どんぴんからりん

昔話・絵本いろいろ。語るのを目的としたものでしたが・・。それにしてもまるで森に迷い込んだ感じです。(2012.9から)

ちいさなたいこ

2018年08月14日 | 絵本(日本)

             ちいさなたいこ/作:松岡 享子 絵:秋野 不矩/福音館書店/1974年月刊「こどものとも」発行/2011年


 「ちいさなたいこ」というタイトルで、表紙の絵はかぼちゃ。たいことかぼちゃの組み合わせ?。

 もう、年をとって、あまり働けなくなり、遠くの田んぼを、人にゆずり、今では、家のまわりの畑に、僅かの野菜を作って暮らしていた老夫婦。

 その畑にかぼちゃがよくみのり、なかにひときわ大きく目だって、つやのいいかぼちゃが一つ。

 ある日、このかぼちゃから楽しそうな祭囃子がきこえてきます。かぼちゃから、ひとすじの光がもれていて、光のさしているところを指でちょっとおすと、丸い穴が。
 穴をのぞいてみると、親指ほどの大きさの男や女、三十人ほどが輪になって踊りをおどっています。

 それから、このお囃子を聞き、踊りをみるのが老夫婦の楽しみになります。

 ところが、いつもの時刻になってもお囃子がきこえなくなって、穴をのぞいてみると、太鼓打ちの男が腕組みをしてつったっています。どうやら太鼓が破れたようでした。

 そこで、おじいさんおばあさんは、何とか工夫して、小さな太鼓をつくり、かぼちゃの穴にいれてやります。すると、まもなく、いせいのいい、お囃子の音が聞こえてきます。

 その次の夜、穴のふちに米粒のようなものがおいてあります。

 「おれいのつもりでしょう」「なんとやさしいこころねだ」と、口に入れると、二人のからだはどんどんちさくなって、あっというまに親指ほどの大きさになってしまいます。

 そのまま、二人はかぼちゃのなかにはいって、踊りの輪にくわわります。
 
 おじいさん、おばあさんは、かぼちゃのなかの国で、いつまでも楽しく くらしますから、そこは、多分極楽だったのでしょう。

 小さな太鼓の胴は竹、そとがわは、どんぐりのかわ、かわは、しぶをぬったうすいかみとなかなか手が込んでいます。

 創作昔話でしょうか。


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ふしぎな財布・・ユダヤ

2018年08月13日 | 昔話(外国)
            お静かに、父が昼寝をしております/母袋夏生:編・訳/岩波少年文庫/2015年


 「むかし、ブルガリアのある村に、貧しい農夫がいた」とはじまり、ブルガリアの昔話であることがわかりますが、ブルガリアにすむユダヤ人に口承されてきた話です。

 ある国の昔話といっても、さまざまな民族で構成されている国では、ルーツは民族の間で語りつがれてきた昔話であることもおおそうです。

 ほんとうに貧しい農夫が、神さまにおねがいして手に入れたのが財布。

 天の声は、「財布には金貨が一枚、入っている。おまえがその金貨をとりだすと、また金貨が財布の中にわいてくる。だが金貨をつかいたかったら、まず財布を川に捨てなければいけない。もし、捨てる前に金貨を使ったら、財布は魚に、金貨はうろこにかわってしまう」と告げます。

 農夫はうれしくて、夜通し、次の日は一日中財布から金貨をとりだしつづけます。

 家に食べるものがなくなっても、農夫は金貨に手をつけようとしません。物乞いをしながらあと一袋、あと一袋と金貨を取り出し続けます。

 結末は? 結局農夫は金貨を一枚も使うことなく、あの世に旅立つことになりますが・・。

 金貨は十分にあったはずなのに、財布とわかれることがつらいとは。あああ!。

 人間の欲望にはきりがなさそうです。


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ほたるホテル

2018年08月12日 | 絵本(自然)

               ほたるホテル/カズコ・G・ストーン・作/福音館書店/1995年


 夏といえばホタル。

 夏の間にひらかれる「ほたるホテル」。

 ホテルのベッドを準備するのは、ばった、かたつむり、くも、あり。
 それぞれに名前が。ばったはトビハネ、かたつむりはキララ、くもはセカセカ、ありはセッセ家族。

 花のベッドは、つゆくさベッド、ねこじゃらしベッド、しだ、すかんぽ、くさふじベッドと、どれも素敵なベッドです。

 千客万来。くさかげろうのミドリさん、かみきりむしのシマシマさん、とんぼのピューさん、てんとうむしのテンテンさんなどなど、昆虫がせいぞろい。

 カマキリのおばあさんがやってきますが、そんなにおおきなベッドは用意していませんとことわられると、カマキリおばあさんは、のぶどうのつるで、おおきなベッドをつくります。でも、みんなはこわがってカマキリおばあさんのそばに いこうとしません。

 やがて 日が沈んで、あたりが うすぐらくなってきたとき「ほたるホテル」のあかりがともりますが、そこにやってきたのは、かえるのピョンタ。
 かえるさんのベッドは用意していないと、こわごわことわろうとすると、それならおおあばれするぞと、ピョンタは、看板をゆすって、おおあばれ。
 みんなうろうろしていると、カマキリおばあさんが、とっときの方法を!。

 昆虫の大集合で、夏に読みたい絵本です。

 舞台はおおきなおおきな柳の木の下の小さな小さな村。
 「やなぎむらのおはなし」というシリーズになっているようです。

 今の子どもたち、ホタルを見ようとしたら遠出をするしかなさそうです。


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ヨリンデとヨリンゲル

2018年08月11日 | グリム(絵本)

          ヨリンデとヨリンゲル/作:グリム童話 ベルナデッテ・ワッツ・絵 若木ひとみ・訳/ほるぷ出版/1982年


 昔話では、若者(ヨリンゲル)と娘(ヨリンデ)がでてくると、結末で結ばれるのがほとんど。
 ところが、この話では、二人は、はじめから恋人同士。

 間もなく結婚することになっていましたが、ふたりきりになりたくて、二人が森の中へはいっていくと、ヨリンデが魔女によって、ヨナキウグイスにかえられてしまいます。

 ヨリンゲルも魔法をかけられ、石のように動くことも、なくことも、しゃべることができなくなりますが、魔女は「こんばんわ、ツァヒエル、お月さんがかごのなかをてらしたら、はなしておやり。ツァヒエルや、ちょうどいいときをみはからってな」と呪文をかけると、ヨリンゲルの魔法はとけます。ヨリンゲルが、ヨリンデをかえしてくれるように頼んでも、いじわるく「もう、にどとヨリンデにはあえまいよ」と言い残して、姿を消すます。
 魔女が、わざわざ、ヨリンゲルの魔法をとくのは昔話らしいところです。

 魔女はお城に住んでいて、この城にちかずくのが若い娘だと、娘を小鳥の姿に変え、籠に閉じこめて城の部屋に連れていきます。こうした鳥かごが、もう7000個もありました。

 どうすることもできなかったヨリンゲルが、ある夜、まんなかにおおきな真珠のついた赤い花をみつける夢をみます。
 その花でさわったものはなにもかも、魔法とけてしまうというものでした。

 ヨリンゲルは、山を越え谷をぬけ、さがしにさがして九日目に、ついにこの花を見つけます。

 ヨリンゲルは、この花をもって魔女の住む城まで走り続けます。

 この花で魔女にさわると、魔女は、根が生えたように、その場に釘付けになり、魔法をかけることができなくなってしまいます。


 話としてはシンプルですが、ワッツの深い森にある城、白い鳥かご、魔女の絵が、この話にぴったりです。

 不思議なことに、魔女は7000羽もいる小鳥に、えさをやっていますから、娘を小鳥に変えて、人の不幸を楽しんでいたのでしょうか。

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イニーゴ・・フィリピン、黄太郎青太郎・・タイ

2018年08月10日 | 昔話(外国)
 見方ひとつでまったくちがうものに見えてくる話。

・イニーゴ(フィリピンの昔ばなし/カラオの洞窟/荒木博之:編・訳/小峰書店/1989年)

 イニーゴという若者が、一人の老人とあい、一緒に旅することに。

 この若者、老人の家が40キロ先にあると聞いて「何とかその道を短くできませんか」といいます。
 若者は、
  くつをはかずに、ひもでくくって肩にかけています。
  カンカン照りのところでは傘を閉じて、涼しい木陰で、こうもり傘を開いて頭の上にさしかけます。
  川を渡るときは、くつをはき、岸につくとくつをぬぎます。

  死んだ人を担架にのせてくる一行に会うと「あの人はいきているんですか」
  田植えをしている人をみると「米を食べちまって、それでも米を植えているんだね」という始末。

 老人は、若者がおかしなことを言っているなと思いましたが、老人の娘は、まったく別の意味にとらえます。

 「道を短くできませんか」・・「長い道のりでも面白い話をしてくれたら短く感じられる」
 「日照りの道で傘をすぼめて歩き、木陰に入ると傘を開く」・・「木陰では枯れた木の枝が落ちてきて、頭にけがするかも」
 「川を渡るのにわざわざくつをはく」・・「川にはとがった石などがあるから、けがをしないように」
 「死んだ男が生きているか聞かれた」・・「魂が生きているか聞いたのよ」

 もうすこし、やりとりがありますが、娘のいうことがもっともという感じです。


・黄太郎、青太郎(アジアの昔話4/松岡享子・訳/福音館書店/1978年)

 むかし、夫婦にイムという姉とオーンという妹がいました。
 父親はイムに黄太郎という青年を婿に、母親はオーンに青太郎という青年を婿にえらびますが、夫婦は互いの婿が気に入りません。

 ある日、父親は青太郎、黄太郎の二人を連れて、遠い田んぼにでかけるため、舟で出かけます。
 途中、父親は二人をためそうといくつも質問をします。
 
 「なぜペリカンは、水に浮くことができるのかね?」
 黄太郎「からだじゅうにびっしりはねがはえているからですよ」
 青太郎「もともと、うくようににできているからですよ」

 「なぜコウノトリは、大きな声でなくのかね」
 黄太郎「首が長いからですよ」
 青太郎「もともと、大きな声でなくもんだからですよ」

 「なぜペリカンは、水に浮くことができるのかね?」
 黄太郎「からだじゅうにびっしりはねがはえているからですよ」
 青太郎「もともと、うくようににできているからですよ」

 「なぜ外がわの葉は赤くて、内がわみどりなのかね?」
 黄太郎「外がわは、日にあたるので赤く、内がわは、かげになっているので、みどりなのですよ」
 青太郎「もともと、そうなんですよ」

 たんぼをみて「なにひとつそだっていないたんぼと、稲があおあおとみのっているのはどうしてちがうのか?」
 黄太郎「あれている田は、海からのしお水が流れ、もうひとつの田は、真水だからですよ」
 青太郎「もともと、そうなんですよ」

 青太郎の答えを聞いた父親は、青太郎はまぬけな婿だと妻にガミガミいいます。

 しかし、母親が、お気に入りの婿に尋ねると、青太郎は言います。
 「はねの生えていないココナツの実だって浮きます」
 「ガマガエルも、長い首こそないけど、大きな声でなきます」
 「スイカは、日のあたる外がわみどりで、日にあたるはずもない内がわが赤い」
 「はげ頭の男の頭の中をしお水が流れていますか」

 もっともらしくても、かならずしもそうだとは限りません。反証をあげることも可能です。
 婿自慢もほどほどに。
 フィリピンの「イニーゴ」を読んで、タイの「黄太郎 青太郎」を思い出しました。
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うみぼうず

2018年08月09日 | 絵本(昔話・日本)

              うみぼうず/岩崎 京子・文 村上 豊・絵/教育画劇/2000年

 お盆はどの村も漁はしないきまり。

 ところが元気な若者たちは、「海は ないで 風はなし、こんな日に船をださんでどうするだ」と海に出て、網を流すと、すぐに魚がかかって、たちまち船は魚でいっぱい。

 よろこんでいると、どこからか霧がわいて、あっというまに、どっちが岸か見当もつかなくなってしまい、波が騒ぎ、船もゆれだします。

 霧になかからでてきたのは、まっくろい のっぺらぼうの海坊主。
 海坊主が、ざぶう ざぶうと 波を掻き分けつかずいてきて・・。

 この海坊主、なかなか迫力があります。

 表紙の絵、タコみたいと思っていたら、若者が真っ青になった顔のようです。

 きまりをあまくみると、何がおこるかわかりません。
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ファンと空飛ぶ三頭の馬・・フィリピン

2018年08月08日 | 昔話(外国)
               フィリピンの昔ばなし/カラオの洞窟/荒木博之:編・訳/小峰書店/1989年

 
 日本の昔話には、馬が出てきても空を飛ぶという発想はなさそうです。

 この話では、白、黒、赤い馬が空を飛びます。
 この馬が、お城の庭の木の葉を食べると、きまって王さまが病気になっていました。

 誰のせいかようすを見に行ったのは、三人の王子。
 上の二人は12時を過ぎると、眠気がおそってきて、誰が、木の葉が食いちぎったのかわかりません。

 末の王子ファンはナイフとレモンをもっていき、眠気におそわれると、ナイフで指を切り、その上にレモンをたらし、一晩中起きていることができたのです。
 13時には白馬、14時には黒馬、15時には赤馬がやってきて、木の葉を食いちぎろうとしますが、ファン王子は、そのたびに馬をみごとに乗りこなします。馬はへたばって、「ご用のあるときは、いつでもお呼びください。すぐにとんでまいります」といって、天空のかなたにとんでいきます。
 そして、王さまの病気は、すっかりとよくなります。

 それから何年かたち、「良い嫁をみつけて、わしを安心させてくれ」という王さまの言葉で、三人の王子は妃を探すたびにでます。
 上の二人が馬小屋の立派な馬で駆け出し、馬小屋に残されたのはやせた老馬だけ。それでも白馬、赤馬
、黒馬のおかげで、ファン王子は兄たちにおいつきます。

 ある一軒家で宿を頼むと、おばあさんから、「婿を探しているという美しいお姫さまが、城の塔を馬で飛び越えた者のおよめになる」ということを聞きますが、これまで誰も成功したものはいないというのです。

 上の二人の王子が挑戦しますが無駄でした。ファン王子は、白、黒、赤の馬のおかげで城の塔を一気に飛び越えたのはいうまでもありません。

 三人の王子が出てくると、上の二人に残酷ともいえる結末がおおいのですが、どこか遠くの国にかくれてすんでいるうわさがきこえてきたというおわりかたです。

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ティギィの鳥・・フィリピン

2018年08月07日 | 昔話(外国)
              フィリピンの昔ばなし/カラオの洞窟/荒木博之:編・訳/小峰書店/1989年


 2,3羽のティギィの鳥が、テインギャン村のリギィという若者に声をかけます。

 稲を刈らせてくださいなというのです。

 もちろん鳥に稲刈りができるはずがないと思ったリギィでしたが・・。

 リギィの姿が見えなくなると、ティギィの鳥は戻ってきて、魔法を使って稲を実らせます。

 びっくりしたリギィでしたが、鳥は稲刈りは自分たちのまかせてほしいと、リギィを家にかえらせます。

 鳥たちは稲狩り鎌に稲を刈らせ、わらに稲を束ねらせます。

 リギィは、五百束の稲が刈り取られているのをみて、刈り上げのお祭りにくるようにいいます。

 お祭りにやってきた鳥たちでしたが、夕方になると人間の国にながくいることはできないからと、空高く飛び去っていきます。

 リギィが鳥を追いかけ、バナアシの木のところにくると、鳥たちが羽の衣を米の倉にしまいこもうとするところでした。

 するとたちまち、一人の美しい娘があらわれます。魔法がかけられて、ティギィの鳥にされていて、稲刈りを手伝ったら人間の姿にもどることができたのでした。


 魔法がとける方法も色々出てきますが、稲刈りの手伝いをすると魔法がとけるというのもはじめて。

 稲作の国ならではの展開です。
 
 ティギィの鳥、バナアシの木という、これまで聞いたことがないものもでてきます。
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あたまにつまった石ころが

2018年08月06日 | 絵本(外国)

          あたまにつまった石ころが/キャロル・オーティス・ハースト・文 ジェイムズ・スティーブンソン・絵 千葉 茂樹・訳/光村教育図書/2002年


 おはなし会のプログラムにあったので読んでみました。

 図書館の閉架図書にあって、普段目につかないところにありました。閉架は職員をとおさないと借りられないので、気がつかないとスルーしそうです。

 娘が夢をおいもとめた父親をえがいています。

 石というとなんの役にもたちそうにもないのですが、好きなことをとおして、博物館の鉱物学部長になった父親。
 本文にはでてきませんが、そうとうの年になってから、働きながら大学に通い、科学博物館の館長に就任しています。

 「あいつは、ポケットにもあたまのなかにも 石ころがつまってるのさ」といわれて育った父親。
 ただ、それだけではありません。ガソリンスタンドを経営しながら、当時フォード社がだしたT型フォードの修理用の部品をあつめます。
 ガラクタが売れるわけないだろうといわれながらも、飛ぶように売れ始めた車の部品。先見の明もあったようです。しかし大恐慌がおこりガソリンスタンドも車の修理の仕事もなくなってしまいます。

 ガソリンスタンドには、父親が集めた展示コーナーもあったのですが、石はやがて屋根裏部屋へ。

 仕事が見つからず、博物館通いをしていた父に声をかけたのは博物館の館長のグレース・ジョンソンさん。
 屋根裏部屋の石のコレクションをみた館長は、父親に夜の管理人にならないかといいます。

 やがて石を歯ブラシでみがき、まちがっている石のラベルを書き換えたりと、誠実な仕事ぶりが認められて・・・。

 好きなことに打ち込んでいると、それをちゃんと見ていてくれる人もいます。
 目先のことに右往左往しがちですが、それはあまりいい結果には結びつききません。そんなことをおしえてくれます。
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気だてのいいエルテ・ベルゲン・・ロシア

2018年08月05日 | 昔話(外国)
               世界のむかし話 ロシア/田中泰子・訳/ほるぷ出版/1988年


 昔話では時間のたつのはあっというま。

 二人とも百歳のおじいさん、おばあさんが魔法使いのシラカバにお願いして、髪は金、からだは銀の男の子がさずかります。
 一時間ごとにおおきくなり、5年たつとベルゲンは旅にでかけます。

 7年間馬にのり、それからさらに7年たちます。ベルゲンはベケルジュニという怪物にとらえられていたむすめのために、怪物とたたかうことに。

 このたたかいがすごくて、9年間たたかいつづけますが決着がつきません。次には火の海で9年間戦い続け、さらに空で9年間。

 戦いに勝って、むすめと馬にのって7年間たって、自分の家にかえりつきます。

 計算するとベルゲンの年齢は53になります。それでも計算する人はいないでしょうから話としてなりたつのでしょう。
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「三枚のお札」いろいろ

2018年08月03日 | 昔話(日本)
 一つの昔話でも、地域や伝承者によって細かい点で異なっている場合も多く、これに再話を含めると、さらに混乱するところもある。

 「三枚のお札」も
 ・小僧さんがでかける目的が、栗拾いだったり、山菜取り、花を摘むなどさまざま。
 ・札も、和尚がくれたり、便所の神様がくれたりする場合もある。
 ・そして、最後の場面もさまざま。
    豆にばけた鬼婆を、和尚が食べてしまう。
    和尚は小さくなった鬼婆を壺に閉じ込め、お経で封印してしまう。
    鬼婆を小さな虫に化けさせ潰してしまう。
    和尚の機転で小僧が鶏のマネをすると、鬼婆は夜明けを恐れて山に逃げ帰っていく。
 など。

 こうしてみると伝承者の方が楽しんで工夫したかのようにも思える。

 ところで、浜田廣介著の「こぞうと鬼ばば」(世界民話の旅9 日本の民話/浜田廣介著/さ.え.ら書房/1970年初版)は、「三枚のお札」と同じ内容であるが、途中の風景を楽しみながら列車にのっている感じになっている。

 豆にばけた鬼婆を、和尚が食べてしまう場面、浜田版では、豆を炉であぶり、火ばしで豆をはさんで、息をふきかけ、たたみの上でさましてから食べる。おまけに和尚の歯がまだ丈夫で、噛み砕く場面まである。
 そのほかのところでも、大分ふくらんでいて、語るには、ほかのものの倍以上の時間を要するので頭がいたいところであるが、すてがたい味のある話にできあがっている。
    

 最近読んだものでは、小僧さんがでかけるのが冬木を山にとりにいくというもの。
 冬木というのは耳慣れないが仏様におそなえするものという。
 小僧さんが逃げ出すとき、針の山、火の山、川がでてくる。
 最後は、鬼ばさが、井戸の中に飛び込んで閉じ込められてしまう。
 ここででてくる鬼ばさの髪にむかでやとかげがいて、小僧さんが真っ赤な火ばしで追うと、鬼ばさはうまそうに食べてしまう怖い場面があります。


     三枚のお札/日本の昔話5 ねずみのもちつき/おざわとしお・再話 赤羽末吉・画/福音館書
店/1995年初版

 1981年ユネスコ・アジア文化センターとアジアの国々が協力して出版されたアジアの昔話に、日本の「三枚のお札」が載っていました。(アジア地域共同出版計画会議・企画 ユネスコ・アジア文化センター・編 福音館書店)


              火と山と川のおふだ/大江ちさと・文 太田大八・絵/トモ企画/1989年初版


 「三枚のおふだ」を大江さんが再話したもの。こぞうさんが、和尚さんから「ほどけさまにあげる はぎの花おってこいや」といわれ、山に出かけます。

 おにばばにおわれた、こぞうさんが、一枚目のお札で火を、二枚目のお札で山を、三枚目のおふだで川をだします。タイトルどうりなのでわかりやすい。
 
 最後、和尚さんのところへおにばばがやってきますが、他の話と違うのは、こぞうさんをつづらのなかに入れてふたをし、天井にぶらさげるところ。おにばばが、天井にはしごでのぼると、はしごがこわれ、はしごの下敷きになったおにばばが、土間に落ちて、骨だけがのこります。

 方言が昔話を彩っています。
 「山おぐには なにがいるかわがんねえ。おそろしいこどにおうだら、このふだをなげろ。せえば、きいつけていってこいや」(和尚)
 「ばばさ、おれ べんじょ いぎとうなった」「かまわねえ、そごにすれ」
 「たまげた」が「たんまげた」です。

 おにばばが山をのぼるのは「わっしわっし」です。
 ”いっつくむかしが とっさけた ながとの ながぶち ぶらーんとさがった”は、結びの言葉です。

 絵もほんとに、昔話風です。

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若返りのリンゴと命の水の話・・ロシア

2018年08月03日 | 昔話(外国)
               世界のむかし話 ロシア/田中泰子・訳/ほるぷ出版/1988年


 ひどく年をとって、目もよく見えなくなった王さまが、遠い遠い国にある若返りのリンゴと、水で目を洗うとみえるようになるという命の水のうわさをきいて、なんとか手に入れようとします。

 王さまは、王国の半分をゆずるという条件をだしますが誰もなのりをあげる人はいませんでした。そこで三人の王子の一番上のフョードル王子が馬にのって出かけ、十字路にでますが、そこにおいてあった石版には「右に行けば自分が助かるが、馬は死ぬ。左へ行けば馬は助かるが、自分が死ぬ。まっすぐいけば結婚する」とかいてありました。
 真ん中を進んでいった王子の前に、うつくしいむすめが。「楽しいことをしたほうがいいわ」という娘について城にいきますが、王子が眠ったとたん、地下の深い穴の中に落とされてしまいます。

 二番目のワシーリイ王子もおなじ運命に。
 二人の王子は地下の穴に落とされても、死ぬことはありません。娘の正体も、最後まで不明です。

 三番目のイワン王子は、左の道、つまり「馬は助かるが、自分が死ぬ」の道を。するとニワトリの足の上にのっている小さな小屋に。
 ニワトリの足といえばバーバ・ヤガーの家。このバーバ・ヤガーは三人姉妹の末。真ん中の姉、一番上のバーバ・ヤガーのところにいきますが、恐ろしく主人公を脅かすのがバーバ・ヤガーですが、ロシアのいつものバーバ・ヤガーとはちがっています。イワン王子は、どこでも親切にされ、リンゴと命の水を手に入れる方法まで教えてくれます。

 リンゴと命の水は、青い目の女勇士シニョグラースカのところにあり、バーバー・ヤガーの姪でした。

 城にでかけ、命の水と若返りのリンゴを手に入れたイワン王子でしたが、見てはいけないといわれたシニョグラースカをみてしまい、おまけにキスまで。

 やがて、シニョグラースカと戦うことになったイワン王子が逃げ込んだ先は、バーバ・ヤガーのところ。三人のバーバ・ヤガーのところからも逃げ出し、今度は戦うことに。
 シニョグラースカはイワン王子を倒し、刀で王子の白い胸をえぐろうとしますが、「殺さないでくれ、それより、ぼくの白い手をとってだきおこし、あまいくつびるにキスしておくれ」といわれて、すぐにイワン王子をだきおこし、あまいくちびるにキスし、三日三晩緑の草原で楽しく暮らし、結婚まで。
 戦った相手と結婚するあたりが昔話らしいところ。

 「本当は、長い間におこることも、お話のなかでは、あっというまにすぎてしまうのはしっていますね」というフレーズが何回かでてきます。
 シニョグラースカがうんだ二人の息子は一時間ごとに大きくなります。

 イワン王子は、二人の兄を助け出しますが、二人の兄から崖の下に投げ込まれてしまいます。

 やがてイワン王子はひな鳥をたすけたことから、ナガイという鳥の背中にのって、王さまのところへむかうことに。

 一時間ほどの長い話で、どんな場面で語られた話でしょうか。昔話は口承されてきたといいますから、話し手がどんどんふくらませたのでしょう。途中が割愛されても十分に伝わってきますが、細部にもこだわっているようです。

 ところで、ソ連崩壊は、1991年12月のこと。この本の出版は、1988年ですからソ連のむかしばなしとされてもおかしくはないのですが、ロシアの昔話とあります。
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そば

2018年08月02日 | 絵本(日本)

               そば/熊谷元一・作/福音館書店/かがくのとも 1981年10月号


 「おそばはなにからつくるのかなあ。」と 疑問に思った、けんちゃんとみつこちゃん。
 お母さんは、田舎のおばあちゃんがおくってくれたそばの種をプランターに植えて・・。

 秋のはじめに、おばあさんのうちにいくと、そば畑に花が一面に咲いています。
 おばあさんは、そばがとれるまでの話をしてくれます。

 種をまき、土寄せをし、秋になると刈り取り。乾かして、脱穀機にかけて、工場で機械ですりつぶし。
そばのこなをこねて、のしぼうでのばし・・・。

 人びとの働くようすが描かれていますが、今はどうでしょうか。機械化されているのかもしれません。

 いつかみた田園風景に懐かしさをおぼえます。

 今は、植物がどうそだつのか見えにくくなっているのではないでしょうか。自然の恵みに感謝です。




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ゆうかんな靴直し・・イタリア、こわさを知らないハンス・・スイス、鋳掛屋と幽霊

2018年08月01日 | 昔話(外国)
 「ゆうかんな靴直し」「こわさを知らないハンス」は、日本の昔話には見られないもので、読んだときにはあまり面白いと思わなかったが、語るのを聞いて、そのリズムに引き込まれました。

・ゆうかんな靴直し(子どもに語るイタリアの昔話/剣持弘子 訳・再話 平田美恵子 再話協力/こぐま社/2003年初版)

ある公爵がもっている屋敷。この屋敷は、中に入った者がだれも生きてもどれないという。
この屋敷で一晩、無事にすごせたら、その屋敷をあげるというのを聞いた貧乏な靴直し。
真夜中、一時のかねがなると
「落とすぞ」という声。
「ああ、落とせ」と靴直しがいうと、腕の骨が一本足元に
何回かおなじやりとりで、うでの骨、胴体の骨、頭蓋骨、足の骨が次々に落ちてきて、その骨が一つになって完全な骸骨に。
骸骨がロウソクをもって
「先に行け」というと
靴屋は「お前が先にいけ」とこたえます。
骸骨は「そのドアをあけろ」「この石を引き上げろ」「鍋を持ち上げろ」と次々にいいますが、靴直しは「お前がやれ」とこたえていきます。
そして、骸骨のいいなりにならなかった靴直しは、金貨の山を手に入れます。
                    

・鋳掛屋と幽霊(明かりが消えたそのあとで/マーガレット・リード・マクドナルド・著 佐藤涼子・訳 出久根 育・画/編書房/2004年)
                    
 幽霊のでるお城、勇敢な男たちが幽霊を退治しようとしますが、誰一人城から無事にでられたものはありません。
 幽霊を退治したものには、金貨で千リアルの褒美をくれるというので、陽気な鋳掛け屋が、生みたて卵1ダース、ぶあついベーコン、ワインの瓶、暖炉にくべる薪をもって、城にのりこみます。

 鋳掛屋のエステバンがベーコンをいためはじめると、暖炉の煙突から男の脚の片方が落ちてきます。
 「オウーーミー-」という声と、もう片足、胴体、腕、頭が次々に煙突から落ちてきます。
 一そろいおちてくると、エステバンの前で、からだのばらばらの部分がくっついて、ちゃんとした人間の姿に。
 この男は、金の袋を三つ、この城の庭に隠したのですが、盗賊たちにおわれて、からだがばらばらにされたのでした。
 金持ちにしてやろうと幽霊と庭に出たエステバンが、三つの金貨の袋をみつけだします。

 マーガレット・リード・マクドナルドは、参考資料をたくさんあげているようですが、訳者のかたは、割愛されたようです。イタリアの「ゆうかんな靴直し」がもとになっているのでしょうか。

 職業が靴直しで、城ではなく屋敷にのりこんで、やはり同じように、ばらならのからだが落ちてきて、完全な骸骨になります。そして、骸骨から金貨の山を手に入れる話です。

 おなじように「落とすぞ」という声と同時に腕や胴体が落ちてきます。
 どちらも、掛け声の繰り返しが楽しい話ですが、こわさをだすには、工夫が必要でしょうか。
 ただ、「鋳掛け屋と幽霊」では、城の様子が「こわさ」を演出してくれているようです。

 「じめじめした空気がながれ」「クモの巣が顔にかかり」「寝屋の上でコウモリが翼をはばたかせ」ています。

 ネズミがでてきてもおかしくはなさそうです。

 鋳掛屋は、鍋やフライパンを修理するのが仕事で、少し前までは?普通だったはずですが、今では修理せず、穴があいたら捨ててしまうので、イメージがわきにくいかもしれません。

・こわさを知らないハンス(世界のメルヒェン図書館4 山のグートブラント/小澤俊夫 編訳/ぎょうせい/1981年初版)

 とてもらんぼうもので、父親のいうことをきかないハンス。牧師さんに相談すると、おどろかしてこらしめてやろうと、教会の塔の時計のねじをまく仕事をさせることに。
牧師がゆうれいのかっこうをして、驚かそうとしますが、ハンスはすこしもおどろかず、逆になげとばされてしまいます。
手に余った父親は、ハンスを遠くへ旅にいかせます。
ハンスは腕っぷしの強さにまかせて、いろいろな冒険をやり、あぶないめにあいながらも、なんとか切り抜けていきます。

 やがて、ハンスは森の中の古びた黒い家に泊めてもらおうとしますが、なかにはテーブルに明かりともっていましたが、だれもいません。
 そこに二人の盗賊がはいってきます。盗賊はこの家を獲物のかくし場所につかっていましたが、この家には悪い幽霊がいて、家のどこかの宝物を守っているらしいと話します。
 ハンスは「三人で宝物をさがしてわけようじゃないか」と提案します。

 真夜中までには、まだ、だいぶ時間があったので、ハンスが食事に準備をしていると、暖炉の煙突から
「にげろ、さもないと落ちていくぞ!」という声。
「かまわん、落ちてこい!」とハンスがいうと、人間のふとももが落ちてきます。
 なんかいかおなじやりとりがあって、うでも首も落ちてきます。
 やがて、ばらばらのからだが組み合わさり、黒い服を着た強そうな大きな男があらわれます。

 死神も悪魔もこわくないハンスは、大男とおくさんに料理を食べさせようとしますが、二人は食べようとはしません。
 おくさんをすくってやるのは何をしたらいいのか尋ねたハンスに、おくさん(真っ白い服を着た女)は、地下室に案内します。
 そこには大きな箱がありましたが、その上には大きな毛むくじゃらの犬とおんどりが。
 ハンスはいとも簡単に犬とおんどりを投げ飛ばします。 
 すると真っ白い服を着た女は、箱のかぎをくれます。
 箱を開けると、その中にはあふれんばかりの黄金が。
 ハンスは黄金をリュックサックにつめて、家にかえります。

 ばらばらになったからだの部分が落ちてくる場面はおなじであるが、「こわさを知らないハンス」のほうは、前段部分も笑える。
 「落とすぞ」
 「ああ、落とせ」という繰り返しが話の世界へ引き込んでくれます。

 またどこか人間の弱さをにじませている靴直しと、豪快なハンスの対照的な描き方も楽しい。

              
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カエルの王さま

2018年08月01日 | グリム(絵本)

          グリム童話 かえるの王さま/ビネッテ・シュレーダー・絵 矢川 澄子・訳/岩波書店/1992年

 はっとするほど美しいおひめさまが泉に落とした大事な金のまり。泣いて悲しんでいるおひめさまに、カエルが声をかけます。
 「真珠や宝石、金のかんむりなどいらない。遊び相手にしてほしい。あんたと一緒のテーブルで金のお皿から食べ、いっしょのコップからのんで、いっしょのベッドにねかせてくれ」るなら、すぐに金のまりをひろってきてあげるといいます。
 
 心の中では「カエルがなにをいっての」と思ったおひめさまが、適当な約束をするとカエルはすぐに、金のまりをくわえてあがってきます。
 おひめさまはいそいで城にかえり、それっきりカエルのことは忘れてしまいます。

 しかし次の日、カエルは城にやってきて・・・。

 「約束をまもらなくてはいかんな」と、王さまからいわれ、ドアをあけると「だっこして、となりにすわらせて」「一緒に食べられるように金のお皿をこっちによこせ」「いっしょにおねんねしたいから、絹のベッドをしつらえてよ」というカエルを嫌悪しながら、また王さまから「こまったときに助けてくれたお方への、ご恩を忘れるなんて、とんでもない」と、いわれ、さらにベッドに横になったおひめさまのそばでゆっくり眠りたいとカエルからいわれると、おひめさまは、こんどこそ頭にきて、カエルを力任せに壁にたたきつけると、床に落ちたカエルはきれいな優しい目をした王子になっていました。王子はわるい魔女の呪いで、カエルにされていたのです。

 自己中心的なおひめさまですが、さすがにカエルと一緒に寝るというのは、我慢できなかったのでしょう。

 最初、この話を聞いたとき、叩きつけるシーンにびっくりしたのを思い出しました。

 ここにでてくる王さま。カエルとの約束をまもるようにさとすのは、おひめさまのわがままに手をやいていたのかも。

 後半に、胸に鉄のたがを三本はめた忠臣ハインリヒがでてきますが、ここまで何の伏線もなく急に登場するので、あれっという思い。

 「たが」は、子どもに理解できるでしょうか。

 カエルが王子に変わる場面は、好き嫌いがわかれそうです。城はカエルの目線で描かれているので奥行きがあります。

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