どんぴんからりん

昔話・絵本いろいろ。語るのを目的としたものでしたが・・。それにしてもまるで森に迷い込んだ感じです。(2012.9から)

世界のびっくりどうぶつ1,2

2017年04月01日 | 画集・写真集



             世界のびっくりどうぶつ1,2/デイズジャパン/2013年、2014年     
 

 テレビでも紹介されたという絵本。

 よくもまあこんな写真が撮れたと思う動物のあっと驚く写真ばっかり。     

 写真一枚一枚につけられたコメントも抜群。

 マナテイは水中をゆっくり動くため、背中がコケだらけになるって信じられない。しかしよくできていて、このコケを食べる魚も。「マナテイの散髪」とあります。

 ゾウの鼻をパクリとするワニ。小ゾウが逆襲して難を逃れたという。

 サソリに目元を挟まれ、悲鳴をあげるマングースもいます。
 旅客船の窓をのぞきこむホッキョクグマ。
 
 動物たちのほほえましい光景も盛りだくさんです。

 3年待ったというカメラマン。とにかく感謝の一冊です。
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トランクのなかの日本

2016年11月19日 | 画集・写真集


トランクのなかの日本 米従軍カメラマンの非公式記録/ジョー・オダネル/小学館/1995年初版


 若い海兵隊員が、カメラマンとして1945年9月から1946年3月まで、ヒロシマ、ナガサキほか日本を記録した非公式記録写真(私用のカメラ)で、戦後ずーとそのままにしていたという。
 出版されたのは1995年。

 1995年には、スミソニアン博物館でも展示が企画されていたのが、キャンセルになったといいます。

 出版直後に、日本で写真が展示され、昨年も安全保障関連法案が国会で議論されていたとき、この写真展が開催されていたようです。

 戦争の傷跡だけでなく、少ないながら戦後直後の人びとの生活の状況もうかがえます。

 雨の夜、海兵隊員が蒸気機関車との事故で10名が亡くなって、その出棺風景もあります。

 もちろん、広島、長崎の廃墟と化した風景に息をのみますが、やはり衝撃だったのは、一人の少年が、直立不動で赤ん坊の焼却を見送る場面です。

 少年の弟は夜の間に死んでしまったのだといいます。

 決して忘れてはならないことばかりです。 

 南スーダン国連平和維持活動で、駆け付け警護なるものが閣議決定されたというのは15日。

 さまざまな条件がつけられていますが、いざ戦闘がはじまったら、殺す殺されることは、目に見えています。テレビで訓練の模様が報道されていましたが、あまりにも現実離れしていました。

 決めた内閣の支持率は50パーセント。誰が支持しているのでしょうか。
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テレジン収容所のちいさな画家たち詩人たち

2014年05月08日 | 画集・写真集

          テレジン収容所のちいさな画家たち詩人たち/野村路子 編著/ルック/1997年初版


 小学生から中学生の年代の人たちが残して行った絵。この絵を残して行ったのはアウシュヴィッツへおくられた子どもたち。

 花の絵があります。子どもたちの生活する部分には野草すらなかったといいます。野草が芽をだすと、それを見つけた人が摘み取って食べてしまうからです。

 絵に、何年何月何日アウシュヴィッツへおくられたかの注釈があります。

 極限の状況に追い込まれた人のなかに、ありったけの紙と絵具とクレヨンを収容所の中にもちこんだフリードル・ディッカーがいます。
 芸術家の彼女は、・・こにままじゃいけない! たとえ短い限られた時間でも、子どもたちに生きているって素晴らしいものだと教えよう、希望を捨ててはいけないと語りかけよう、子どもらしい笑顔をとりもどさせよう・・と子どもたちの絵の教室をひらいたといいます。
 しかし、彼女も子どもたちも生き残ることは、ありませんでした。

 テレジンは旧チェコの首都プラハから60キロほどのところ。テレジンの町すべてが収容所で、6千人の人びとが住んでいた町に、9万人もが詰め込まれたとあります。

 プラハにあるチェコ国立博物館に保管されているという絵や詩。

 どこかの国では、戦争中に残された絵や詩などを大事に保管しているという話は聞かない。

 前の戦争で没した画学生の作品を展示している無言館(長野県)も個人的な努力で開館されたもの。

 無限の可能性をもった人々の命を奪い取ったことへの反省があまりにもなさすぎる、どこかの国。

 残されていたのは、子どもたちの絵が4000枚、詩が数十編・・・・。

 そして、生き残っていた子は、わずか100人でした。
 
        
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子どもの目に映った戦争

2013年08月08日 | 画集・写真集

 副題に第2次世界大戦ポーランドとあり、戦時下および解放翌年に、ポーランド教育省が全国の小学生に呼びかけて集められた画集。目隠しをされた子どもの顔が表紙になっている。

 「わたしのお父さんが戦争に行く」絵から始まって一番最後の絵は「国へ帰ろう」

 この中には
・ポーランド人の退避、空襲や爆撃の様子
・爆撃には、1939年、ドイツ人が疎開中のポーランド人をのせた汽車を爆撃している絵やワルシャワの爆撃も
・退避、強制退去と連行、手入れ、逮捕(ぼくのお兄さんの逮捕)
・石炭をひろいに行く少年をゲショタポがなぐっている絵やドイツ兵が教会の本や物をもやしている
・ラジオ放送を聞いたことを理由に強制収容所に連行されているところ
・4歳のときの刑務所での私の思いで
・ドイツ人がユダヤ人をひきたてたり、ユダヤ人をゲットーに運んでいるところ
・ポーランド人の銃殺・・母が、兄が、おじさんが、そして絞首刑
・強制収容所、強制収容所での埋葬、アウシュビッツのかまど
・1944年、ワルシャワ蜂起、子どもとたち女性たちがドイツ戦車の楯にされている、
・蜂起、戦闘、ドイツ兵の降伏、ポーランドからでていく

 子どもたちは、どんな思いで絵をかいたのか。母が、兄が、おじさんが、銃殺され、さらに強制収容所での虐殺。
 絞首刑や銃殺の絵が忘れられない。

 このような画集を後世に残せる国と、戦争の悲惨さを忘れ、憲法改正を声だかに主張し始めた一部の人々のいる日本との違いは大きい。


     子どもの目に映った戦争 第2次世界大戦ポーランド/青木進々 訳・編/イヴァニツカ・カタジナ/ドバス・マレク/グリーンピース出版会/1985年初版
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