入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

       ’16年「春」 (26)

2016年03月30日 | 牧場その日その時


 今日も昨日に続けて、剣岳の小窓尾根の山行のことを書くべきかどうか迷っている。もう、昔のことで記憶も曖昧だし、それに5月の入笠に来てくれようとしている登山者には、何の参考にもならないだろう。

 そう思いながらも、剣沢の一夜のことを書いてみたくなった。その日は天気も思わしくなく予定していた登攀を中止して、長次郎谷の長い雪渓を下ってきた。剣沢に出てから、何を勘違いしてしまったのか、剣沢大滝の方に誤って下りかけた。しばらしてそれに気が付き、引き返したが、長次郎谷の出会い付近まで戻った所で無駄な行動が祟り、同行のHともどもバテバテになってしまった。
 しばらく互いに言葉も交わす元気もなく、結局その日は行動を中止してそこで幕営することに決めた。ふと、その時近くの岩の陰に置かれた1台のスノーボートが目に付いた。ボートはシートで覆われ、何を積んでいるのかさらにロープでしっかりと何重にも縛り付けられていた。
「H見てみろ、あれはオロク(=死体)が入ったまま、残置されているんだぞ」
「まさか、こんな場所にほったらかしはしないでしょう」
 その夜で5日目になるのだったか、ともかく紫外線を浴び続けたため、ビールがやたら飲みたかったことを覚えている。それをじっと我慢しながら、残り少なくなったウイスキーを飲んで喉を焼き、退屈しのぎにHを相手に、すぐそばのスノーボートのことをまた話題にした。
 Hは元来が口数の少ない男で、酒も強くないが、煙草はよく吸った。岩登りは、よくできた。そのころ、もうひとり仲間のNがいなかったのは、結婚したにもかかわらず仕事がなかなか見付からず、山から遠ざかっていた時かも知れない。
「お前、オロクが若い美人だったらどう思う」
「よくもそんなことを思い付きますね」
「いや、アラスカでも『300ドル』の恋物語を聞かせてやっただろう。ドラマが要るんだよ」
 そう言ったとて、Hは呆けているばかりで話に乗ってこない。と、聞くともなく流していたラジオから、剣だ、遭難だと言ってるニュースが流れてきた。聞いていると、まさしく50メートルと離れていないボートの主のことを言っている。Hもそのことがようやく分かったらしく、ふたりして耳を澄ました。(つづく)

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