両国はその後に多くの歴史の舞台となる。あの「忠臣蔵」の討ち入りの場所、吉良上野介の屋敷はJR両国駅の近くで、その屋敷跡も残っている。
Wikipedia「吉良義央」
しかし、両国ゆかりの印象的な人物とくれば、自分はこの人を挙げたい。葛飾北斎である。
Wikipedia「葛飾北斎」
言わずと知れた江戸時代後期の浮世絵師であるが、生涯のほとんどを両国の近辺で過ごしている。葛飾北斎と言われて、ほとんどの人は浮世絵、なかでも「神奈川沖浪裏」を思い出されるであろう。ただ、この人物が実際にどんな人物で、どんな人生を送ったのか、ご存知の方は意外にいないのではあるまいか。
Wikipedia「神奈川沖浪裏」
ウィキペディアの葛飾北斎のページをご覧になればわかると思うが、かなりの「変人」である。今風に言えば「ギーク」とでもいうところか。とにかく「より良い絵を描く」以外の事には一切の興味がなかった人物で、部屋はごみ溜め、金銭管理はいい加減、社交性は皆無というありさまである。離婚して実家に帰ってきた娘と二人暮らしをしていたが、娘の方も北斎に輪をかけて社会性皆無の人物で、二人して絵を描くことに没頭し続けた。ちなみにこの娘もまた尋常ならざる腕前の絵師である。ウィキペディアに載った絵をご覧になられたし。
Wikipedia「葛飾応為」
こんなグチャグチャな生活を送りながらも数えで90歳という長寿を全うした北斎であるが、最後は「ああ、俺にあと5年寿命があったら、俺は本物の絵師になれたのに!」と言って息を引き取ったという。人間のライフワークというもの、かくのごとくでなくてはならぬ。
たしなみについて
このJR両国駅から歩いてそう遠くないところに葛飾北斎の画を収集した美術館もあったのであるが、残念ながら時間がなく行くことはできなかった。
Wikipedia「すみだ北斎美術館」
しかし、こうやって極東の地で、決して裕福とは言えない環境で絵を描くことに没頭して生涯をささげた人間の作品が、その後に遠くヨーロッパにまで届けられ、芸術家たちの心を揺さぶったのである。考えてみると感慨深いものがある。上写真は江戸東京博物館内に再現された、当時の錦絵を売る店である。
オランダ旅行その15 エルミタージュ美術館別館(ゴッホ美術館)
カール・ラーション展