どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

チロヌップの 子さくら

2022年09月30日 | 絵本(日本)

    チロヌップの子 さくら/たかはし ひろゆき:文・絵/金の星社/1986年初版

 

 「チロヌップのきつね」「チロヌップの虹」に続く三作目。


 江戸時代、北の小さな島チロヌップ(キツネの意味)で、与平の娘さくらときつねのチロは、きょうだいのようにくらしていました。しかし、ふかい きりがたちこめる ある夏の日、さくらは突然、息をひきとります。

 与平は、丘の上に小さな墓をたてました。そして五日をかけて、さくらの姿を思い、木ぼりの人形をつくり、さくらが髪につけていた赤い布を、人形の首に結びました。

 チロは、いつもさくらの墓のそばにうずくまり、与平夫婦の姿がみえるまで じっと まっていました。

 秋風が立ちはじめたある朝、鉄砲の音が響きました。髪の毛の赤い大男たちが、ラッコをとりにきたのです。与平夫婦は、松前藩から命じられ、ラッコの見張りに きていたのです。大男たちは、与平夫婦の小屋に火をつけ、ラッコをボートに積み込むと、引き揚げていきました。藩に知らせるため、与平夫婦は「すぐ かえるからのー!」「さくらの墓をたのんだぞー!」と言い残し、島をあとにしました。

 チロは、小屋に火をつけられたとき、木ぼり人形を避難させていました。与平夫婦がなぜいなくなったかわからないまま、さくらの人形と墓をまもりながら、ふたりのかえりを 待ち続けます。

 流氷がきえた朝、ラッコの捕獲にやってきた男たちから、さくらを守ろうと、墓の反対側に誘導したチロでしたが、重い傷を負ってしまいます。

 それから20年後、与平夫婦が島にもどりました。争いに巻き込まれ、国元を離れることができなかったのです。そして丘の上に、首に赤い布をつけた さくらの人形そっくりの小さな地蔵をみつけます。地蔵のまわりには白いきつねざくらが つつむように咲いていました。そして、こぎつねが丘の上にのぼってきました。チロのまごたちでした。

 チロは、なだれに巻き込まれ、たったいっぴきだけ助かったきつねで、まもなく うまれたさくらと兄弟のように育てられていたのでした。

 きつねと人間の深い絆を感じさせるものがたり。娘じぞうは、今も建っていても いくことはかなわない千島の島です。

 改訂版初版が2022年6月に発行されています。”きつねざくら”は、どんな桜でしょう。


宝化け物・・大分、テイテイコヅチ‥徳島 他 化けものの登場

2022年09月29日 | 昔話(日本)

 お化けは、音もなく現れるかと思うとそうでもありません。

 

・宝化け物(子どもに語る日本の昔話3/稲田和子・筒井悦子/こぐま社/1996年初版)

 化け物がでるという古い空き家に、武者修行のさむらいが泊まっていると、黄色い裃、白い裃、赤い裃を着た化け物があらわれます。
 さむらいが、「ありゃいったいなにもんだ」と問い詰めると
 「この家は昔、たいそうな分限者の屋敷じゃった。床下には大判、小判やたくさんの金をつぼにいれて埋けてあるんじゃが、今では誰も床下の宝のことなんか知らんとです。黄色い裃をきたのが金の精、白いのが銀の精、赤いのが銅の精でござります」という。

 「早く世の中にでて、人々を喜ばせたいと思っても、自分の力ではそれができず、今まで苦しんじょった。あんたの力で、わしらをほりだしてくれないか」という つぼの精。

 おさむらいは一人じめすることなく、その宝を村の人にあげます。

 大分県の話で、分かりやすい方言ですが、今の子に、”裃”がうまくつたわるかが心配です。


・テイテイコヅチ(徳島のむかし話/徳島県教育会編/日本標準/1978年)

 何人も泊まり込んだ人が、お化けに食べられてしまうという古寺に泊まり込んだぼうさん。

 荒れ果てた寺で、台所のかまどのおおきな釜にかくれていると、トウリのバコツ(東里の馬骨)、サイチクリンのケイサンゾク(西竹林の鶏三足)、ナンチのリギョ(南池の鯉魚)、ホクザンのビャッコ(北山の城狐)がやってきて、食べられそうになり、「化けもんは明るい間はばけられん。朝がきたら、消えてしまうにちがいない。」と、ぼうさんが、ニワトリのまねをすると、化け物が、朝がきたとおもってあわてて帰ってしまいます。

 つぎの日、ぼうさんが元気ででてきたので、よろこんだのは村人たち。

 聞いたことがない化け物ですが、ちゃんと意味がありました。村人は、東の道端の馬の骸骨、西の竹林の三本足の鶏、南の池の鯉、北の山の白い狐をつかまえてきて、お経をあげ、全部焼いてしまいます。

 村の人は、お寺を修理、掃除をして、ぼうさんに 住職になってもらいます。

 

・トントントン ていていこぼしは おやどにか(高知のむかし話/土佐教育研究会国語部会編/日本標準/1976年)

 徳島版とほぼ同じですが、化け物が身の上話をするので、わかりやすい。

 東里の馬骨ー殿さまに目をつけられ、むちゃくちゃとりあげられ、なんべんも戦に出たが、おしまいの戦で目に、矢が突き刺さると、山に捨てられ、寺の東の方の道端でいきだおれになってしまった。

 西の林の鶏三本足ー三本足のニワトリに生まれ、飼い主に竹やぶにすてられて、なんとか生き延びたが、ある時、人間につかまり、食べられてしまった。 

 北山の白狐ー五匹の子ぎつねが、犬に襲われ、わたしも胸に一発弾を受けてたおれ、子ぎつねは、犬に食い殺されてしまった。

 ぼうさんは、骨を集め、化け物の魂を鎮めるために、ぎっちりお経をあげてやります。

 

 楽しいのは、化け物の登場の仕方。「宝化け物」では、裃を着た化け物が「さいわい、さいわい、さいわい」と三べんとなえ、この繰り返しが九回。

 「テイテイコヅチ」では、「テイテイコヅチは、おうちにか。」と、音を立てて登場。

 高知版では、「ていていこぼしは、おやどにか」。

 どんな意味かと考えずに、リズムを楽しむことでしょう。


ママのバッグ

2022年09月28日 | 絵本(日本)

    ママのバッグ/花山かずみ/福音館書店/2022年(初出2016年)

 

最近の絵本には珍しくモノクロ。ただひとつちょっと赤いのは、ママのバッグ。
 
冬の日の雨。しゅうちゃんは ママとお買い物。
商店街でママを見失ったしゅうちゃん。でもちゃんと目印があります。それは赤いバッグ。
 
あかいのはママのバッグ ママのバッグ ママのバッグ
 
赤いものを見つけてママだとおもったらポスト
 
八百屋さんで赤いものを見つけたらリンゴ
 
つぎに赤いものは?
 
商店の様子や、人々の着ている服装、表情などがかわいい。
 
あと一つか 二つ 赤いものがでてきてもよさそうでした。

ちいさな きいろい かさ

2022年09月27日 | 絵本(日本)

    ちいさな きいろい かさ/イラスト・にしまきかやこ シナリオ・もりひさこ/金の星社/1971年

 

なっちゃんが かってもらった きいろいかさ。

あめが ぽち ぽち ふってきました。

うさぎさん、りすくんが 傘に入り

どうながの だっくすくん

ばくのばくさんが あかちゃん つれて。

あめが ざあ ざあ おおぶりになってきた。

こんどは ひょろひょろ せいたかのっぽの きりんさん。

きいろいかさは 魔法のかさ のびたり おおきくなって みんなはいっても だいじょうぶ。

とおれない たかい たかい 木。おおきすぎる かさは とおれそうに ありませんが・・・。

あめがやんで、おかあさんに、「あのね  あのね いいこと あったの」というなっちゃん。やさしい気持ちになれる 雨の日の絵本。

一見、子どもでも 描けそうなイラストに親近感があります。


トット・ボトットとちいさなたてぶえ

2022年09月26日 | 絵本(外国)

    トット・ボトットとちいさなたてぶえ/ローラ・キャソン・作 アーノルド・ローベル・絵 こみやゆう・訳/好学社/2022年

 

 おとうさんがかってきてくれたちいさなたてぶえ。トット・ボトットは、ジャングルの おくふかくまでいって、インドボダイジュのきのしたに すわり ぴーぴーひゃらりー ぴーひゃらりーとふえをふいて、「ともだち でてこい でてこいこい。でてきて ぼくと あそぼうよ!」と、いいました。

 するとかえるが、けろけろっとなきながら やってきました。

 ムクドリは ばさばさ とんできました。

 ヘビたちも しゅるしゅるっと やってきて

 マングース、クジャク、オウムからトカゲ、サルたち、こどものぞうまで。

 そして、さいごにあらわれたのはトラ。

 逃げ遅れたトット・ボトットは、インドボダイジュによじのぼって難を避け、トラがいなくなると たてぶえを もったまま、ヤシの葉でできた家へ。

 

 すごく単純ですが、小さな子は、つぎになにがでてくるか興味をもてそう。トラもみんなと、遊びたかったのかな?

 原著は1970年発行。インドボダイジュがでてきて、絵の建物はインド風。幼児向けですが動物の群れの描き方には、妥協がありません。


わたしとあなたの ものがたり

2022年09月24日 | 絵本(社会)

    わたしとあなたの ものがたり/アドリア・シオドア・文 エリン・K・ロビンソン・絵  さくまゆみこ・訳/光村教育図書/2022年

 

 クラスでたったひとりの茶色い肌の自分のむすめに、自分の体験と母親、祖母の体験を 語っていきます。

 わたしが学校に行っていたときも、クラスには茶色の肌の子は わたしひとり。

 学校で奴隷制について勉強したときや、クラスの子がわたしを指さして、クスクスわらったとき、わたしは消えてしまいたいと思ったことがあった。「リンカーン大統領がいなかったら、おまえはまだ、おれたちのどれいだったんだぞ!」と、いわれたことも。

 おばあちゃんは奴隷として生まれ、お母さんは南部育ち。自由人として生まれたが、学校には3年生までしか行けず、看護師の夢をあきらめた。

 だから、学校で勉強できることはありがたいこと。わたしは科学がすきで、詩を書いたり音楽が大好きな お医者さんになったの。

 あなたには、姿を隠したり、消えてしまいたいと思ったりしないで ほしいの。どうどうと立って空高く はばたいていってほしいの。大事なのは、ほかの人にどう見えるか、じゃなくて、鏡にうつった自分に「なにが見える?」って といかけてみることだから。のぞめば、なんにでもなれる そんな自分のすがたが あなたにもみえているといいな。

 

 原著は2022年。公民権運動からだいぶたっていますが、ブラックマター運動にみられるように、黒人への差別意識や偏見はまだまだ根深い。学校で学ぶ自分の娘に、こういうふうに語りかけなければならない現状。

 奴隷制や公民権運動を学んだとき、嫌な思いをしたのには、複雑な思いがしました。教える側が白人だと、差別していないと思っていても、いつのまにか差別していることもありそう。

 黒人女性の凛とした表情が印象に残ります。


みそ買い橋・・徳島

2022年09月23日 | 昔話(中国・四国)

 「味噌買い橋」は岐阜版で語られているでしょうか。

 

味噌買橋(日本昔話百選/稲田浩二・稲田和子:編著/三省堂/2003年改訂新版) 

 飛騨の国の乗鞍の西の麓の沢上というところに長吉という正気な炭焼きがおったんじゃと。

 ある晩、夢のなかに白いひげのおじいさんがでてきて、「高山の町にいって味噌買い橋に立っていてみろ。とってもいいことができるぞ」といわれ、高山の味噌買い橋にいったら、いいことがきけるというので高山まででかけます。

 五日目に、橋のふもとの豆腐屋の主が、声をかけます。長吉が夢の話をすると、豆腐屋もおなじような夢を見たが、「たわいもない夢なんぞ本気になれない。お前もいい加減にして帰ったらどうかの」といいます。

 ところが豆腐屋の夢というのは、乗鞍の麓の沢上に長吉という男がいる。その男の家の庭の松の木の根っこを掘ったら宝物がでてくるという。この話を聞いた長吉が、庭の松の根方を掘ってみたら、金銀や宝物が、ざんぐごんぐと出てきたから、いっぺんに大した金持ちになったと。

 長吉は、村の人から福徳長者と呼ばれて、いい生涯をおくったんじゃと。

 

 「味噌買橋」は、岐阜県高山市の小学校の先生が翻案したものが広まったものといいますが、徳島でも語られています。

 

・みそ買い橋(徳島のむかし話/徳島県教育会編/日本標準/1978年)

 話者と再話者の名前が記載されています。話者の方がアレンジしたものでしょうか。

 沢上、炭焼きは、豆腐屋が同じで、名前は長兵衛ででてきます。三省堂版では、出かけますが、徳島版は家から五日間通います。

 四日たってあきらめかけますが、「いい炭が焼けるようになるまでじゃって何日もかかったもんじゃ」とあきらめないところに、炭焼きが生かされています。三省堂版では、かならずしも炭焼きでなくても成立します。

 

 こうした昔話では、もうすこし脚色して、地名も地元で語ることができそうです。


おおきなかぶ

2022年09月22日 | 絵本(昔話・外国)


      おおきなかぶ/内田莉莎子・再話 佐藤忠良・画/福音館書店/1972年新版

 保育園でのお話し会で、「おおきなかぶ」を人形を利用して話してみました。子どもたちはでてくる動物の順番をよく覚えていて、「うんとこしょ どっこいしょ」の掛け声もタイミングよくかけてくれました。

 保育園で絵本の内容を知っているのでかえってよかったのかも知れません。

 「おおきなかぶ」はいまから半世紀まえに初版が出版されており、親からこども、孫とどれだけ多くの子どもたちに親しまれてきたかしれません。

 あまりにも有名な絵本なので、いまさらという感じもしないではないのですが、子どもに読んであげた本のなかで、処分しきれずに残っている本の一冊。ちなみに今もっているのは、1972年出版のもの。

 ところで、女優佐藤オリエさんの名前を最近あまり聞きませんが、昨年舞台に出演されている様子がユーチューブの動画にありました。オールド世代には、「若者たち」の映画などでおなじみですが、お父さんがこの本の画を描かれている佐藤忠良さん。

 これまで関心がなかったというのが本音ですが、Eテレの日曜美術館で佐藤忠良さんを取り上げたことがあり、彫刻家で有名な方というのをはじめて知りました。三年間のシベリア抑留の経験もあるといいます。

 また、テレビでは宮城県立こども病院の「おおきなかぶ」のレリーフの展示も紹介されていました。

 保育園で子どもたちが演じていたり、園児の保護者の方の演じているのをユーチューブで見ることができるのも楽しい。

 

    おおきなおおきな おおきな かぶ/ヘレン・オクセンバリー・絵 アレクセイ・トルストイ・文/こぐま社/1991年

 訳者の名前が載っていませんでしたが、作者紹介のページに、ちさい字で、ぐま社編集部訳とありました。

 「おおきなかぶ」ですが、絵本ですから絵はとうぜんちがっています。

 「うんとこしょ どっこいしょ」が、「ひっぱって ひっぱって」となっています。
 ひっぱる場面では、遠くから、横から、上からながめたり。

 さらに、おばあさん、まご、いぬ、ねこの居場所がこまかくえがかれています。おばあさんはインコにえさをあげていますし、まごは木の上で読書。のみの夫婦の感じもよくでています。

 最後かぶは、テーブルの上にのせられ、まわりでは、どう食べようか相談しています。

 

 佐藤忠良さんの絵のイメージが強すぎるのですが、これはこれで楽しめました。

 原著は1968年です。           


為後のこうしんさん・・徳島

2022年09月22日 | 昔話(中国・四国)

            徳島のむかし話/徳島県教育会編/日本標準/1978年

 

 村の若者が力自慢しているところへとおりかかった七兵衛さんが、力比べを提案します。

 河原にころがっている同じような大石を山の中腹まで運びあげ、いちばんはやく運びあげた者が一番の力持ちという。

 十人の若者が一斉に大石をかかえ上げ、のぼりはじめますが、なにしろ両手でやっと、かかえるぐらいの石で、若者たちは、とちゅうで一休み。そこへ七兵衛さんがやってきて、はっぱをかけ、ようやく十人が十人とも山の窪地に石を運び上げた。

 七兵衛さんが「みんな力が強い。一番二番と順番はついても、ちょっとの違い。いやみんなの強いのに感心したわい」というと若者たちはにこにこして大喜び。

 それから、気をよくした若者に、一か所へ四角に石を積んでもらった七兵衛さん。やがてそこへ庚申さんをお祭りします。

 じつは、この石運びは、はじめから庚申さんを祭るための七兵衛さんの計略。若者たちをおだてて、お金を使わず高いところまで石をはこばせた。今も為後山にある庚申さんは、こうしてできたのじゃと。

 

 *庚申さん(目、耳、口の災難をまぬがれる祭られた神さまで、これを祭った庚申塚。)

 お年寄りの知恵には含蓄があります。


みえるとかみえないとか

2022年09月21日 | ヨシタケ シンスケ

    みえるとかみえないとか/ヨシタケ シンスケ・作 伊藤亜紗・そうだん/アリス館/2018年

 

 表紙に「伊藤亜紗そうだん」とあるのが珍しかったのですが、付録についている絵本ができるまでの小冊子をみて納得。大学の先生で「目の見えない人は世界をどう見ているのか」を書かれています。

 見えない人は、においや音などを「みて」行動しているという。いつも同じ時刻に白杖で歩いている人と出会うのですが、歩くスピードや曲がり角を歩行するのも、白杖がなければみえないということに全く気がつきません。

 今では、時刻の確認は音声時計や、蓋を開けて針に触れることで時刻を確認できる腕時計、振動で時刻を教えてくれる時計もあり、スマートフォンの音声応答機能で、時刻を確認することができます。

 どうして調理をしているかの疑問には、調味料や料理道具を置く場所を決めておくこと、
また、調味料によって入れ物の形を変えたり、目印となるものを貼り付けておくといった工夫、調味料が一度に一定の分量だけ出てくるような構造の調味料入れもあるといいます。

 お金の支払い。銅貨は縁のギザギザ、紙幣はお札の右下についているマークを触ることでわかる工夫がされています。 
 めがみえないと色の識別も、あらかじめ洋服の色や組み合わせを確認してもらいタグをつける工夫もあるという。

 目が見えないのはハンディキャップとすぐに考えてしまいますが、はじめから目が見えないとそれが当たり前。こうした人たちをサポートする仕組みも、さまざまに工夫されているというのも、この絵本を通じて確認することができました。

 ヨシタケさん、宇宙飛行士の調査を通じて、「あたりまえ」のことを考えさせてくれました。目が三つだけでなく、うしろに目がある宇宙人を登場させます。うしろに目がある人にとって、前しか見れない人は不便だろうなと同情され、手が四本ある宇宙人には、手が二本しかなくてやはり同情される。違いがあるのを前提にすると、見え方や感じ方がちがってきても不思議ではありません。

 「みんなちがって みんないい」という視点に立つと「自分と違う人とでも、お互いの工夫や失敗、発見を教えあったら、みんな「へー!」ってなる」「おなじところを さがしながら、ちがうところを おたがいにおもしろがればいいんだね」になるかな?。


星の使者

2022年09月20日 | 絵本(外国)

    星の使者/ピーター・シス:文絵 原田勝・訳/徳間書店/1997年

 

ガリレオの誕生からの生涯を駆け足で描いていますが、絵に惹かれました。

絵の一つは、この当時の社会状況。

このころイタリアは都市国家の時代。ナポリ王国、ヴェネッィア共和国、ミラノ公国、シチリア王国など。そして、まわりは神聖ローマ帝国、オスマン帝国など。

ガリレオが生まれた1564年は、ウイリアム・シェークスピア誕生とミケランジェロ死去。

メディチ家の宮廷づき哲学者兼数学者となったとありますが、大学教授よりも魅力があったのでしょう。

おなじみのピサの斜塔。

木星のまわりをまわる四つの「星」を発見し、この四つをメディチ星となづけたこと。

そして宗教裁判の場面では、中央にガリレオ、そして円形劇場の観客席風に取り巻く神父たち。

教会の教えに従わない孤独をあらわした場面では、恐ろし気な部屋に、小さく描かれたガリレオがいます。

幽閉された家の周りには、監視する兵士と、空をながめるガリレオがいます。


わん貸し岩・・鳥取、わん貸し岩屋にしかられた善助・・徳島 碗貸伝説

2022年09月19日 | 昔話(日本)

・わん貸し岩(鳥取のむかし話/鳥取県小学校国語教育研究会編/日本標準/1977年)

 自分の家で、大勢のお客さんをもてなすのに、ごちそうをいれる椀が必要になると、赤松の淵にある畳何十枚もしけるような岩に お椀をかりていた村が、ありました。

 大声で頼むと「オー」と返事があり、必要な数がちゃんと岩の上に置いてありました。

 ところが悪い男がいて、借りたお椀をひとつごまかすと、淵の底から「足らーん。足らーん」と、太い声がして、それっきり、だれが借りにいっても、もうお椀を貸してくれないようになったと。  

 

・わん貸し岩屋にしかられた善助(徳島のむかし話/徳島県教育会編/日本標準/1978年)

 雨も降らず、日照りが続き、川の水も干上がったのに困った中山村で、善助さんのところで寄り合いし、「雨ごい祭り」をしようと相談した。お祈りに使う道具はみんなそろえたが、おわんだけが どうしても足らなかった。

 死んだじいさまが「困ったことがあったら、村境の岩屋さんにおたのみしたらええぞ」と、言い残したことを思い出した善助さんが、半信半疑であったが、すぐに岩屋にいって、「雨ごい用のおわん21枚、村の衆のおわん70枚、しめて91枚」貸してくるようにたのみます。すると、岩屋の奥から「あしたの朝、来い」と大きな声。

 つぎの日、朝早く岩屋にいってみると、いままでみたこともないようなきれいな模様のはいったおわんがおいてあった。それから、お祈りをすると、真っ黒な雲がもくもくわいて、雨が降り出した。

 これから、村でおおきな催しがあると、岩屋さんにいって おわんを借りるようになった。あるとき、女の衆が、おわんをひとつひとつ丁寧に洗い、お返ししようとしたが、どうしてもひとつ足りない。なんぼさがしても、おわんがみつからないので、女の衆は、善助に内緒にして、「ひとつぐらいならわからへん」と、だまって岩屋さんに返したそうな。それを知らなかった善助さんが、半年たって、岩屋さんに おわんをかりにいくと、山がくずれるような大きな声がして、「嘘つき者。もう貸さんわい」と、おこられたそうな。それからは、善助さんが、いくらたのんでも、ひとつのおわんも、貸してくれんようになったそうな。

 

 碗貸し伝説は、日本の各地にあり、かして貸してくれる相手も、河童や、龍、女神、お地蔵様と、さまざまのよう。

 古くは、家に家族に必要な数以上の食器を持たなかったため、おおぜいの人が集まる機会に、ほかから、膳や椀を借りなければならなかったことがある。

 椀貸伝説が異族との無言貿易を表したものだという説や、椀貸伝説は貸借関係に過ぎず、さらに相手は神であることから信仰現象だとした説もあるというから奥が深い。


しごとをとりかえたおやじさん・・ノルウェーの昔話

2022年09月18日 | 絵本(昔話・外国)

    しごとをとりかえたおやじさん/山越一夫・再話 山崎英介・画/福音館書店/2011年(1974年初出)

 

 ねんがらねんじゅう、おかみさんのやりかたが きにいらないといっては、がなりたてていたおやじさん。おかみさんが 仕事をとりかえることをもうしでると、おやじさんは 大喜び。

 翌朝、おかみさんが 大きな鎌をもって、牧草地の草刈りにいくと、おやじさんは まずバターをつくることに。バター桶をかき混ぜていると、ビールが飲みたくなり地下室でビール樽の栓を抜いたとたん、台所でブタの鳴き声。おやじさんがビール樽の栓を持ったまま、台所にいくと、ブタがバター桶をひっくりかえして、床にこぼれたクリームを ぴちゃぴちゃ なめていました。かんかんにおこったおやじさんが、ブタをちからいっぱい、けりつけるとブタは死んでしまいます。ビール樽の栓を もったままなのに きがついた おやじさんが 地下室へ行ってみると、ビール樽は すっかりからっぽ。

 まだ少し残っていたクリームでバターをつくりはじめますが、ウシに えさを あげていないことを おもいだします。手抜きしたおやじさんは、屋根の上の草を食べさせようと、ウシを 屋根の上にあげ、ウシに水を飲ませてやろうと、バケツに 水を汲もうと からだを かがめたとたん、背中にしょった バター桶のクリームが 流れ出してしまいます。

 ご飯の時間なので、おかゆでも作ろうと、鍋に水を入れて暖炉のなかにぶらさげますが、屋根の上のウシが、おっこちて首の骨を おったら どうしようかと きになり ロープを牛のからだに ゆわえつけ、もういっぽうを自分のからだへ むすびつけ、おかゆをつくりだします。ところが 屋根にいたウシが 滑って落ちた瞬間、おやじさんは 牛に引っ張られて 煙突の中へ吊り上げられ、ちゅうぶらりんに なってしまいました。

 一方、おかみさんは、いくらまっても、ごはんの用意ができたと よびにこないので、家へ戻りました。するとウシが へんなかっこうで ぶらさがっていたので もっていた鎌で、ロープを切ると、ウシは地面に落ちてしまいます。おやじさんも 煙突のなかから まっさかさま。

 おかみさんが 台所に入ると、そこには 鍋のなかへ どっぷり つかった おやじさんがいました。

 

 教訓的なことは何一つでてきませんが、おやじさんは、家事がいかに大変なのかを認識し、少しは ガミガミが 減ったでしょう。

 女性の方には、いろいろ言いたいことがありそうですよ。今度旦那が文句言ってきたら、「読んで」とこの本を薦めたいといいますが、はたして効果がありますかどうか。今、家事が楽だと思っている夫はいないと思いますし、すすんで 家事をする男性も増えつつあるのでは?。

 同じ内容の「家事をすることになっただんなさん」(太陽の東 月の西/アスビヨルセン編 佐藤俊彦・訳/岩波少年文庫/1958年)では、「おかゆ」が「オートミールのおかゆ」とあります。


おばけのコックさん

2022年09月17日 | 絵本(日本)

    おばけのコックさん/西平 あかね/福音館書店/2012年(2008年初出)

 

 真夜中になると川の近くの壊れた空き家は、おばけのレストラン「おばけてい」にはやがわり。

 コックの見習い”ぺーたろう””ぽいぞう”、親方”けむりおばけ”は新メニューのとくせいスープづくり。ウエートレスは、”ふにさん””へはさん””ほよさん”。

 市場で売っているものはユニークなものばかり。

 野菜売り場では、きゃらめるきゃべつ、おたんこぶなす、えだあめ、びっくりたこ、わらいかなど。

 メニューは・・・。
 おしゃべりいわしのペチャクチャ、しゃっくりプリンとおしりこ、うそつきバナナパフェ、くものすサラダ(裏表紙)

 くるぽんきゅう(できたてとくせいスープ)、しおかぜサンドイッチ、こけチーズピザ。

 飲み物は・・・。
 オバケビール、コウモリワイン、オニのなみだ、くるみジュース。

 予約で来たのは、シリーズのほかにでてきた おばけ。

 市場で商売していたおばあさんとねこもきています。食べ過ぎて箒に乗ってもスピードがでません。 

 みんな満足してかえると、「おばけてい」は、閉店です。

 とってもかわいい おばけコックさんです。

 

 ウエートレスは”ふへほ”と、五十音からとった名前。とてもユニークな名前がゾロゾロ。

 ねこが運転する清掃車には「まちを きれいに ごみを ねこそぎ」とだじゃれも。


やさしい魔女

2022年09月16日 | 絵本(外国)

    やさしい魔女/作・ジーン・マセイ 絵・エイドリアン・アダムズ 訳・おおいし まりこ/新世研/2002年

 

 ハロウィーンの日、深い霧にまぎれて、24人の魔女たちが魔方陣をかこんであつまり、もうひとりの魔女をまっていました。もうひとりは魔女になって三週間しかたっていない新人のリトルです。

 リトルは忘れ物がないか部屋の中を歩き回っていましたが、フクロウが持ってきてくれたほうきにのって ようやく魔方陣へ。

 今日、魔女たちは、お月さまを ぴかぴかに みがきあげることになっていましたが、一番についたものには、新品のクモの巣のベールが、ほうびです。ふんわりとして、なめらかで、世界中さがしてもこんなに美しいベールには、おめにかかれません。

 でかける前に、もちものの点検です。ひとふりするとドロンと消える透明パウダー、つぎに「空とぶほうき」。このほうきは、魔法をかけたり、ねがいごとを かなえたりするとたちまち消えて二度と手にはいりません。

 さあ出発というわけでしたが、新人のリトルは、練習するチャンスがいっかいもなく、ぶっつけ本番。空を飛ぶことはできず、地面すれすれにいくだけ。

 まじりけなしの黒ねこから、ともだちになってほしいといわれ、かぼちゃから かぼちゃランプになりたいといわれ、ほうきで魔法をかけてしまいます。それで ほうきは消えてしまい 月にはいけなくなってしまいます。「どうせ 一番になんて なれっこなかったんだから」と自分をなぐさめたリトルの目から涙がぽろんぽろん。

 さらに男の子が おばけに おわれるのを なぐさめようとすると、男の子は魔女だといって、ふるえあがる始末。しかたなく透明パウダーをふりかけ男の様子をうかがうと、男の子は誰もいないことに気づき、家にかえろうとしますが、こんどは あたりが真っ暗で こわがります。それでも、黒ねことかぼちゃランプが手伝い、てくてく歩きだします。

 魔法の道具を使い果たしたリトルは、フクロウの背中に乗って、魔方陣までもどり、仲間の魔女のかえりをまちます。

 何をやっても失敗ばかりのリトルは、毒きのこにこしかけ 足に両ひじをついて、あたまをかかえこんだまま動こうともしません。そのリトルに黒くもが、めずらしいきのこだと思って、グルグルはいまわり、キラキラ輝く糸をはきだしながら、おおいます。それはクモのベールでした。

 やがてかえってきた魔女たち。お月さまへ一番のりしたトールは、とびっきりのベールを手に入れましたが、それより素敵なリトルをおおっているベールに、目を疑いました。

 何が起こったかは、フクロウの出番でした。

 「やさしい魔女」は、魔女のなかでは、あまり歓迎されない存在。しかし、魔法の道具をなくしても人助けするやさしさを持つ魔女も いるようですよ。

 

 結びは、「ハロウィーンまつりの日に、ひとりしょんぼりしている子に親切にしてあげましょう。ひどい目にあわないように、ちゃんとみまもってあげましょう」。

 まもなくハロウィーンですが、文章がながいので、四年生以上でしょうか。