荻野洋一 映画等覚書ブログ

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初夏の両国広小路にて、そっと目を閉じると、瞼の裏に…

2011-06-05 01:59:06 | 身辺雑記
 青山真治のすばらしい最新作『東京公園』がまもなく公開されるが、その前に加藤泰の最高傑作のひとつ『瞼の母』(1962)を思い出しておきたいものである。
 私は今夜、呑んだ帰りに、ある1枚の写真を写メしてきた。これがどこかお分かりになるだろうか。ここがどこかというと、両国広小路である。いわゆる国技館やシアターχ、回向院のある本所・両国ではなく、両国橋を渡った対岸、日本橋両国である。現在の住所は東日本橋二丁目。橋の東側(本所)が上総国、西側(東日本橋二丁目)が武蔵国・江戸であって、両方の国にまたがっているから「両国」という町名になったのだ。

 加藤泰の作品のなかで、番場の忠太郎(中村錦之助)が金町の半次郎(松方弘樹)と別れたあと、最初に江戸に入ったのが、この両国広小路だった。ラストに会う実の母親(木暮実千代)が経営する料亭「水熊」は柳橋だから、数十メーターしか離れていない。この両国広小路で、盲目の老婆(浪花千栄子)が三味線を弾いている。浪花千栄子の背中を3/4斜めの位置からのみ見せきる、あの圧倒されるしかない1シーン1カットが現出される場だ。
 この場所に私は立っていて、中村錦之助の「名は?」「子は?」と訪ねてまわる声が、耳にこだまする。映画では雪がしんとやんで、あたりは真っ白に化粧されていた。そしていまは、初夏の湿気、そして放射能の粒子がこの両国広小路を舞っている…。


『瞼の母』はシネマヴェーラ(東京・渋谷円山町)の《加藤泰傑作選》にて数度上映
http://www.cinemavera.com/