門を下りて橋上にたち、眼前に本丸をみ眼下に清水流れるを聞き流水を眺むれば、十年間の時の流れそれがいまありありと私の前後に顕はれてくる。
出郷の時門出に祝って喜び励ましてくれた人々の顔「真の人間たれ」と励ましてくれた人、桃の下でかたく交を結んだ友、一個の人間から社会意識の眼をさませてくれた師、人間の深さを教えてくれた古今の師、「学校生活は学校生活なるが故に尊い」と云って学校生活を再び認識させてくれた友、私の真意に共鳴して涙して喜こんでくれた友、「流水先不競」(りゅうすいさきをきそわず)と私のあせりを静めてくれた人「学未だ成らざる」私をなつかしく温ためてくれた友、若き身を真理の追求にささげて余念のない人、又海、山、花、石、竹、川、水、雲、樹々、すでに私を去っていったが去ったものは形のみでその心霊は遂に私を去らず永久に去ることは出来ないだろう。永劫(えいごう)に忘れる事は出来ないだろう。父母兄弟を忘れる事が出来ないように。
そして再び十年の昔「男児志をたてて郷関を出ず」*の感を新たにする。感慨は果てしなく続く。橋上を去って帰路につく。
菅谷中学校生徒会報道部『青嵐』8号 1957年(昭和32)3月
*:幕末の勤皇家、月性(げっしょう 1817-1858)の作。
将東遊題壁
男児立志出郷関
学若無成不復還
埋骨何期墳墓地
人間到処有青山
将(まさ)に東遊せんとして壁に題す
男児志を立てて郷関を出づ
学もし成らずんばまた還らず
骨を埋むるに何ぞ期せん墳墓の地
人間(じんかん)到るところ青山(せいざん)あり