雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

極楽浄土から手招き

2012-03-18 | 日記
 昨日の午前中は、暖かく強い風が吹き荒れていた。 多分、春一番であろう。 明日は彼岸の入り、「暑さ寒さも彼岸まで」という昔の慣用句は、最近ではあてにならない。 まだ「寒の戻り」なんてのがありそうで…。

 彼岸はあの世「極楽浄土」、此岸はこの世、その間にある川を「三途の川」、その河原が「賽の河原」というのは年配の者なら知っていることだが、それらの概念の理解度となると私のような不信心者は些か怪しいものである。 だいたいこのような概念は日本の誰かの創作であり、仏教の聖地であるインドにはない。 私たちは彼岸を、極楽浄土に住む先祖を供養する行事と、なんとなく認識しているに過ぎず、ぼた餅や彼岸団子を供えて手を合わせる。 ここでちょっと考えてみよう。

 極楽浄土は、迷いも苦しみも無い、幸せに満ち溢れたところだそうである。 それに対して、この世は迷いと苦難と煩悩に満ちたところであるという。 そうであるなら、極楽浄土にある先祖がこの世に生きる子孫を憐れんで供養してくれるべきではないだろうか。 「早く此処へおいで」と手招きされたら躊躇するけど。 
 
 (私流お題目) 悪しきを払うて 南無妙 アーメン 陀仏 遍照金剛

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