「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

山口県油谷町向津具 ・ 二尊院 「 楊貴妃の墓 」

2019-11-26 17:25:39 | 歴史 ・ 墓 ・ 城 ( 本土 )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

油谷に残る 「 楊貴妃伝説 」   油谷の向津具 ( むかつく ) の

二尊院というお寺に2冊の古文書が残されている。

これは今から約250年前 ( 1766年 ) 当時の二尊院福林坊55世住職恵学和尚が、

この地に伝わる話を古老から聞き取り書きとめたものである。

 

 日本で云えば奈良朝の昔、唐の国では天宝15年 ( 756年 ) 7月のこと。

向津具半島の岬の西側に唐渡口 ( とうどぐち ) ちゅう所があって、

そこへ空艫舟 ( うつろぶね ) が流れ着いた。

舟の中にはな、長い漂流でやつれておられたが、たいそう気品のおありなさる、

それはそれは美しい女人が横たわっておられたそうな。

お側の侍女が申すに 「 このお方は唐の天子、

玄宗皇帝 ( げんそうこうてい ) の愛妃楊貴妃と申される。

安禄山 ( あんろくざん ) の反乱により処刑されるところを、

皇帝のお嘆きを見るに忍びないで近衛隊長が密かにお命を助け、

この舟で逃れさせ、ここまで流れ着きました。 」 と涙ながらに云うたそうな。

 

 息も絶え絶えの楊貴妃を里人たちは手厚く看護しましたがの、

そのかいものう間もなく息を引き取られた。

そこで里人たちは、西の海が見える久津の丘の上にねんごろに葬ったそうな。

それが今、二尊院の境内にある楊貴妃の墓と伝えられておる五輪の塔で、

 いつとなく 「 楊貴妃の墓に参ると願い事が成就する 」 というのでの、

多くの人が参詣するようになった。

 


この記事についてブログを書く
« 葉も色づき、そろそろ落葉の... | トップ | 第5位 みずがめ座 今日の... »