雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

年寄りの悲哀を感じたとき

2011-11-12 | 日記

 今日、MRI画像診断の結果を聞きにクリニックへ行ってきた。 MRIの撮影は病院で、診断はかかりつけのクリニックのドクターにお願いしているからだ。 脳梗塞が始まっているらしい。 DHAの製剤を処方され、意気消沈(…でもなかったが)して帰り道、段差に足を取られて人前で転んでしまった。 膝小僧にワンコイン擦り傷ぐらいで大事には至らなかったがものの、痛みを堪えて道路に蹲っていたら、まわりの人は見て見ぬふりで、だれひとり声をかけてくれる人は居なかった。 「これが都会なんだ」と、よく判っているいるが、一抹の寂しさとともに「めっきり足が弱くなったものだなァ」と、年寄りの悲哀を感じてしまった。 

  私ならどうしただろうか。 これで、結構節介やきなので、「大丈夫ですか?」と声ぐらいは掛けたと思う。 お年寄りが手押し車に荷物をのせて上り坂を押していたら、ついつい「お手伝いしましょうか?」と、自分も年寄りだということを忘れて声をかけてしまい、ひったくりを見るような目で睨まれて恥をかくこともある。 ようするに、その場の空気を読む前に行動に移してしまう不器用さがあるのだろう。 

 親切は、求めるものでは無い。 また、押し付けるものでもないと思った。 


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