NHK「坂の上の雲」で、ついに正岡子規が、逝ってしまった。
体重を落として(おそらく13kgぐらい)、熱演した俳優:香川照之さんの演技は、
当時の正岡子規を適切に表しているのではないか・・・と思うぐらいの前向きさと、
苦しみの現実が、画面から伝わってきた。
正岡子規の“生き様”は、俳優をそうさせるだけの事実の積み重ねがあり、
そのうえに、それを忠実に演技として伝えられる演技派の名優がいてこそ・・・
あのような「素晴らしいシーンが出来上がることができたのだ」と、しみじみ感じた。
子規が逝く今回のドラマの中で、印象的な彼の台詞がある。
「じゅんさんにとって、世界は “広い”。
わしにとって世界は “深い”んじゃ! 」。
彼の創作活動への意欲が伝わってきて、生きる原動力を最期まで失わずに逝った子規を
あらわした一言のように感じる。
すごい昔のことになるが・・・・
ひと時、「俳句」というものに触れていた私は、このドラマを通して、
時間ができた近い将来に、再び「俳句」をはじめてみようという気になった。
若い頃の私に影響を与えてくれた「父のような人(故人)」が「俳句」をやっていて、
彼が使い込んでいた季語集などは、今もすべて手元に置いており・・・・
それを目にするたびに、いろいろなことを思い出したりしていた。
仕事で一緒に旅をすると、車や電車の中で長時間にわたって坐っているときは、
急に黙りこくったかと思うと、一俳句ひねりだしては、その説明をしてくれた。
限りある狭い「車窓」からも、日本の豊かな自然や、うつりゆく季節は感じ取れて、
想像力一つで、短い言葉の中にでさえも、凝縮された「世界」が漂っていたものである。
私が俳句を作ると、ちょっと時間をおいて、「それは、こういう表現の方がいいな」と、
同じ内容で、自分流の言葉の並びを披露してくれて、まるで俳句教室のようだった。
そんな日々を過ごしているうちに、当時の私は、俳句を多少たしなむようになったのだ。
多忙になるまでの20代の若かりし頃の多感な時期に、そんな風にして“四季を見つめる
豊かな時間を過ごせたこと”は、ありがたいことだったと、今更ながら思う。
狭い車窓ひとつを前に経験した若い頃の出来事が、まるで子規の晩年の創作活動を
連想してしまったのかもしれない。
「わしには、この狭い庭しかない」と言いながら、家に篭もりきっていた子規の人生――。
しかし、それでも創作活動は精力的であったという。
子規の句は、意外とたくさん耳にしている。
「これも」「あれも・・」というものばかりだ。
松山という土地も、私にとっては、とても縁がある場所である。
なのに、今まで・・・正岡子規とは縁なく、時間を過ごしてきたのが不思議なくらいだ。
山頭火、高浜虚子、一茶、松尾芭蕉ほか、何人かの俳人のほか、近代文化人に関しては、
ゆかりの場所を尋ねたり、書籍を読んだりしていたのだが・・・・。
病気を患い、寝たきりになっても前向きに文学活動(創作活動)に熱を入れていた子規は、
現在の私にとっては、とても興味深い「人生観」を与えてくれた。
あの前向きな姿勢と、生き方、考え方、彼自身の病床生活を支えた家族間の関係も、
あらゆるものが深く心に響いてくるものであった。
根岸の家で、寝たきりになってから書いた『病床六尺』は、少しの感傷も暗い影もなく、
死に臨んだ正岡子規:自身の肉体と精神を客観視し、描ききった「人生記録」として、
現在まで多くの人々に読まれているらしい。
ぜひとも多忙な日常から抜け出せるであろう(と予想している)来年には、
ゆっくりと読んでみたいものである。