どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

てんぐになったむすこ・・徳島

2025年04月03日 | 昔話(中国・四国)

      徳島のむかし話/徳島県教育会編/日本標準/1978年

 

 「むかしの子どもも、今のこどものように、親の言うことをあまり聞かなかったようじゃ」と、はじまり、「夕飯を食べなくていい。外で立っておれ。てんぐはんにさらわれたほうがよいわい。」と外へ出された六助。
 泣き声が聞こえなくなって、もうなかへいれてやろうかと、雨戸をあけて、「六助、六助。」とよんだが、どこにもいない。近所の人たちにも来てもらいあちこちさがしまわったが、とうとうどこにも見つからなかった。

 それから二十年たっても、五平さん夫婦は五つの年にいなくなった六助のことがわすれることができん。ところが、六助がやってきて「ただいまもどりました。」という。五平さん夫婦はびっくりしてたが、よくよく見ると、子どものときの六助とおんなじものがある。

 六助が立派な若者になってもどってきたので、夫婦は夢を見ているようじゃった。「おまえ、いったいどこで、何をしてくらしておったんじゃ。」と聞くと、「ほれはまたあとで言います。」という。そして、六助は、三日後、「今晩わたしの友だちが二十人来るけん、ごちそうを廿人分作ってください。友だちとお別れの会をするのです。お別れの会がおわったら、なんでも話します。ただ、友だちが来ても部屋をぜったいにのぞかないようにしてください。のぞいたらまたもとのところへもどりますから。」という。

 のぞくなといわれると、次にくるのは、のぞくこと。ちょっとみるくらいならかまわんじゃろうと、足あとを立てないようにそっとざしきの障子へあなをあけ、のぞいてみると・・・。

 またてんぐのところにもどることになった六助に、五平夫婦は、年に一度でいいから、帰ってくれと頼んだ。それ以来、お盆の十六日になると、五平夫婦は、いっしょうけんめいご馳走をこしらえて座敷に並べ、てんぐになったむすこのかえりをまった。夜が更けると、てんぐになったむすこがどこからともなくもどってきて、両親と話をしたという。

 五平夫婦がなくなっても、このあたりではお盆がすんだ十六日に、ご馳走をこしらえ、てんぐさんがくるのをまつ習慣ができてしもうたと。

 

 年に一度会う、七夕の織姫と彦星を思わせます。


ひとくち童話

2025年04月02日 | いろいろ

東君平 ひとくち童話から(フレーベル館/1995年)

 

くいしんぼ

 くいしんぼの いぬが
 おりました。

 なにを みても、
 たべる ものに みえました。

 あさ、
 おひさまが でると、
 ハムに みえました。

 ひる、
 ながれぐも みると、
 パンに みえました。

 よる、
 おつきさまを みると、
 たべおわった
 おさらに みえました。

かぜ

 くいしんぼの いぬが
 じぶんの こやを かじりました。

 よるに なると、
 そこから かぜが はいってきて、
 さむいおもいをしました。

こいぬ

 こいぬが さんびき うまれました。

 「まだ なまえを つけては いけないよ」
 おとうさんが いいました。

 もし なまえを つけると
 どこへも やりたくなくなるからです。

 それに、
 もらった ひとの たのしみも なくなります。

 

 笑い話でも、詩でもなく、「ひとくち童話」というタイトル。

 短いですが、六巻まで。一巻30編ほど。


おおきな おおきな おいも

2025年04月01日 | 絵本(日本)

    おおきな おおきな おいも/赤羽末吉:作絵/福音館書店/1972年

 

 楽しみにしていたいもほり遠足が、雨で、一週間延期になりました。

 つまんない つまんない

 先生から、1つ ねると むくっと おおきくなって

      2つ ねると むくっ むくって おおきくなって

      3つ ねると むくっ むくっ むくって おおきくなって

      ・・

      6つ ねて 7つ ねると いっぱいおおきくなって まってくれると いわれ 

 こどもたちが 紙をつないで おいもを かきはじめました。

   ごしごし しゅしゅ ぴちゃぴちゃ えっさか ほっさか

   もっと 紙 えっさか えっさか

 できたのは、十三ページ もの ながーい ながーい ながーい おいも。

 こんどは おいもほり すこっぷで すっぽん すっぽん つあひき ふれーふれー。

 どうやって はこぶ?

 バスやトラック、ダンプカー?

 いや いや はこぶのは ヘリコプター。

 ごしごしあらって いもざうるす

 いっぱいあそんで おりょうり おりょうり

 たべて たべて たべて 

 ガスがたまって ぷー ぶわーん おならで そらへ うちゅうへ

 

 リズムが抜群。いものほかは、黒い線だけ。

 タイトルの前に、”鶴巻幼稚園・市村久子の教育実践による”とありました。 

 いまから50年以上前の絵本ですが、なんとも、おおらかな子どもたちの自由な発想が楽しい。そして、子どもの発想をひきだす先生も素敵。
 
 でっかい でっかい 芋。最後の おならの オチにも 笑えました。

 

 この絵本も、世代をこえて読まれています。


ぼくは あるいた まっすぐ まっすぐ

2025年03月31日 | 絵本(日本)

   ぼくは あるいた まっすぐ まっすぐ/マーガレット・ワイズ・ブラウン・作 坪井郁美・文  林明子・絵/ペンギン社/1984年

 

 マーガレット・ワイズ・ブラウンの短編(1944年!)を、日本人コンビが絵本にしたもの。

 おばあちゃんからでんわが。
 ひとりでおいでといわれて、「ぼく」は おうちの まえの みちを まっすぐ いって いなかみちを まっすぐ まっすぐ、おばあちゃんのところへ むかいます。

 建物がならんだ街をまっすぐすすんで、野原、畑を通り、林の中、丘を越え、ぶつかったのは、馬小屋。犬小屋、蜜蜂箱にびっくりして、ようやくついたのは、おばあちゃんの家。
おばあちゃんは、大きなケーキを用意してくれていました。

 「ぼく」は、つぎからつぎへと はじめてのことに であいます。
 道端の花、ちょうちょ、野イチゴ。馬とか犬が はじめてというのは ご愛敬でしょうか。

 うすい緑の色合いが、やさしい雰囲気を醸し出しています。

 

 丘を後ろ向きで登り、後ろ向きでおりるのは?

 途中に丘や川があって、まっすぐ あるくのは 障害になるのですが、おばあちゃんが、「一人でおいで」と、いったのは「困難にぶつかっても、のりこえられるよ」というメッセージを 伝えたかったのかも。


子どもたちの遺言

2025年03月30日 | 画集・写真集

   子どもたちの遺言/谷川俊太郎・詩 田淵章三・写真/佼成出版社/2009年

 

 三十数編の詩と、生まれた瞬間から、成人までの写真のコラボ。

 写真がさきか? 詩がさきか? あるいは同時だったのか?

 笑顔の子、何かに夢中になっている子、ふざけている子、どこかで見たことのある自然な表情。忘れていた過去が重なります。

 

 子どもの目線で、願い、感動、不安、希望、感謝がうたわれていました。

 

 どきりとします。

 ・お化けや地震がこわい。でもお金がないのはこわくない

 ・わたしは幸せです でもわたしが幸せなだけでは 世界はよくならないと思うのです 違いますか?

 ・ころんだら起き上がる 迷ったら立ち止まり・・ 雲を見る 風を聞く そして話し合う 友だちと

 

 「生まれたぼく まだ眼は開いていないけど まだ耳も聞こえないけど ぼくは知っている ここがどんなにすばらしいところか」に 答えられているのだろうか?

 あとがきにある、「うまれたばかりの赤ん坊に遺言されるような危うい時代に私たちは生きている」に、同感。


峠の老い桜

2025年03月29日 | 紙芝居

   峠の老い桜/脚本・絵 北川 鎮/雲母書房/2011年(14場面)

 

 もう何百年も、峠を越える人々を見守ってきた桜の木。

 村を訪れる商人や、郵便屋さんの道しるべになり、村を離れたものが故郷を思い出すのも、隣村へ嫁ぐ花嫁と家族の別れの場にもなっていました。

 村の人たちは、この年老いた桜を”桜じいさん””と呼んで、まるで村の鎮守様とおなじように、大切にしていました。春になると、満開の桜の木の下で、ご馳走を持ち寄り、酒を酌み交わしながら楽しくすごしていました。

 何年も愛されてきた桜じいさんですが、年にはかてず、あちこちが弱くなり、自分の力でな、枝をささえられなくなってきました。村の若い衆が、桜じいさんを杖で支え、肥料をやって世話するようになりました。

 だが、戦争が激しくなって、ちいさな山奥の村からも、若者がつぎつぎと兵隊にとられ、桜の木が、別れの場になりました。若い働き手がいなくなった村では、いつしか桜じいさんの世話まで、手が回らなくなりました。虫に食われ、雨や風、冬の寒さに耐えられなくなった桜じいさんは、大きな台風で折れてしまいました。

 長い戦争がおわり、いっしょに征った何人かは、ちいさな白木の箱に入り、友人の胸に抱かれ、無言で帰ってきました。生きて帰ってきた二人は、「戦地では、ちらい時も苦しい時も、いつもいつも、桜じいさんのことを思い浮かべて生きてきました。夢もみました。」と、桜じいさんにむかって敬礼をしました。

 翌年の春、倒れた桜じいさんの始末に集まった若い衆は、桜じいさんの木株から、若い枝が何本か元気よくのびているのを 見つけました。これは戦地で散って逝ったあいつらの生まれ変わりに違いないと、村人は、戦争で失った夫や息子をしのび、それと同じ数の若い桜の木を育て、そのそばに、ちいさなお地蔵さんをたてました。

 それから何十年かたって・・・。

 

 桜は、日本人にはかかせない木。
 

 新しい道路ができて、峠の道を通る人はいなくなりましたが、峠の桜は、これから、どんな時代を見続けるでしょう。


俳句はいかが

2025年03月28日 | 五味太郎

   俳句はいかが/五味太郎/岩崎書店/1994年

 

 いくつかの段落にわけられ、五味さんの俳句論?が 自由に展開していきます。

 絵本といっても、絵?は、グレーの地に、白字でえがかれた線があるだけ。

 敷居が高い俳句ですが、五味さんがいうと 面白さがいっぱい。

 松尾芭蕉や小林一茶など、小中学校で習った有名な俳句を五味流で 読み解きます。もちろん、ご自身の俳句も。

  「閑や岩にしみ入る蝉の声」
  「秋深き隣は何をする人ぞ」

 何十年たっても小中学校で習ったことが、スムーズに口にでてくるのも、俳句の不思議さでしょうか。

 

 「ひとつの言葉にひとつの意味、ひとつの問題にひとつの答え、を尊ぶ精神には俳句はなじみません。俳句は試験問題にもなじみません、。言葉はうごく、言葉はゆれる、言葉は旅をする、そう、言葉すなわち人だからね、ということをあらためて俳句は思い起こさせます。」

 学校のテストのためにおぼえた俳句ですが、それはそれで、いつまでも残っているのも 俳句の良さでしょう。

 

 五味さんの一句。

 「走査線すり抜けて来る訪ね人」

 季語がないようだが、ブラウン管の細い線は、春の感じと、五味さん。作家には、言葉だけでなく感性も必要不可欠。


桜と椿

2025年03月27日 | 日記

    

 

一昨日開花した陽光桜。午前中は三輪だったのが、午後には五輪。

それが、一日おいて 満開に近い。20度以上の日が、つづいた影響か。

ちかくにあるソメイヨシノは、一輪咲いた。

一方、満開はすぎた椿のほうは、まだまだ 頑張っています。


いいこって どんなこ?

2025年03月27日 | 絵本(外国)

  いいこって どんなこ?/ジーン・モデシット・文 ロビン・スポワート・絵 もき かずこ・訳/冨山房/1994年

 

 うさぎのハニーぼうや、そとでなにかあったのか、おかあさんに、「いいこって どんなこ?」と聞きました。

 「ぜったいに なかないのが いいこなの?」
 「いいこって つよいこのこと?」
 「おこりんぼは いいこじゃ ないよね」

 つぎつぎと 質問する ハニーぼうや。

 ハニーぼうやの どんな質問にも、おかあさんは、こどもに よりそって 答えます。

 

 ハニーぼうやの 質問は、日ごろ、親が言っていること裏返しでしょうか。「なかないで」「つよくなれ」などは、つい いいがちな ことば。

 いい子、いい子っていうのは、子どもを縛ってしまう ことば。

 

 ハニーが、「おかあさんは ぼくが どんなこ だったら いちばんうれしい?」ときくと、「ハニーは ハニーらしく してくれるのが いちばんよ」という、おかあさんの境地には わかっているけれど、なかなか なれないのかも。

 

 絵はちょっと重苦しい感じで、もっと 明るくても よさそうです。


山父退治・・高知

2025年03月26日 | 昔話(中国・四国)

      高知のむかし話/土佐教育研究会国語部会編/日本標準/1976年

 日本の昔話には山姥がよくでてきますが、山父というのはでてきません。そういう意味では、めずらしい話です。

 

 土佐の国の国境の山の中に、宮ん谷という村があった。その村からは阿波の国へむいて、ひとすじの山道があった。

 この山道に山父があって人を食うという、うわさが広がり、人がばったり通らんようになった。旅の男がこの山道を通ったとき、急な雷と大雨で、岩屋に逃げ込んだが、もう旅人は、おらんかったという。なんでも岩屋と思ったのは山父の口の中だったという。

 村のもんがこまったときに、年若い村長の郷垣権之丞が、ひと月かかって千本の矢をつくり、太い太刀、おばのつくってくれたにぎりめしのふくろをもって、山父退治にでかけた。

 ここが一番と思ったところのまわりの木を切ったりして、ええ矢場を作った。
 腹ごしらえしていると、急に空が曇ってようすがおかしい。いそいで岩場のてっぺんで、火をたいた。そのへんが煙でいっぱいになると、山父が一番嫌いという女の髪の毛を、パチパチもえている火の中へ放り込んだ。においは、山風が吹いてきたので、山のうねをこえていった。権之丞が、「山のぬし、山父、よく聞けえ。きょうはゆるさんぞう。退治にきた」と、なんども呼ぶと、山がくろくなって、山や木が動き出した。よくみると、山か大岩がうごいてくるので、権之丞はそれにむかって矢を射かけたが、それでも山父はどんどんちかよってくる。山父は、はっきり見えるところまでくると、真っ赤な目を光らせて、ひとのみにしようとした。

 権之丞が、「千本の矢がつきてしもうた。村の衆は権之丞につづけ」と、大声で叫ぶと、山父は、矢が尽きたと思って、目の前までちかづいた。権之丞がかくしもった宝の矢を、山父の光っている目の真ん中に射かけると、山父は悲鳴を上げて、すみかへにげだした。

 天は真っ黒になって、山なりはするし、おおきな木がぐらぐらしてたおれ、山のはしがくずれおちた。山父は、「みつぼうし山の太郎ちちも、かがまし山の次郎ちちも、にどと、郷垣権之丞をあいてにするな」とさけび、きえてしまった。

 それからは、だれも山ごししても食われんようになった。けれども郷垣の家では、山父のたたりか、七代の間、男の子がうまれなかったと。

 

 山父はひとりではなく、みつぼうし山、かがまし山にもいるというから、続きを期待してしまう。


みっつのふえを もらった ヤーノシュ・・ハンガリーの昔話

2025年03月25日 | 絵本(昔話・外国)

  みっつのふえを もらった ヤーノシュ/ハンガリーの昔話/洞野 志保:再話・絵/福音館書店/2025年こどものとも通巻827号

 

 助けたものに助けられる定番と言える昔話。

 貧しい夫婦の一人息子が、仕事を探して旅に出ます。
 旅のとちゅうで、アリ、カラス、ちいさなさかなをたすけ、ふえを三つもらい、黄金の城にたどりつきます。

 王さまから、三つの仕事をすべてやりとげれば ほうびをやるが、失敗すれば首を はねるといわれ、 ヤーノシュはふかくかんがえず、返事をしました。

 一日目の仕事は、畑にかりとった きびのやまを、くずさず、きびのみだけを わけること。
 二日目は、三人の娘の 見張り。
 三日目は、海に落ちた王さまの 金の指輪を探す出すこと。

 

 アリは、きびのやまを、くずさず、みを あつめました。

 王さまの娘は、カラスに姿を変え、月にすわっていましたが、カラスは、むすめたちに、 たづなをつけ お城まで飛んで帰りました。

 海に落ちた金の指輪は、おおきなさかなのくちから、指輪をくわえた ちいさなさかなが とびだしてきました。

 

 アリ、カラス、ちいさなさかなに助けられ、すべての仕事をやりとげたヤノーシュに、王さまは、娘の一人と結婚してもよいし、馬車三台分の金貨を あたえるといいますが、ヤーノシュは、貧しい両親に、金貨をもってかえることを選びました。

 

 全体的に 沈んだ色で 表現されているのは、仕事をする前の不安感でしょうか。すべての仕事をやり遂げた城中の場面は あかるく 描かれています。


北国の雪は、まだ残っているのだろうか?

2025年03月24日 | 日記

昨日はほとんど夏日。

今日は一日くもりで、気温の割には肌寒い感じ。午後4時過ぎからは雨。

なにか へんな気候。

桜の開花もちらほら聞かれるようになった。

家にある陽光桜は、開花宣言とはいかないが、ちらほら咲きはじめた。ちかくにあるヨメイヨシノは、まだ時間がかかりそう。

北国の雪の状況は あまりニュースにならなくなったが、たぶん、家のまわりの雪は まだまだとけず、のこっているのだろうか。


小さな半分のおんどり・・フランス

2025年03月24日 | 昔話(ヨーロッパ)

     なぞとき名人のお姫さま/山口智子:編訳/福音館書店/1995年初版

 

 ふたりの息子が、ひとつのたまごをわけてもらい、ひとりは半分のたまごをやいてもらい、もうひとりは、たまごの半分を食べないで、それをあたため、うまれた小さな半分のおんどり。
 ある日、小さな半分のおんどりは、むくむく力がわいてきて、外で砂をほっていると、金貨の詰まった財布をみつけた。小さな半分のおんどりは、その財布を、じぶんの小さな主人のところへもっていこうとしたが、とおりかかった男が、それを見つけ、どんどん道をいってしまった。

 小さな半分のおんどりは、小さな主人にいわれ、財布をとりあげた男をおいかけました。

 おいかけるとちゅうで、おおかみ、きつね、河、モンスズメバチを、おしりにいれて男の家につきました。

 男が、小さな半分のおんどりを、ラバたちのところへとじこめると、おおかみが。七面鳥の小屋にほうりこむと、きつねが。かまどで焼いてしまおうとすると、河が。夫婦の間にはさんで、ぎゅうぎゅうしめつけて殺そうと思うと、モンスズメバチがでてきて、財布をとりもどすことに成功します。

 

 ヒヨコが、連れをのみこんだり、羽にいれたりする類似の話が多いので、びっくりしないのですが、よりによって、おしりにいれるとは!
 夫婦が あいだにはさんで、押しつぶそうとするのもユニークな方法!。

 

 半分のたまごからうまれた小さなおんどり。 足は?からだは?
 想像力と言われても、ちょっと どんな絵を描いたものやら。


わたしのすきなやりかた、ぼくのすきなやりかた

2025年03月23日 | 五味太郎

  

どちらも1998年9月の発行(偕成社)

姉妹本で、二冊同時に読んで 楽しさ倍増。どっちから読むかでなやむところ。

「わたしの すきな やりかた」

「えいようまんてん バランスのよい しょくじ」「いつもせいけつ すぐ せんたく」

「あいするものを えがく」「まいにちコツコツ ともかくれんしゅう」「ちいさい いのちをいとおしむ」「そうじは すみからすみまで てっていてきに」・・・。

ところが、おかあさんにつきあわされている ぼくは 微妙な 表情。

絵のモデル、バイオリンの練習につきあわされて・・・。掃除中の避難場所に苦労させられて・・。

じぶんの時間を ゆっくり たのしみながら かんぺきな おかあさんのようにみえて、「ともだちとたいせつなおはなしをすること」って、いいながら お菓子を食べながら ダベリング。「じっくりと おんがくに みみを かたむける」っていいながら、いつのまにか 寝落ちする おかあさん。

おかあさんが ずっこけると ぼくは 笑顔。

 

「ぼくの すきな やりかた」

ぼくのほうは 絵が主役。「わたしの すきな やりかた」とペアになっていて。

「床の紙をはみ出して 絵を描く」「みみずを かう」「そうじをしているわきで おもちゃを ちらかす」「トイレは たちションで」

 

こちらは、わたしの なんとも めいわくそうな 表情。

 

「なんだけれど・・」といいながら、本心でないことも うかがいしれる にくい つくり。 

「母と子」があったら、「父と子」「母と父」だったら、どんなふうに なる?。


水のはなし・・水をめぐる冒険の旅へ

2025年03月22日 | 絵本(外国)

   水のはなし/水をめぐる冒険の旅へ/オリガ・ファジェーエヴァ:文絵 横山 和江・訳/鈴木出版/2025年

 

 「地球にはどのくらいの水があるの?」、「どうして雨がふるの?」、「地下水のはなし」からはじまって、めずらしいのでは、「水にまつわる神々と英雄たち」、さらに、深刻な問題になっているマイクロプラスチックまで、水に関する科学的知見が、網羅されています。テーマ別になっているので、全部をいっぺんに読む必要がないので、気軽に読めそうです。

 ・人間は、水なしでは数日しか生きられない。年を取るにしたがい、水分量は少なくなる。
 ・世界の人口の四分の一の人が安全に管理された飲み水をつかえない。
 ・世界一幅がひろい湖、落差世界一の滝、世界で一番規模の大きい滝も紹介されていて、地図と照らし合わせて見ることもできます。

 

 断片的な知識を、体系的にみれるのが、科学絵本の良さ。

 

 本文はもちろんですが、表紙の見返しにある雑学的なものも面白い。

 ・世界の海底には、約300万もの難破船が沈んでいる・・300万ときいてびっくりだが、人類5000年の歴史上、不思議ではなさそう。

 ・約20億年前の水と考えられているのが、カナダのオンタリオ州にあるでディミンズ鉱山で発見された水

 ・海底火山の100度をこえる水温にたえられるのが、カレイの一種イデユウシノタケ

 ・ハワイのオアフ島で、1939年から1940年に連続331日間、雨がふった。

 

 人類を育んでくれた広い海や水が、いま危機的状況にありますが、この危機は、歴史の上では、つい最近のことです。