長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『マインドハンター シーズン1〜2』

2019-09-13 | 海外ドラマ(ま)

※このレビューは物語の結末に触れています※
鬼才デヴィッド・フィンチャー監督による最新TVシリーズ『マインドハンター』はPeakTVだからこそ到達しえた野心的ドラマだ。本作では1977年を舞台に、FBIによる行動心理学捜査の黎明期が描かれる。FBI捜査官のホールデンとテンチのコンビは全国に収監されている連続殺人鬼(後に劇中で“シリアルキラー”という言葉が確立される)にインタビューし、これを大学教授カー博士の協力の下、学術的に大系づけていく。プロファイリングによるシリアルキラーとの戦いを描いたサイコサスペンスを期待した人にはやや肩透かしに思えるかも知れないが、原作は元FBI捜査官ジョン・ダグラス、マーク・オルシェイカーによる『マインドハンター FBI連続殺人プロファイリング班』であり、いわば『羊たちの沈黙』はじめこれらジャンルのオリジンを辿るドラマなのだ。この人間心理の奥底に潜む“狂気”を探る物語で際立つのがフィンチャーの演出である。


【フィンチャー会話劇最新Ver.】
『マインドハンター』は隅々にまで徹底された画面設計が魅力の1つだ。シーズン1冒頭の夜間撮影はじめ、寒気を覚えるような美しい陰影、当時の時代風俗の再現…これらはデジタル撮影を使いこなすフィンチャーのトレードマークとも言えるだろう。
そして題材に反して、ここでは凄惨な殺害現場、再現が徹底して排除され、ただただ会話のみで構成されている。テーマやルックから『ゾディアック』を彷彿とする人が多いかも知れないが、このひたすら喋り、思考を促す構成は『ソーシャル・ネットワーク』の方が近いのではないか。フィンチャーはジェイソン・ヒルのひんやりとしたスコアや背景ノイズ、そして映画では馴染みの薄い俳優陣の名演を得て聴覚からも視聴者の生理をコントロールしていく。近年『ゴーン・ガール』のロザムンド・パイク、『ハウス・オブ・カード』のロビン・ライト、そして本作のアナ・トーヴやハンナ・グロスら耳馴染みの良い“低音質女優”のキャスティングにこだわっている事からも会話劇におけるフィンチャーの耳の良さがわかる。本作でフィンチャーはシーズン1~2通して計7エピソードを監督。まさにフィンチャー会話劇の真骨頂と言っていいだろう。



【フィンチャー組の確立】
TVシリーズは各話担当の監督によって仕上がりにムラが出てしまう事がままあるが、『ハウス・オブ・カード』を経たフィンチャーはクオリティコントロールのレベルをさらに上げている。『ハウス・オブ・カード』を任せていたカール・フランクリンや『ジェシー・ジェームズの暗殺』で知られるアンドリュー・ドミニクら実力派監督を起用し、自らのスタイルを継承させ、ドラマのルックをフィンチャースタイルに統一させているのだ。
一方、黒人差別問題が主題となるシーズン2後半ではフランクリンに舵取りを任せ、彼の最高傑作とも呼べる仕上がりに導いている。当時の映像とコラージュされた第7話のパレードシーンの異様な熱量には圧倒された。フランクリンはまさにフィンチャー組の5番打者的存在であり、これを機に再評価されるべきだろう。


【未だ見ぬ猛者達~ハリウッドの層の厚さ】
PeakTVの先鋒ともなった『ハウス・オブ・カード』の時にも驚かされたが、ハリウッドには未だ見ぬ名優が数多くおり、本作にも新しい才能がひしめいている。『ソーシャル・ネットワーク』のジェシー・アイゼンバーグを彷彿とさせる主演ジョナサン・グロフや、マイケル・マン監督『ブラックハット』でも渋味の効いていたホルト・マッキャラニー、そしてキリリとした知性を感じさせるアナ・トーヴと主演3人はもちろん、各話に登場するシリアルキラー役の俳優達が圧巻だ。
シーズン2第5話では今夏『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で最注目されたチャールズ・マンソンが登場。同じくデイモン・ヘリマンが演じており(出演は本作が先)、比べ物にならない怪演を披露している。マンソン本人に似せたメイキャップは『ウィンストン・チャーチル』でアカデミー賞を受賞した辻和弘が担当しており、その再現性にも抜かりがない。


【This is America】
シーズン2後半はアトランタで発生した連続児童殺傷事件がメインとなる。捜査中の事件に主人公たちが本格的に関わるのは初めてで、ここではプロファイリング技術の未発達ぶりも露呈する。
何より障壁となるのは人種の壁だ。黒人だから殺されるのか、黒人だから殺されても事件化されないのか、黒人だから最重要容疑者なのか。さらには黒人コミュニティの中ですら格差による分断がある。ついに犯人は逮捕されるものの、19人もの殺害については立件できぬまま現在に至ってしまう。殺人の追憶から炙り出されるのは未だ何ら変わりなく混沌とするアメリカの姿だ。



そしてシーズン2では前作から小出しにされてきたBTKキラーとの戦いも本格的にスタートする。カンザス州で次々と殺人を繰り返し、緊縛(Bind)、拷問(Torture)、殺害(Killer)という手法から自らBTKと名乗ったこのシリアルキラーが逮捕されたのはここから約30年後の2005年だ。シーズン2のラストシーンを締め括るのが彼である事からも、このシリーズがBTK逮捕の2005年を着地点とし、犯罪捜査史を通してアメリカ史を俯瞰する大河ドラマを目指している事が見えてくる(先頃、全5シーズン構想である事も明らかにされた)。

人はなぜ狂気という深く、暗い奈落に魅せられるのだろうか。
劇中、アタマの固いお偉方もシリアルキラーの話となると前のめりで耳を傾ける。僕も中学生の頃、図書館で実録FBI捜査本を冷や汗を流しながら読み込んだ事を思い出した。
そして狂気へと“逸脱”する境界はどこにあるのか。シーズン1で異彩を放ったのが第8話の“くすぐり事件”だ。小学校の校長が子供達の素足をくすぐる、という一見それまでの猟奇殺人とは程度の異なる事件がやがて“聞く”という行為から逸脱し、“同一化”するホールデンへと連なり、そしてシーズン2で過失致死に問われるビルの息子のエピソードへとつながる。第5話、ビルの食卓に飛び交うハエに注目して欲しい。そこには既に死臭が立ち込めているのだ。



『マインドハンター』17、19・米
監督 デヴィッド・フィンチャー、カール・フランクリン、アンドリュー・ドミニク、他
出演 ジョナサン・グロフ、ホルト・マッキャラニー、アナ・トーヴ、キャメロン・ブリットン、ハンナ・グロス

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『アス』 | トップ | 『フォックスキャッチャー』 »

コメントを投稿

海外ドラマ(ま)」カテゴリの最新記事