事務所に着くなりユイは疲れをおくびにも見せず、浴槽の準備を始めた。
「あんなバッチいところに居たんじゃ、色んな虫が付いてるでしょ。こんなに毛並みも汚れちゃって・・・清潔にしてあげるのがまず第一。あのばああ、何考えてんだかホントもう」
よっぽど頭にきてるんだろう。
タオルとドライヤーを用意しておいて、とリアンに言いながら、急いで服を脱ぎはじめる。ユイにはこういう大胆さがある。モデルをやっていた過去もあり、そういうことに抵抗が少ないこともあるのだろうが、リアンに見られるということを羞恥するといった様子はまるでない。
「なにボーッとつっ立ってんの、リアン。」
「いやさあ、いい年したおっさんの前で裸でいていいのか?」
「リアンは襲ってくるような根性もないでしょ。それより早く用意して」
相変わらず痛いところを突いてくる。
「ウルを連れてきて」
「ユイ、ウルって誰」
「ウルドよ。ばばあの付けた名前を呼ぶのも癪だし、そのほうが呼びやすいでしょ。ヴェルダンディはヴェル。」
「ユイ、じゃあウルからお願い」
と買ってきた低刺激性シャンプー・リンスとスポンジ、ウルを抱え手渡した。
ウルはとてもおとなしく、ユイの手際が良いのもあってか声一つ出さない。
何度かのシャワー音がした後、扉が開いた。
「ドライヤーで乾かしてあげてね。次はヴェルよ」
リアンがタオルで毛並みを押すように水分を落としているとき、浴室からヴェルの絶叫にも似たうめき声が聞こえてきた。
浴室の扉を開けると、ヴェルがジタバタしながら逃げ回っている。
ユイを見るとひっかき傷を数カ所やられたみたいだ。
「ユイ、この子は僕に任せてウルを見てやって」
とリアンも恥ずかしがりながら服を脱ぐ。
ヴェルは水が怖いみたいだ。胴に達しないほどの溜まり水にも必死で逃げようとする。シャンプーやシャワーをかけようものなら、絶叫とともになりふり構わず引っかき回す。
「可哀想なことちゃってんのかな、僕。」とちょっと申し訳ないなと思いながらも、何度かシャンプーで洗い流し、リンスをして終了。
リアンが身体の前面ひっかき傷だらけでヴェルを抱えて浴槽を出てみると、見違える様な姿のウルの姿が眼に入った。
容姿とかはあまり気にしないリアンが見ても、その姿は美しかった。
誇らしげな顔をしたユイが、
「どうしたのリアン、どっかの雌猫と喧嘩でもしたの?」
隠喩を使ったユイらしい表現だ。
「それよりさあ、やっぱり二匹ともかなり栄養状態がよくないよな。肋骨浮き出てるし」
「それにさ、ヴェルを見てみたらさあ、眼と耳に病気があると思うんだ」
「そりゃああれだけのところに居たんだから、早く動物病院に連れて行かなきゃね」
「そうだよな。今日から3日間外泊するって言ってたろ、一人で留守番出来る?」
「大丈夫よ、何とかするわ。だってこの子が居てくれるし」
よっぽどウルに愛着が湧いたのだろう。一目見たときから自分の姿を投影したのかもしれないな、とリアンは思った。
ヴェルの毛並みを整え終えて、貰ってきた餌袋見てみると1年以上の賞味期限切れ。ユイはやっぱりねと思っていたようだが、買ってきておいたドライフードを二匹分同じ器に用意してみた。
ヴェルはガツガツ食べている。一方ウルは全く食べない。
結局ヴェルが全部食べてしまった。個別にウルに与えてみたが、少し食べただけで食べようとしない。
「種類があってないのかも知れないよね。グルメさんだから」
なるほどユイの言っていることも一理ある。
「今夜はとりあえずトイレの用意をして、この子達は用意した寝具で寝るかどうか見てみようよ」
ということで消灯した。ヒト2人が何も食べてなかったことにも気付かず。
夜明け前、リアンは一人先に目覚めトイレを見てみると、どちらかの糞がトイレにきちんとしてあることを目にする。
「あの状態の中で育っても、環境を整えればトイレでするんだ。」
その順応性の高さに驚き、自然と笑みがこぼれた。
ゼオライト(トイレの砂)を片付け、急いで身だしなみを整えて、リアンは中央リニアレールウェイのターミナル駅へと向かった。
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