戦に敗れて声はなく興廃は移って悲喜まじる昭和二十一年(1946)春夢空しく去った落日の夕べに十九才の私にも傷心の身に盛衰存亡一場の夢なることをおぼろげながらも感じとれた。そして私はこよなくこの城跡を逍遥した。
国破山河在 城春草木深
感時花濺涙 恨別鳥驚心
と杜甫の春望の詩*を吟じ月の夜は荒城の月を唄って時の移るを忘れ傷心の身をいやした今日ここに十年未だ当時口ずさんだ牧水の
「かたわらに秋草の花の語るらく
ほろびしものは懐かしきかな」
と言う歌を覚えている。梅を尋ね春草の萌え出るを見、寝てしまうには惜しいような夏の夜に月を眺め秋草に情をこめ雑木林に山林の自由を吟じて血を湧かしそのようにして青春の息吹きは育くまれて来たのである。
「世の中を夢とみるみるはかなくも尚おどろかぬ我が心かな。」と驚き得ぬ自己の不明にいらだたしさを感じながら、青春を成長させていた友と語り明かした春宵もあった。
菅谷中学校生徒会報道部『青嵐』8号 1957年(昭和32)3月
*:杜甫「春望」
国破山河在 国破れて山河在り
城春草木深 城春にして草木(そうもく)深し
感時花濺涙 時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
恨別鳥驚心 別れを恨(うら)んでは鳥にも心を驚かす
烽火連三月 烽火(ほうか)三月に連なり
家書抵万金 家書(かしょ)万金(ばんきん)に抵(あた)る
白頭掻更短 白頭掻(か)けば更に短く
渾欲不勝簪 渾(すべ)て簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す