を欠いている。各レベル政府財政も合作医療への予算支出を嫌っている。1991年から2000年にかけて、中央政府が支出した合作医療経費は毎年500万元という名ばかりの金額であり、各レベルの地方政府の予算も500万元だけである。全国の農民で割ったら一人当たり毎年0.01元にしかならない。政府財政の合作医療への投入がこのように極めてわずかなので、集団(郷鎮・村)と個人の負担になる。しかし、中西部の各省では、県と郷は基本的に「飯食い財政」であり、村の経済はもっと苦しいので、集団資金からの合作医療への補助は極めて限られる。その結果、合作医療は実質的には個人出資となる。合作医療は、基本的に郷・村を単位として組織され、対象人数が少なく、実質的には農民が自分の金で小さな傷や小さな病気の費用を分担するにすぎず、大きな病気にかかった場合の高額医療費負担には対処できない。このような合作医療ではあるべき互助共済、リスク分散の目標を達成できない。しかも、規模が小さいので管理コストも高くなり、結局農民の合作医療への参加意欲をなくさせてしまっている。

 今年(2003年)中国の一部でSARSが流行したが、それは政府の長期にわたる経済成長重視、社会福祉発展軽視の結果であり、流行の広がりが公衆衛生システムの薄弱さを際立たせた。中国では70%の人口が農村に住んでおり、そこは交通が不便で、通信設備は遅れており、保健衛生システムは薄弱で、疾病予防能力が弱く、医療従事者のレベルは低い。だから、農村は都市よりもはるかに大きなSARS撲滅の任務をになっている。厳しい現実は、農村合作医療制度を医療・保健・リハビリテーション・予防など総合的サービス機能を持ったものとして早急に再建すべきことを要求している。過去に農民の医療サービス欠乏を解決することを目的に作られた合作医療は、農民の疾病による貧困化防止を主目的とする医療保障モデルに転換しなければならない。

 そのためには、まず政府が経済成長を重視するだけでなく、医療保険を含む民衆福祉の社会発展に発展観を改めなければならない。その次に、政府の農村衛生医療事業における職責を明確にしなければならない。市場メカニズムは絶対に衛生医療分野に導入してはならない。また、中国の衛生資源の投入重点は農村であるべきである。現在、社会保障部門(労働社会保障部)は農村衛生医療事業を行うには明らかに力不足である。農村衛生医療事業は長期にわたって衛生部が主管し、多くの経験を蓄積してきたことを考えれば、今後もこの事業は衛生部門が主管すべきである。また、農村合作医療制度の法制化を急がなければならない。各レベル政府の財政支出は合作医療制度が正常に運営される鍵である。財政支援がなければ、農村の3級(村-郷-県)医療予防保健ネットワーク整備と農村衛生人材養成は全く不可能であり、農村合作医療は「源のない水、根のない木」になってしまう。したがって、現行の財政制度を調整し、中西部地区の県・郷レベルの財政からも必要な資金が合作医療に支出されるようにしなければならない。(以下略)(文中の括弧書きはほとんどが訳注)
この問題については鈴木頌「中国の農村医療問題ノート」
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/edit/china/ruralmed.htm
の解説を読むともっとよくわかる。