S嬢のPC日記

2004年から2007年まで更新を続けていました。
現在ははてなで活動しています。

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見えてくる人の姿:その1

2007年03月30日 | 「ぼくらの発達障害者支援法」
ぼくらの発達障害者支援法

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「祝杯にはまだ早い:発達障害者支援法の出発点を確認する」 (カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル2004年11月21日)

 このエントリ、申し訳ないのだけれど、web上ではとても読みにくいものになっています。これはリアルタイムでどんどん状況が動いていった証拠。ここからわかりやすく抜き出すと以下のようになります
【意見募集】
「なぜ、発達障害者のための支援法が必要なのか?」
 みなさんの声をコメント欄にお寄せください! 
「自分はこういうことで困っている。支援を必要としている」という本音でお書きください。
※お立場を必ずご記入ください(例)「5歳自閉症児の保護者」「保育士」など
 期限は(短いですが)、11月23日(火)夜10時まで。
 日本自閉症協会を通じて、国会議員の先生方にお届けしたいと思います。
 ご協力よろしくお願いします。
 このエントリのコメント欄の数。たったの3日間でのコメント数100越えはいわゆるアラしじゃないですよ、主旨に賛同した重要な「声」。
 この声は「意見書」として以下の方々に郵送されます。(2004年11月25日参照)
 (1)衆議院内閣委員会の委員 全員 
 (2)参議院内閣委員会の委員 全員 
 (3)発達障害を支援する議員連盟 全員 

 この辺の経過が書籍では非常に整理されて掲載されています。意見書に関しては、ライフステージに沿った抜粋版が書籍には掲載されています。
 ここには人が見える、様々な姿で人が見えてくる。この人の姿を見たときに、以下のエントリがとてもよくわかってくるわけです。

すべての涙が乾くとき~発達障害者支援法成立


 このエントリの本文中の「シートベルト」という文章。これが書籍ではきれいに見やすい形で記載されている。そしてこの文章の存在がとても生きている。これも書籍の強みでしょうね。
 そしてこの「シートベルト」という文中にある「『うっかり死んだりしない』と、ゆびきりゲンマン♪ 『続き』を一緒に見ていこう。」という約束が、ブログでも書籍でも生きていくこと。このことの意味はとても大きいと思いますし、書籍ではさらに時を越えてこの約束の力の意味が生き続けると、わたしは思います。
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ブログの力:その2

2007年03月28日 | 「ぼくらの発達障害者支援法」
ぼくらの発達障害者支援法

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発達障害者支援法成立までに動いたブログの力

1.発端

 ・自閉症などの早期発見や支援、政府・与党が総合対策を検討
 ・復活~発達障害者支援法の成立キャンペーンを開始!

 これがスタートの動きです。この後、「キャンペーン」と銘打った「みんなで動こうよ」という提案が幾度となくこのブログから発信されていきます。
必要なのだ、みんなに必要なのだ、わたしたちはひとりじゃないんだ、と、そうした声が人に力を与え、そしてその力は雪だるま式に大きくなっていきます、このブログを媒体として。

2.具体的な動き

 「発達障害の支援を考える議員連盟」に声を届けようと呼びかけます。これがこのブログが発信した最初のキャンペーン。そのひな形を作って提示もしていきます。
返事も来る、手応えもある、しかし未だ法の成立には届かない。
 ここまででも、ブログを媒体として動いた力は感じるのですが、ここから、ですね、ドラマの展開は。さらにどんどん加速するかのごとく、雪だるま式の「これをやろう」の提案がこのブログから発信されていきます。机上の論理ではなく、具体的な活動を背景にしながら。
そしてこのエントリに行き着くわけです。

「すべての涙が乾くとき~発達障害者支援法成立」 / カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル

書籍という媒体の利点

 このブログを発信をスタートとして動いていった人の力。これは実に重要なドキュメントだと思います。目の前のことをあきらめない、希望をもっていく、希望をもつ力を生んでいく、ひとりではなくみんなで。というひとつの壮大なストーリーとなっています。

 そこでこのカテゴリなのですが。

カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル:「発達障害者支援法」の軌跡

 これ、スタートから全文、時系列を追って読もうとすると。
ものすごい量とそしてパワーがありますからね、この「発達障害者支援法」に直接関わりの無い多くの人が読むとは言い難い。またインターネットで文章を読むという習慣の薄い人は、この時点でこの内容を「知る」という機会を得るのは難しくなる可能性というものもある。
 
 ここ、なんですよね、わたしがもったいないと思うのは。
この具体的な動き、人の力が雪だるま式に増えていくということ、このこと自体が「発達障害者支援法」に直接関わりのある人、またこの動きに参加した人のものだけになるのはもったいない。人間のもつ力として、ひとつの事例としてもっと多くの人が知っていいんではないかと思うわけです。

 だからこそ、書籍なんですよね。書籍という媒体が生きる。インターネットで文章を読むという習慣のあるわたしでも、書籍で読む方が全貌を理解しやすいし、楽なんですよね全貌を知ることが。
 
 そして重要なポイントとして、ブログ自体が書籍の資料集になっていくわけです。書籍で提示されるアドレスを開けてみる。そこにそこでリアルに動くパワーをさらに感じたりすることもできる。ブログが書籍の裏付けとして機能する。
 書籍によって、書籍とブログの両輪が生きる。このことも大きいと思います。
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ブログの力:その1

2007年03月27日 | 「ぼくらの発達障害者支援法」
ぼくらの発達障害者支援法

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カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルから生まれる本

 この書籍は、ブログから生まれました。しかしいわゆるブログの書籍化ではない。
この書籍はweb上で展開された、このブログに関わった人たちも含めたブログの力というものが人に希望と力を与えていった軌跡です。その力が集大成となって書籍として読める本です。

ブログってなーに?

 これはカイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルというブログが生まれた月、2003年11月に書かれたものです。
 書籍の中ではさらに整理されて、こんな風に記述されています。(「ぼくらの発達障害者支援法」p.9より)
・だれかとだれかがカンタンにつながる(リンク)
・まるごとアイディアや情報を一緒に分けあい、考えられる(シェア)
・社会的な地位や知名度は関係ない(フラット)
・ネットにつながればそのまま時間と空間を越えられる(グローバル)
 書籍本文中でも、ブログ開始当時の文章でも読める「ブログのもつもの」に対して感じた魅力。まず始めてみた、という行動が、その後の展開によって、一冊の書籍を生み出していくことになるわけです。

 さらに、というか。
このブログは現在進行形ですから、書籍出版後というものが現在流れているわけで。
以下の記載も、ブログと書籍とという中での個人のドキュメントの姿なのではないかとも思います。

ブログ依存症からの脱却
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用語もろもろリンク集

2007年03月26日 | 「障害」に関わること
 カイパパさんからトラックバック受信。

つれづれに/カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル
できれば、上記の記事の冒頭に書いてある、「【用語】障害者(2003年12月29日)」からの一連の記事を追いかけてほしい。長くなるけど(^^;
 ほいほい、追いかけましたぜ。以下、リンク集というか、自分にとってのまとめというか。

1.差別用語
 ひとつの用語を作っても、その用語が定着したときにその用語の周囲に差別がある場合、用語に差別的要素が加わっていく流れがあること。
 
 精神薄弱という法律用語からスタートした我が家(平成三年に娘出生)と、知的障害という法律用語からスタートした方と、用語に関しての感覚の違いはあるのか。
 *精神薄弱者福祉法
 *これまでの用語変更事例(精神薄弱から知的障害へ)

 精神薄弱という用語から知的障害への変更は、わたしは「精神」「薄弱」という用語の否定であるととらえる派。用語の変更で差別的認識を全て除外することはできず、差別的認識を解決するための用語変更は、結局いたちごっこになるのでは、と思うところアリ。知的障害という用語の差別的別称としては「ちしょう」「池沼」などがすでに存在。
 自分の生育歴の中で、差別用語であった「かたわ」が「身体障害者」に変わった経緯があり、その後の世代には「身体障害者」を「しんちゃん」と呼ぶ差別用語が生まれている。

2.ノーマライゼーション
 *ノーマライゼーション: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
 この言葉は、施設入所が当然の選択であったという背景の中で、どうして普通の生活ができないのか、という知的障害児の親からの訴えが原点。
 平成三年生まれの娘が乳児期は、障害児の親にとってもたいしてなじみのない用語だった。
 この用語が定着していった背景としての、自分の個人的感覚としては、ハートビル法の登場とからみがあるという記憶。
 *ハートビル法解説(ハートビル法:平成6年に制定された「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」略称)
 *バリアフリー(アクセシブル)/ユニバーサルデザイン関連年表
 これは「国際障害者の10年」との関連性。国際障害者年以前に出生の障害がある子どもと、国際障害者の10年の後に出生した障害のある子どもとでは、育児環境に大きな差があると認識した時期でもあったと思う。
 つまり、建築物として具体的に「バリアフリー」を法令化して打ち出したことにより、「ハードからソフトへ」の流れが生まれ、ノーマライゼーションという言葉の定着に拍車をかけていったと思う。

3.ノーマライゼーションと教育
 知的障害をもつ子の教育において、ノーマライゼーションという言葉をめぐっての論争が起きる。つまり、ノーマライゼーションイコール統合教育として、統合教育を推し進めようとする派と、それを否定する派。知的障害児に教科教育をという提唱をした草分け的存在の茂木俊彦氏が後者で、この関連の著書は多い。
 *「茂木俊彦」「ノーマライゼーション」でのGoogle検索)

4.チャレンジド
 「チャレンジド」という言葉で、わたしが同意を感じるのは以下の文章。
 *チャレンジド考/天竺堂通信
 
 どんな風にこの言葉を解説するか、とらえるか、ということをもってしても、がんばらなければならない人、という印象を持たせることに対してのマイナスの感覚を、わたしはこの言葉に感じるところがある。
 障害というものが存在するときに、その障害を個人のものにせず、家族で集団で社会で越えようとすること。それがチャレンジなのではないかと思う。たとえば「ハートビル法」は社会的なチャレンジ。

 その周囲という中で。家族のチャレンジのケアは必要であり、そこにも支援が必要だと思う。そして支援者のチャレンジのケアは?という観点も必要であり、またどこか忘れられていることのようにも思う。
 *抱えている荷物を降ろすための呪文/かへる日記 (FRGFRG304)
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はじめに

2007年03月25日 | 「ぼくらの発達障害者支援法」
 ニュース番組の特集、ドキュメンタリー番組、実話を取り上げたドラマや映画。
こうした媒体を通してある人の人生の一面やその出来事を知る、ということがある、現在の自分に直接関係の無いことでも。そしてそこから何かを見いだしたり、また、何かが残り続ける、ということはあると思う。
 
ぼくらの発達障害者支援法

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 この一冊の書籍。この書籍から見えるものがある。
「発達障害者支援法」というひとつの法律とは関連の薄い人にとっても、見えるものがある書籍だとわたしは認識しました。

 たとえばですが。
この書籍の「はじめまして」というところには、以下の記載があります。(「ぼくらの発達障害者支援法」p.9より)
私が願ったこと
 ・信頼できる仲間と出会いたい
 ・人生の長丁場で、自閉症をめぐる状況を変えていくための継続的な勇気と知恵を与えてくれる場が欲しい
 この「自閉症」という言葉の部分を「○○○」と何か別の文字に変えてみたら。
これが私がこの本が、「発達障害者支援法」に直接関わりの無い人にも価値がある書籍だと思う理由のひとつです。そこに見えてくるのは、一人の人間の姿と、そして動いていった動かされていった周囲の姿ということではないかと

 しかし書籍というものは、その中心の話題となるものとは直接関連の薄い人にはどうしても手に取られにくい。そのことからこの書籍が、「発達障害者支援法」という法律に関連のある人だけの本になってしまうのは、わたしはもったいないと思う。

 と、いうことで、しばらくこの書籍に関してのシリーズ連載を開始します。
この書籍を買う買わない読む読まないということだけにとらわれず、この書籍が存在するということの意味を考察しようと思っています。
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「しょうがい」に関しての表記もろもろ

2007年03月22日 | 「障害」に関わること
 まずリンク。タイトルであらわされる内容と、その背景になるようなものを「ぼくのお姉さん」という書籍の文章を例示して記述されている文章。そして「しょうがい」に対しての表記に何を選ぶかという話。
ぼくは「他者」につきまとういろんな意味としての「障害」を漂白してから、ぼくは初めてそこで他者に出会いたいんだ。/かへる日記 (FRGFRG304)
例えば、この本の「ワシントンポスト・マーチ」の障碍者の描写は小学生対象のことはいえ、正確でぼくはドキリとさせられました。
 そうなんですよね、この「ぼくのお姉さん」という書籍は自分の中にあるものをドキリとえぐってくる要素がつまっている。このドキリとさせられるものに関して、ngmkzさんはタイトルにあらわれる考えを出される。これはとても興味深いところだなあと思った。

 わたしは「しょうがい」を「障害」と表記する。つまりngmkzさんの言われる『「他者」につきまとういろんな意味としての「障害」を漂白』に関して、言葉に対しての感覚が違うのだと思う。多分にこれは、わたしが「障碍」という言葉と初めて出会ったときの印象が左右されているように思う。

 わたしが初めて「障碍」という表記に出会ったのは、ある団体の広報チラシで。それにあった「わたしたちは障碍という表記を使う」という意志表明は、わたしにとっては「害」を使うことに対しての否定的要素が強く感じるものだったという印象がある。つまり文字表記をもって、障害をどうとらえるかという踏み絵にされているような感覚とでも言えばいいのか、とも思う。その印象が、逆にわたしが『「他者」につきまとういろんな意味としての「障害」を漂白』として使えないところかもしれないと思う。

 さて、過去ログ。
障害・障碍・しょうがい (gooで)
障害・障碍・しょうがい (はてなで)
 ここから約一年が経過しているわけで。この一年でも、そしてわたしが初めて「障碍」という表記とその意志表明のようなものに出会ってから10年ちょっとの間でも、少しずつ「障碍」と表記される方は増えたようにも思う。それはそれぞれの意志表明なのだろうと思うし、その意志表明の中身こそが重要なのだとも思う。「障碍」という言葉と初めて出会ったときにわたしが感じた「押しつけ的感覚」がやわらぐ時が来たら、わたしも表記を変えるのかもしれない。
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