荻野洋一 映画等覚書ブログ

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NHKラジオ『まいにちフランス語』10月号

2012-09-21 03:57:13 | ラジオ・テレビ
 NHKラジオ第2放送のテキスト『まいにちフランス語』10月号が発売された。フランス語という言語に興味があってもなくても、あるいは第二外国語でいやいや履修した薄れゆく記憶しか呼び覚まさないとしても、これは購入すべきテキストだ。

 10月から来年の3月まで番組のホスト講師を梅本洋一がつとめる。これはただのフランス語講座ではない。フランソワ・トリュフォーの「声」を毎週木曜と金曜に聴くという僥倖に恵まれるのである。1982年4月、渋谷のパルコ・パート3(だったと思う)で開催されたぴあフィルムフェスティバルのフランソワ・トリュフォー全作品上映のために来日したトリュフォーに、若き日の梅本洋一がインタビューした。その貴重な「声」の記録が30年の時をへて目を覚ます。
 「まだ20代で駆け出しの映画批評家だったぼくは、フランスから帰国直後で、傲慢な自信だけは持っている、恥ずかしい未熟者でした。」
 と、本テキストの「講師あいさつ」で書く梅本洋一だが、私は彼がすばらしいインタビューアであることを肌で知っている。ティエリー・ジュスがおこなった北野武へのインタビュー、シャルル・テッソンがおこなった大島渚へのインタビュー…そうした場における通訳者としての、まるでスタジオシステム時代のショット切り返しを見ているかのような小気味いい言葉の刻み。
 あるいは、バスティーユの新オペラ座の裏の路地(忘れもせぬブール・ブランシュ路地……)にあったころの仏「カイエ・デュ・シネマ」社屋でセルジュ・トゥビアナ(当時の社長兼編集長)およびその弁護士と日本版刊行に関する商法的な交渉を終えて、やれやれといった表情で軽口を叩く氏の「声」。それらのひとつひとつを、私はすぐそばで聴いていたからだ。
 したがって私個人にとってこの番組を聴くことは、生前のトリュフォーの貴重な「声」に耳を傾ける体験であると同時に、「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」時代以来長らくご無沙汰だった梅本洋一のじつに小気味のいいフランス語による映画作家との会話を追憶する体験ともなるだろう。

 10月号には、元カイエ共同編集長で現レ・ザンキュップティーブル編集長のジャン=マルク・ラランヌがゲスト・コメンテータとしてトリュフォーについて語るほか、梅本氏本人からちらっと聞いた予告では、今後、セルジュ・トゥビアナも登場するらしい。
 若き日の2人のセルジュ(ダネーとトゥビアナ)が1970年代半ばにポンコツ寸前の「カイエ」を引き継ぎ、ナルボニ、コモリの毛沢東主義時代にすっかり退潮し縮小した「カイエ」を再建するために、まずは(五月革命のあと「カイエ」とは絶交状態となっていた)トリュフォーに会ってみようと決心する。「レ・フィルム・デュ・キャロッス」の事務所を2人の青年が緊張しながら訪問し、その結果、雑誌の大先輩であるトリュフォーからどういうことを言われたか、そうした20世紀フランス映画のきわめて重要な裏面史がトゥビアナの「声」によって披瀝される予定だという。また、トリュフォーゆかりの女優も登場するらしい。
 「しょせん語学番組だし、ファーストランは朝早いし、気が向いたらポッドキャストで聴いてくれればいいよ。ただし、音楽についてはトリュフォーゆかりのいい選曲ができていると思う。JASRACで許可が下りない曲が多くて困るけど」と梅本氏は照れ隠しに言うが、この番組は、ヌーヴェルヴァーグの真髄にリタッチするための絶好の機会となるだろう。

NHK出版


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