『今日の一冊』by 大人のための児童文学案内人☆詩乃

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畑が起こした奇跡の物語!

2017-10-28 22:27:28 | アメリカ文学


『種をまく人』(1998年)ポール・フライシュマン作 片岡しのぶ訳 あすなろ書房

今日の一冊はコチラ。まさに人種のるつぼのアメリカをギュッと凝縮したような貧民街での、奇跡のような物語

その貧民街には、ゴミ溜めのような空き地があるのです。古タイヤや、生ごみのビニール袋が散乱していて、ソファや冷蔵庫などの大型のものも、いわゆる不法投棄だらけ

ある日、ヴェトナムから移民してきた少女キムが、そこにこっそりマメを植える。その輪がどんどん広がって、やがてゴミ溜め場は、菜園に生まれ変わるのです。生まれ変わったのは、‟場”だけじゃない、‟場”が人々をも変えてしまうんですね。そう、畑は、コミュニケーションの場になるのです、しかも言葉のいらない。13人の違った人種、それぞれの背景を背負った人々の菜園をめぐる物語が、オムニバス形式で語られています。

どの人のエピソードも、じいんと来るのだけれど、私が特に印象に残ったのは二人。

まず、グアテマラから移民してきた家族。英語が全く理解できない伯父さんが、身体の大きな赤ん坊のようになってしまうのです、グアテマラでは、の最長老だったというのに。何かぶつぶつつぶやいて、ただウロウロしているあやしい人

ところが、畑と再会して、この伯父さんがしゃん!としてしまうのです。都会では、無能のようにうつっていた伯父さんが急にイキイキしはじめる。伯父さんの子守役をさせられていた甥のゴンサーロは、伯父さんを見直し、こう思うのです。

「食べ物を育てることを、ぼくはなんにも知らないけど、伯父さんはぜんぶ知ってるんだ」(P.23)

とても、考えさせられる言葉。効率優先、経済至上主義の都会では、どうしてもはじかれてしまう人たちが出てきてしまう。こんなにも、認知症の老人を多く出してしまっているのは、この社会の在り方なのでは?そして、私にはこの伯父さんのように、生きる知恵があるかしら?と考えずにはいられませんでした。

もう一つは、メキシコ人のマリセーラ。16歳で妊娠中の彼女は、とても投げやりな気持ちで、殺されたってかまわないと思っているのです。妊娠したティーンエイジャーのためのプログラムで、畑仕事を嫌々させられているので、出会った人たちがくれる野菜も、お産や子育てを教えてくれる話もうざったい。
ところが、ある日畑に雷が落ちて、町中がシーンとするのです。停電で、テレビもラジオも消えてしまう。すると、黒人のリオーナが、こう言うのです。

「停電すると街はなんでもかんでも泊まっちゃうけど、畑はいつもとおんなじね」中略「植物は、電気も時計もいらないのよ。自然界のものは、みんなそう。自然の生命はお日様と、雨と、季節で動いているの。あなたもわたしも、実はそういう自然の一部なんですよ。」(P.76)

頭がガーンとなるマリセーラ。自分も自然の一部なんだ!何百万年も昔から生きてきたいろんなものと、自分もつながっている・・・急にそれを実感するのです。

実際は、この物語のようにうまくいかないかもしれない。それでも、ここに出てくる人たちのような心を信じたくなるのです
人は、自然から離れると、‟不”自然になるのかもしれない。そして、色んな歯車が見えないところで狂っていく・・・。

何かしらの種を、読んだ人の心にも蒔いてくれる、そんな物語です


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