残暑の厳しい8月26日 大阪市中央区のAAホールで行われた龍馬大学校に参加しました。
「坂本龍馬と長府藩」というテーマで下関市立歴史博物館館長補佐の古城春樹氏による講演をうれしく拝聴しました。うれしくという表現はおかしいかもしれませんが、私にとって今回の参加は8年振りだったのです。そんな会員ですみません。
まず席に座り、目の前に映し出された龍馬の写真が私の一番好きなものだったので、それを見ながらワクワクと時間がくるのを待ちました。左ななめをむいて、イスに座る写真の左袖にくっきり墨の跡がついているものです。
お話しはまず長州藩の内部事情から始まり、これが私には興味深く、毛利元就の三本の矢の話しから、結束が固いと思っていたのが案外、内輪ではいろいろややこしい問題があるというような事で、内に入ってみてわかることなのだと感じました。
又、幕末の人物について話されると、たとえば毛利敬親に子がなかったため、長府毛利家から養女銀姫を徳山毛利家から養子明敏を迎えとあったのには、大河ドラマ花燃ゆで、銀姫は田中麗奈、明敏を三浦貴大が演じたこともありその他の人についても映像として頭に浮かんでくるので、理解がしやすかったです。
次に坂本龍馬と長府藩というテーマに移りました。私の中ではまず浮かぶのは三吉慎蔵ですが、彼については、行くところ行くところで事件に遭遇するが、乗り切って帰ってくるといった人だったようで、よくそういう人と寺田屋で一緒にいてよかったと思いました。
話を聞いているうちに、ずい分昔、1992年11月長府博物館の特別展「坂本龍馬と下関」に行ったこともあり、いろんな光景が浮かんできました。古城さんが古地図を指しながら、ここが功山寺で、今はその前に長府博物館がありますと言われたら、功山寺の高杉晋作像と一緒に写真を撮ったなとか思い出していました。
その25年前は五月女さん、瀬田(林美奈子)さん、ともう一人の4人で日帰り強行ツアーを組みました。あのころはパワーがあったなと思いながら、今回見せていただいた古地図を元にもう一度訪ねることができれば、もっと楽しめるなとも感じました。
とは言え、なかなかイベントに参加できず、本当に細々とではありますが、これからもよろしくお願い致します。
「坂本龍馬と長府藩」というテーマで下関市立歴史博物館館長補佐の古城春樹氏による講演をうれしく拝聴しました。うれしくという表現はおかしいかもしれませんが、私にとって今回の参加は8年振りだったのです。そんな会員ですみません。
まず席に座り、目の前に映し出された龍馬の写真が私の一番好きなものだったので、それを見ながらワクワクと時間がくるのを待ちました。左ななめをむいて、イスに座る写真の左袖にくっきり墨の跡がついているものです。
お話しはまず長州藩の内部事情から始まり、これが私には興味深く、毛利元就の三本の矢の話しから、結束が固いと思っていたのが案外、内輪ではいろいろややこしい問題があるというような事で、内に入ってみてわかることなのだと感じました。
又、幕末の人物について話されると、たとえば毛利敬親に子がなかったため、長府毛利家から養女銀姫を徳山毛利家から養子明敏を迎えとあったのには、大河ドラマ花燃ゆで、銀姫は田中麗奈、明敏を三浦貴大が演じたこともありその他の人についても映像として頭に浮かんでくるので、理解がしやすかったです。
次に坂本龍馬と長府藩というテーマに移りました。私の中ではまず浮かぶのは三吉慎蔵ですが、彼については、行くところ行くところで事件に遭遇するが、乗り切って帰ってくるといった人だったようで、よくそういう人と寺田屋で一緒にいてよかったと思いました。
話を聞いているうちに、ずい分昔、1992年11月長府博物館の特別展「坂本龍馬と下関」に行ったこともあり、いろんな光景が浮かんできました。古城さんが古地図を指しながら、ここが功山寺で、今はその前に長府博物館がありますと言われたら、功山寺の高杉晋作像と一緒に写真を撮ったなとか思い出していました。
その25年前は五月女さん、瀬田(林美奈子)さん、ともう一人の4人で日帰り強行ツアーを組みました。あのころはパワーがあったなと思いながら、今回見せていただいた古地図を元にもう一度訪ねることができれば、もっと楽しめるなとも感じました。
とは言え、なかなかイベントに参加できず、本当に細々とではありますが、これからもよろしくお願い致します。
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