「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌評 表現か内容か。プロレタリア短歌を読む 谷村 行海

2020-02-21 11:00:02 | 短歌時評

 先日、現代俳句協会青年部主催の勉強会「『寺田京子全句集』を読む」に参加してきた。勉強会では中西亮太による発表が興味深く、京子句に多々見られる技法のひとつとして字余りを分析していた。以下の引用は同勉強会における中西亮太の資料「〈生〉の源泉としての自己――作品・形式・技法――」による。

 一般に字余りや破調の句は独特のリズム感や句の解釈に効果をもたらす技法とされている。その一方で、いわゆる5・7・5定型を崩すという意味で、その約束された安心感ではない、積極的な必然性が要求される。
 例えば「オルガン運ぶ」の句[オルガン運ぶそのあとをゆき静かな冬:引用者註]には、「オルガンを運ぶ」その動きをしっかりと想像させる必要があったのだろう。がたがたと準備をし、そのあとを追いかける人。オルガンと彼らが(あるいはその中に京子もいるのかもしれないが、)いなくなった後のぽかんと空いた静けさが想起できる。中七までの文字が詰まった様子、あるいは発音時の上五に現れる音感は、人やオルガンが狭い空間の中にごちゃごちゃと存在している様子を比喩的に表現しているのではないだろうか。

 積極的な必然性の要求、このことばに私は深く共感を覚えた。寺田京子は長年病に苦しみ、「生きぬく方法としてえらんだ俳句が、いまは作るためにのみ生きてゐるやうになりました」とのことば(※1)も残している。生き抜く、作るための字余りの必然性。病と向き合い、闘い続ける生のエネルギーが、字余りによって表された京子句の内部からひしひしと湧き上がってくるような印象も受ける。
 以上、前置きが大分長くなってしまったが、この勉強会のあと、私はプロレタリア短歌のことを思い出していた。プロレタリア短歌は賃金労働者、無産者視点から詠まれた歌で、その多くは1928年の新興歌人連盟の発足から1932年のプロレタリア歌人同盟の解散までのごく短期間の間に詠まれてきた。この期間には労働争議や小作争議が頻発したり、昭和恐慌によって失業者が増加したりと日本の経済事情は芳しくなかった。結果、労働者を搾取する支配階級への抗議の声が高まり、歌壇においてもプロレタリア文学の動きが巻き起こったのだった。
この歌群の技法面での特徴として真っ先に挙げられるのは、寺田京子の句と同様に字余りの傾向だ。以下、昨年の1月に笠間書院から刊行された松澤俊二『プロレタリア短歌』掲載の歌からいくつか歌を引用していく(※2)。

  プレスにねもとまでやられた一本の指の値が八十円だとぬかす

石塚栄之助

 初出はプロレタリア短歌初期の1928年12月の「短歌戦線」。「値」を「」として読んで短歌定型に即して解釈した場合、13(プレスにねもとまでやられた)・5・(一本の)・9(指の値が八十)・7(円だと抜かす)のリズムとなるだろうか。前半は字数の上では一音だけの字余りだが、初句と二句が連続して一つのまとまりを生み出している。また、三句目で一度定型に歌を収め、下の句でまた定型からずらしていく。この結果、リズムとしては不思議な響きが生じている。

  夜業よなべだの副業だのをするだけさせてかたぱしから搾り取つておいて、けがらはブラジルへ行けだ

林田茂雄

 先ほどの歌の場合は定型から外れてはいたが、ある程度の定型意識は感じられた。では、この歌の場合はどうであろうか。初出はマルクス書房が1930年に刊行した『プロレタリア短歌集.1930年版』。初句・二句こそ定型を守ってはいるものの、以降は大幅に形が崩れ、字数は17音オーバーの48字となっている。
 現代で考えてみると、これほどまでに大きな破調の歌を数多く詠んでいる歌人として真っ先に浮かぶのはフラワーしげるだろうか。

  星に自分の名前がつくのと病気に自分の名前がつくのとどっちがいいと恋人がきいてきて 冬の海だ 

フラワーしげる『ビットとデシベル』

 フラワーしげるのこちらの歌は54音で字数は23字オーバー。単純な字数だけでみると破調のレベルは同程度だ。しかし、林田茂雄の歌と比べてみると、より短歌らしさを感じられるのはフラワーしげるの歌のほうだろう。フラワーしげるの鑑賞でこれまで何度か指摘されてきたように(※3)、この歌の場合では「自分の名前がつくのと」のリフレインによってある一定のリズムが生み出されている。また、歌全体に内容面での想像の余地が残っているため、散文のようには感じにくい。一方、林田茂雄の歌では一首のなかで内容が完結し、きわめて散文に近い印象を受ける。
フラワーしげるは表現、林田茂雄、ひいてはプロレタリア短歌は内容による破調を中心に据えていると言えるだろう。フラワーしげるの場合は表現として選択された破調と考えられるから、あえて定型に収める必要は薄そうだ。では、内容重視であるプロレタリア短歌のほうは定型に収めても問題はないのだろうか。私はそのようには思えなかった。

  がらんとした湯槽ゆぶねの中にクビになつたばかりの首、お前とおれの首がうかんでゐる、笑ひごつちやないぜお前

坪野哲久

 出典は同じく『プロレタリア短歌集.1930年版』。こちらの歌も初句が一音字余りになってはいるものの、二句目まではおおむね定型を遵守している。しかし、同様に途中から字余りが発生してしまう。読点によって「クビになつたばかりの首」「お前とおれの首がうかんでゐる」「笑ひごつちやないぜお前」のように三句目以降を順にわけていくと、強烈なフレーズが畳みかけられていく。もしも無理やり定型に収めようとして「がらんとした湯槽にクビの首二つ~」などとつなげていくと内容が大人しくなってしまい、そこまで強烈な印象を受けないのではないだろうか。
また、先述の林田茂雄の歌のほうも「だの」「~て」とことばを矢継ぎ早に投げかけ、声に出してみると徐々に語気が強まっていくような感覚を覚える。最初は短歌を詠むという明確な意識から出発したために定型が守られ、徐々に過酷な現実に対する鬱憤の噴出によってことばがオーバードライブを起こし、破調が生じてしまったかのような錯覚まで受けてしまう。つまり何が言いたいかというと、プロレタリア短歌の破調は中西亮太の発表にあったような「積極的な要求」、心の奥深くに眠る感情の吐露が作り出したものととらえられる。
 石塚栄之助の歌もそうだ。前述のように定型意識があり、独特のリズムからかなり技巧的な印象はある。しかし、最後の最後に登場する「ぬかす」という荒々しいことば。詩に使うにしては俗すぎることばの選択により、これまでの技巧的な破調の印象が一転して内容重視の破調のように感じられてくる。

   靴音
  深夜の靴音
  制止する監守の声の下から
  あちらでも、こちらでも
  静かに静かに湧き上る、独房の歌声

槇本楠郎

 しかし、破調が度を超えてしまうと問題が生じてくる。1930年11月の『プロレタリア短歌』に発表されたこの歌ははたして短歌と言えるのだろうか。「短歌」という前提を排し、作者名、さらには歴史的経緯を無視して純粋にこの言葉の羅列を見たとき、ポエジーのようなものを感じても短歌だとは思うことができないのではないか。それは当のプロレタリア歌人たちも思ったことで、結局この運動の純粋な「短歌」としての潮流は廃れることになってしまった。
廃れはしたものの、定型詩の世界で戦うものにたちにとって、表現をとるべきか内容をとるべきかは重要な問題の1つだろう。そのうえで2020年を生きる私たちにもプロレタリア短歌は重要な意味を与えてくれるようにあらためて思う。

 

※1
『寺田京子全句集』収録の寺田京子第一句集『冬の匙』序文

※2
同書に準じ、引用歌にはカッコでルビを付した

※3
以下の記事に詳しい
東郷雄二のウェブサイト「橄欖追放」の「第167回フラワーしげる『ビットとデシベル』」
http://petalismos.net/tanka/kanran/kanran167.html
詩客「短歌時評 第119回 フラワーしげるの短歌はどのように短歌なのか 田丸まひる」
https://blog.goo.ne.jp/sikyakutammka/e/607f61f7b5d9fcf5843ba0f7984cba25