詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

志賀直哉(17)

2010-11-23 10:56:11 | 志賀直哉
「朝の試写会」(「志賀直哉小説選 三、昭和六十二年五月八日発行)

 映画「パルムの僧院」の試写会を見た(見させられた)ことを書いているのだが、映画の感想なのか、飼っている犬の話なのかわからないような、不思議な身辺雑記である。それでも、ついつい読み進み、最後には笑ってしまう。

 田岡君が、司会者で、第一問で、
 「『パルムの僧院』は如何(いかが)でした」といふのに対し、「寒かつたね」と私は答へてゐるが、全く寒い試写会だつた。

 ここでこの小説が終わると、落語というか「落とし話」というか、そんなものになるのだが、この「笑い」のおさえ方がとてもおもしろい。「寒かつたね」と同じようにおかしくて、笑えるのだが、「わはっはっは」という笑いとは違う。その「笑い」の殺し方がおもしろい。

私は矢張りその為め、風邪をひき、寝込むほどではなかつたが、咳がどうしても去(と)れず、二十日程、それで苦しんだ。

 これはある意味では、「寒かつたね」というような、とんでもない感想口にしたことの「自己弁護」かもしれない。これがおもしろい理由は、ただひとつ。志賀直哉が正直だからである。
 途中にコーヒーをのみ逃げ(?)したくだりもあるが、書かなくていいようなことを正直に書く。そこに不思議な人間的な魅力が出てくる。試写会のために風邪を引き、苦しんだ--というようなことは、書かなくていいというか、そんなことを書かれたら試写会をしたひとだって困るのだろうけれど、そういうひとの書かないことを書く正直さが、不思議と文章を落ち着かせている。

 正直を別なことばで言えば、きっと「気持ちの事実」を書くということなのだと思う。「ものの事実」を書くように、志賀直哉は「気持ちの事実」を書く。
 「気持ち」は志賀直哉のキーワードかもしれない。
 「朝の試写会」で印象に残った次の部分に「気持」ということばがある。そこでも志賀直哉は「気持ちの事実」を書いている。強盗、殺人、詐欺、暴力といった新聞記事は読まないようにしている、と書いた後、こんなふうにつづけている。

昔、内村鑑三先生が、一日中で一番頭のいい朝にさういふ新聞記事を読んで、折角の頭を穢(けが)すのはつまらぬ事だと云つてゐられたが、私自身も近頃、さういふ気持ちになつた来た。

志賀直哉全集 (第1巻)
志賀 直哉
岩波書店

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