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スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
*海外情報はその当時のもの。
*禁無断転載

京都その8

2016-10-24 23:57:45 | 日本国内旅行(京都・2016)
さて三門である。高さ22mなり。独特の威容である。1628年の建築であるから随分古いものである。重要文化財に指定されている。
こちらは歌舞伎の中での場面が有名であろう。石川五右衛門がこの三門の上に登って京の街を眺め「絶景かな、絶景かな」と言う場面である。勿論夕方になり、とっくに登れる時刻は過ぎているので、自分は上に登ることはかなわず。でも人が少ない中、静かに全体像を眺める事が出来て、それはそれで良かったのかも。
Wikipedia「楼門五三桐」


京都その7

2016-10-24 00:04:29 | 日本国内旅行(京都・2016)
境内に入る。予想外に緑が多く、人も少ないので静かな空間である。生い茂る木の奥に有名な三門が見える。絵になる光景である。
左をふと見ると大きな石碑が立っている。「この門を入れば涼風おのづから」と書いてあるのだそうで、佐賀県の禅僧で俳句でも知られた人が記したものだそうな。


京都その6

2016-10-20 23:48:57 | 日本国内旅行(京都・2016)
さて南禅寺である。臨済宗の中でも極めて高い格式を持つ寺なのだとか。建立は1291年。もう歴史は700年を越えているのだ。
ずっと順風満帆の歴史が続いたわけではなく、応仁の乱の後には一時期荒れ果ててしまった時もあったのだそうな。これが再興したのは江戸時代、以心崇伝(いしんすうでん)という極めて政治力に長けた僧が住職となってからである。
Wikipedia「以心崇伝」
僧の身分ながら徳川家康に仕え、外交や内政、実務に力を発揮し、「黒衣の宰相」という異名を取った。有名なのは大阪冬の陣の前に発生した「方広寺鐘銘事件」。豊臣家が方広寺におさめた鐘の碑文に端を発した事件である。「国家安康」「君臣豊楽」の碑文に対して「家康の字を2つに分け、豊臣の字を隠して入れた」という解釈を行い外交問題化させた。これが崇伝の発案という説がある(もちろん異説もあるが)。いずれにしてもその知識・教養を生かして家康にとってなくてはならない能力を持った人物であったことは間違いないだろう。この時代の僧は政治家や外交官として活躍することも決して珍しくはなかったのだ。
Wikipedia「安国寺恵瓊」
門をくぐってふと右側を見ると山名宗全の墓が見えた。応仁の乱の西軍側の総大将である。つい数ヶ月前に細川家の史跡を回ってきたのも何かの縁であろうか。
Wikipedia「山名宗全」
江戸川橋周辺その16


京都その5

2016-10-20 23:39:43 | 日本国内旅行(京都・2016)
自分も若干ヨーロッパ的になったというか、あまりに「touristic」な光景よりは少し人気が無くなって静かになってきた時の方が好きである。参道に向けて歩いていくが、すれ違うのは「帰路につく観光客」ばかり。沿線の店もみんな閉まっている。でもそれがそれで良い。どうやら豆腐料理が名物のようであるが、今回はパスしている。

京都その4

2016-10-02 21:43:01 | 日本国内旅行(京都・2016)
京都の用事は慌ただしく終わる。結局行けた観光地と呼べるものはただ一つ、南禅寺である。
Wikipedia「南禅寺」
それもだいぶ日が陰ってからの訪問となってしまう。それでも京都の町並みは夕焼けの中でも独特の味わいを見せる。てくてく歩いて境内の入り口に辿りついた。もう観光客の姿もまばらである。さてどんな場所なのか。

京都その3

2016-09-25 23:16:31 | 日本国内旅行(京都・2016)
駅の近くで見えたのは写真の京都タワー。特徴的な形である。こちら歴史は古く、1964年の完成である。
Wikipedia「京都タワー」
同僚の中に京都好きの人物が二人ばかりおり、「京都のみどころは?」と聞いてみた。うち一人(女性である)が言うには「京都は和テイストのスイーツが美味しいから、是非食べていらっしゃい」とのこと。「ぎをん小森」なる店がその方の第一のお勧めであった。またもう一人(こちらは男性)の方のお勧めは「やはり清水寺でしょう」と。本堂の舞台は猛烈な人混みで観光も一苦労であるが、三重の塔に行けば意外に空いており、かつ眺めも良いとのこと。
Wikipedia「清水寺」
あとは由来に着目するのなら、今宮神社はどうだい?とのこと。こちら何で有名かと言うと、徳川家光の側室であった桂昌院(けいしょういん)という女性が手厚く保護したことで知られているのだ。
この桂昌院はのちに男子を生み、これが流転の末に将軍に即位、徳川綱吉となった。一説には非常に低い身分の出身ともいわれる桂昌院なのであるが、将軍の生母となったわけで非常に大きな力を得たのである。この桂昌院の通称が「玉」。そう、「玉の輿」の語源になったと言われているのだ。ちなみに先に紹介した「音羽」は桂昌院に仕えた女中である。
Wikipedia「桂昌院」
Wikipedia「今宮神社 (京都市)」
江戸川橋周辺その3
あまりの忙しさに結局これらの場所はすべて訪れることなく終了した。ただせっかくアドバイス頂いたことがすべて無駄になるのも勿体ないので、皆様に紹介するだけは紹介しておきたい。興味ある方はどうぞ。

京都その2

2016-09-25 23:12:30 | 日本国内旅行(京都・2016)
新幹線で数時間もすればもう京都駅である。駅は団体旅行の学生さん、背中に巨大なリュックを背負った外国人観光客であふれかえっている。
京都について今更何かを説明する必要はあるまい。言わずと知れた日本で最も有名な古都である。皆様の中で学生時代に「鳴くよ(794)ウグイス平安京」という語呂合わせを覚えた経験のない方はまずあるまい。西暦794年に建設されたので、その歴史は優に1000年を超えているのである。ある時は平和ありある時は戦乱あり、悠久の歴史は幾ら語っても語りつくすことはない。こんなブログでとても全部は書ききれないので、是非ご自身で調べになることをお勧めしたい。
Wikipedia「京都」

京都その1

2016-09-25 20:44:24 | 日本国内旅行(京都・2016)
慌ただしいスケジュールの中で行って来たのが京都である。用事があって行ったので、のんびり観光気分という訳にも行かぬ。それでも思い出は思い出なので、残せることは書き残しておきたい。
写真は富士山。やはり日本人にとっては特別な山だと思う。新幹線からかすかに見えただけでも少し嬉しくなる。そう言えば世界遺産にもなったのであった。
Wikipedia「富士山」