雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第二十九回 暫しの別れ 

2014-02-09 | 長編小説
 何事もなく旅が続き、何泊かの後、草津の宿で旅籠をとった。温泉に浸かって、楽しい宿泊であったが、その深夜、三太郎は鷹之助の夢を見た。鷹之助が町のならず者に脅されている夢だ。そればかりか、ボロ家ながら修理をして鷹之助が生活をしている建物を壊そうとしているのだ。

 何があったのか分からないが、鷹之助が泣きながら「こんな時、三太郎の兄上が居てくれたら」と、助けを求めていた。

 まだ子供の身でありながら、独りで生活をして、懸命に苦学している鷹之助を気遣うあまりに、夢を見てしまったのであろう。

 草津まで来たのだから、二日費やしても、上方まで行ってやろうという三太郎に、新三郎は、今から自分が行って見てこようと言った。三太郎と三四郎だけならともかく、久作と新吉も一緒なのだ。思い過ごしの夢であれば、久作父子に気の毒である。三太郎も、ひとまず新三郎に頼もうと思った。


 まだ明けやらぬ闇の中、新三郎が上方の鷹塾まで飛んできた。三太郎の夢の通り、鷹塾は見事に壊され、鷹之助は残った壁に戸板を立て掛け、その隙間に布団を持ち込んで眠っていた。

   「鷹之助さん、目を覚ましてください」
 新三郎は、鷹之助の心に呼びかけた。鷹之助は驚いて飛び起き、袖で涙を拭きながら辺りを見回した。
   「なんだ、夢か」と、また寝ようとしたが、またしても話しかけられた。
   「鷹之助さん、夢ではありませんよ」
 鷹之助は、戸板の外へ出てきたが、それでも新三郎の声が聞こえるように思った。
   「わたしに話しかけるのは、どなたですか?」
   「私の名は、新三郎です」
   「どうして、わたしに話しかけるのですか?」
   「私は、佐貫三太郎さんの守護霊です」
 鷹之助は、三太郎の名を聞いて、これは幻聴なのだと思った。自分の心が「三太郎兄上が居てくれたら」と、あまりにも強く願った為に、幻聴が起きてしまったのだと自己分析しているようであった。
   「鷹之助さん、幻聴でもあれませんよ」
   「それでは、兄上は今どこに居ます?」
   「草津ですよ、夜が明けたら草津から木曽路に入る予定です」
   「あっ、本当かも知れない」
   「本当ですよ、三太郎さんは、鷹之助さんの夢を見て、心配になったのです」
   「嬉しいです」
   「話さなくてもいいですから、昨日遭ったことを思い返してください」
   「わかりました」
 以前から、鷹塾で教えていたら、女の子が外から覗くようになった。鷹之助は「一緒に勉強したいなら、どうぞお入り」と、優しく声を掛けた。その日から女の子は座敷に上って一緒に勉強するようになった。
 ある日、女の子の父親が突然やってきて、鷹之助の話など聞かずに「拐かした」と難癖をつけられた。役人に訴えられたが、塾生たちの証言もあって拐かしの疑いは晴れたが、「女が勉強なんかして嫁に貰い手が無くなったら、どうしてくれるのや」と、土足で上がりこみ、金を払えと恐喝された。そんな金は無いと断ると、父親は町のならずものをけし掛けてきた。
   「ガキがこんな所で銭儲けしやがって」
 鷹之助に、殴る蹴るの暴行を加えた挙句、ならず者は鷹塾の建物を壊しはじめた。鷹之助が「やめてくれー」と、泣き叫ぶと、ならず者たちは面白がって更に暴れまわった。

   「ひでえ…、いや…酷いやつらですね、だが、私が来たからには、やつらの勝手はさせません、安心しなせえ、いや、安心しなさい」
   「新三郎さんは、生前、渡世人でしたか?」
   「あはは、ばれちゃったか、その通りでござんす」
   「新三郎さん、明日もまたならず者がここへ来て、残っている壁も壊すそうです」
   「わかった、やるだけやらせやしよう、鷹之助さんは、身を寄せる所がありますか?」
   「ありません」
   「旅籠とか」
   「お金がありません」
   「三太郎さんが送った為替は?」
   「わたしの持ち金は、両替屋に預けてあります」
   「それを下ろしてくれば良いじゃありませんか」
   「兄上に申し訳け無くて、そんなことに使えません」
   「そんなことと言っても、食べなきゃならないだろうし…」
   「懐に小銭があります、当分はここで穴を掘って暮らします」
   「あのねぇ、あんたは土竜ですか?」
   「はい、こうなったら、土竜にでも、土蜘蛛にもなりましょう」

 翌日、鷹之助が大切な本や算盤などを持って天満塾へ預けに行っている間に、またしてもならず者が押し寄せた。鷹之助が戻ってみると、建物は完全に壊され、単なるガラクタに変わっていた。
 ならず者たちは、呆然と立ち竦む鷹之助を囲み、小突きながら大笑いをしたが、その中に、女の子の父親も居た。
 新三郎は、その総てのやつらの顔を鷹之助の目を通して記憶していた。

 新三郎は、女の子の父親の夢枕にたった。
   「お前は、罪の無い男を苦しめたであろう」
 父親は、驚いた。
   「だれや、わいに話しかけたのは」
   「言わずと知れた、死に神様よ」
 あまりにも驚き過ぎて、思わず布団を被った。
   「鷹塾の若い先生は拐かしなどしていない、娘が仲間に入りたくて、自ら上がり込んだのじゃ」
   「そんなことは知らん、わいはてっきり拐かされたと思たんや」
   「お前の犯した罪のために、お前の寿命が短くなった」
   「短くなったって、どのくらい短くなったのですか?」
   「今日でお前の寿命は尽きるのじゃ」
   「えーっ、わいは今日死ぬのですか?」
   「そうだ、わしが黄泉の国まで連れて行ってやる」
   「わーっ、死に神さん、堪忍しとくなはれ」
   「行くぞ、黄泉の国が待っている~」
   「死にたくない、死にたくない、死に神さん手ぶらで帰っておくなはれ」
   「あほか、死に神が手ぶらで帰れるか」
   「なんや、口の悪い死に神はんやなぁ」
   「口は悪いが、優しいところもあるのやで」
   「なんや、今度は上方訛りかいな」
   「お前が壊させた建物を、新しく建ててやれば寿命が延びるのやが」
   「わいはそんな金持ちやない、無理だす」
   「ほんならしゃーない、黄泉の国へ行こ」
   「堪忍してーな、なんとか都合つけます」
   「ほな、段取りをつけて、早くやりなはれ」
 命あっての物種と、この土建屋の親方、ぶつぶつぼやきながら金をかき集めて家を建てる算段をしている。鷹塾の有った土地から瓦礫を除き、建築材料が運び込まれると、塾生の親たちが一人、また一人と手伝いに来る。子供たちまでもが大人の邪魔にならないように周りの草を抜いたり、近くの空き地に捨てに行ったりと、手伝いをする。
   「あんなことをしたばっかりに、えらい損や」
 相変わらず、親方はぼやいているが、「これで命が延びるのなら、安いものか」と、諦めたようすであった。


 三太郎と三四郎、久作父子は、浩太の親子が住む農家を尋ねていた。娘可愛さに、こともあろうに長男の浩太を売った後悔から抜けきれずに、打ち拉(ひし)がれていた。
   「浩太は、見世物小屋に売られ、全身鱗の刺青を彫られました」
 親子は浩太の姿を思い出して泣き崩れた。「ちょっと辛いことを思い出させたかな?」と、反省したが、それは次の言葉から強い安堵を引き出すための導入であったのだ。
   「浩太さんは、刺青のことなどに拘らず、蘭方医学の先生に師事して医者になる修行をしています」
 三太郎は、親子の嬉しい驚きに触れた。
   「きっと、立派な医者になって帰ってきますよ」
 親子の希望の光が差したようだった。
   「それまで、挫けずに待ってあげてください」
 これは、私から差し上げますと、懐から通称「切り餅」(百分=25両)を置いて、「連れの者が待っているから」と、三太郎は立ち去った。


   「母上、三太郎ただ今戻りました」
   「お帰り、お帰り、父上が大そうお待ちかねでしたよ」
   「父上は居られるのですか?」
   「いいえ、お城に上がっておられますが、間もなくお戻でしょう」
   「近江の草津で、母上へお土産の反物を買って参りました」
   「まあ、反物を? それは何よりの土産です」
   「それと、途中で金儲けをしましたので、鷹之助へ二十五両送金しておきました」
   「ありがとう、わたくしも気になっておりました」
   「それから、この子は三四郎、私の弟子にしました」
 佐助が飛び出してきて、挨拶をした。
   「俺、三太さんの一番弟子の佐助、七歳です」
   「俺、三四郎、八歳です」
   「こちらは、久作さんと息子の新吉です、馬の世話をお願いしようと思います」
   「三太郎の母、小夜と申します、宜しくね」
 息子の鷹之助が上方へ行ってしまい、慶次郎の馬が死に、馬の世話をしていた使用人の権八や文助それに女中も嫁ぎ、寂しくなった佐貫の屋敷が、また昔のように賑やかになりそうな予感に、小夜は浮き浮きしていた。
   「ところで、馬は買うのですか?」
   「はい、父上の許可が降りましたら…」
   「当分はここに落ち着いて、父上の手助けをし、いずれは診療所を開設します」
   「二束の草鞋ですね」
   「はい、父上の負担にならぬように、仕事に励みます」
   「みんなのお食事の用意が大変だから、女手も欲しいわねぇ」と、小夜

 その夕方、戻ってきた慶次郎に、水戸での総てと、上方の鷹之助の様子など細やかに話をした。 慶次郎は大いに喜んで、弟子のことも、久作たちのことも受け入れた。今夜は久しぶりに父上と、久作も交えて、三太郎は酒を酌み交わした。
 三太郎は床に就いて、急に鷹之助が心配になってきた。
   「新さんが戻って来ないが、どうしたのだろう」
 思いあぐねて、一人で上方へいってみることにした。馬を買おうと思った二十五両を「当座の費用」と、小夜に渡し、明朝、旅発とうと決心したとき、新三郎が戻ってきた。
 話を聞いて一安心したが、今後のことが益々心配になってきた。

   「新さん、これから暫く、鷹之助の守護霊になってやってくれないだろうか?」
   「ようがす、鷹之助さんに憑いて、護ってやりやしょう」
 新三郎は、快く引き受けてくれた。恐らく、最初に憑いた「能見数馬」と鷹之助が同じくらいの年齢なので、思い出が重なったのであろう。

   「新さん、頼みます」
   「あいよ」

 三太郎と新三郎は、暫しの別れであった。

  第二十九回 暫しの別れ  -続く-  (原稿用紙14枚)

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