どんぴんからりん

昔話・絵本いろいろ。語るのを目的としたものでしたが・・。それにしてもまるで森に迷い込んだ感じです。(2012.9から)

天狗の隠れ蓑・・佐渡版

2014年04月30日 | 昔話(日本)
外国の昔話にはみられない天狗。中国の昔話には出てきてもおかしくなさそうだが、あまりお目にかからない。もっとも中国の昔話といっても日本で読むことのできるものは、ごくごく少数ということがあるのかも知れない。

天狗がもつという隠れ蓑。
この隠れ蓑をうまく手に入れるというのも、いろいろなものがあるが、佐渡版では盛りだくさんの要素が入っていて、落語にあっても(もしかしたらあるかも・・・)もおかしくない。

男が天狗の隠れ蓑をうまく手に入れるが、あとで押しかけられるのを見越して、何がこわいか話し合う、男はまんじゅうがこわいという。
男がいう遠眼鏡がインチキだったのにはらをたてた天狗が、男を怖がらせようと家にまんじゅうを投げ込む。まんじゅうをはら一杯食べた男が、死んだふりをすると、それをみた天狗は山にかえっていく。

佐渡版は、ここで終わらない。

隠れ蓑をきて、酒屋の酒蔵に潜り込んで、たらふく酒を飲んだ男は、ねむくなって横になる。その拍子に隠れ笠が頭からすっぽりはずれる。酒屋の小僧が酒蔵にはいってみると、酒樽のそばには、赤ら顔の生首がごろり。
おどろいた酒屋のおやじが、生首を始末したものに、5両だすというが、誰もこわがって手をだそうとしない。

男がこの話を聞いていて、5両だしてくれると一人ででていくというと、おやじが5両を投げ出す。男はそのお金をもって酒蔵をでていくという結末。

伝承者の方が、複数の話を、うまく組み合わせたもののようだ。

ほかの話では、隠れ蓑が燃やされるが、灰をつかうと、また姿が見えなくなる場面もでてくる。


                隠れ蓑笠/定本日本の民話12 佐渡の民話/浜口一夫編/未来社/1999年初版
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ぶたがとぶ

2014年04月29日 | 絵本(日本)
ぶたがとぶぶたがとぶ作:佐々木 マキ出版社:絵本館絵本ナビ


昨年初版となっているが、1980年の復刊版。
題名どおりぶたが、野原にあったブリキの飛行機に乗って空をとぶ痛快な絵本。

何でも空を飛びます。
ウシ、たまねぎ、小学校の先生とこども。
レストランのお昼御飯も空をとびます。

海の上では、ネッシーみたいなのが。
緊急事態発生と、ぶたはパラシュートをつかって、飛行機からとびおります。
地上におりると、そこには怖い顔をしたお母さんが。


たまねぎが空を飛ぶというので、季節は5月末から6月ごろか。
空の下に田園風景が広がっている絵が描かれています。


                            ぶたがとぶ/佐々木マキ/絵本館/2013年初版
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じゆうをめざして

2014年04月26日 | 絵本(外国)
じゆうをめざしてじゆうをめざして作:シェーン・W・エヴァンズ / 訳:さくま ゆみこ出版社:ほるぷ出版絵本ナビ


 奴隷制度は、はるか昔のようにおもえますが、アメリカの奴隷制度が廃止されたのは150年前。
 制度的には廃止されたにもかかわらず、その後もさまざまに差別され続けてきた黒人。

 この絵本は、恐怖におそわれながらも、暗闇のなかを走って、走って、走って、ときには、はってすすむ人たちが暗い色調で描かれています。

 逃げ延びた人々が描かれたページは、明るい色調で、自由を実感させます。

 当時、「自由への地下鉄道」と呼ばれる人々のネットワークがあって、逃亡する奴隷たちを、かくまったり、助けてくれたりする人もいたというのをはじめて知りました。

 短い文章で、読み解くには、奴隷制についての理解が不可欠で、少し難しいこともありそうです。

 アフリカ大陸から連れ去られた奴隷が、船内にぎっしり詰め込まれれ、新大陸に着くまでに多数の犠牲者があったことも忘れてはならないことです。

 裏表紙には、うまれたばかりの赤ん坊をのぞきこむ大人たちの姿が描かれて印象に残りました。


               じゆうをめざして/シェーン・W・エヴァンズ・作 さくまゆみこ・訳/ほるぷ出版/2012年初版
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見るなのざしき

2014年04月25日 | 昔話(日本)
          見るなのざしき/わらしべ長者 日本民話選/木下順二 作 赤羽末吉 画/岩波少年文庫/2000年初版

あるとき、炭焼きの若いしゅうが、山奥に炭焼にでかけるが、どうしたわけか、その日は、道に迷って、深い山奥に迷い込んでしまう。

 そして、美しい娘がたった一人で住む家にたどりつく。食べるもんも、着て寝るものもないとことわる娘に、なんとか頼み込んで一晩泊めてもらうことに。

そのうち、娘が用たしにいってくるから、留守番をしてくれ、けれども、となりにある座敷のたんすは、あけてみてはいけんぞえと繰り返し念をおして出かける。

いつまでたっても娘はもどってこないし、はらはすいてくるし、眠くなってくるはで、となりの座敷のたんすが気になって、すこしだけならいいだろうとたんすをあけてみると、一番上のたんすは、ひろいひろいたんぼに稲のなえがうえてあり、二番目のたんすは、稲の苗が大分のびて、三番目のたんすには、田んぼ一面に、よく実った稲が。

 そこへ娘がかえってきて、ふたりとも見てしまったからといって、どこかへ行ってしまう。

 それからふたりの若いしゅうが、その家をさがしにいっても、二度とさがしだすことはできなかったそうな。

 この話は、木下順二作とあるので、大分手がはいっているようである。

 これと同じ話型で、より昔話の原型がみることができる、昭和50年代に昔話の伝承者から採集されたという新潟の昔話。


                  定本日本の民話11 越後の民話/水沢謙一編/未来社/1999年初版

 同じような話が複数収録されているのが特徴で、伝承者によってなんらかの連携があったのかも知れない。

「見るなのタンス」では、娘から、三段のタンスの一番下はあけるなといわれた若者が、三段目のタンスをあけると。梅の木にウグイスが。
そこへかえってきた娘が、一羽のウグイスになってどこかへ飛んでしまうという話。
 ここでは、一段目は、苗代のけしき、二段目は、黄金色に実った稲田のけしきが展開する。

「見るなの花座敷」では、12の座敷のなかに、季節の花が展開する。
この話では、二番目の座敷はみるなと念をおされるが、そこをあけてみると、梅がさいて、ウグイスが。かえってきた娘はウグイスになってどこかえ、飛んで行ってしまう。

「見るなの座敷」では、12の座敷のうち、最後だけはみないでくれといわれる話。
この話も、最後の座敷をあけるとウグイスが。

「見るなの倉」では、12の倉がでてくるが、最後だけはみないでくれといわれる話。

 この話も、最後の座敷をあけるとウグイスが。


  ところで、この「見るなのざしき」は浜田廣介著にもあるが、木下作と比較しても、何倍かふくらんでいる。「材料にもとづいて作家側から、色をそえ、肉づけをして、作家自身の考えもつけ加えるというように、民話に対するくわだてが見られるようになりました」という解説にあるように、素材はそのままであるが、大分ふくらんでいるのがみられる。

 再話や作と称している昔話も多いので、どれを選択するかに悩むところ。

 同じ素材でもさまざまなバージョンがあるというのを考えると、自己流の再話も可能になってくる。
 昔話をどのように考えていくか難しい。


                見るなのざしき/世界民話の旅9 日本の民話/浜田廣介著/さ・え・ら書房/1970年初版


  
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和尚と小僧

2014年04月24日 | 昔話(日本)
 和尚さんと小僧がでてくる話。
 和尚がよくばりで小僧さんの知恵が発揮される笑い話。
 よくあるのは、毒があるから食べるなと和尚がいうと、小僧が食べてしまうこと。
 ここで毒があるとされるには、まんじゅうや柿など。
 和尚が大事にしていた茶碗などを割って、死んでお詫びしようと食べた言い訳を考えた小僧さんに和尚がやりこめられるおち。

 むかし、村というまとまりで一番の知識人は和尚さんだったはずなので、これは何を反映したものかひっかかる。

 外国の話で、牧師がでてきても、日本の小僧にあたるものがでてこないのも不思議である。
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節分の鬼

2014年04月22日 | 昔話(日本)
 地獄というと、鋭く尖った針の山、燃えさかる火、沸騰する湯など、恐ろしい光景が浮かびますが、昔話では閻魔さまがやってきた死者?に手こずり、やりこめられます。

 恐ろしいところの象徴であるはずの地獄も、ほほえましくなるのがいかにも昔話らしい。

 越後の民話のなかにある「節分の鬼」では、節分の日に、「福は外、鬼は内」といって鬼をまねきいれた爺様が、料理や酒をふるまい、そのお返しに鬼が目を望みどおりできるサイコロに変わり、そのサイコロで大もうけをした爺様が地獄に行くという話。

 閻魔さまが釜ゆでにするというと、爺様にもてなしをうけた鬼があらわれ、こっそりぬるくしたお湯に入れ、なまりの煮え湯のかわりに酒を飲ませます。
 次に、赤鬼が爺様を飲み込みますが、爺様はへそのすじをひっぱたり、金玉のすじを引っ張りたりして、鬼を笑わせてしまいます。
 おこった閻魔さまが、娑婆へ吐き出してしまえというと、爺様は娑婆へ生きかえるという話。

 バクチがでてきたり、金玉のすじを引っ張るなどの場面がでてくるので、このままでは子どもむけにはどうかとも思わせるが、以外にさらりと受け止められるかも知れません。

 じつは、 節分にあわせて、覚えてみたいと何回も読み直したのですが方言にとまどっているうちに、時期が過ぎて春(笑)。

 ところで、東アジアの仏教では、地獄の色は黒で表すという。餓鬼は赤、畜生は黄色、修羅は青、この三色を混ぜると地獄の黒になるという。

 節分で追われる赤鬼、黄鬼、青鬼はここから来ているようです。


                       節分の鬼/定本日本の民話11 越後の民話/未来社/1999年初版
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もじゃもじゃあたまのナナちゃん

2014年04月21日 | 絵本(日本)

 3歳のナナちゃん。

 もじゃもじゃあたまに、お母さんがブラッシをかけてあげようとしても、泣いてわめいておおさわぎ。
 あるひ、ナナちゃんは家をとびだしてしまいます。

 何日もたってから、家にかえってきますが、なんと、もじゃもじゃ頭には“ひばり”のひなが5匹。
 ひばりの子が巣立っていくと、疲れたナナちゃんは、ベッドでぐっすり。

 ナナちゃんが、家をとびだしたとき、
 「ちっちゃいこどもには、ぜったい、しつけが必要」というお母さんに、「おまえはきびしすぎる」というお父さん。
 「チョコレートももたせずに、家出させるとは、なにごとだ」というお父さんのセリフがなんともいい。

 しかし、お父さん、子育てはお母さんと共同でお願い。ときにはフォローして!

 素朴な感じがする絵本です。


            もじゃもじゃあたまのナナちゃん/神沢利子・ぶん 西巻茅子・え/偕成社/1985年初版
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ふたごの兄弟・・ドイツ,拳銃がでてくるのは珍しい

2014年04月18日 | 昔話(外国)


 拳銃がでてくる昔話も珍しい。採話者がサービス精神で加えたものか。

 タイトルのように、兄が、旅にでるときに持参するのが剣と拳銃。

 兄は、木に小刀をつきさして、「これがさびたら不幸な目にあっているんだ」といってでかける。
 小刀がさびたのを見た弟が、やはり剣と拳銃をもって、旅に出るという話。

 でてきたものは、どこかで再登場するはずが、この兄弟が7つ頭の竜とたたかうことになっても、この拳銃の出番は最後までない。

     
   ふたごの兄弟/黒いお姫さま ドイツの昔話/ヴィルヘルム・ブッシュ 採話 上田 真而子 訳/福音館書店/1991年初版

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りっぱな うんち

2014年04月14日 | 絵本(自然)
りっぱなうんち(改訂新版)りっぱなうんち(改訂新版)作・絵:きたやまようこ出版社:あすなろ書房絵本ナビ

 「うんち」をテーマにした絵本にはついつい目が行ってしまいます。

 小型本で、動物や人間のうんちが次々に出てきて、いろいろなものを食べることの大切さを親子で話しあいながら見ていきたい絵本です。

 でてくる動物は、みみず、きんぎょ、うさぎ、らいおん、ぞう、くじら、きょうりゅう、ありなど。

 リズムがあって、親しみやすい文も特徴です。


                りっぱな うんち/きたやま ようこ/あすなろ書房/2010年改訂新版
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はるにえ

2014年04月10日 | 絵本(自然)
はるにれはるにれ作・絵:姉崎 一馬出版社:福音館書店絵本ナビ
 

 広い草原に、一本だけ凛として立つ「はるにえ」。季節、時間でさまざまな表情を見せてくれます。

 圧倒的な存在感。

 この巨木の前では、ちっぽけな悩みが吹き飛びます。

 不思議な感動が湧き上がってくる写真集です。

 文字はなく、写真のみ。

 見る人、それぞれのドラマを包み込んでくれるやさしさがあります。

 いつもは、「はるにえ」とは何か探してみるが、見た瞬間の感動をそこなうようで、やめました。


             はるにえ/写真 柿崎 一馬/福音館書店/1979年こどものとも発行
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てぶくろ・・ウクライナ

2014年04月09日 | 絵本(昔話・外国)
てぶくろてぶくろ作:(ウクライナ民話) / 絵:エウゲーニー・M・ラチョフ / 訳:内田 莉莎子出版社:福音館書店絵本ナビ

 ウクライナ民話の絵本。絵本ナビでも多くの感想がよせられているこの絵本が発行されてから、半世紀。

 おぼえてみたいと思って手元において何回か繰り返し読んでいたら、いつのまにか春(笑)。

 ウクライナで、クリミアに続きロシア系住民が、ロシアへの編入をもとめる動きが報道されていた。

 クリミアのロシア編入は、例えてみれば、北海道の住民がアメリカへの編入を住民投票できめるということになりそう。もちろん歴史的な事情があるとはいえ、武力を背景にこうしたことがまかり通るとは・・・・・。

 てぶくろの中に、動物たちが次々に入るというのは、昔話ならではの不思議な世界ではあるが、ねずみ、かえる、うさぎ、きつね、おおかみ、いのしし、くまが、てぶくろの中に一緒に仲良く住むというこの話を思い起こしてほしい。

  いつもは悪役のきつね、おおかみもほかの動物と仲良くしている風景が、いまみても新鮮な感じがする。


                     てぶくろ/うちだ りさこ やく/福音館書店/1965年初版
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りこうなおきさき・・ルーマニア、かしこいお百姓の娘・・グリム

2014年04月06日 | 昔話(外国)
・「りこうなおきさき」(モーゼス・ガスター・文 光吉夏弥・訳/岩波書店/1963年初版)
王さまのなぞなぞをといた大臣の娘が、お妃となります。王さまのお裁きに口をだすなといわれていたが、ある理不尽な裁定をうけた男に知恵をつけてやると、それが王さまにばれてしまい、別れることになります。
 お妃は、おいとまするときに、わたしの一番大事なものをいただいてもいいかと王さまにいうと、なんでももっていくがいいといわれます。
 すると、おきさきは、王さまを酔わせて自分の家につれていき、目をさました王さまが、一番大事ないとおしい人なので、ここで暮らしてほしいといい、二人の仲が回復します。


・「かしこいお百姓の娘」(グリム童話集 上、下/佐々木田鶴子・訳/岩波少年文庫/2007年初版)
 グリムは、さまざまな話型をうまく取り入れているようで、「かしこいお百姓の娘」は、大臣の娘が、百姓の娘となっていますが「りこうなおきさき」とほぼ同様に展開します。

 どちらも、すこしばかげている王さまのお裁きがでてくるが、ここにでてくるなぞなぞ、もうすこしわかりやすいと親しみがもてそうです。

 ・“馬にものらず、あるきもせずに、きものを着るでもなく、着ないでもなく、えものをみやげにもつでもなく、もたないでもなく” <りこうなおきさき>

 ・“服を着てもいけないし、はだかでもいけない。馬に乗ってもいけないし、車に乗ってもいけないし、道を歩いてもいけないが、道をはずれてもいけない”<かしこいお百姓の娘>

 答えがでてきてもやや首をひねります。


                
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王書物語

2014年04月04日 | 昔話あれこれ
 イランの叙事詩、王書物語(シャー・ナーメ)が、世界民話の旅シリーズにあった。

 全文ではなさそうだが、読むだけでも苦労する長さ。
 登場人物も次々にかわり、人物の名前をおっていくだけでも大変。
 小学校の中学年以上を対象としたとあったが、少し難しい。

 ところで、フリー百科事典「ウィキペディア」によると、“叙事詩とは、物事、出来事を記述する形の韻文であり、ある程度の長さを持つものである。
 一般的には民族の英雄や神話、民族の歴史として語り伝える価値のある事件を出来事の物語として語り伝えるものをさす。“とあり、”口承文芸として、吟遊詩人や語り部などが伝え、その民族の古い時代には次世代の教養の根幹を成したり、教育の主要部分となる事も多かった。後世に書き残され、歴史資料に保存される事になったものが多い。“

 さらに、西欧文学の古典で叙事詩と言われるものには、古代において『イリアス』や『オデュッセイア』、中世において、『ニーベルンゲンの歌』、『ローランの歌』などがある。アジアでは『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』など。民族叙事詩として有名なものには、「シャー・ナーメ』(イラン)、『ウズ・ルジアダス』(ポルトガル)、『ユーカラ』(アイヌ)などがあるという。

 着目したいのは、口承文芸として、吟遊詩人や語り部などが伝えたという点である。口承といっても文書として残されているようなので、代を重ねるごとにかわっていくものでもなさそうであるが、長い話が語られ(今では読むということか)ているのは、楽しみがなかった昔、音楽や踊りなどともに、聞くというのも大きかったようである。

  語り部という点では、日本には、琵琶法師、瞽女が、語りを音曲とともに語ってきた歴史もあるが、昔話との関連があるのか知りたいところ。


         王書物語/世界民話の旅5 ギリシャ・ペルシャの民話/蒲生礼一・訳/さ・え・ら書房/1970年初版
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図書館おはなし会 2014.4

2014年04月03日 | お話し会
 小学生高学年に話す機会がありました。
 7人。
 高学年対象とした中に、1,2年生かなと思われる子も。

 「ジャックと豆のつる」(このブログにのせた私家版)を話しましたが、何度も練習して覚えていたはずなのに、途中でどうしても思い出せず、冷や汗。

 比較にはならないが、オリンピックでメダルを期待されながら実力を発揮できなかったのがわかったような気がした。

 しかし、20分を超える話を、じっと最後まで聞いてくれたのが印象にのこりました。

 著名というので、挑戦してみたものですが、内容がどうつたわるか心配したわりには、よかったかな・・・・。
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“かえる”も主人公

2014年04月01日 | 昔話(外国)
  魔女の呪いなどで、かえるに変えられた主人公がでてくる物語。

 グリムの「カエルの王さま」を聞いたとき、かえるが壁にたたきつけられると、王子に変身する話を聞いてびっくりしたが、おなじグリムの「三枚の羽」は、三人の王子のうち、美しい娘をつれてかえったものに国の跡継ぎにするという王さまの言葉で、つれかえったかえるが、美しい娘にかわるという内容。しかし、この話では、とくに魔法をかけられてはいない。

 たたきつけるより、残酷なのが首をはねるというのがでてくるイギリスの「世界の果ての井戸」。かえるの首を切り落とすと、王子に変身するどんでんがえし。どきどきさせて、ほっとさせる

 一方、フランスの「プチジャンとかえる」では、お姫さまが、妖精のまじないで、かえるに変えられるが、別の国の王子の知恵袋になって、王子の父が出す難問を次々に解決するという話。

 最後に美しい人をつれてきたものに王位をゆずるという王さまの課題に、美しく変身したお姫さまと王子がめでたく結ばれる。

 この話が印象に残ったのは、三人の王子がでてきて、長男が活躍するところ。
 一番末が主役になる昔話が多い中で、長男というのは珍しい。

 また、この話では、かえるを見捨てて、あらわれた娘を連れて帰る場面がある。
 実はこの娘はかえるが変身したものだが。男の身勝手さを皮肉っているようで、笑いをさそうところ。

 かえるに変身する(される)という昔話。日本のものではあまり読んだことがないが、この違いはどこからくるか興味がある。

 また、外国の話では、たたきつけるとか、首を切る場面がでてびっくりするが、日本の昔話ではこうしたシーンが出てこないのも面白いところ。


       グリム童話集 上、下/佐々木田鶴子 訳/岩波少年文庫/2007年初版
       世界の果ての井戸/子どもに語るイギリスの昔話/松岡 享子 編・訳/こぐま社/2010年初版
       プチジャンとかえる/なぞとき名人のお姫さま フランスの昔話/山口 智子 編・訳/福音館書店/1995
年初版
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