長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『SHE SAID その名を暴け』

2023-03-19 | 映画レビュー(し)

 2017年、ニューヨーク・タイムズ紙がハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ、性的暴行事件を報道するまでを描いた実録映画。これをきっかけに#Me tooが生まれ、世界的なムーブメントへ発展した事は今更説明するまでもないだろう。担当記者ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイーによる原作小説『その名を暴け #Me tooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』があるとはいえ、わずか5年で実名入り、しかも告発者当人(アシュレイ・ジャッド)が出演する映画を製作できるのがアメリカの芸術表現のエッジと、ジャーナリズムに対する強い責任感である。

 『その名を暴け』という邦題は実はミスリードで、以前からワインスタインの名前は挙がっていた。それを実名で告発する証言者を見つけるのが困難だったのだ。ほとんどの被害者が示談を呑まされるか黙殺され、のうのうと加害を続けられるシステムがハリウッドには出来上がっていた。そして性暴力が長い時間をかけて被害者の心を蝕み続けることを映画は観客に突きつけていく。#Me tooと発信力を持ったのはごく一部のセレブリティに過ぎず、初期の告発者のほとんどは映画会社の名もなき従業員達だったのだ。彼女らが長年の間、人知れず抱え続けた辛苦をジェニファー・イーリー、サマンサ・モートンらが短いスクリーンタイムで体現し、名演である。

 そんな被害者たちにカンターとトゥーイーは並々ならぬエンパシーを持って接し続け、記事をモノにしていく。振り返れば“ジャーナリズム映画”というジャンルもまた男たちの専売特許だった。何日も自宅に帰らずヨレヨレの格好で奔走し、家庭を顧みないが正義の追求だけは誰にも引けを取らない…そんなメンタリティが時には“熱いブン屋魂”として称揚されてきた。しかし、『SHE SAID』の2人には家に帰れば夫と幼い子供があり、日々の生活がある。母性の礼賛などではない。職業人である前に生活者である、というごく当たり前の人間規範が彼女らのエンパシーとジャーナリスト魂を支え、この生活者である自覚を失くした男たちが、芸術活動をしながらその裏で卑劣な性犯罪に及ぶのではないか。まだ幼い娘が意味もわからず“レイプ”という単語を発し、「私の何かが1つ壊れたわ」とカンターが涙を流す場面は忘れがたい。

 クリック1つで発行されるWeb版時代のジャーナリズム映画である。スピード感あるシュラーダーの演出にカンター役ゾーイ・カザン、トゥーイー役キャリー・マリガンという絶好調の2人が配され、事実を求めて奔走する2人の間を前述のジャッド、イーリー、モートン他、パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアー、そして本作における“ディープスロート”ザック・グルニエらがバトンを繋ぐ素晴らしい演技リレーで構成されている。渋みすら感じさせるマリガンは『プロミシング・ヤング・ウーマン』との意識的な連投で、ワインスタインに鉄槌を下す姿はもはや“闘士”と呼びたくなる格好良さだ。深刻なテーマを扱いながら映画としても面白い。それがアメリカのジャーナリズム映画の矜持である。製作はブラッド・ピット。劇中、ワインスタインに脅かされていたグウィネス・パルトロウとは90年代後半に交際しており、本作でついにワインスタインへトドメを刺す格好となった。


『SHE SAID その名を暴け』22・米
監督 マリア・シュラーダー
出演 キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアー、ジェニファー・イーリー、サマンサ・モートン、ザック・グルニエ、アシュレイ・ジャッド

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