どんぴんからりん

昔話・絵本いろいろ。語るのを目的としたものでしたが・・。それにしてもまるで森に迷い込んだ感じです。(2012.9から)

昔話の人々のなりわい(日本)

2013年07月31日 | 昔話あれこれ
 昔話の登場人物が何をなりわいとして生活していたかを探ろうとしても意外にもこうした点はさらっと流されているのは、話の進行上あまり重要なものとして考えられなかったのが原因でしょうか。

 日本昔話百選/稲田浩二・稲田和子 編著/三省堂/2003年改訂版から狐や狼など動物の話や、お百姓、山に薪とりに行ったなどを除くとかなり限定されている。

   茶屋(うぐいすの里、手なし娘)
   呉服屋(犬ッコと猫とうろこ玉、手なし娘)
   魚屋(狐と狼)
   大工(大工と鬼六)
   炭焼き(味噌買橋、炭焼長者、運定めの話)
   鍛冶屋(力太郎)
   猟師(鴨とりごんべえ、黄金の爪)
   床屋(糠福と米福)
   豆腐屋(味噌買橋)
   うらない(はっけ見)(聞耳頭巾、猿の生肝)
   飯屋(天狗とかくれみの)
   馬喰、馬子(水乞い鳥、馬子どんと山んばばあ)
   ばくちうち(天狗とかくれみの)

 面白いのでは、北前船の船方(鼻きき五左衛門)、ほうろく売り(天人女房)

 昔話では、お百姓が一般的かというと、必ずしもそうではなく、「貧しい、おじいさん、おばあさんがいました」と、何を生業としていたのかははっきりしない。

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子どもと鬼

2013年07月30日 | 昔話(日本)
 未亡人が三人の子を養うことができなくなって山の奥に捨ててきてしまう。
 いつまで待ってもおかあさんがかえってこないので、上の二人は泣きはじめるが、末っ子の七つになる子が、どこか泊めてもらおうと、森の中に一軒の家をみつける。
 その家にはおばあさんがいて、この家は鬼の家で、鬼が帰ってきたら食べられてしまうからはやくにげなさいと忠告する。しかし、くたびれていた三人は泊めてくれと懇願する。おばあさんはお前たちが食べられるからと押し問答ををしているところに鬼が帰ってきたので、お婆さんは三人を土間の穴蔵に押し込んでふたをしてしまう。しかし、鬼が人くさいとあちこちを探し始めたので、おばあさんが「三人の人間の子どもが今晩一晩とめてくれとやってきたが、おまえが帰った足音を聞いて、あわてて逃げて行った」というと、鬼は千里のくつというのを履いて飛び出す。いくら追っかけても子どもがみつからないので、鬼は自分が早すぎたのかもしれないと居眠りしてしまう。
 
 あとから子どもたちが家から逃げ出すが、鬼が行った道に出て、寝ている鬼と鉢合わせ。鬼のそばを通り過ぎる時、末の子が千里のくつを脱がせ、一番上の子がそのくつをはき、下の二人は兄の体に自分たちの体をしばりつけ、さっさと逃げ出す。

 子どもたちが母親から山の中に捨てられてしまうという衝撃的な導入部であるが、昔話をよく聞いている子どもたちはそれほど深刻なものと受け止めず結末を楽しみに聞けるのでは・・・。

 話の緩衝剤として出てくるおばあさんは良い人としてでてくるが、これは「ジャックと豆のつる」の人食い鬼の奥さんが良い人としてでてくるのと似ている。

 グリムの「ヘンゼルとグレーテル」は、貧しい木こりの夫婦から男の子と女の子が森の中に捨てられるという導入部がかなり長くて、親とヘンゼルの知恵比べが面白い。森の中で見つけた家が、全部パンでできていて、屋根はケーキ、窓は砂糖という子どもたちが喜びそうな場面も。
家の持ち主は魔女で、子どもを太らしてから食べようとするがグレーテルがこの困難を切り抜け、宝石や真珠を持ち帰り、お父さんと三人で幸せに暮らす。

 捨てることに積極的なお母さんが、二人が家に帰った時、亡くなっていたというのはグリムらしい終わり方。

                      新版日本の昔話8 桃太郎/坪田譲治/偕成社文庫/2008年初版
                      グリム童話集 下/佐々木田鶴子・訳 出久根 育・絵/岩波少年文庫/2007年初版
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はらぺこ あおむし

2013年07月29日 | 絵本(外国)
はらぺこあおむしはらぺこあおむし作・絵:エリック・カール / 訳:もり ひさし出版社:偕成社絵本ナビ

  今年、50cmほどの山椒の木から10匹以上のナミアゲハが育っていきました。青虫のころ毎日楽しみで観察していました。青虫がいつのまにかいなくなり、どこでさなぎになるのか見たいと思っていましたが、最後の青虫が玄関のタイルの上を散歩?しているのを見ていると、土台のコンクリートと外壁の間に姿を隠し、茶色に変身。誕生が楽しみです。

 2年ほど前は、モンシロチョウの青虫をみつけ、部屋の中においておいたら、部屋の中を飛び回っていたので、外にだしてあげたことも。そのときの抜け殻は今もおいてある。

ということで、久しぶりにこの絵本を取り出してみた。

 手元にあるのは、手のひらサイズの小型本。子どもが小さいころ何度も読んであげた記憶が。どんな反応だったか忘れてしまう昔のこと。

 この絵本の魅力は絵本の作り方とリズム感。そして大きくなっても年齢に応じて楽しめることにありそう。

 我が家の20倍はありそうな超大型版が図書館にあって、借りてきました。読んであげるなら二人がかりの絵本です。今の印刷技術では、大きさも自由自在にできそうです。

 ユウチューブで様々な動画が見られるのも、この絵本のもつ魅力をあらわしている。


             はらぺこ あおむし/エリック・カールさく もり ひさし やく/偕成社/1988年初版

   あおむしがさなぎになろうと熱いタイルの上を散歩中
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ぼくがラーメン たべてるとき

2013年07月23日 | 絵本(社会)
ぼくがラーメンたべてるときぼくがラーメンたべてるとき作・絵:長谷川 義史出版社:教育画劇絵本ナビ

 題名からは想像できない内容が待っている絵本。普段絵本を読む機会がない大人の方に読んでもらいたい。

 「ぼく」がラーメンをたべているときのお隣でのできごとから、隣のまち、隣の国、そして隣の隣の国へと、どんどん世界が広がって、どこかの国で男の子が倒れているところが。
 
 倒れている男の子のそばを風がふいているが、風の音が聞こえず沈黙が支配しているよう。倒れている男の子のところで風がふいているが、同じ風のもとで日常生活をおくっている人の姿が。

 いまこの時間、世界のどこかで飢餓や地雷、爆弾でなくなる子どもたちの姿と重なる。
 
 裏表紙に倒れた男の子が立ち上がっている姿がえがかれている。ある人は「希望」と、ある人は「願望」ととらえた。

 想像力というのは自然につくものではなく、普段の努力を重ねた結果として生まれると考えたい。

ぼくがラーメンたべているとき
となりで ミケが あくびした
となりで ミケが あくびしたとき・・・
となりの みっちゃんが チャンネル かえた
となりの みっちゃんが チャンネル かえたとき・・・
となりの となりの たいちゃんが ボタンを おした
となりの となりの たいちゃんが ボタンを おしたとき・・・
その となりのゆうちゃんが バイオリンを ひいた
その となりのゆうちゃんが バイオリンを ひいたとき・・・
・・・
・・・
・・・
となりの くにの おとこのこが じてんしゃを こいだ
となりの くにの おとこのこが じてんしゃを こいだとき・・・
その となりの くにの おんなのこが あかちゃんを おんぶした
その となりの くにの おんなのこが あかちゃんを おんぶしたとき・・・
・・・
・・・
・・・
その また やまの むこうの くにで おとこのこが たおれていた
かぜがふいている
かぜがふいている そのとき
かぜが ふいていた



                   ぼくがラーメン たべてるとき/長谷川義史/教育画劇/2007初版
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昔話の人々のなりわい(外国)

2013年07月22日 | 昔話あれこれ
 昔話は成立が古ければふるいほど、農業や牧畜、狩猟が主だった時代を反映したものが多いことはうなずけますが、中には日本の昔話にはあまりでてこないものも。

  インドの昔話に床屋がでてくるものがありますが、他の国ではあまり読んだことがありません。

  「床屋と幽霊」(インドの民話/長 弘毅/福音館書店)は床屋の夫婦の物語。食べるに精いっぱいの床屋の女房が、床屋をなぐりつけるが、これに嫌気がさした床屋は家をとびだしてしまう。途中幽霊にであい、食べられそうになるが、鏡をうまく利用して、金貨と籾米でいっぱいの倉庫をせしめてしまう。叔父の幽霊が「やつはずるい人間だ。お前はだまされたんだよ」と床屋のところにでかけていくが・・・・。

 「かいば入れから生まれたおよめさん」(大人と子どものための世界のむかし話 インドのむかし話/坂田貞二 編訳/偕成社/1989年初版)の中にも、おべっかつかいの床屋がでてくるシーンがあります。

 村の人に何か連絡する場合、インドではこうした役割をもっていたのが、床屋だったといいいます。この昔話のほかの人々のなりわいは、ヒツジつかい、村長、坊さん(なりわいといえるかは疑問だが)など。

 岩波少年文庫のグリム童話集(上下)(佐々木田鶴子・訳 出久根 育・絵)から「なりわい」を拾ってみると、面白いのが水車小屋というもの。これを仕事にした人がいたんでしょうね(ひょろひょろ足のガタガタこぞう)(テーブルとロバとこん棒)(三本の金の毛のある悪魔)など。
 
 仕立て屋・・・(テーブルとロバとこん棒)(ワラと炭とそら豆)(名人の四人兄弟)(ゆうかんな仕立て屋さん)。
 猟師(狩人)やきこり・・・(漁師とおかみさん)(ヘンゼルとグレーテル)(ふたりの兄弟)。
 職人(金細工師やほうきづくりなど)・・・(しあわせハンス)(テーブルとロバとこん棒)(ガラスびんの中のばけもの)。
 泥棒・・・(親指こぞう)(三本の金の毛のある悪魔)(名人の四人兄弟)。
 そのほか、宿屋、居酒屋、肉屋、牧師、楽師、コックなど。

 職業不明の昔話も多いが、思ったほど多くはない。
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おしゃべりなたまごやき

2013年07月20日 | 絵本(日本)
おしゃべりなたまごやきおしゃべりなたまごやき作:寺村 輝夫 / 絵:長 新太出版社:福音館書店絵本ナビ

  初版は40年ほどまえだからこれも息の長い絵本。

 表と裏表紙いっぱいにとり小屋が描かれているのが印象的。

 狭いところにぎゅうぎゅうに押し込められたにわとりをみていると、王さまがかわいそうに思って、小屋のかぎを開けたのがよくわかる。

 この王さま、だいぶとぼけたかたで、「かぎをあけたはんにんをろうやにいれてしまえ」とめいれいするが、逃げ出しためんどりが王さまの部屋に逃げ込み、卵を産んでしまいます。
 卵が大好きな王さまが、たった一つだけ残った卵でコックにめだまやきをつくってもらうが、めだまやきを食べようとするとだれかさんの声が。

「ぼくが、とりごやをあけたのを・・・。だれにも、いうなよ・・・」

 くすりと笑ってしまう絵本。

 でもほんとは、王さまっておとぼけではつとまらないんですよね・・・。


       おしゃべりなたまごやき/寺村輝夫・作 長 新太・画/福音館書店/1972年初版


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天の畑・・朝鮮のむかし話3

2013年07月17日 | 昔話(外国)
                    天の畑/李 錦玉・・朝鮮のむかし話3 かみにしゃくなげの花/李 錦玉 文 金 正愛 画/少年写真新聞社/2009年初版


 とんち話ですが、昔話の楽しさが伝わってくるお話です。 冗談の後始末はとんちで乗り越えます。

 冗談のすきな大臣。となりの国に王さまの使いででかけ、役目を無事に終えた宴会の席上、自分の国の都のはるか天上に広い広い野菜畑があって、都の人間が一年間たっぷり食べられると冗談をいってしまいます。

 となりの国の人々は天の畑を見物したいと頼み込みます。ほらふき大臣は自分の冗談が国と国との問題にまで発展してしまうのではないかと後悔し、家に帰ると心配のあまり寝付いてしまいます。

 息子がとった解決方法は?

 となりの国の人々が天の畑への案内を頼むと、息子が連れて行った宮殿の広場には、三百人のお年寄りが酒を飲んで歌ったり踊ったりの大騒ぎ。

 もう一方では三百人の子どもが、わあわあと声を上げて泣き悲しんでいます。息子がいうには「天の畑へは往復40年かかります。畑仕事を終えて都に帰るのは50年後になるでしょう。喜んでいるお年寄りは天の畑から帰ってきた人で、泣いている子どもたちは、これから天の畑にでかけるので、別れをおしんでいるのです」。

 これを聞いたとなりの国の人々は、そんなに遠いところにでかけられないと、自分の国に帰ってしまいます。

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ありがとうへんてこライオン

2013年07月15日 | 絵本(日本)
ありがとう へんてこライオンありがとう へんてこライオン作・絵:長 新太出版社:小学館絵本ナビ


ほんとうにへんてこなへんてこなへんてこなライオン

ゆうちゃんがコポコポあるいていたらライオンが
ライオンのあたまのけがかわり いつのまにかおかあさあんに

しんくんがテクテクあるいていたらライオンが
しんくんのおなかがクークーなくと ライオンがカレーライスに

ゆうちゃんがコポコポあるいていたらライオンが
ライオンがゴロゴロとにひきになると ライオンがクツに

しんくんがテクテクやってくるとライオンが
ライオンがきのうえにあがっていくとヒコーキに

ゆうちゃんがコポコポあるいていたらライオンが
ゆうちゃんが ライオンのうえで そらをみているとライオンがベッドに

ゆうちゃんがポコポコ
しんくんがテクテク
こわーいこわーいライオンが楽しいおくりもの。詩のような絵本。


               ありがとうへんてこライオン/長 新太/小学館/2005年初版
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孔雀が少しだけ顔をだす話・・アラビアンナイト(黒檀の馬)

2013年07月14日 | 昔話(外国)
 羽を広げた姿がほんとにかわいらしい孔雀。
 これまで孔雀がでてくる昔話は記憶にない。意識的によまないと記憶に残らないこともありそうであるが、アラビアンナイトの「黒檀の馬」にほんのワンシーンだけ孔雀が。

 新年のお祭りのとき、三人の発明家がめずらしい品物を持って、王さまの前にやってくるが、そのとき一人がもってきたのが金のクジャク。残念ながらその後、クジャクの出番はない。

 孔雀はキジ科の鳥類で、中国から東南アジア、南アジアに分布するクジャク属2種とアフリカに分布するコンゴクジャク属1種から成るが、通常クジャクといえば前者を指すとあり、ヨーロッパの昔話に登場しないことに納得がいく。

 ところで、先日のテレビで日本書紀には、新羅から推古天皇に孔雀がおくられた(598年)という記事が載っており、江戸時代、大阪、江戸には孔雀茶屋が店を開いていたというのが紹介されていた。江戸時代の円山応挙の描いた孔雀図もあるので、日本の昔話にももう少し登場してもよさそうなもの。

 インドでは国鳥になっているということなので、インドの昔話に出番があるかもしれない。


            黒檀の馬/子どもに語るトルコの昔話/児島満子 編・訳 山本真紀子 編集協力/こぐま社/2000年初版


 イソップの「くじゃくとつる」の寓話

” クジャクがツルをバカにして、羽根の色をけなしました。
「わたしは金色の羽で、こんなにきれいだけれど、あなたときたら翼のどこを見てもきれいな色が全然ないわね」
 するとツルいうことには、
「でもわたしは、空の高い所まで飛んで行けるのよ。あなたなんかニワトリと同じで、地面を歩き回るだけじゃないの」
 着飾っていても自由のない人間よりも、身なりは質素でも自由のある人間の方が良いというのですが。”

 ここでもクジャクはあまりいい役割ではなさそうです。
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ケローランと鬼の大女・・トルコの昔話

2013年07月13日 | 昔話(外国)
 「ねむっているのは、だれだい、ねむらないのは、だれだい」
 「みんな、ねむっているよ。でもケローランはねむらないよ」
 このフレーズが三回くりかえされるのが効果的。

 なまけもののケローランが、近所のこどもと森へまきをひろいにでかける。森の中で、道にまよってしまった三人がある家にたどりつくが、そこは人の肉を食べるでっかい鬼女の家。

 食べられそうになった三人はケローランの知恵でなんとかにげだすが、大事なナイフを忘れたケローランが家にもどったところで、鬼女につかまってしまいます。
しかしここでもケローランは頭を働かせます。

 冒頭部に、なまけものとするのは、これ以外の昔話にもにもみられるところですが、本当は知恵も勇気もある男の子ですので、でだしでなまけものとするのは、どうにもしっくりしません。

 これと同じ話形なのが、イランの「豆子と魔物」ですが、豆のように小さい女の子が主人公で、この話のほうがよく語られているようです。

 薪ではなく、麦の落ち穂を拾いに行きますが、落ち穂は季節がかぎられてくるので、語るためには頭がいたいところです。
     

          ケローランと鬼の大女/子どもに語るトルコの昔話/児島満子:編・訳 山本真紀子・ 編集協力/こぐま社/2000年初版
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やまんばあかちゃん

2013年07月12日 | 絵本(日本)
やまんばあかちゃんやまんばあかちゃん作:富安 陽子 / 絵:大島 妙子出版社:理論社絵本ナビ


 富士山の噴火で大きな岩がポーンととびだし、森のなかへ
 大きな岩がまっぷたつにわれてでてきたのはやまんばのあかちゃん
 びっくりした大イノシシがやまんばちゃんに突進して、でっかいキバでやまんばちゃんをつきあげるが、やまんばちゃんはおおよろこび
 もう一度もういちどもういちどとおねだりされた大イノシシは、なんと103回もほうりあげてやらなくちゃならなくなる
 
 森の動物たは、やまんばちゃんをどうするか相談
 フクロウのおばあさん提案で、動物たちに順番に里親になることに
 
 大イノシシが最初の里親に
 大イノシシのもとで5日もたつとやまんばちゃんは、たったの26分で富士山を往復することに
 イノシシお父さんは、巨大な岩も、たおれた大木もこっぱみじんにする“とっしん・ドーン”のわざをおしえる

 二番目に里親になった森のボスザルのもとで、5日もたつと森の木という木のてっぺんまでスルスルのぼれるようになったやまんばちゃん
ボスザルお父さんは、高い木の上のてっぺんの枝につかまって、その枝をゆらしてはずみをつけ、別の木の枝にびゅーんととびうつる“ゆさゆさ・ビューン”のわざをおしえる

 カワセミおばあさんからは“ヒュ-ン・バシャン・パクリ”のわざを
 フクロウおばあちゃん森のルールを
 野ネズミじいさんはじょうずなかくれかたを、野ウサギのかあさんはとおくのものの音のききわけかたを
 カエルとうさんはたかくジャンプする方法、リスかあさんはおいしいどんぐりの集め方、タヌキとうさんは上手な死んだぶりを
 やがてやまんばちゃんは、クマかあさんの家で、冬を越すことに

 やまんばは昔話では損な役割が多いが、この絵本ではあかちゃんやまんばが動物たちと交流しながらたくましく生きていくありさまがえがかれ、痛快そのもの。
 フクロウおばあさんの顔や、大きく描かれたやまんばちゃんの緑の目玉が印象に残る。天衣無縫のやまんばちゃん、このあとどうなることやら。


               やまんばあかちゃん/富安陽子・文 大島妙子・絵/理論社/2011年初版
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ジャックと豆のつる

2013年07月10日 | 絵本(昔話・外国)
ジャックと豆のつるジャックと豆のつる作:木下 順二 / 絵:田島 征三出版社:ほるぷ出版絵本ナビ


 木下順二のあとがきに、この話が昔から日本に紹介されているが、どういうわけか「ジャックと豆の木」という題になっていることに疑問をていし「ジャックと豆のつる」という題にしたことをのべています。

 昔から紹介されている作品でもこうしたことがあるなら、今のところまだ著名ではない作品の題名についてももう少し工夫したものがあってもよさそうなものも多い。題名は作品の入り口であり、人を引き付ける魅力的な題名であってほしい。

 ところでこの「ジャックと豆のつる」の田島征三さんの絵、それぞれ特色を持った絵本が多い中で、“荒々しいタッチの線が魅力的でウーン、やるな”と言った感じ。子どもたちがどう受け止めているか知りたいところ。

 また、木下順二は「日本中のいろんな地方のことばをまぜあわせて、私なりの“民話のためのことば”を作って、芝居を書く時も、それを使う」とあり、こうした影響をうけていると思われる作品も散見されます。

 この絵本をみたのは、同じ作者の岩波書店から出されているイギリス民話選の「ジャックと豆のつる」が頭にあったからですが、絵本のほうが凝縮されていてわかりやすかった。ただその反面、凝縮されすぎた感じもあるので、絵本を参考にしながら、岩波版で話を覚えてみたいと思う。

 ところで、原文が英語のせいか、いろんな人が訳しており、そのなかに阿川 佐和子さん訳の絵本も発見して、あらためてこの作品のもつ魅力も感じられた。


                   ジャックと豆のつる/木下順二・文 田島征三・絵/ほるぷ出版/1992年初版
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ぼくのおとうと

2013年07月09日 | 絵本(日本)
ぼくのおとうとぼくのおとうと作:かどの えいこ / 絵:いとう ひろし出版社:童心社絵本ナビ


あかちゃんにてをやきながらもいっしょうけんめいなおにいちゃん。
幼児には、ぽいぽいというくりかえしのリズムが楽しいかも。

4歳のおにいちゃん、あかちゃんのお世話に一生懸命
ゆびきりげんまんやぽいぽいあそびをおしえてあげたり
ぽいぽいあそびがだいすきになったあかちゃん
スリッパ、くまちゃん、つみき、スプーンをぽいぽいぽいぽい
なげるものがなくなるとそっくりかえっておおなき

こんどはボール投げ、たくさんたくさんなげる
おにいちゃんが「もうおしまい」というとおとうと、そっくりかえっておおなき

その日の夜、大きな木を一本はやしたおばけがでてきて、「ゆびきりげんまんのやくそくをやぶった。だからおやまのおばけが、おにいちゃんをどこかにつれていくという

おにいちゃんは、「あかちゃんとぽいぽいあそびをしておとうとがまけたら、つれてってもいい」よ
おばけは、あかちゃんがぽいぽいあそびができるわけがないというが
「やってみればいいじゃないか」という、おにいちゃんのどなりこえで、
おばけはぽいぽいあそびをはじめる
ぽいぽいぽい
またぽいぽいぽい
いつまでもぽいぽいぽい

おばけは「もうおしまい」というが、おとうとはやめない
おばけはとうとうなきだす
おにいちゃんはおとうとがねちゃうまでずーっとあそんでやるんだ


                ぼくのおとうと/かどのえいこ いとうひろし/童心社/2009改訂新版
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我慢比べの昔ばなし イラン、トルコ、イタリア

2013年07月09日 | 昔話(外国)
・先に口をきくのは(シルクロードの民話4 ペルシャ/小澤俊夫・編 宮崎泰行・訳/ぎょうせい/1990年初版)

 ある夫婦がどちらが羊に水をあげるか喧嘩になって、先に口をきいたほうが羊に水をあげることにする。妻のほうは隣にでかけ、残った夫は通りかかる人から挨拶されても、口をきくと妻にきかれてしまうと思い、うなずくだけ。床屋がやってきて「頭を刈りましょうか」ときくが、夫は何もいわない。
 床屋が勝手に髪を刈りはじめるが夫は何も言わない。床屋が通りで喧嘩をはじめた二人の男に気をとられて、片方の髭を切り落としてしまう。床屋はやむをえずもう一方の髭もそりおとし、顔に髭の模様を描く。床屋はお代をいただこうと声をかけるが夫が何もいわないので、部屋の中に入って高そうな金と銀の装飾品をもっていってしまう。
 妻が帰ってきて、部屋のなかで、頭をつるつるに刈られ、髭をそられて、炭で顔をぬりたくられた自分の夫をみて、思わず口をきいてしまう。これを聞いた男は飛び上がって大喜びして言うことには、「そら、しゃべった。さあ、外に出て羊に水をやってもらおうか」

落語にありそうな話。ここまでいかなくても、ときとして意地の張り合いになることが身近にもありそう。

・だんまりくらべ(子どもに語るトルコの昔話/児島満子 編・訳 山本真基子編集協力/こぐま社/2000年初版)
      
 ホジャ話というのがあるが、そのなかの「だんまりくらべ」。

 ホジャが家にいたとき、泥棒に入られるが、だんまりを決め込んだホジャが家のものばかりか頭のターバンまでもっていかれてしまう。そのうえ、おかみさんが作ってくれたスープを頭からかぶってしまうが、それでも一言もしゃべらない。それを見たおかみさんが大きな声でさけぶと、「そら、しゃべった。うま屋へいって、ロバにえさをやってこい」


・先に怒った者が負け(子どもに語るイタリアの昔話/剣持弘子 編・再話 平田美恵子・再話協力/こぐま社/2003年初版)

 上の二つは、どちらも夫婦喧嘩で意地の張り合いをするが、「先に怒った者が負け」では少し違って、大きな農場に働きに行った息子が、農場主とお金をかけて、どちらか怒ったほうがお金を巻き上げられるというもの。昔話のパターンで上の二人の息子は農場主にうまくやられてお金を巻き上げられるが、末息子がそれを取り戻すというもの。末息子が行ったことといえば極端なこと。
 一つは大事なブドウの木を全部切り倒す、二つ目には小麦の種をまくようにいわれて、畑に穴を掘って、小麦の種をうめてしまったこと、三つ目には羊の大半を商人に勝手にうりはらったこと、さらにブタの大半も勝手に売り払ったことなど。
 末息子の徹底したおとぼけが笑いをさそう。


・だんまりのゴハおじさん/ゴハおじさんの愉快なお話 エジプトの民話/千葉茂樹・訳/徳間書店/2010年初版

 ロバのエサをどちらがあげるかで、奥さんとだんまり比べをする話。この話にも泥棒がでてくる。


      
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弓の名手ムハメド・・ペルシャ 豪傑ナザル・・トルコ、ゆうかんな仕立て屋さん・・グリム

2013年07月06日 | 昔話(外国)
 本当は臆病な男が、おおぼらをふきながらも、最後にはハッピーエンドに。大人にとっては結末が想像できるが、途中のドキドキ感を楽しめる話。

 できないと卑下するより、自己暗示をかけてみることが必要なこともあるかもしれません。

■弓の名手ムハメド
 「戦にて打ち破りし敵幾千」「おそれてにげ去りし敵幾千」と弓に書いて旅をする男。実はハエを何匹かつぶしただけ。
 このおおぼらふきの男が、ある王さまの戦争にまきこまれます。馬をあやつることができない男は、おそろしさのため木に抱きつくが、木が根こそぎぬけてしまい、木を抱えたまま敵に乗り込みます。すると敵は男に圧倒されて勝敗が決まります。
 それだけで終わらりません。。
 王さまの国ではライオンとの約束で、毎年14歳の娘を差し出すことになっていました。
 男は、このライオンを退治してくれたら娘婿にすると言われるが、逃げ出す機会を見つけようと思いながら森にいきます。
 ライオンにあって恐ろしさで木の上に逃げるが、ライオンが足元にいるのをみて、木にしがみついていられなくなった男はライオンの背中に落ちてしまいます。そのままライオンにしがみついて町へいくと斧の使い手がライオンの首を切ってしまいます。そして、・・・・。

■豪傑ナザル
 トルコの昔話「豪傑ナザル」は、あまりにも臆病なだんなが、おくさんから家からしめだされ、あてもなく旅にでて、一休みしたとき顔にむらがったハエを木刀で追い出すが、そのとき40匹のハエが死んでしまいます。
 それで自信をつけたナザルは、木刀に「一打ちで40ぶち殺し 豪傑ナザル」と書きつけます。
 ある一軒の家に着くが、そこにはおそろしい大男40人の家。大男たちはナザルを殺そうとまさかりやおので眠っているベッドの上から殴りつけたり、石うすを落としたりするが、大男たちが相談しているのを事前に聞いたナザルはこの危機を逃れます。
 勝ち目がないと思った大男たちは「ロシア皇帝おかかえの力士を投げ飛ばしたが、6か月たってもまだ地面に落ちてこないんだ」とおおぼらをふぃたナザルに、おかかえ力士ももうそろそろ地面におちたころだから帰るようにいう。
 大男たちは袋にあふれるばかりの金貨をつめてナザルの家まで運んでくれる。帰る途中、大男たちは悪魔から「豪傑ナザルなんてとんでもない。やつは臆病者の代表みたいなものだ」と告げられ、これを聞いた大男たちは真っ赤になっておこりナザルの家に向かいますが・・・・・。

■ゆうかんな仕立て屋さん・・グリム
 ちびの仕立て屋が、パンの上のハエを一打ちし、七匹をやっつけたことから布ベルトに「一打ちで七匹」と刺繍し旅に出ます。
 この話では陽気な仕立て屋が軽々と難題を解決し、王さまとなって暮らします。


     弓の名手ムハメド/シルクロードの民話4 ペルシャ/小澤俊夫・編 鳥谷謙・訳/ぎょうせい/1990年初版
     豪傑ナザル/子どもに語るトルコの昔話/児島満子 編・訳 山本真紀子 編集協力/こぐま社/2000年初版
     ゆうかんな仕立て屋さん/グリム童話集 下/佐々木田鶴子・訳 出久根 育・訳/岩波少年文庫/2007年初版
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