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「2000年代 戦争と格差社会」(その8):「戦時下のもうひとつの日本」三崎亜記『となり町戦争』、吉村萬壱『バースト・ゾーン』、前田司郎『恋愛の解体と北区の滅亡』!(斎藤『同時代小説』5)

2022-04-28 19:39:28 | 日記
※斎藤美奈子(1956生)『日本の同時代小説』(2018年、62歳)岩波新書

(56)「戦時下にある、もうひとつの日本」:三崎亜記『となり町戦争』(2005)(a)いつの間にか始まっていた戦争、(b)知らず知らずに巻き込まれる市民、(c)非常時にあっても状況がつかめぬ主人公!
H  2000年代のもう一つのトレンドは「戦争」だった。Cf. 2000年代のトレンドの「殺人」(or「テロ」)については既述。(195頁) 
H-2  陣野俊史(トシフミ)(1961-)『戦争へ、文学へ――「その後」の戦争小説論』(2011、50歳)は「イラクへ空爆が開始された2003年3月以後、主として若い小説家を中心に戦争小説が数多く書かれた。こんなことは日本の文学史の中で嘗てなかったのではないか」と述べる。(195頁)
H-2-2  映像で見た9・11のショック(2001)、陸自が派遣されたイラク戦争(2003)。「戦争」は作家にいわば「燃料」を与えた。(195頁)

H-3 「戦争小説」の第1のタイプは「戦時下の国」を描いた小説だ。(195頁)
Cf  これに対し「戦争小説」の第2のタイプは「9・11やイラク戦争」を直接的、間接的に描いた小説だ。(後述。)(198頁)
H-3-2  三崎亜記(ミサキアキ)(1970-)『となり町戦争』(2005、35歳)は日本に似たある国が舞台だ。主人公の「僕」(北原修路)ある日、町の広報誌に「となり町との戦争のお知らせ」の記事が載り、戦死者数が書かれているのを見つける。やがて「僕」に「戦時特別偵察業務従事者の任命」の通知が届き、「町役場総務課となり町戦争係」の香西(コウサイ)瑞希という女性と偽装結婚し、不可解のまま「偵察役」になる。(196頁)
H-3-3 「戦争が畢竟、お役所仕事であること」をこの小説はやんわり伝える。(a)いつの間にか始まっていた戦争、(b)知らず知らずに巻き込まれる市民、(c)非常時にあっても状況がつかめぬ主人公。(196頁)(※これらはまるで「2022/02/24ウクライナ侵攻を開始したロシア」の一般市民・兵士の状況だ!)

《書評1》「戦争って一体なんなの?」というところがファジーなままで、「挿入されているラブストーリー」も、本編と馴染まずパッチワークじみていると感じる。
《書評2》「となり町との戦争」でも、変わらない日常が続き「戦争って本当に始まってるのか?」と思っていると、翌月の広報誌で「人の動き」として転出入、出生、死亡(うち戦死者12人)と小さく記載される。まるで下水道工事と同じ扱いで、事務的に行政の一環として戦争が進められる。
《書評3》突然のとなり町との戦争。公共事業としての戦争。大まじめで、戦死者もいる。でも、だれがどこでなぜ戦争をしているのかさっぱりわからない。パラレルワールドの出来事のよう。結局わからないまま終わったが、この首を傾げるような不可解さ。

(56)-2 国は「テロリン」たちによる大規模・長期の破壊活動とサイバーテロと戦っている:吉村萬壱(マンイチ)『バースト・ゾーン――爆裂地区』(2005)!
H-4  吉村萬壱(マンイチ)(1961-)『バースト・ゾーン――爆裂地区』(2005、44歳)も架空の国が舞台だ。道路で子供たちが「テロリンだ!」「やっちまえ!」と叫び、テロリン役の子を追いかける遊びをしている。「テロリン」とは「テロリスト」のことだ。国は「テロリン」たちによる大規模・長期の破壊活動とサイバーテロと戦っている。不安と恐怖に陥った人々は、無実の市民を「テロリン」として血祭りにあげ、愛国心に燃える人々が志願兵となって大陸に渡る。しかし「テロリン」の正体は誰も知らない。(196-197頁)

《書評1》これまで読んだディストピア作品の中でダントツに酷く、なんら救いがない。だからこそ戦争に従事したり、武力により治安が脅かされた状況はこんな風ではないかと思わせる。「追い詰められた人間が出す毒のような汚さ」を嫌と言うほど見せつける。灰色と血の色に染まった小説。
《書評2》テロが横行し無政府状態に近い世界(第1章)。テロの本拠地を叩くべく志願兵として大陸に渡る登場人物たちを描く(第2章)。そしてその後を描く(第3章)。人間の醜さをこれでもかというほど見せつけられ、吐き気すら憶えるが、過去の戦争で南方に従軍した人は同じような地獄をみていたと思う。 決して後味の良い話ではないが、いろいろ考えさせられた。
《書評3》異国のテロリストを殲滅せんと、戦闘員となった市井の人々が奏でるSFテイストの群像劇。登場人物たちは品性下劣で、誰もが持つ根源的ないやらしさを突きつけてくる。人は、欲望のままに行動し、他者を蹂躙しても生き残っていく。

H-4-2  なお吉村萬壱(マンイチ)は『ハリガネムシ』(2003、42歳)で芥川賞を受賞した。(196頁)
《書評1》凄惨。読んでいて「倫理もへったくれもない」と思った。だけど誰しも何かしら「闇」みたいなのを抱えていて、きっかけ次第でひょっこり出て来る時ってあるのかもと思いゾッとした。
《書評2》高校で「倫理」を教える慎一のところに、1度しか面識のなかった風俗嬢サチコから連絡が入り、そこから「どうしようもなくキツい話」、グロいシーンと暴力的なシーンが展開していく。全然共感できずに終わってしまった。
《書評3》「ハリガネムシ」はカマキリに寄生する線状の生き物。ハリガネムシに寄生されると、ハリガネムシの意思で行動するらしい。この物語の場合は、主人公の高校教師にサチコが入り込んでしまったということか。楽しい話でなかった。
《書評4》この小説の中でハリガネムシは、人間の中に巣食う醜さ、欲望、暴力といったマイナスなものを暗示している。人間の残酷な本質。
《書評5》倫理教師の中岡とソープ嬢サチコの話。吉村氏は「汚くて、読んでるだけで鼻をつまみたくなるような話」が上手いが、今回は「汚物」よりも「暴力的な描写」が多かった。

(56)-3 「戦争に直面した人々」のリアルな姿:前田司郎『恋愛の解体と北区の滅亡』(2006)!
H-5  前田司郎(1977-)『恋愛の解体と北区の滅亡』(2006、29歳)の舞台は「2年前に宇宙人が飛来した世界」。宇宙人が今日、記者会見し、「今日で地球が終わるかもしれない」状況だ。そんな日の「僕」のたわいもない1日が描かれる。(ア)新宿のコンビニでガタイをいい男に順番を抜かされた屈辱感、(イ)それが殺意に発展し書店でナイフの本を立ち読み、だが(ウ)隣にエロ本が並んでいたことから無料風俗案内所に出向く、(エ)気づけばSMクラブで女王様に対面している・・・・。(197頁)
H-5-2  そのときテレビが伝える。「宇宙人による北区への報復攻撃が開始だれました!」そして「僕」は叫ぶ。「うわー、すっげー、これ日本だよ」。(197頁)
H-5-3  ここに描かれているのは荒唐無稽な話でない。それは「戦争に直面した人々」のリアルな姿だ。(斎藤美奈子氏評。)(197頁)

《書評1》宇宙人が地球に攻撃をしかけるかもしれないという夜に、たいした目的も持たずにそこかしこと街をぶらついているダメ男のお話。北区が滅亡するかもという事態に大した危機感も感じず、コンビニ、本屋、風俗といったありきたりな日常を消費する主人公。その希薄なリアリティーや起伏のない生活感が何とも現代的でおもしろい。
《書評2》演劇集団「五反田団」主催、前田司郎の小説。宇宙人が侵略しつつある世界という異常なシチュエーションにありながら、ほとんどそれと関係なく特別な行動も起こさず脳内独り言によって進んでいく日常との対比。その両者がまったく批判的にではなく、ただ横置きされているという前衛さが不気味。

(56)-4 「戦時下」ないしは「戦争前夜」の空気を描いた小説:星野智幸『ファンタジスタ』(2003)、伊坂幸太郎『魔王』(2005)!
H-6  一見、いずれも戦争小説に見えないが、明らかに「戦時下」ないしは「戦争前夜」の空気を描いた小説がある。政治的熱狂と権力者の暴走。ナショナリズムの高揚。9・11後のアメリカや日本を連想させる。(198頁)
H-6-2  星野智幸(1965-)『ファンタジスタ』(2003、38歳)は、首相公選制が敷かれた「もうひとつの日本」で、「かつてプロのサッカー選手だった首相候補」に人々が熱狂する危うさを描く。(197-198頁)
《書評1》カリスマ政治家がアジアを「各民族の共存共栄みたいなAリーグの理念」で覆ってしまおうとする。この作品で描かれているのは「ファシズムの空気」だ。
《書評2》階層化が進んだ社会。現代社会を覆う閉塞感。作品は、リアリティーがあるようなないような、幻想的であるようなないような〈ホシノワールド〉。
《書評3》中国の経済力が支配的な「架空の日本」の話。二人が、明日の首相選挙をどうするか饒舌に語り続ける。饒舌の煙幕で覆い、難しい言葉をちりばめ、何らかの意味ある思想が潜んでいるような気にさせる。

H-6-3  伊坂幸太郎(1971-)『魔王』(2005、34歳)は、「カリスマ的な人気を誇る野党政治家」の危険を察知した主人公が、「特殊な能力」(※腹話術のように他人の口から言葉を発することができる能力とある程度の確率なら必ず勝てる能力を持った兄弟)を武器に「流れ」を変えようとする姿を描く。(198頁)
《書評1》色々考えさせられる。(ア)大衆心理or群集心理(流れに身を任せ、何も考えない群衆)、(イ)声が大きいとそれが正しいように聞こえる、(ウ)何か事件があると目をそらさせるように他の事件が起きる、(エ)マスコミの情報統制、(オ)情報操作、(カ)偏った情報。しっかり意思を持って立っていないと流される。
《書評2》この本を通して「考えて生きる」ことの重要さを知る。でも「世間の出来事より身近の物事を優先する行為」は生きていく上で仕方ないにも納得。考えたとして、それが正しい方向かわからないけれど考える行為が大事。
《書評3》ファシズムや巨悪と戦う話。伊坂幸太郎は「巨悪と戦う少数派」を描くのが好きだ。ただ犬養も魅力的に描いていて、物語として楽しめる。
《書評4》一政治家が熱狂的な支持を集め国のトップになり、憲法改正の議論を巻き起こす。大衆かムードに流されるなか、「流されまい」と必死に抵抗する兄弟。

(56)-5 架空の戦争の全体像を俯瞰的に描く:村上龍『半島を出よ』(2005)!
H-7  村上龍(1952-)『半島を出よ』(2005、53歳)は、「架空の戦争」の全体像を俯瞰的に描く。(198頁)
《書評1》経済政策に失敗し日本が世界から孤立する。財政破綻した日本に対し「内部からの反米」を生み出すため、北朝鮮が福岡博多を占領する。危機が迫っても強く抵抗することなく「死んだ目」で受け容れてしまう日本人。作者の「ありえそう」と思わせる説得力がすごい。舞台は2011年の日本。
《書評2》「間抜けで何も決められない日本人」(有事であっても政治家、官僚の無責任さ、ドタバタしてるのに何も進んでない他人事感)に、「抜け目なく逞しく優れた北朝鮮人」って感じの話が続く。 村上龍は北朝鮮を礼賛するつもりで本作を書いているのかな?日本政府の狼狽、危機管理の欠落など日本側のドタバタに対して、シミュレーション通り侵攻する北朝鮮側!
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