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S嬢のPC日記

2004年から2007年まで更新を続けていました。
現在ははてなで活動しています。

ブログで始まるご縁と発見

2005年06月08日 | インターネット雑記
はてなダイアリーを使った 鉄条を幾重にも束ねて のtuffgongさんから この記事 にトラックバックをいただきました。
ということで、早速 トラックバック送信記事 に飛びました。

感想として、この方、はてなダイアリーというツールを生かしてらっしゃるんだなあと。
ここでは情報を提供する必要はなく、逆に自分の得たい情報に関して記述すればそのキーワードから他人とつながり情報が広がっていく。私にとっては一種の「知の道具」となっています
そうそう、これってホントに「はてなダイアリー」の利点ですよね。
検索エンジン使わなくても、つながっていくものから得ていくことができる。

わたしはブログはgooですが、アンテナやRSSを使いたくてはてなに登録。
その上で、ちょっとした遊び心で 「王様の耳はロバの耳」 という記事に出したように、はてなダイアリーを利用した S:今日の一言 なんてのを始めちゃうわけですが。
この、なんとも勝手な独り言の発端は、実はわたしは常読ニュースサイト 「まなめはうす」 の冒頭の「ことば」部分のファンだからで、あんなのやりたかったというファン心理から。
そうしたら、ビックリでした。
実にくだらないことを入れたはずなのに、 特殊学級担任の“ここだけの話” という、わたしにとっては情報ざくざくな場につながっていく展開になったわけですから、はてなダイアリーシステム、なかなかあなどれません。

まなめはうす」が常読になったのは、3度の被リンクがきっかけ。
わたしにとっての閲覧したくなるブログの条件
宛名の無い手紙
ネット上の「議論」を見ながら、ぼそっと
この被リンク、まなめさんにトラックバックを送ったことによる一件以外は、 「むだの素」 でピックアップされたことからの波及です。
「むだの素」の管理者である 「むだづかいにっき♂」のえっけん氏とのおつきあいは、もともと、わたしがブログを開始してすぐの頃に 「π氏の雑記(PCのジャンキー)」 のπ氏にお声をかけていただき、交流先にさせていただいたことがきっかけ。
そして、わたしがはてなのRSSを常用するようになったのは、 「むだづかいにっき♂」グッドブログセレクションから来た方へ のコメント欄で、教えてもらったのがきっかけ。

と、まあ、実はこれだけでは言い表せないくらい、「まわる、まわるよ、ご縁はまわる」ってのがあります。
tuffgongさんが、はてなダイアリーだったからこそのご縁があるように、わたしはgooだからこそのご縁というものもありました。
そこを出発点に、ブログを所持しているからこその発見とご縁というものを、日々実感したりしています。
そして、閲覧先の「情報らしい情報」だけではなく、今回トラックバックをいただいたtuffgongさんのおっしゃるように雑文日記からも多くのヒントを得たりします。

わたしもいろいろな「その先」につながっていくために、今後も更新続けようと思います。
よろしくお願いします。

*関連記事:わたしがブログを持つ理由
*トラックバック:鉄条を幾重にも束ねて 2005-06-07

*2005.6.9追記
 この記事、4個目のまなめはうすの被リンク記事になりました。
 そしてそこから一軒家@メモ帳にも波及。
 ピックアップ、ありがとうございました。

コメントレスの入力

2005年05月27日 | インターネット雑記
わたしはコメントレス、長文が多いです。
相手の言葉の引用も、レス時によくやります。

さて、コメントレスの場合ですが。
gooブログのコメント入力フォームの四角部分の大きさは、書いたものを見直すのがわたしにとってはかなり不便。
なんというか、小さすぎるというか。

それでですね、コメントレス時に、ある「テク」を使います。
それは、メール画面です。

コメント投稿が入ると、メールで全文の通知が届きます。
そのメールを「返信」状態にする。
念のために、返信アドレスは最初に消しておきます、うっかりgooに返信してしまうと困るのでね。
そしてそのメール画面上から、コメントレスの入力をするのです。
引用部分は「>」も、入っていますし。

途中で切り上げるときは、そのまま「下書きフォルダ」に入れます。
全文入れて、オッケーと思ったら、コメント入力フォームにコピペ。
また、ちょっと時間おくと、自分の考え・感覚や表現が変わりそうな気がするときも、いったん「下書きフォルダ」へ入れます。
その場合は、その後、「声に出して」読んでみて、修正したり完成としたりします。
この「声に出して」読んでみることって、わたしはけっこうやるんですよね。
不自然なとこは、すぐ、わかる。

gooブログのコメント通知メール、大活用パターンですね。
でも、こんなこと「便利だ」と思うほど、長文レスの人って、そうそういないんだろうけどね。

初めてのトラックバック

2005年05月25日 | インターネット雑記
これは、初めてトラックバックを打ってみようと思うあなたへのお手紙です。

まず、トラックバックというものを理解するために、こちらを見てみましょう。
はじめてのウェブログ:「3分でわかるトラックバック」
簡単にトラックバックを理解できたでしょうか。
そうしたら、次に、こちらを見てみましょう。
【絵文録ことのは】「トラックバック・ポリシーを作ろう。ルールやマナーに悩む人のための作成ガイド」
ここで全てを理解できなくてもかまいません。
ここでは、「これだけの文章になるくらい、トラックバックに関しては、いろいろな人の価値観が動き、トラブルの元にもなっている」ということが理解できれば充分です。
なんかトラックバックって、ヤバそうな機能だな。
いえいえ、そんなことはありません。
トラックバックとは、あるブログのひとつの記事の内容と別のブログの記事の内容がつながることで、「その先」へ発展していくという、可能性をたくさん持った、ブログにとってとても大きな機能です。
あなたがトラックバックという機能を使ってみようと思ったときに、理解しているべきことは、実はたったひとつです。
あなたのトラックバックしようとする記事が、あなたと、送信する先のブログの管理者と、送信するブログの閲覧者が、「記事と記事とのつながりが理解できるものである」こと。
あなたがこのことを、送られる相手側に立って考えることができたら、それでだいじょうぶです。
あなたの記事の文中に、トラックバックを送信する先の記事のリンクがあると、あなたがつながりを考えたということが相手にもわかりやすくなります。

そして、念のために、以下のことをやってみることをおすすめします。
1.トラックバックを打とうする記事と同じカテゴリの過去記事を2~3読んでみること
2.そのブログに管理者のプロフページがある場合は、閲覧してみること
3.そのブログに表示されている、今までに送られたトラックバックを閲覧してみること
4.ブログ内に「トラックバックポリシー」に関しての表記やリンクがないか確認すること
これは「相手を知ろうとする気持ち」と、考えてください。
トラックバックによって、あなたとつながる相手との出会いを大切にしてください。

さて、トラックバックを打つ相手側の記事に、あらかじめコメントを入れておいた方がいいのでしょうか。
これは、人によってずいぶん考え方の違いがあるようです。
このことをあなたはどう考えますか?
そのあなたの持つ考えが、あなたが持つ「トラックバックポリシー」の始まりです。
「あらかじめコメントでの挨拶が欲しい」と、強く思われる方のブログは、そのことがたいがい上記の4つで推測ができるはずです。
そのときは、その方の考えに従おうとすることも、またひとつの考え方です。

どんな種類のトラックバックが、うれしくない、または迷惑と感じられるのか。
これはあなたがあなたのブログの更新を続けていけば、きっとわかるはずです。
「されたらイヤなことはしない」、これが人間関係の原則なのではないかと思います。

トラックバックを打つと、相手のブログから自分のブログがリンクされることで、自分のブログのアクセス数が増えることがあります。
知っておくべきことは、アクセスの数は、あなたの行為を認める数とイコールではないということです。
アクセス数に気をとられて、つながる先に人間が存在することを忘れたら、それはそのまま、あなたへのマイナスの評価につながっていきます。
そのことは、あなたにとってのブログの魅力を半減していくことにつながっていくことも、心のすみに置いておいていただけたらと思います。

それでは、トラックバックで、いい出会いができますように。

美しき誤解

2005年05月22日 | インターネット雑記
まず、リンク。
ネット上での親近感 (complex fractionCOLUMNより)

このサイトでの「結論」は、以下の通りなのですが(以下引用)。
好きなサイトの管理人さんに親近感を抱く事が有るのは、そのサイトが『友愛』の構成要素の一部を満たしている為。但し、好きなサイトだからと言って『友愛』の構成要素を必ず満たすとは限らないので、親近感が湧かない場合も有る。
その上で「親近感を抱いた場合」のこと。
この「親近感」を抱いた場合に、人が陥りやすいのが「美しき誤解」かな、と。

このリンク先に言葉を借りれば、特定のサイトに「自分が自然に納得出来る言及が多い。」ことを感じると、それは「類似性の認知……「自分もそう思っていた」など、同一環境下に於ける感情の一致を認める事。」という、友愛を構成する一つの要素を持つことになる。

ただし、忘れがちなのは、「同一環境下に於ける感情の一致」という部分の「同一環境下」ということなのではないかと思う。

思考するときに、その背景となる環境は、誰もが一致するわけではない。
一致に近いことを想定できる条件下、というケースの方が多いのではないかと思う。
しかし、時として生まれるのが「美しき誤解」。
他の条件下でも、一致もしくは一致に近いものを持つに違いないと、相手に対して思いこむことが発生するのではないかと。

ネット上では、自分の思考や心を語るということで、相手の内面性にふれる機会がある。
だからといって、その相手に対してのイメージの生成を急ぎすぎることは、危険にもつながっていくのではないかと。
急いで相手のイメージを勝手に作り上げていくことは、その後、また勝手に「裏切られた」と思うことが起きる可能性を作り出してしまうことでもある。

ネット上で、親近感を抱く相手を「見つける」のは楽しい。
しかし相手に親近感を抱くことが、時期尚早であったり過度であったりする場合は、その後のトラブルの芽を、ゆっくりと生成し始めていくきっかけにもなること。
そうした「諸刃の剣」というものも、忘れたくないと思う。

*ちょっと前に、「縞瑪瑙の夢の国で劫初を想う」の縞瑪瑙さんに「読破」を宣言されまして。
その更新にわたしの過去記事のリンクが出現されるものが続々と出てきているわけですが。
この更新の内容に、この方が思考する「距離」というものがあり、そのことを安心して、また緊張しながら閲覧させていただいている今日この頃です。

個人情報

2005年05月19日 | インターネット雑記
今朝未明、昨日の深夜ですが。
摩訶不思議なメールを受信しておりました。
受信したのはヤフーのフリーメール。
あるPC関連のネット販売にID登録が完了したというもの。
聞いたこともないフルネームが、宛名として記されていました。
ヘッダ情報見ても、送信先に偽装は見当たらない。
送られてきた会社を検索すると、IT関連ニュースで「ネット販売を始めた会社」として紹介されていました。
販売される機器のメーカーは、大手です。

ふうむ。
この会社とヤフー宛てに、「なんでこんなメールが来るのかわからん」と、丁寧に送っておきました。
気になるのは、宛先として記されている、聞いたこともないフルネームですね。
まったくのでっちあげなら、この販売会社、何をやってるのかということになりますし。
とりあえず、急遽、ヤフーのパスワードを変更しました。

さて、ニュース。
学級連絡網様変わり、個人情報漏れ不安→一斉メールも

個人情報、保護ですが。
このニュースに出てくる、「小学校の連絡網をメールで配信」というもの。
状況として、理解できる。
学校からよくお便りが出るのですが。
「役所を装った業者からの、クラスの児童の連絡先を聞き出す電話には、絶対に答えないでください」というもの。
これ、うちにも二度ほど、かかってきているんですよね。
地元の区役所のなんとか課だと。
人の良さそうな声と話し方で、「自分のミスで数人のデータがなくなっちゃって」。
「教えていただけるとありがたいんですが。。。」(ぽりぽり・・・という感じで)
「○○君とか××さんとかがわかればいいんですが」
と具体的な固有名詞をあげる。
「学校に電話します」と言ったら、ぶちっと切られました。
翌日、校長に聞くと、それは教育関連がらみの業者だと。
「答えてはいないでしょうね」と、確認されました。
多いんだそうです、この手の電話。
かかってくる家庭は、低学年が多いらしく。
うちは、2年生のときと3年生のときにかかってきました。
今後、営業活動に回す名簿作りってことなんでしょうか。

そんなことがあったので、このニュース。
かなり、ふむふむ。
「PTAが民間の情報配信会社と契約し」、という内容なので、連絡網のメール送信でアドレス漏れということも防げるんだろうなとも思ったり。
今後、こういう「民間の情報配信会社」のビジネスは、広がっていくかもしれませんね。

ちなみに娘の通った、そして今息子が通っている小学校は、平成12年度から緊急連絡網には住所は記載されていません。

うふふ

2005年05月14日 | インターネット雑記
閲覧したブログにコメントを残すか残さないか。
まあ、これは人によっていろいろあると思うし、ケースもいろいろあると思う。
でも、コメントが少ないイコールおもしろくないということでもないと思う。
実際、わたしはコメントを残すときは、「おい、長文で迷惑だぞ」と思われる可能性が高い迷惑なコメンテーターだったりするけれど、ロム専も多い。

と、理屈っぽい前置きだけれど、こんなのは主旨でもなんでもなくて。
ただ、夢中で読んでるブログをひとつ出したいだけの話で。
見つけたきっかけは、ありがたいことに被リンクです。
わたしはこの方のセンスに、やられてしまっています。
なんかこう、人に教えたくてたまらん気持ちになっております。
元来、つるむという行動が苦手なワタクシですが、このブログに関しては、おもしろいとおっしゃる同士が欲しい気持ちになっております。
だって、おもしろいんだもの。
そのおもしろさは、生活にも影響が。
今日は、ガキ共が何をやっても何を言っても、やたらにハイテンションでウケているワタクシです。

ん?
と思われた方は、まずコチラへ。
ココで興味を持たれた方は、是非閲覧にいらしてみてください。
ワリとキリギリス日記

すでに有名?
それは失礼しました。

ちなみにわたしの「読破」は、現在去年の秋まで来ています。
まだまだ先(過去?)がある。
楽しみは少しずつにしようか、一気にいこうか思案中。

「差別」考

2005年04月28日 | インターネット雑記
ブログ巡回先で、「むだづかいにっき」のえっけん氏にあてたコメントで「某所は気にするな」的なものを目撃。
まあ、彼はこれまでに何度も某所で不名誉な形でHN出されてネタにされたことはあったので、単純に「また?」と興味を持って某所眺めにいきました。

ふむふむ。
ん?
コレはわたしのことかな?
えっけんの考えの根元にある差別感は強烈
その差別感をごまかすために障害者の家族と
結びついてる模様

だが、障害者の家族が差別心がないなんて言うのも妄想
文章読めば、差別心でまくりの所なんてありまくりだしな

ババアに助けを求めてる毒男30杉は
イタイとしか言いようがない
助けを求められた覚えは無いが、ババアってのは?
わたし?
ま、ジジィではないからな。

いや、ここに見る「悪口」ですが。
実は、わたしはとても興味深かったです。
何かを語るときに「肯定」を出せば、自ずと「否定する存在」も出てくるわけで。
それが「差別」ってことになるなら、何も肯定できなくなるんですが。。。
はあ、こういう感想が「助けるババァ」ってとこになるのかな?

ま、そんな感想とは別に、また素朴な感想が。
「差別感」という言葉を、「悪口」というものに使おうという考えってのがあるんだなと。
非常に、素朴に、ほう、という感想を持った。
「差別」というものは、具体的なことに関して起きていくもので、誰もが持っていると思うし、持っていない人は逆に言えば「存在しない」とわたしは思ってました。
こう、なんというか、「人格否定」に使うという発想を持つ人もいるんだなと。
いや、揶揄するわけではなく、ホントに素朴に「ほう」と思った。
使う人、というより、使われた「差別」という言葉自体に、興味を持ってしまいました。

>その差別感をごまかすために障害者の家族と結びついてる模様

この発想も、すごく新鮮だった。
ほう、そんな風な解釈があるのか、と。
しかし、ホントにそんな発想持つ人がいたら、怖ろしく「器用」な方だろうな、と。
「差別感をごまかすために」ではなく、「善人気分を味わうために」とか、「自身の人間関係のバリエーションのひとつと満足するために」という種の方は、現実的にはいらっしゃると思う。
わたしの経験上は、女性ですな。
ただ、発端がどうあれ、わたしは「引っぱりこんだモン勝ち」だと思ってます。
引っ張り込んでいくと、発端はどうあれ、人、変化していく可能性持ってますからね。

>障害者の家族が差別心がないなんて言うのも妄想

ってのには、「そうよ、妄想よ」と思ったし。

「悪口」「陰口」というものに使用するケースがあるんだなあという、素朴な発見を感じた「差別」という言葉。
いろいろ調べてしまいました。
で、見つけたサイト、『“差別用語”と呼ばないで』
すご~~くおもしろかったです。
同意するとこ、多々。
ただし、このサイトの全文きっちり読まないでガタガタ言う人も多そうだけど。

以上、某所ネタはちょっと怖いけど、
いや、けっこう怖いけど、
でも拾ったもの、多かったです。
収穫、大。
「ありがとう」、かな。

ソーシャルブックマーク

2005年04月26日 | インターネット雑記
「ソーシャルブックマーク」ってなに?

デイリーリサーチ:約3割が「利用したい」、ソーシャルブックマークサービスとは?

ふむふむ。
ブックマークサービスといえば、3年ほど前にBLINKというサービスに登録したことがありました。
公開する、というよりは、ウェブ上に保存するため。
しかし現在の「お気に入り」の記録をそのままアップロードできるので、PC内の「お気に入り」の整理ができていなくてぐちゃぐちゃだと、そのぐちゃぐちゃのままアップロードされるのでとても不便で。
はい、自分が悪いために、そのままアップロードできるという「利点」が「欠点」になりました。
ということで結局やめてしまいました。

さて。
ブログ時代到来で、いろいろなブログに「ふむふむ」というものを見つけたりします。
ところが、ブログが更新されていくと、そうしたものはどんどん過去記事になっていってしまいます。
ページが変わってしまったものを再度閲覧したいときに、探すのが大変。
PCの「お気に入り」に放り込んでいくのは、ぐちゃぐちゃの中身をさらに混沌とさせるだけ。

ということで MM/Memo 登録です。
とっておきたいURLを、放り込み始めました。

ソーシャルブックマークサービス、いろいろあるようですが、なんでMM/Memo
話は簡単、「むだの素」のマネ。
「むだづかいにっき」のえっけん氏、ソーシャルブックマークの楽しみという記事にあるように、新しいツールをどんどん発掘される。
そしてそのことを内容とする記事上げをされる。
それを読みながらふむふむ言いつつ、「読者」は情報入手のいいとこ取りですな。
ありがたい、ありがたい。

で、できたのが「Smemo」。
入れるの、楽しいです。
入れるのも楽しいし、人のを見るのも楽しいです。
ぐちゃぐちゃの「お気に入り」も、今後、整理できそうです。

えっけん氏、ソーシャルブックマークの楽しみという記事中に、こんなことを書かれておりますが。
良いニュースサイトは、クリッピングする情報の質を選び、情報に対する価値観が近い人にとっては役に立つし、「自己主張」までは感じないものの、興味の対象を並べ立てることで、ある種の表現を感じ取ることが出来るものです。
ここでの「ある種の表現」というもの。
ソーシャルブックマークに記されていく内容を見ることで、その管理者が「何に興味を持ち、何を取っておこうと思うのか」というものが見える。
見ようによっちゃ、一種のプロフページのようなものになりそうですね。

*トラックバック
むだづかいにっき「ソーシャルブックマークの楽しみ」

迷惑トラックバック:雑談

2005年04月24日 | インターネット雑記
トラックバックには、送られた相手が「迷惑なトラックバック」と認識するものが存在します。
わたしが自分のブログを「自分の領域である」と認識し、削除の対象とさせていただく判断要素は「トラックバック受付に関しまして」という記事に上げた通りなのですが。

ブログを始めた昨夏。
「迷惑なトラックバック」の話題をあちこちのブログで読みながら、感想としては、
そういうトラックバックがあるんだ。
そういうふうに感じる人がいるんだなあ。
程度のものでありました。
「迷惑なトラックバック」というものは、相手のブログに自分へのリンクを貼る行為ということで「アクセス数が稼げる」と。
要するに、開設当時の自分のブログは、そういう「トラックバックを送った甲斐があるブログ」と認識されているわけではなく、そんな経験もありゃしない。
世間のウワサ、程度に聞きかじるという感じでした。

そんな中、自分のブログにある日トラックバックが。
アフィリエイトを目的とするブログが、わたしの記事中のたったひとつの共通ワードに向けて、発信されたものでした。

感激しましたねえ。
ウワサに聞く「迷惑トラックバック」だ~~~、と。
自分ももらえるようになったのだなあという変な感慨とともに、表示されるそのトラックバックをしばらく眺めていました。
削除したのはずいぶん後だったかもしれない。
初めてウィルス・メールを受信したときと同じ感慨。
なんか、こう、「うふふ。わたしもこれで一人前?」みたいな感じ。
体験させてくれて、ありがとう。
コレもある意味「トラックバック、ありがとう」ですね。
「ブログランキングに登録してください」という類のコメントも、初めてもらったときは大コーフン。
人のブログで見るのと、自分のブログで見るのと、コレ、感想が違う。
コレか~~~、みたいな感じ。
うふふ、って。

そんな「ブログ初心者」時期を経て、今では自分の判断基準に合わないトラックバックはささっと削除。
ささっと削除するだけでなく、「トラックバック受付に関しまして」なんて記事を上げたりして、すっかりトウが立った。
「ブログランキング登録へのお誘い」も、ちらっと見てばっさりと削除。
生意気になったモンです。

でも、ブログ初心者当時の「わ~~、コレか~~~」という感慨、懐かしいです。
たった数ヶ月前のことなのですけれどね。
ブログって、日々の流れ方、早いですね。

結局、ブログ

2005年04月10日 | インターネット雑記
gooブログの投稿の反映がスムーズでないことがこの数日続いているので、割り切って、ブログに使っていた時間を別のことに使っている。
別のこととは、PCの「お気に入り」に放り込んであるURLの整理。
この5年の間に乱雑に放り込んであるもので、フォルダ分けしてあるものもあれば、「後で整理すればいいや」と、とりあえず放り込んだものもある。
改めて一個一個だどってみると、「ファイルが見つかりません」というエラーメッセージが出てくるところがかなりある。
この5年の間に、移転や削除等で無くなったのだろうと推測する。
しっかりページ自体があるものの、更新日時が2003年あたりで止まっているものもけっこうある。

いつ頃「お気に入り」に放り込んだのかすっかり忘れてしまったのだけど、こんなリンクリストがあって。
リンク切れが多くなっている今、リンクリストに頼るよりは、検索を利用した方がよさそうになっているなあと。
これもインターネットを取り巻く時代の環境の流れかもしれないなあなどと思う。

「お気に入り」から、日本のセルフヘルプグループ研究で有名な上智大学の岡知史教授のサイトに行くと、更新情報にブログ開設とある。
早速このブログに飛び、またそこからリンクが貼ってある神戸女学院大学の教授のブログ「内田 樹の研究室」へ。
ふむふむと興味深くページを繰っているうちに、結局ブログ巡回へ。

そんなことばかりやっていて、結局、「お気に入り」は全然片づかない。
困ったモンです。

ネット上の「議論」を見ながら、ぼそっと

2005年04月09日 | インターネット雑記
訪問先のブログのコメント欄の動向を見ながら思う。
何でもかんでも総ブログ化計画「【発表09】批判や反論……オトナの対処法は?」って、いい企画だったなあと。
いろいろな人がトラックバックで意見出し合って、それを総評としてまとめていって。
どんな個性の人が見ても、それなりの答を見つけられる企画だったんじゃないかと思う。

ネット上で見られる「議論」という上で。
自分の意見がどうのこうのってのは、人によっていろいろあるとは思うのだけれど、そういう「思考」をどういう風に相手に渡していくかってこと、これはその人のネット上での「社会性」というポイントもあるかもしれないな、と。

とはいえ。
先日、実生活の中で「見ちゃった光景」が、どうも自分の心理状態に嫌な余韻を引きずっていて。
まあ、簡単に言っちゃえば、さんざん人の悪口ぶっこいてた人たちが、当の本人相手にしていかにも親しそうに話してたとこ、見ちゃったというか。
(アンタたち、その人の名前呼び捨てにして、嘲笑してなかったか?)と、まるで自分が記憶障害に陥ったような感じまでしまして。
まあ、そんな「裏表」になるのは、それなりに立場や事情ってものがあるんでしょうけれど。

それに比べると、ネット上で堂々と、相手に対して激論をぶつけるっていうのは「正直」だよなあと、なんか感慨に近い気持ちなど持ってしまっていたりするのでした。

宛名の無い手紙

2005年04月02日 | インターネット雑記
まず、リンク。
304 Not Modified 「私が自分のサイトを持つ理由。」

わたしはネット上で思い悩む人に出会うと、自分のサイトを持つことをすすめることがよくありました。
ブログというものが無かった時には更新にテクニックを必要としないサイトを紹介して登録を薦めたり、全くの初心者にHTMLタグやFTPの使い方を丁寧に教えたりもしました。
作っている途中で、ページの修正のやり方を教えたりもしました。
自分のサイトという「自分自身の場」を持ち、そこで「表現」していくことを通して、自分自身の持つ問題と真っ向から対決し、思考し、そこから抜けていく感覚と得られる「自由」を知って欲しかったからです。
人生の中で、思ってもみなかった経験の扉が開いていくことがある。
歓迎したい経験もあれば、門前払いをしてしまいたい経験もある。
受け入れに時間がかかる経験の扉が開いたとき、
思考と感情は堂々めぐりをし、
そのことが刃になってまた、自分自身を痛めつける。
痛みを感じたら、痛みを書こうよ。
悲しみを感じたら、悲しみを書こうよ。
自分の感情の本質を引きずり出して、表現する。
表現という作業を通して、思考する。
「その先」には、自分自身の「希望」が見えてくるだろう。
誰の価値観にも惑わされない、
誰に対してもうつむかない、
なによりもかけがえのない「あなた自身」がきっと見つかる。
そもそもあなたがあなたであるということ、
命として存在するというそのことだけで
かけがえのない存在なのだから。
その痛みは、あなた自身のもの。
その悲しみは、あなた自身のもの。
全てはあなただからこそ、感じるもの。
ほめられない部分も、簡単には人に言えない部分も、
全てかけがえのないあなた自身のもの。
その全てを、あなた自身が大切に抱きしめたときに、
「あなた自身の明日」がきっと見つかる。
あなた自身が出会う人と、あなた自身が抱える思いと、
温度差がある場合はたくさんあると思う。
あなた自身が、あなた自身を大切に抱きしめることができたなら、
その温度差は、きっと超えられる。
新しい経験も、きっと超えられる。
サイトを持つことをすすめるときに、言いたかったことはこんなこと。
このインターネットという大海の中、
手紙を入れて海に投げた瓶のように、
手紙をつけて飛ばした風船のように、
わたしが流す言葉がどこかの誰かに届くのならば、届いて欲しい。

*関連記事
「インターネットと女性たち」
「障害」と「尊厳」

*トラックバック
304 Not Modified 「私が自分のサイトを持つ理由。」
まっち~の三日坊主日記 「ブログ始めて2ヶ月が過ぎました。」

*2005.5.18追記
 トラックバック
 障害者の“きょうだい”のつぶやき「心のバランス」

「みんなで選ぶ第一回gooグッドブログセレクション」結果発表

2005年03月31日 | インターネット雑記
「みんなで選ぶ第一回gooグッドブログセレクション」結果発表がありました。
5位までの中に、わたしが推薦した5つのブログから2つが入りました。
(3/71の確率には破れた模様)

この結果発表に際し、わたしの推薦文がそのまま使われています
チョイスされたことはうれしいですが、引用先が明らかにされていないことが、ちょっと不満。
記事上げし、自己申告。

「1位 むだづかいにっき♂」と「5位 ブログはじめますた」に記載されているコメントは「存在に意義があるブログ」gooブログ版 からの引用です。

*参考リンク
この春、無料で始めるgooブログ gooブログAtoZ「第4回:gooでネタ探し&トラックバックの使い方」
以下コラム「引用」と著作権のルールを覚えておこう より引用。
誰かが書いたもの、撮った写真などは「表現」のひとつとして著作権はが生じ、著作権法という法律によって保護されます。これらを他人が勝手にコピーしたり、多くの人の目に触れるホームページやブログに転載することは法律で禁じられています。

 この著作権の保護に対して、いくつかある保護制限(保護が及ばない条件)のひとつが「引用」です。つまり、一定のルールを守って「引用」としてなら、ほかの人の著作物――つまりブログの記事やニュースサイトの記事を、複製することも可能になります。ルールについて著作権法では「公正な慣行に合致するもので……」などと明確には定義されていないのですが、ネット上での引用は、おおむね次のようなことに気をつければOKでしょう。

1:報道、批評、研究など、正当な目的・必然性のある引用であること
2:適切な範囲のみを引用していること
3:引用部分が明確に分かるようになっていること
4:引用の出所が明記されていること
5:自分の書いた記事が「主」で、引用部分はあくまで「従」であること

*追記
「お祭りイベント」にケチつけるのもねえ、と、けっこう迷った挙げ句、自分だけのことじゃないのでスタッフブログ該当記事にトラックバックです。

*4/7追記
修正日時ははっきりわからないのですが、推薦文にリンクが貼られました。

「存在に意義があるブログ」gooブログ版

2005年03月20日 | インターネット雑記
「みんなで選ぶ第一回gooグッドブログセレクション」に参加します。

参加するのは「グッドセレクション」部門。
選択のコンセプトは「存在に意義があるブログ」です。

☆π氏の雑記(PCのジャンキー)
http://blog.goo.ne.jp/suzuka_web

PCや周辺機器に関して幅広い話題が網羅されている。
また、コメント参加される方が情報提供しやすいムードを持っている。
管理される方自身が楽しまれながら、コメント参加される方とともに大きな情報提供の場として展開されている。

☆むだづかいにっき
http://blog.goo.ne.jp/simauma_dx

ウェブに関してのこと、ブログに関してのこと、管理者の意見が展開。
意見を展開する要素になるリンクも充実。
閲覧者が「では自分はどう思うのか」ということを触発される要素を持っている。
この「触発」が、閲覧者によっては、時々別方向に理解されることが個人的には残念。

☆ブログはじめますた
http://blog.goo.ne.jp/rd-xs40user

現在、休止中ではあるけれど、こちらに出されているgooブログに関してのツールやテンプレートが多くの人に使われ続けていることを考えれば、「更新休止中でも存在に意義がある」と思われる貴重なブログ。

☆まっち~の三日坊主日記
http://blog.goo.ne.jp/machimachi_2005

モラルハラスメントを、個人的体験を通して考察するブログ。
「モラルハラスメント」という、表に見えにくい虐待、被害者が被害をなかなか自認できず、他者からも被害が認められにくい「攻撃」に対して考察し、「自分が自分らしくあること」を大切にすることを主張。
相互リンク関係にある「モラルハラスメント被害者同盟」というサイトと連動しながら、インターネットにおけるセルフ・ヘルプ・グループとしての機能を持っていることは「存在に大きな意義がある」と思われる。

☆ゆうくんちの日常
http://blog.goo.ne.jp/yu-kunchi

親子ともに一般的な社会から隔絶されやすい「日常的に医療処置を必要とする重度心身障害児」。
この生活の日常をありのままに伝えていくこのブログは、どんな環境の人間においてもインターネットに接続する環境を持つことで社会と接点を持ち、意見を表明していくことができるブログの有意義さを感じることができる。
また、個人の日常を描くことで、障害児の家族と周囲との精神的障壁を解決させていく可能性をも含んでいるという要素も「存在に意義があるブログ」と思われる。

ダイレクト電子メール

2005年03月08日 | インターネット雑記
インターネット上の無料サービスを利用するときに、「希望する分野のダイレクトメールを受信」という条件があるものが存在します。
「広告メール」というもの、そういう意味では「慣れている」もので。
まあ、必要ないものは削除すればいいということなだけなのですが。

「んん???」

と思うのは、そうしたサービスを介するものではなく、ネット上からアドレスを拾って送ってきたものだろうというもの。
自社製品に関して「大反響」「話題騒然」みたいな形容から始まるもので。
まあ、たいがい、削除すればいいというだけなのですが。

今回の困惑はこちらの会社からの商品紹介メールです。
商品はコチラ
受信したメールアドレスは、自分が管理するHPの掲示板に記載しているものです。
障害児教育に関してのメーリングリストに登録してあるものでもあります。
HPにはこの記載とは別にメールフォームがありますが、そこからの発信ではありません。
また、このダイレクトメールの本文において、メールアドレスをどこから入手した等の記載はありません。
突然入り込んでくる「得体の知れない広告メール」と、文章構成はほぼ同じです。
(「大反響」「話題騒然」から始まり、該当URLが記載)
安全のために、このメールのURLをクリックせず、記載されている社名で検索して商品を確認するという手順を取りました。
そういう手順を踏みたくなるほど、「得体の知れない広告メール」と受信の印象や文章構成、「商品に対しての美辞麗句」が酷似していたとも言えます。

「知的障害」「ダウン症」等で検索されるHPを管理していれば、こうした「案内」は来るものですが、今までに関しては「掲示板への投稿」やメールフォーム利用が主でした。
こうした形でアドレスに直接ということは何回かありましたが、アドレスの入手という「挨拶」から始まっていたこと、そのことで「違和感」を持たなかったという部分があります。
もちろん、ネット上にメールアドレスを記載するということは、そういう受信が「存在する」ということは承知の上で行わなければならないことだと思います。
その上での「感想」ということです。

「商品」としては、教育ソフトの一つとして認めるべきものであると思われます。
ただし、知的障害児に関しての言語獲得には、「発達に関しての全般的な支え」が必要かつ重要なもので、このソフトを使うことで「驚くほど能力が伸びる」ということではなく、あくまでも教材の一つであるとも思われます。

知的障害児の家族が管理する個人サイトはたくさんあります。
その方々のところにも、この「広告メール」は届いているのでしょうか。

なお、社名と商品名を出したのは、直接メーラーに飛びこんでくるよりも、別の形で情報を入手した方が「直接的な違和感」を持たずに商品自体を確認できると思ったからです。
また、「ことばのくんれん」で検索すると、様々なニュースソースも閲覧できます。
参考にされたい方はどうぞ。

*参考リンク
【マルチメディア・インターネット事典】ダイレクト電子メール