King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

今さらユーミン、二日目は土曜のガーラ

2018年03月24日 23時31分40秒 | スキー
今さらユーミンという題の通り、何十年も気が付かなかったというのは
スキーについても同じで、それでも当時毎日ユーミンが流れる環境であり、
それなりに楽しんでいたのは事実で、それと同じにスキーで毎年
コブを滑りそれが全く進歩もなく普通に降りられることもあったりそれが
なぜか解らず、コブもストップがかかる春の時期の雪で滑れるようになると
思ったりしました。昨シーズンのガーラで雨と霧で視界も悪く下までコースが
見通せない時に下まで普通に降りられたことからコースに対する恐怖心が
何かを見落とさせていて本来小回りで降りられる斜面はコブだろうと降りられる
のではという思いを抱くようになっていました。それをまた同じコブラインで
解明しようというのが今回の湯沢行きの一つのテーマでもあります。

昨年、あふれる東南アジア人で賑わっていたガーラは土曜ということで
下の駐車場もあと数台で満杯という賑わいでした。あまり報道されない
湯沢の状況も今年になり、東南アジア方面に売り込みを行い専用スタッフなど
を雇い入れ雇用と観光ともに東南アジア人の呼び込みをしているという
ことでした。

朝前を通ったかぐらの駐車場は満杯で久しぶりにこの大きな駐車場が満杯になる
様を見たように思いました。この先湯沢はもっと人であふれていると覚悟した
ものの無事下の駐車場に止められ9時台に上に上がれました。
8人乗りのゴンドラは乗り込みの行列があったもののそんなに待たずに乗れ
思ったほどの混雑もありません。昨年はお昼近い時間帯にもかかわらず
リフト券売り場がすごい行列でしたが今回はカウンターに人はなく混雑の具合
からするともうシーズンオフという感じなのでした。

そう思って上がると下山コースはまだオープンしていて南エリアもまだ営業して
いました。昨年利用した三山連絡はもう終わっていてこの券は何の割引もないと
思っていたら今年みたら三山パスもシニア割引や昼付きパック券など色々とあり
準備不足でそれらを逃しただけだったと知りました。それならトップシーズンは
積極的に利用した方がよいし群馬県のやっているように各スキー場のスタンプを
集めると何か特典があるというのも自治体として展開すべきと思いました。

上に上がると橇エリアは昨年見たような人の群れはなく、そのコースの状況も
見れ、それが大人も楽しめるような規模とスリルのあるコースだと解りました。
スキー場は人は多いものの一人で滑っているとおひとり様レーンがあり全く
リフト待ちもなく滑れるのでした。

南エリアは人気がなく人もあまりいなくて午前中はここを滑りました。
コース図を見るとコーチの上から南エリアに滑り込めるとなっていてそれを確かめに
コーチに行ってみました。今まで何回も来ているものの私が通ったころはいつも4月以降
で南エリアはクローズしていてコーチの先はなかったように思います。今にして思えば
昨年もこのコースは開いてなかったように記憶しています。
しかし、南エリアで見たコース図にははっきりと出ていてこれは行かなくてはと
思ったのです。260万ダラーというこれまた中途半端な名前です。
しかし、行くとコーチはまだコブができておらず南エリアに行くコースも固く閉ざされ
かつて開いていたのかもわからないような状況です。ゴンドラの頂上駅のコース図には
しっかりと閉鎖と書き込まれていました。

それを確かめるとよいよ昨シーズンの降りられたのに降りられなくなったコブを
確かめに行きます。今までラインが光が射したかのようにはっきりと見えること
があり、それが何なのかは解りませんでした。そして長年その成長を阻んでいるのは
体力や筋力のなさや恐怖心やズルズルドンという逃げのような滑りを覚えてしまった
ことから来ていると思っていました。

昨シーズンはいろいろな体験から長年の懸念があと少しで晴れるという感じでしたが
今年はこのユーミンの曲(この曲の誤解については前日の記録をお読みください。)
と同じでそれが何だったのかはっきりと理解できるところまで
今回の滑りで解りました。

今回も最初は普通にしたまでコブのラインを行けました。

段々人が増え昼になり雪解けもありコブが深くなって雪も走るようになりだんだん難易度
が上がり出すと下まで通して行けなくなりました。それで一旦昼休みにし1時近くに食事
場所に行くとどこも満席で席がありません。下まで一回降りて飯にして食事していると
下山コースの終着点で雪遊びする人がいてわざわざレンタルしてウエアと長靴と橇を携え
ロープウエイに乗らなくてもここで初めて見る雪を触るだけで満足の人もいるのかもなと
思いそれらの人を眺めながらここはいろいろな利用法があるなあと思いました。

リフト上の会話でも温泉について思い入れを語る人やゲレンデ情報や宿情報より温泉が
重要だという会話など日本人の風呂好きがうかがわれるものが多く、スキーとセットで
楽しめる日本の優位性とか新幹線という世界一の鉄道でそれが都心とつながっているという
特異性などまだまだ地元の人も気が付いていないポイントがあると思いました。
長年都心とつながることばかり見てきた人達は最近増えた外国人を取り込もうとして
世界のブロガーなどを招待したりして宣伝に努めだしました。しかし、もっと自分たちの持って
いるインフラを海外に紹介するだけでもっと多くの人が来る可能性があります。

今地方の空港はやっと海外との直通便に乗り出した状況で空港からバスで温泉地に直行
させて観光やスキーにより利便性をもたせるなど余地がたくさんありやるべきこと
のようです。しかし、今湯沢がやっているのは雪の村の生活を都会の人に味わってもらう
ステイ型の体験ツアーなどで自分たちの生活を理解してもらいたいという意味は解るものの
もはや東京を向くこともないのではという気もします。世界からLCCで来ることを考えれば
東京や大阪に着かなくてはいけない理由はないのです。新潟空港にアジア各地から直接
乗り入れ温泉とスキーに特化した旅を積極的に売り出していくべきです。

さて、午後になると長年の懸念についに答えが見つかることになりそれだけの事かと
あきれるばかりの簡単なことだったのです。
それは何かというと斜面の恐怖心や怖気づいて身が山側に倒れこんでいたりして
本来の小回りのターンが忘れられてしまうことです。何かと溝をなぞってしまったり
そのスキーと同じ向きに体が向いたりしてスピードがコントロールできなくなり
コブから飛び出したり転倒したりしているのは皆エッジングの後コブの頭で切り返し
トップからターンに入るという普段やっていることがなくなりコブの溝を辿り出すと
もう速度とタイミングが合わなくなりただずり落ちるのをエッジで耐えているだけと
なリターンでなくなっているのです。コブの頭までにターンを仕上げてエッジをコブの頭で
切り返す時にはしっかりとターンを終え次のターンに入っていくリズムを意識して
滑れば単に溝を辿るよりコントロールでき板の前後を意識して使えば、あの板をパタンパタン
言わす滑りもできるのです。

一番いけないのはコブの頭で回るというターンになっていることです。コブの頭で板を
切り返しているだけで回るのはあくまでコブの底です。それを忘れているのでターンが
出来なくて滑れなかったのです。今回初めてそういうことだったのかと理解したのでした。
まったくの誤解と誤った解決法を試していて滑れたのは春の雪のせいというのも誤った
感覚でコブの底でターンするという基本を忘れただけです。

時にそれをよく知る人が何気なく普通に降りていくのを見てああ言う滑りがなぜできないのか
とよく思ったものでしたが、そういうことだったのかという感じです。そしてまた一つ解った
ことは無心に楽しむ大切さです。別にオリンピックにでるでもなくなぜそんなにスキーを
したりバスケットをしたりしているのでしょう。他の人が皆そんなかつて夢中になった
事を歳とともに忘れていきスキーにあんなに昔行ったのにいつしかやめてしまうのはなぜか。
部活でやったバスケットもやがて皆辞めて行くのに自分は未だにやっていてスキーにしろ
バスケにしろなにか毎年進歩があるような気がしてその自分の成長がある以上やめては
いけない感じがします。昨年長年のバスケット関係の知人が亡くなったのですが、一周忌と
なり追悼によせるバスケット関係者の思いを聞くと彼もやめなかった人だったなという
思いをしました。

彼はバスケットの指導という立場であり、私は未だにプレーヤーとしてかかわり注いだものは
やはり好きだからという単純な動機であり、それが突き詰めてオリンピックや競技としての
トップを目指すものではないものの続けることで何か答えが返ってくるような気がして、
誰に褒めてもらうためでも誰かに見せたり訴えたりするためでなくひたすら自身の得心の
ためだというそれだけのことがそれこそが大事なのだという思いがします。一時はそんなことより
楽しいからやるのであり、レジャーやリゾート感覚を大事にする方向に向いた時期もあり
ましたが、できないことができるようになるという単純な喜びだったり技術が進歩する
自分の理解の深まりだったりただ良い休日にするということにとどまらない喜びがある
のではないでしょうか。

だから今回やっと解ったコブの滑り方も解ったからとはいえ終わりにはならないのです。
とにかく夢中でいられるからスキーもバスケットも終わらないのです。普通の人は
部活で試合に出てやりつくしたと感じいつしかそれでもう競技する機会もなく
思い出とともに終了となり、スキーも青春の思い出としての一場面で終了するのが一般的で
それが一級とったからとか上級者コースやあのコースを攻略したからとかなにかしらの
やり切り感だったりを感じてやめていったのでしょう。
終われる人もいれば終わらない自分もいる。しかし、夢中で無心になれるものを持つことが
大切なんじゃないでしょうか。
これがユーミンの地で感じたことです。

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