@「大将首」内助の功の小説だ。夫の客人に酒を振る舞うため妻は髪を切り用立てた。長年貧相な暮らしで耐え忍んで生きてきた、それは夫の仕官の夢を見て頑張ったことだった。夫も妻に「己の武運には恵まれない男だが、妻だけは世界随一の良き妻を持つことができた。これだけは、もし果報薄き一生を終えるとしても、生まれてきたことをよかったと思わせてくれるだろう」と。仲間内で悪い噂に対し、正直に告白する事で仲間が同情し一切の噂を断ち切ってくれた。
相手の懐にグサッと立ち入る事、それは正直に嘘をつかない姿勢を見せることは人間関係を強く結びつけることに何より大切な事だ。
『山本周五郎作品集9』山本周五郎
「しぐれ傘」
鯉の木彫をする男宗七、その木彫師が蛙を新たな作として彫っていたが、ある時棟梁の娘がその作品を商売人に見せたところ気に入り購入していった。娘は売れた事で宗七に喜んで報告するとあれはまだ惰作で自分が納得していない作ではないので自分の作として世に出る事に悔いた。宗七はそれを取り返そうと出向くが既に殿様が買い取ったことを知り訴えると、殿様が宗七の思いのこもった作と引き換えにしようと条件を付け、作ができるまで2年でも3年でも他人には一才見せないことを約束した。そこで宗七は、「人間は心を寛く持たなきゃいけねえ。その日の食に不足しても心は大名のように大きく持つんだ」と早速親方に娘を嫁に欲しいと願い出た。(自分の視野の狭さに後悔、心を広くしてクヨクヨしないことだと悟る)
「竜と虎」
性が合わない上士と下臣西郡が勤めで歪みあることが多々あった。ある日、西郡の同士が上士の娘に縁談をつないで欲しいと頼まれ、上士に話をするとまたしても怒鳴られ、勤めの役も降ろされる羽目になる。そんな後、川に流される子供を助けると実はその子供は同士の隠し子だと分かり憤慨する。そして自分自身で上士へ出向き上士の娘を娶ることを強制的に申し出ると、またしても憤慨されるが、「嫁に行くとなれば充分支度をさせた上でなくては嫁には遣わさんぞ。貴様は俺の婿になるやつだろう、俺は舅だ、舅はつまり父であって、子と親とは・・」と喧嘩腰の話がうまくまとまった。(頑固親父でも調子をうまく合わせればわかってもらえるものだ)
「大将首」
ひもじい生活を余儀なくされ既に7年、仕官を夢見て浪人として妻と二人。ある日一人の浪人が突然金欲しさに斬りかかってるくる。それは5年もの浪人生活で世を恨んでおり、その男を家に招いて酒を用意させた。その酒代は妻の髪であることが後から分かり「己の武運には恵まれない男だが、妻だけは世界随一の良き妻を持つことができた。これだけは、もし果報薄き一生を終えるとしても、生まれてきたことをよかったと思わせてくれるだろう」と妻に話をする。 ある時から五十石の武士として奉公すると妻に嘘をつき、足軽の仕事をしていると、その噂が仲間に漏れると正直に仲間に告白、「7年余りの浪人でどん底でも妻は耐えてくれた、一方剣を以て認められるまでは仕官せぬという望みを尊重して、粥も啜れぬ日に耐えて忍んでくれた。妻が髪を切り酒を買ってきてくれた姿を見て、自分の剣法だけを守るのに汲々としてきた、己の我儘さをはっきり悟った」というとそれ以来噂を立てるものはいなくなった。ある日、街道を急ぐ武将三人があまりにも無礼をしたことに腹をたて一振りで斬ってしまう。妻には切腹を覚悟で用意していると、お召し抱えの知らせが届く。実は斬った三人は追手のかかった逃亡武士であった。