バタバタして、数か月。
父の主治医たった医院に、久しぶりに出かけた。
「四ヶ月以上ぶりだね、元気だった??」
( 私、元気じゃないから、来たんですけど・・・)
このところの “精神的な慌ただしさ” と “不規則な日々” と、
“環境の寒暖の差” で、ミズバナどころか、咳をしてしまったので、
「夏風邪かもしれない」と感じたからだ。
それに、お引っ越しのご報告もしていなかった。
結局、風邪ではなく、やっぱり「アレルギー」だった。
電車やバスの空調から入ってくる風など、 “綺麗ではない空気” に
反応しているようだ。
カビやほこり・・・夏になれば稼働が活発化する空調の中にも、
はびこっている菌がたくさんいるようだ。
もし、風邪の場合は、違う症状になるとのこと。
私のアレルギー歴も、もう4年になるだろうか。
花粉症の発病と、ハウスダスト系への対処のため、時々「漢方」を服用。
また、肌の過敏さがプラスして、今や使用していた化粧品を捨てて、
皮膚科で保湿剤等をいただいている状態である。
でも、おかげさまで軽症のため、何の不自由もなく、
誰にも「アレルギー」とは、気がつかれないほどだ。
命にかかわるような食品アレルギーもなく、何でも食べられるのも、
有り難いことだと思っている。
こうして、最近のように、不規則で、忙しい生活を経験すると、
免疫力が落ちた私は、「アレルギーがひどくなる」ことと、
必ずのように「親知らずが痛くなる」のだ。
先生に、言われた。
「今年は、もう親知らず、抜けないの?」
「抜けなくなっちゃったんだね?」
「忙しいのかな、無理か~?」
「う~ん、去年、抜けてればなぁ~」
「そうね、駄目だなぁ、たぶん来年ですね・・・」
何も言わなくても、ちゃんと私の身体の特徴を記憶していて、
先に先に質問をしてきては、不安材料を解消してくれる。
自分のことのように、一人で問答して、「う~ん」とうなり、
「じゃぁ~仕方がないか」と納得しては、処方箋に手をかける。
長い年月の間に、先生と私の間に芽生えたものは、
「ため口」と「雑談が言える関係」と「携帯番号交換」と
相手に対する「信頼関係」である。
そして、私が先生から得られるものは、「笑顔」と「安心感」と
「応援してくれる気持ち」である。
「引っ越したんだね。東京都民じゃん」
「引っ越ししても、ここまで来ますよ、先生に会いたいから」
そう言ったら、まんざらでもないような顔をして、微笑んでいた。
先生は、私が疲れた時に、「会いたい人」になってしまった。
医者と患者というよりも、社会の問題点を指摘し、それについて話し合い、
同時に「社会構造の愚痴を言い合う間柄」というのが、適切かもしれない。
いろいろとお互いの環境と現状を伝えあって、様々な情報を交換して、
個人的意見も交換し合うのが普通となっている。
医学的な質問をしたら、懇切丁寧に答えてくれるけれど、通常においては
病気の説明などは短時間で、医学的指導はほとんどないのが 私たちの関係・・・・。
ちょっと、変わっている。
でも、安心する。
そういう関係の人がいることが有り難いとも思うし、実際にも
頼りになっている。
私にとっては、心情的に「保険のような人」かもしれない。
何かあれば、相談することも、指示を仰ぐこともできるからだ。
しかし、もともと「医者」って、こういう気持ちを抱かせてくれる人では
なかったのだろうか・・・と思うことがある。
両親の最期は、二人とも、ひどい医療体制の中、モラルの欠落した
権威の象徴のように自分をとらえている医者にぶつかってしまった。
高飛車な考え方と、言葉の伝え方をする人たちだった。
横柄な態度が、より高慢な印象を抱かせた。
当時、医院(病院)の掲げていた「お客様を中心に考えた医療」とは、
全く違う “現実” と “治療姿勢” に 幻滅したものだ。
巨大な病院にとっては、私がし続けた抵抗や陳述は、おそらく
ささやかなものだったのかもしれない。
しかし、職業によって持っているべき性質というものがあるーと思う。
それが医療に携わる人にも確実に存在していると感じているし、
医者であれば、より一層そういうことが顕著に必要な立場である。
なぜ、それらが欠落してしまった人が多くなってしまったのか・・・。
その人の特性や環境などもさることながら、医療・福祉関係や教育関係は
社会構造的にも見直す部分が多いと、私は感じている。