詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(106)

2024-05-18 22:36:51 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「ボイオチアの形象」は、エリティス特有の、ことば数の多い詩。そのなかにあって、

しかし、ここ、夜は眠りに忠実に侍べり、

 とことばが少ない。だが、その少ないことばのなかにあって、「侍べり」がおもしろい。普通は「はべり」ということばをつかわない。「忠実に」ということばといっしょにつかわれているので、ここでは「そばにいる」くらいのイメージだと思うが、この瞬間、「夜」が人格をもってあらわれてくる。それにあわせて「眠り」も人格をもってあらわれてくる。「眠り」に人格がつけくわえられるというよりも、「眠り」が人格をもってあらわれるとしかいいようのない、不思議な奥行きが生まれる。
 そして気づくのだが、エリティスの詩に登場する「もの」はすべて「もの」ではなく、人格をもった「いきもの」なのである。それは互いに交渉している。そして、その交渉というのはエリティスが仕組んだものというより、「もの」がそれぞれに自立して動き回った結果として生まれてくるものだ。詩は、「ことばのポリス」であり、「ことば」は人格なのだ。
 そうした特徴を、中井は「侍る」という動詞一つで支えて見せる。

 「ポイオチアの形象」。

苦い形象が風を高貴にする!

 突然あらわれる抽象的な一行。詩のなかのことばは、ことばとことばがぶつかりあい、それぞれがもっている具体的なイメージを捨て去り、とんでもない抽象をことばの内部から発散するとき、見たことのない光が生まれる。大きなことばがぶつかれば、大きな閃光が炸裂する。小さいものがぶつかるとき、それは光であると同時に、そのまわりに闇を抱え込んだ何かに見える。闇をつくりだしながら、同時にその内部に一点の光をはらんでいる感じ。
 それこそ「苦い」という感覚に似ている。
 ここに書かれている「高貴」は、「苦い」によってより強くなる「高貴」は、私には何か「わび・さび」のようなものに感じられる。否定によって、内部が強度になる。

 

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(105)

2024-05-18 21:15:29 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 書き漏らしがあった。リッツォスの詩が2篇「宵」と「軽やかさ」、エリティスの詩も2篇「エーゲ海の憂愁」と「ボイオチアの形象」。

 リッツォスの「宵」。

静かに微笑みながら、美しく、

 詩は「美しい」を「美しい」ということばをつかわずに書くことだろうけれど、そんなことは百も承知で「美しく」と書く。そして、それをそのまま翻訳する。
 ここには、大きな秘密がある。
 一行だけの引用と決めて書いているので謎かけのようにして書くしかないのだが、この一行のほかの行は、こんなに単純ではない。暗示的だし、不気味でもある。何かしらの「不安」を含んでいる。それを拒絶して、ここには「美しく」が存在している。「静か」も「微笑み」も、そうである。この一行だけが、特別に、シンプルに書かれている。平凡に書かれている。
 それが、ぐい、と迫ってくる構造になっている。

 「軽やかさ」。

月は銀の眉毛。水面に屈折して。

 「宵」とは一転して、複雑な一行。特に句点「。」が効果的だ。原文は、どうなっているのだろう。句読点も気になるが、ことばの順序も気になる。
 中井の訳では、視線は空から水面へと移動するのだが、ほんとうはどうなのか。そんなふうに動いたのか。むしろ逆ではないのか。水面に映った月を見る。それから空を見上げたのではないのか。でも、それでは、この詩の複雑さを具体化できない。
 水面に映った月を見たのだが、そのとき詩人は水面を意識していない。月に意識が集中している。それから、ほんとうにこれは月の影(光、日本語には「月影」という興味深いことばがあるが、これはまさしく「月影」である)を見て、それを空に確認し、そしてふたたび水の上に確認するという、複雑な運動があったのだと思う。
 そうした視線の運動を意識しているからこそ、単なる「倒置法」ではなく、「倒置法」であることを否定するために句点で、一行を切断している。切断しながら、接続するという運動を明確にすることで、詩全体の構造、リズムを明確にしている。
 原文を知らずに想像で書くのだが、原文と比較すれば、中井の訳の狙いが確認できると思う。詩とは「意味」ではない。「ことば」そのものであり、「リズム」なのである。「リズム」とは「運動の調子」である。不規則を含んだ規則である。あるいは規則を含んだ不規則である。

 

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