日本語の「は」と「が」について。

象は鼻が長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
とりあえず「三上文法」を「批判」します。

(674)「The ソクラテス(も確定記述)」と「ソクラテス(だけ)が」。

2020-07-02 13:28:09 | 「は」と「が」

(01)
1     (1)∃x∃y{Sx&Py&Txy&~∃z(Tzy&x≠z)} A
 2    (2)  ∃y{Sa&Py&Tay&~∃z(Tzy&a≠z)} A
  3   (3)     Sa&Pb&Tab&~∃z(Tzb&a≠z)  A
  3   (4)               ~∃z(Tzb&a≠z)  3&E
  3   (5)                 ~(Tcb&a≠c)  A
  3   (6)                  ~Tcb∨a=c   5ド・モルガンの法則
  3   (7)                   Tcb→a=c   6含意の定義
   8  (8)∃z∃y(Σz&Tzy)                 A
    9 (9)  ∃y(Σc&Tcy)                 A
     ア(ア)     Σc&Tcb                  A
     ア(イ)     Σc                      ア&E
     ア(ウ)        Tcb                  イ&E
  3  ア(エ)                       a=c   7ウ
  3  ア(オ)     Σa                      イエ&I
  3   (カ)     Sa                      3&E
  3  ア(キ)     Σa&Sa                   オカ&I
  3   (ク)           Tab               3&E
  3  ア(ケ)     Σa&Sa&Tab               キク&I
  3  ア(コ)  ∃y(Σa&Sa&Tay)              ケEI
  3 9 (サ)  ∃y(Σa&Sa&Tay)              9アコEE
  3  9 (シ)∃x∃y(Σx&Sx&Txy)              サEI
  38  (ス)∃x∃y(Σx&Sx&Txy)              89シEE
 2 8  (セ)∃x∃y(Σx&Sx&Txy)              238EE
1  8  (ソ)∃x∃y(Σx&Sx&Txy)              12セEE
従って、
(01)により、
(02)
(1)あるxとあるyについて{xはソクラテスであって、yはプラトンであって、x以外に、yを教へたzは存在しない}。然るに、
(8)    あるzについて{zはΣΩΚΡΑΤΗΖであって、yを教へた}。従って、
(ソ)あるxとあるyについて{xはΣΩΚΡΑΤΗΖであって、ソクラテスであって、yを教へた}。
といふ「推論(三段論法)」は「妥当」である。
従って、
(02)により、
(03)
(ⅰ)Socrates was the only philosopher who taught Plato.
(ⅱ)ΣΩΚΡΑΤΗΖ was Socrates. therefore,
(ⅲ)ΣΩΚΡΑΤΗΖ taught Plato.
といふ「三段論法」は、「妥当」である。
然るに、
(04)
1     (1)∃x∃y{Sx&Py&Txy&~∃z(Tzy&x≠z)} A
 2    (2)  ∃y{Sa&Py&Tay&~∃z(Tzy&a≠z)} A
  3   (3)     Sa&Pb&Tab&~∃z(Tzb&a≠z)  A
  3   (4)               ~∃z(Tzb&a≠z)  3&E
  3   (5)                 ~(Tcb&a≠c)  A
  3   (8)                  ~Tcb∨a=c   5ド・モルガンの法則
  3   (9)                   Tcb→a=c   8含意の定義
   8  (8)  ∃z(Az&~Sz)                 A
    9 (9)     Ac&~Sc                  A
  3   (ア)     Sa                      3&E
    9 (イ)        ~Sc                  9&E
     ウ(ウ)        a=c                  ア
    9ウ(エ)        ~Sa                  イウ=E
  3 9ウ(オ)     Sa&~Sa                  アエ&I
  3 9ウ(カ)        a≠c                  ウオRAA
  3 9ウ(キ)                  ~Tcb       9カMTT
  3   (ク)     Ac                      9&E
    9 (ケ)        Pb                   3&E
  3 9 (コ)     Ac&Pb                   クケ&I
  3 9 (サ)     Ac&Pb&~Tcb              キコ&I 
  3 9 (シ)  ∃y(Ac&Py&~Tcy)             サEI
  38  (ス)  ∃y(Ac&Py&~Tcy)             89シEE
  38  (セ)∃z∃y(Az&Py&~Tzy)             スEI
 2 8  (ソ)∃z∃y(Az&Py&~Tzy)             23セEE
1  8  (タ)∃z∃y(Az&Py&~Tzy)             12ソEE
従って、
(04)により、
(05)
(1)あるxとあるyについて{xはソクラテスであって、yはプラトンであって、x以外に、yを教へたzは存在しない}。然るに、
(8)あるzについて(zはアリストテレスであって、ソクラテスではない)。故に、
(タ)あるzとあるyについて(zはアリストテレスであって、yはプラトンであって、zはyを教へなかった)。
といふ「三段論法」は、「妥当」である。
従って、
(05)により、
(06)
(ⅰ)Socrates was the only philosopher who taught Plato.
(ⅱ)Aristotle was not Socrates. therefore,
(ⅲ)Aristotle did not teach Plato.
といふ「三段論法」は、「妥当」である。
然るに、
(07)
(ⅰ)Socrates was one of Plato's teachers.
(ⅱ)ΣΩΚΡΑΤΗΖ was Socrates. therefore,
(ⅲ)ΣΩΚΡΑΤΗΖ taught Plato.
といふ「推論」、すなはち、
(ⅰ)ソクラテスは、プラトンの教師たちの中の一人であった。
(ⅱ)ΣΩΚΡΑΤΗΖはソクラテスであった。従って、
(ⅲ)ΣΩΚΡΑΤΗΖはプラトンを教へた。
といふ「推論」は、「妥当」である。
然るに、
(08)
(ⅰ)Socrates was one of Plato's teachers.
(ⅱ)Aristotle was not Socrates. therefore,
(ⅲ)Aristotle did not teach Plato.
といふ「推論」、すなはち、
(ⅰ)ソクラテスは、プラトンの教師たちの中の一人であった。
(ⅱ)アリストテレスはソクラテスではなかった(が、プラトンの教師たちの中の一人であった)。従って、
(ⅲ)アリストテレスはソクラテスを教へなかった。
といふ「推論」は、「妥当」ではない。
従って、
(06)(07)(08)により、
(09)
言ふまでもなく、
① Socrates was one of Plato's teachers.
② Socrates was the only philosopher who taught Plato.
に於いて、
①=② ではない。
然るに、
(10)
さて定冠詞(the)は、それが厳密に用いられるときには、一意性を内含している。確かに、しかじかのひと(So-and-so)がいく人かの息子もっている場合でさえ、「the so of So-and-so」という表現を使用するが、本当はその場合には、「a so of So-and-so」という方がより正しいといえよう。
(勁草書房、現代哲学基本論文集Ⅰ、バートランド・ラッセル、1986年、53頁)。
従って、
(09)(10)により、
(11)
① Socrates was one of Plato's teachers.
② Socrates was the only philosopher who taught Plato.
であれば、
①=② ではないものの、
① Socrates was the    philosopher who taught Plato.
② Socrates was the only philosopher who taught Plato.
の場合は、
①=② であると、バートランド・ラッセルは、言ってゐる。
然るに、
(12)
よく知られているように、「私理事長です」は語順を変え、
 理事長は、私です。
と直して初めて主辞賓辞が適用されるのである。また、かりに大倉氏が、
 タゴール記念会は、私が理事です。
と言ったとすれば、これは主辞「タゴール記念会」を品評するという心持ちの文である。
(三上章、日本語の論理、1963年、40・41頁)
従って、
(12)により、
(13)
① 私理事長です。
理事長は私です。
に於いて、
①=② である。
従って、
(13)により、
(14)
① ソクラテスプラトンを教へた哲学者です。
プラトンを教へた哲学者はソクラテスです。
に於いて、
①=② である。
然るに、
(15)
プラトンを教へた哲学者はソクラテスです。
③ ソクラテス以外はプラトンを教へた哲学者ではない
に於いて、
②=③ は「対偶(Contraposition)」である。
然るに、
(16)
③ ソクラテス以外はプラトンを教へた哲学者ではない
④ ソクラテスだけがプラトンを教へた哲学者です。
に於いて、
③=④ である。
従って、
(14)(15)(16)により、
(17)
① ソクラテスプラトンを教へた哲学者です。
② プラトンを教へた哲学者はソクラテスです。
③ ソクラテス以外はプラトンを教へた哲学者ではない
④ ソクラテスだけがプラトンを教へた哲学者です。
に於いて、
①=②=③=④ である。
従って、
(18)
① ソクラテス  プラトンを教へた哲学者です。
② ソクラテスだけがプラトンを教へた哲学者です。
に於いて、
①=② である。
従って、
(11)(18)により、
(19)
① Socrates was the    philosopher who taught Plato.
② Socrates was the only philosopher who taught Plato.
に於いて、
①=② であると、バートランド・ラッセルは、言ってゐて、
① ソクラテス  プラトンを教へた哲学者です。
② ソクラテスだけがプラトンを教へた哲学者です。
に於いて、
①=② であると、私は、言ってゐる。
従って、
(19)により、
(20)
② Socrates was the only philosopher who taught Plato.
② ソクラテスだけがプラトンを教へた哲学者です。
といふ「英語と日本語」から、
②「only
②「だけ
を除いても
② Socrates was the only philosopher who taught Plato.
② ソクラテスだけがプラトンを教へた哲学者です。
といふ「意味」に、「変り」は無い
従って、
(20)により、
(21)
② ソクラテスだけがプラトンを教へた哲学者です。
から、「だけonly)」を除いても、「意味」自体は、変らない
といふことは、「英語」に於いてもさうである
といふ、ことになる。


(673)「それだけは」と「それだけが」の「は・が」。

2020-07-02 08:27:21 | 「は」と「が」

(01)
① それだけ許せない。
② それだけ許せない。
といふ「日本語」は、
①(他はともかく)それだけ許せない。
②(他は許せるが)それだけ許せない。
といふ「意味」である。
従って、
(01)により、
(02)
① それだけ許せない。
② それだけ許せない。
に於いて、
① は「他のことは、許せる。」とまでは、「言ってゐない」が、
② は「他のことは、許せる。」と、   「言ってゐる」。
然るに、
(03)
① 渡辺は許ない。
② 渡辺が許ない。
といふのではなく、
① 渡辺許せない。
② 渡辺許せない。
といふのであれば、
①(他の人間はともかく)渡辺だけは許せない。
②(他の人間は許せるが)渡辺だけが許せない。
といふ「意味」である(はずである)。
従って、
(01)~(03)により、
(04)
① それだけ許せない。
② それだけ許せない。
に於いて、
① の「だけは」は、「only」ではないが、
② の「だけが」は、「only」である
従って、
(04)により、
(05)
①「」には、「only」の「意味」は無いが、
②「」には、「only」の「意味」が有る
従って、
(05)により、
(06)
① 渡辺犯人である。
② 渡辺犯人である。
に於いて、
① であれば、「渡辺の他に、共犯者がゐた」としても、「矛盾」せ
② であれば、「渡辺の他に、共犯者がゐた」ならば、 「矛盾」する
従って、
(06)により、
(07)
① 渡辺犯人である。
と言はずに、
② 渡辺犯人である。
と言ふのであれば、「普通」は、
② 渡辺は、「単独犯」である。


(672)「(だけ)が」=「が」、「the(only)」=「the」。

2020-07-01 16:03:20 | 「は」と「が」

(01)
1     (1)∃x∃y{Sx&Py&Txy&∀z(Tzy→x=z)} A
 2    (2)  ∃y{Sa&Py&Tay&∀z(Tzy→a=z)} A
  3   (3)     Sa&Pb&Tab&∀z(Tzb→a=z)  A
  3   (4)               ∀z(Tzb→a=z)  3&E
  3   (5)                  Tcb→a=c   1UE
   6  (6)  ∃z(Az&~Sz)                A
    7 (7)     Ac&~Sc                 A
  3   (8)     Sa                     3&E
    7 (9)        ~Sc                 8&E
     ア(ア)          a=c               A
    7ア(イ)        ~Sa                 9ア=E
  3 7ア(ウ)     Sa&~Sa                 8イ&I
  3 7 (エ)          a≠c               アウRAA
  3 7 (オ)                 ~Tcb       5エMTT
  3   (カ)     Ac                     7&E
  3   (キ)        Pb                  3&E
  3   (ク)     Ac&Pb                  カキ&I
  3 7 (ケ)     Ac&Pb&~Tcb             オク&I
  3 7 (コ)  ∃y(Ac&Py&~Tcy)            ケEI
  36  (サ)  ∃y(Ac&Py&~Tcy)            67コEE
  36  (シ)∃z∃y(Az&Py&~Tzy)            サEI
 2 6  (ス)∃z∃y(Az&Py&~Tzy)            23シEE
1  6  (セ)∃z∃y(Az&Py&~Tzy)            12スEE
従って、
(01)により、
(02)
(ⅰ)∃x∃y{Sx&Py&Txy&∀z(Tzy→x=z)}。然るに、
(ⅱ)  ∃z(Az&~Sz)。従って、
(ⅲ)∃z∃y(Az&Py&~Tzy)。
といふ「三段論法」、すなはち、
(ⅰ)あるxとあるyについて{xはソクラテスであって、yはプラトンであって、すべてのzについて、zがyを教へたのであれば、xとzは「同一」である}。然るに、
(ⅱ)あるzについて(zはアリストテレスであって、ソクラテスではない)。故に、
(ⅲ)あるzとあるyについて(zはアリストテレスであって、yはプラトンであって、zはyを教へなかった)。
といふ「三段論法」は、「妥当」である。
従って、
(02)により、
(03)
(ⅰ)Socrates is the only philosopher who taught Plato.
(ⅱ)Aristotle is not Socrates. therefore,
(ⅲ)Aristotle did not teach Plato.
といふ「三段論法」は、「妥当」である。
然るに、
(04)
(1)Socrates is a philosopher.
(2)Paris is a city.
(3)Courage is a virtue.
(4)Socrates is the philosopher who taught Plato.
(5)Paris is the capital of France.
(6)Courage is the virtue I most admire.
(1)―(3)の文は単純な主語・述語の文である。特定の対象が(ソクラテス、パリ、勇気)がある性質(哲学者であること、都市であること、徳であること)をもつ、と言われるのである。従って、(1)―(3)における「である」のことを、述語の作用する「である」('is' of predication)とよぶ。この「である」の用法は(4)―(6)における「である」と比較対照される必要がある。ここでは、その意味はむしろ、「同じ対象である」(「対象:という語をある広い、中立的な意味に用いて)である。この「である」をわれわれは同一性の「である」('is' of identity)として区別する。
(E.J.レモン 著、武生治一郎・浅野楢英 訳、論理学初歩、1973年、205頁)
然るに、
(05)
(4)Socrates is the philosopher who taught Plato.
に於いて、
(4)「ソクラテス」と「ソクラテスはプラトンを教えた哲学者」が「同一」である。
といふことは、
(4)「ソクラテスだけが、プラトンを教えた哲学者である。」
といふことに、他ならない。
従って、
(03)(04)(05)により、
(06)
①「Socrates is the philosopher who taught Plato.」といふ「英語」は、実質的には、
②「Socrates is the only philosopher who taught Plato.」といふ「意味」である。
従って、
(06)により、
(07)
「英語の話者」は、
① Socrates is the philosopher who taught Plato.
といふ「英語」を、
② Socrates is the only philosopher who taught Plato.
といふ「意味」で、用ひてゐる。
然るに、
(08)
② Socrates is the only philosopher who taught Plato.
② ソクラテスだけがプラトンを教えた哲学者である。
に対して、
② Socrates is a only philosopher who taught Plato.
② ソクラテスだけプラトンを教えた哲学者である。
といふ、少なくとも、「日本語」は無いし、「英語」も、無いはずである。
従って、
(06)(07)(08)により、
(09)
① Socrates is the philosopher who taught Plato.
① ソクラテスプラトンを教えた哲学者である。
といふ「英語」と「日本語」が、それぞれ、
② Socrates is the only philosopher who taught Plato.
② ソクラテスだけがプラトンを教えた哲学者である。
といふ「意味」であるとしても、「不思議」ではない。
従って、
(09)により、
(10)
② Socrates is the only philosopher who taught Plato.
② ソクラテスだけがプラトンを教えた哲学者である。
に於いて、
② only
② だけ
を「省略」した形が、
① Socrates is the philosopher who taught Plato.
① ソクラテスプラトンを教えた哲学者である。
であるとしても、「不思議」ではない。


(671)同一性の「が」('が' of identity)。

2020-07-01 12:59:10 | 論理

(01)
問題5:ラッセルの「確定記述の理論」を用いて、つぎの論証の健全性を確立せよ。
(a)マイン・カンプの著者は1945年に死んだ。ヒトラーはマイン・カンプを書いた。故にヒトラーは1945年に死んだ。
Exercise 5: Using Russell's theory of definite description, establish the soundness of the following argument.
(a)The author of the Mein Kampf died in 1945; Histler wrote Mein Kampf; therefore Histler died in 1945.
(E.J.レモン 著、武生治一郎・浅野楢英 訳、論理学初歩、1973年、215頁と原文)。
(02)
1   (1)∃x(我が闘争x&45年死x)               A
  2  (2)   我が闘争a&45年死a                A
   3 (3)∃y{ヒトラーy&我が闘争y&∀x(我が闘争x→x=y)} A
    4(4)   ヒトラーb&我が闘争b&∀x(我が闘争x→x=b)  A
    4(5)               ∀x(我が闘争x→x=b)  4&E
    4(6)                  我が闘争a→a=b   5UE
  2  (7)                  我が闘争a       2&E
  2 4(8)                        a=b   67MPP
    4(9)   ヒトラーb                      4&E
  2 4(ア)   ヒトラーa                      89=E
  2  (イ)         45年死a                2&E
  2 4(ウ)   ヒトラーa&45年死a                アイ&I
  2 4(エ)∃x(ヒトラーx&45年死x)               ウEI
  23 (オ)∃x(ヒトラーx&45年死x)               34エEE
1 3 (カ)∃x(ヒトラーx&45年死x)               12オEE
1 3 (〃)あるxはヒトラーであって1945年に死んだ。        12オEE
(03)
問題□:ラッセルの「確定記述の理論」を用いて、つぎの論証の健全性を確立せよ。
(b)マイン・カンプの著者は1945年には死んでいない。ヒトラーマイン・カンプを書いた。故にヒトラーは1945年に死ななかった。
Exercise 5: Using Russell's theory of definite description, establish the soundness of the following argument.
(b)The author of the Mein Kampf did not die in 1945; Hitler wrote Mein Kampf; therefore Hisler did not die in 1945.
(04)
1   (1)∃x(我が闘争x&~45年死x)               A
  2  (2)   我が闘争a&~45年死a                A
   3 (4)∃y{ヒトラーy&我が闘争y&~∃x(我が闘争x&x≠y)} A
   4(4)   ヒトラーb&我が闘争b&~∃x(我が闘争x&x≠b)  A
   4(5)               ~∃x(我が闘争x&x≠b)  4&E
   4(6)               ∀x~(我が闘争x&x≠b)  5量化子の関係
   4(7)                 ~(我が闘争a&a≠b)  6UE
   4(8)                  ~我が闘争a∨a=b   7ド・モルガンの法則
   4(9)                   我が闘争a→a=b   8含意の定義
 2   (ア)   我が闘争a                       2&E
 2  4(イ)                         a=b   9アMPP
    4(ウ)   ヒトラーb                       4&E
 2  4(エ)   ヒトラーa                       イウ=E
 2   (オ)         ~45年死a                2&E
 2  4(カ)   ヒトラーa&~45年死a                エオ&I
 2  4(キ)∃x(ヒトラーx&~45年死x)               カEI
 23 (ク)∃x(ヒトラーx&~45年死x)               34キEE
1 3 (ケ)∃x(ヒトラーx&~45年死x)               129EE
1 3 (コ)あるxはヒトラーであって1945年には死ななかった。     129EE
従って、
(01)~(04)により、
(05)
「ラッセルの確定記述の理論」は、
「マイン・カンプの著者」が「ヒトラー」と「同一人物」であるならば、
「マイン・カンプの著者」に対して「起こったこと」は、「ヒトラー」にも「起こったこと」であり、
「マイン・カンプの著者」に対して「起こったらなかったこと」は、「ヒトラー」にも「起こらなかったこと」である。
といふことを、示してゐる。
然るに、
(06)
いづれにせよ、
「マイン・カンプの著者(The author of the Mein Kampf)」は、「一人しかゐない」。
従って、
(06)により、
(07)
① ヒトラーは「マイン・カンプの著者」であって、
② 「マイン・カンプの著者」はヒトラーである。
然るに、
(08)
② 「マイン・カンプの著者」はヒトラーである。
③ ヒトラー以外は「マイン・カンプの著者」ではない
に於いて、
②=③ は「対偶(Contraposition)」である。
然るに、
(04)により、
(09)
③ ∃y{ヒトラーy&我が闘争y&~∃x(我が闘争x&x≠y)}⇔
③ あるyはヒトラーであって、我が闘争の著者であり、あるxが我が闘争の著者であって、xがy以外である、といふことはない
然るに、
(10)
② 「マイン・カンプの著者」はヒトラーである。
③ ~∃x(我が闘争x&x≠y)⇔
③ あるxが我が闘争の著者であって、xがy以外である、といふことはない
に於いて、
②=③ は「対偶(Contraposition)」である。
(01)~(10)により、
(11)
① Histler is the author of the Mein Kampf.
といふ「英語」は、
② ヒトラーは「マイン・カンプの著者」であって、ヒトラー以外は「マイン・カンプの著者」ではない
といふ「日本語」に相当し、
② ヒトラーは「マイン・カンプの著者」であって、ヒトラー以外は「マイン・カンプの著者」ではない
といふ「日本語」は、
③ ∃y{ヒトラーy&我が闘争y&~∃x(我が闘争x&x≠y)}⇔
③ あるyはヒトラーであって、我が闘争の著者であり、あるxが我が闘争の著者であって、xがy以外である、といふことはない
といふ「述語論理式」に相当する。
然るに、
(07)により、
(12)
① Hitler is the author of the Mein Kampf.
The author of the Mein Kampf is Hitler.
に於いて、
①=② である。
然るに、
(13)
(b)「である(is)」の両側にならぶ語句は、近似値的に同じ意味をたもちつつ入れ換えることができるか―もしできるならば、その「である(is)」は同一性の「である」('is' of identity)である。
(E.J.レモン 著、武生治一郎・浅野楢英 訳、論理学初歩、1973年、205頁改)
従って、
(13)により、
(14)
「A is B.」であって、
「B is A.」ならば、「A=B」であって、その場合の、「is」は、同一性の「である」('is' of identity)である。
cf.
交換法則(commutative law)」。
然るに、
(15)
(1)Socrates is a philosopher.
(2)Paris is a city.
(3)Courage is a virtue.
(4)Socrates is the philosopher who taught Plato.
(5)Paris is the capital of France.
(6)Courage is the virtue I most admire.
Sentences(1)-(3)are simple subjects-predicate sentences; a particular objects(Socrates,Paris,courage)is said to have a certain property(being a philosopher,being a city,being a virtue). We accordingly call the 'is' in(1)-(3)the 'is' of predication. This use of 'is' must be contrasted with the 'is' in(4)-(6), where rather the sense is 'is' the same object as(with 'object' used in some broad neutral sense). This 'is' we distinguish as the 'is' of identity.
(E.J.Lemmon, Beginning Logic,1978/6/1,p160)
(1)―(3)の文は単純な主語・述語の文である。特定の対象が(ソクラテス、パリ、勇気)がある性質(哲学者であること、都市であること、徳であること)をもつ、と言われるのである。従って、(1)―(3)における「である」のことを、述語の作用する「である」('is' of predication)とよぶ。この「である」の用法は(4)―(6)における「である」と比較対照される必要がある。ここでは、その意味はむしろ、「同じ対象である」(「対象:という語をある広い、中立的な意味に用いて)である。この「である」をわれわれは同一性の「である」('is' of identity)として区別する。
(E.J.レモン 著、武生治一郎・浅野楢英 訳、論理学初歩、1973年、205頁)
従って、
(14)(15)により、
(16)
(4)Socrates is the philosopher who taught Plato.
(5)Paris is the capital of France.
(6)Courage is the virtue I most admire.
であれば、
(4)Socrates is the philosopher who taught Plato.
(5)Paris is the capital of France.
(6)Courage is the virtue I most admire.
(4)The philosopher who taught Plato is Socrates
(5)The capital of France is Paris.
(6)The virtue I most admire is Courage.
に於ける「is」が、同一性の「である('is' of identity)」である。
従って、
(16)により、
(17)
(4)ソクラテスプラトンを教えた哲学者である。
(5)パりフランスの首都である。
(6)勇気私が最も賛美する徳である。
に於ける「」は、同一性の「」('' of identity)である。
然るに、
(18)
(6)私最も賛美する徳。
に於ける「」は、
(6)我家。
(6)博士愛した数式。
に於ける「」と同じく、「連体助詞」の「」であるため、同一性の「」('' of identity)ではない