疲弊すると、モロにでる。
色々書きたいことがあるのですが、自身への急激な変化を要求するあまり、逆方向にベクトルが加速するこの現状に、我ながら情けないです。
少しずつ、見えてきたモノを愚直に続けていくことなんでしょうが、1%の経験値は努力という要素では1.1%/year程度の成長速度であるのだろう。
そのことに対して“負の感情”を抱いている訳ではないですが、せめてヒト様に“不快感”を与えないように努めたい。
本当は、感覚に相当依存して生きています。
一般的と呼ばれる(どういうものかわかりませんが)モノにとけ込むことの経験実績が乏しいことを、感性で補ってきたワタシ(推測)にとって、疲労による感性の麻痺は致命的です。
笑いに昇華できる術を模索中です。
その笑いの質がずれていることも厄介ですが、結局はワタシなりの成長にエネルギーを費やすことなんのでしょう。
あ、もうちょっと建設的なことを書こうとしましたが、今日は書けそうにありません。
でも、一つ言えることは、そんなに悲観的になることはない、と言うこと。
ほんの少し角度を変えれば、「苦痛」とかんじていることも「快楽」に変換される。
その変換法は個々人で違うんでしょうね。
ワタシはあくまで斜め前を向いていたいです。
これって良い表現だと思いました。
真っ正面を向いて生きていくパワーはない。でもそっぽを向いて生きていきたくはない。
「斜に構える」というとなんだかひねている感じがしますが、「斜め前を向いていたい」という表現は本当にいいですね。
こんばんは。
「斜に構える」…おおお、正直その言葉を想定していませんでした。
そういうとらえ方もあるのだなあ、と教えてもらえました(実際そういう方向で捉えられてる確率が高いだろうなあ、とも(笑))
なんかですね、「いつも前向き」っていう、すっごいポジティブ全開な感じ、ワタシ的には性に合わないっていうか、なんていうか。
それがワタシの自然的なスタイルなのかなあ、と思っていたりします。
いい表現だと言ってくださってありがとうございます。