親戚の子が、2人目の子供を妊娠中だが・・・
そのお腹に宿る命が「双子」だということが、このたび判明した。
先の長男あわせて2人だと思っていた状況が、合計3人となり・・・
経済的な負担(教育・学資金)を考えると、頭が痛い部分もあるようで、
何かと家族間で話し合う機会が増えたという・・・相談のような愚痴が届いた。
命を授かるのは、有り難いことで、
一人でも二人でも、授かるだけの命には「それなりの意味がある」ように思う。
ただ、現実として・・・
若い夫婦には、経済的な問題は切実だから、なかなかすっきりとしないようだ。
不安に感ずることも多いのだろう。
最近は、環境問題なのか・・・ 人工受精で子供を授かる夫婦が
増えてきている。
自然な流れにまかせていては、授からないであろう状況のために、
子供のほしい夫婦は、産婦人科に通い、過酷な診療にも耐えて、
高額な治療費にも目をつぶる。
そして、念願の「家の後継ぎ」になる子供を授かるのだが・・・。
場合によっては、複雑な事情が背景に隠れていることも少なくはない。
人工授精で、他人から「種」をもらっていることなどがあれば、はたして、
何人の受胎者がすっきりとした心境で出産ができるだろう。
子供を授かるだけで有り難いと思えればよいが、そうではない人もまた
現実にはいるのではないだろうか。
「家」のために、子供を身ごもることが第一の使命として与えられたら・・・
産まれてくる子供もそうだが、誰よりも母親のストレスと苦悩ははかり知れず、
100%割りきれていないのだとしたら、それは、とても心配だ。
子供は、「血」よりも、「育った環境」の影響が多いのだから、
愛情をかけて育ててあげることで、それだけで心配はないと思うのだけれど、
親にしてみれば「自分の種ではない」という歴然とした事実があったとしたら、
それは乗り越えるのに(受け容れるのに)時間がかかる人もいることだろう。
我が母もまた・・・・違った意味で、出産では苦労した人だ。
子供を授かるために、あらゆる努力をした。
数十年の間、苦悩の日を過ごし、何度も妊娠・出産・死産を経験した。
私の出産の時の逸話は、本当に当時でも珍しい状況だったらしい。
あまりにも、毎回のように激痛に耐えていたので、私の場合は軽く考えており、
病院に行く時間が持てなかったという「劇的な出産」を経験した珍しい人!
自宅出産で、(江戸時代のように)自然に出産した稀有な人なのだ。
私を取り上げたのは、専門家ではない隣のおばさん。
出産後、母の第一声は、「おば、また、死んどるの?」
そして、苦労して産んだ娘(私)が・・・ 背を向けて 東京へ出ていってからも、
子供の誕生日には、毎年「お赤飯」を炊いて、近所に配っていた・・・・という
愛情あふれる母親だった。
私は、この話を最近聞いた。
こんなことを、こんな時間がたってから知るなんて・・・・。
「お赤飯でお祝いしてくれて、本当にありがとう」の一言も伝えられないまま、
永遠の別れをしてしまうなんて・・・・。
母親の愛は、本当に深い。
そして、その純粋な愛情は、子供たちにストレートに伝わらず、
終わってしまうことも多いように思う・・・。
この私のように。
親戚の双子を出産予定の夫婦は、仲がよい二十代後半の年齢である。
まるで、家族のように、その長男を可愛がっている私としては・・・
あまり思い悩まず、おおらかに、物事を考えてほしいと感じている。
繋がっている命は、とても尊く、愛しいものだ。
経済的な側面よりも、将来の不安よりも・・・
今は、授かったことに感謝し、皆で幸せな時間を過ごしてほしい。