武蔵俳諧百人集 100 比企郡菅谷村千手堂 関根茂平 1917年 2009-12-10 23:50:00 | 俳諧・俳句 号 花雲亭 比企郡菅谷村千手堂 関根茂平 100 下戸上戸なく面白し月の宴 紫山 比企郡菅谷村千手堂は、現・嵐山町。 « 武蔵俳諧百人集 94 比企郡... | トップ | 武蔵誹諧百人集106 比企郡七... »
1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定) コメント日が 古い順 | 新しい順 関根茂平(紫山)の子孫で関根秀実と申します。... (関根秀実) 2010-03-28 21:33:28 関根茂平(紫山)の子孫で関根秀実と申します。中学校の国語教師を経て現在は小さな中学校の校長をしています。 茂平の次男、関根盛平が北海道に渡って十勝の音更町を開墾したのですが、その曾孫になります。 北海道に渡った関根家も代々農業の傍ら俳句を嗜みました。今、私の家の床の間には、茂平が、北海道の開拓に成功した盛平に贈った句の軸が下がっています。苦を積んで楽の種蒔け開墾地 紫山 歴史を感じます 返信する 規約違反等の連絡 コメントを投稿 サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。 ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
茂平の次男、関根盛平が北海道に渡って十勝の音更町を開墾したのですが、その曾孫になります。
北海道に渡った関根家も代々農業の傍ら俳句を嗜みました。今、私の家の床の間には、茂平が、北海道の開拓に成功した盛平に贈った句の軸が下がっています。
苦を積んで楽の種蒔け開墾地
紫山
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