マダムがピッと袋を破った。
オレンジ色の包装ビニールはさかれて、だいだい色のキャロット風味のアイススキャンディが惜しみもなくオレンジなツヤツヤとした姿態をわずかな冷気と共にひけびらかす。その様子はオレンジとしか表現出来ないほどにオレンジで、きらびやかに荘厳なだいだい色のアイスキャンディ。
おいしはアイスキャンディを待ちかねる。
おいしは公園のベンチの上に座っていた。
マダムは数分前に言った。
「少し疲れたね、あすこのベンチで一休みしようよ。あのベンチで休憩だ」
おいしは疑問に思った。
疲れた?
疲れたもなにも、マダムはまだ何もしてない。
実績になるような事を何もしてないのに疲れてるなら、単なる空回りだ。
残暑厳しいなか、マダムの指示するベンチは日陰の中にあった。
そこに座ってマダムとアイスを食べるおいし。
マダムは前歯でアイスの 4/1 を削ぎ取り右手に取って、おいしの前に広げてある包装のビニールの上に置いた。
「あんま食べ過ぎると毒だからね」
そう言いながらマダムはベタベタの手を舌でなめとっている。
はしたない女だとおいしは思う。
ベンチに座ってアイスを食べているうちに、後ろの植え込みからヤブッ蚊が飛んで来た。あまりの蚊の猛襲に耐えかね1人と1羽は撤退を余儀なくされる。
「うわー撤退だよ!」
炎天下の砂場に面した、ギラギラの滑り台の前まで逃げてきて、蚊はいなくなった。残りのアイスをかじりながらマダムは言った。
「なんだって夏の日陰には必ず蚊がいるんだろうねぇ。安心して休んでもいられない。難儀だねぇ」
難儀なんだとおいしは思う。マダムは続ける。
「やはり、死神に追いつくまで、私らに安住の地はないようだ」
ないんだとおいしは思った。