星降るベランダ

めざせ、アルプスの空気、体内ツェルマット
クロネコチャンは月に~夜空には人の運命の数だけ星がまたたいている

エモリカのお・ふ・ろ♪

2006-12-02 | NO SMOKING
阪神大震災の後、やっとガスが復旧して、3ヶ月ぶりに、我が家の風呂に入った時の幸福感を忘れることができない。

あの時、「裸で風呂に入る」ためには、いろんな幸運が必要なんだと思った。

まず、水とガス(燃料)というライフラインの確保、これはその社会がある程度豊かで、ストなどなく正常に動いているという幸運である。

次に、敵のいない、安全が確保されてると思われる時間と空間に自分がいる幸運。戦火のイラクで素っ裸で風呂に入って「あ~、いい湯だな」なんて無理である。余震が続いた1週間、私はたとえ燃料があってもいつ揺れるかわからない場所では、裸で飛び出す自分を想像して、お風呂に入る気にはなれなかった。(震災の年、真夏になるまで私はいつでも逃げれるように、飛び出してガラスを踏んだときに怪我しないように、靴下をはいて寝ていた)

そう、「裸で風呂に入れるというのは、平和で安全な豊かな社会に住んでいる幸運に恵まれているからできることなんだ。」と我が家の湯船で手足を伸ばしながら、何かにむかって感謝した。

そして、今日、検査入院していた病院から退院して、1週間ぶりにエモリカを入れた我が家のお風呂に入り、「幸せデス(デスのところは、のだめ風)」なんてつぶやいた私は、あの震災後の初めての入浴を思い出しながら、「風呂に入れる」ための幸運には、もう一つあることに気がついた。それは、現在の自分が風呂に入れるほどの健康な身体であるということ。

病院の入院患者は、自力でシャワー、にたどり着くだけでも、ワンランク自分が回復に向かったことを実感する。そして、退院して我が家のお風呂に入ることで、、(錯覚かもしれないとわかっていても)もう病人じゃなくなったと感じる。

検査入院にすぎないけれど、よくがんばったねって、自分の身体に呼びかけた。
明日も明後日も、我が家のお風呂に入りたい。
「エモリカの、お・ふ・ろ♪」って歌いながら、溺れそうになるまで、つかるんだ。

♪入院中に「のだめカンタービレ」を読んだ。
写真は、千秋くんからもらったお見舞いの、メモスタンド。(嘘です。兵庫県立芸術文化センターの売店で買いました。陶製。薔薇のところに入れるペンを探そうっと。)

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