雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のミリ・フィクション「大きな桃」

2013-04-21 | ミリ・フィクション
   「この島の平和はどこへ行ってしまったのでしょう」
 荒らされた田畑を眺めて、女の鬼が呟いた。 彼女の視線は、空(くう)を彷徨っている。
京の都に出没して、人を喰い財宝を奪ったと噂された鬼たちだが、財宝は先祖が身を粉にして働き、蓄え残したもので、子孫が慎ましく護り通してきたものであった。

   その、たった一つの安住の地が「鬼が島」である。
   「男ばかりか女と子供の命を奪い、先祖から引き継いできた財宝を盗み、揚々と引き揚げていったあの軍団が憎い」
   都に流れたあの噂は全くの嘘である。都の人々を殺し、財宝を奪い取ったのは人間の盗賊である。それを鬼の仕業に転嫁し、あの少年を焚き付けたのは、紛れもない「桃太郎」を育てたお爺さんとお婆さんなのだ。

 脳みそは空っぽで、ただ正義感だけが全身に詰まった桃から生まれた桃太郎こそが、いとも簡単に洗脳されてロボット化した殺人鬼なのだ。
   「先祖の墓が荒らされて、装飾品まで根こそぎだ」
   「わしらのひ弱な戦力では、財宝を取り返すことは出来ない」
   「仕方がない、わしらのボスに訴えて、お導きを給わろう」

 鬼たちは、屈強な男ばかり三人を選出して旅支度をさせ、地獄に向かわせた。山を越え、川を越え、賽の河原、そして地獄に渡り、極寒地獄、阿鼻地獄、叫喚地獄、針地獄、火焔地獄などを周り、閻魔大王のおいでになる法廷に到着するまでに49日のときが流れた。

 三人の鬼たちは閻魔大王の御前に進み出て平伏した。
   「このような遠方までよく来たな」
 閻魔大王は三人の鬼を優しく労った。
   「何も申さずとも判っておる、実はあの桃太郎なる者は、儂が荒れた人間社会に遣わした救世の使者だったのだが…」

 あの子を託した老夫婦が失敗だった。物欲の塊のような奴らで、桃太郎を自分たちの欲望を満たす道具にしてしまったのだと大王は三人の鬼たちに詫びた。
   「それで、私たちはどのようにすれば良いのでしょうか?」
   「そうだなァ、時を戻そうと思う」
 お婆さんが川で洗濯をしていると、「川上から大きな桃がドンブラコ」の時点に戻そうというのだ。
   「さすれば閻魔大王さま、死んだ者たちも生き返るのでございますか?」
   「さよう、すべて元のままだ」
   「ありがとうございます」
 鬼たちは歓喜に咽んだ。早く鬼が島に戻って皆に知らせようと、法廷を後にした。

 昔々あるところに、お爺さんとお婆さんが住まいしておりました。ある日お爺さんは山へ柴刈に、お婆さんは川へせんたくに行きました。お婆さんがせんたくをしていると、川上から大きな桃がドンブラコと流れてきました。

 お婆さんは桃を拾うと、慌てて家に持ち帰りました。お爺さんが帰ってこないうちに、一人で食べようと思ったのです。

 包丁で桃を真二つに切ろうとしたところ、桃は勝手にパカンと割れて中から可愛いらしい女の子が出てきました。

 やがてお爺さんも山から戻り、二人で相談をして、かねてから子供を欲しがっていた長者の屋敷に売りに行きました。
   「将来は美しい姫になって、玉の輿に乗ったかも知れないなぁ」
   「そうかも知れませんが、将来の富よりも目先の金子(きんす)ですよ」
   「そうだなァ、わしらも歳だからいつお迎えが来るかも知れん」

 お爺さんとお婆さんは、夜更けてそんなヒソヒソ話をしていた。門口まで、お迎えがきているとも知らずに…

(改稿)  (原稿用紙5枚)